猫を起こさないように
3rd GIG “レボルーション”
3rd GIG “レボルーション”

3rd GIG “レボルーション”

 政府のする少子化対策として、男女の即時的な発情を促しいつでも交尾にうつれるように薄暗く隠微にあつらえられた店内。軽快な音楽にあわせて響く地鳴りのような騒音。
 「どうしたの。いいじゃない、同人即売会なんてどうせ遊びなんでしょ。同じ遊びなら、ほら、こっちのほうが……」
 巨大な画面に表示される矢印に反応して足下に散弾銃を打ち込まれたかのように飛び跳ねる屠殺場の畜生を連想させるデブっぷりの幾人もの青年たち。彼らの顔に浮かぶ粘着質の汗に恍惚とした見苦しい表情。一切の客観性を喪失したその有様はむしろ新興宗教にも似て――
 マンションの一室。窓はビデオテープの山にふさがれ、昼間だというのに室内は薄暗い。様々の一般人には意味をなさない物体に場所を取られ、部屋の中央に身を寄せ合う五人の黙示録的なデブっぷりの青年たち。シューシューという排気音にも似た耳ざわりな呼吸の音。彼らが取り囲む台の上にはすべての男性が持つ願望的な性犯罪を発現させることを目的にしているとしか思えない破廉恥なポーズをとったこの地球上に存在するあらゆる人種を検証しても決して見いだせないだろう種類の髪の色をした婦女子の模型が置かれている。
 「(手垢にまみれた大学ノートに鉛筆を走らせながら)しかし先週は本当に大変だったな」
 「(わかりもしないのに鉛筆を立てて構図をためすがめつしながら)ああ。ヒゲの雇われ店長がエロ同人好きで、学生アルバイトのウェイトレスがデブ専やおい好きだったからよかったようなものの…」
 「(突然立ち上がりさえぎって)やめろ! その話はもうするんじゃねえ!」
 「(涙ぐみながら)ひどいよ…本当にひどい…」
 「(なんとなく二人から目をそらして)すまない。俺たちにはああするしかなかったんだ」
 「(室内に流れる気まずい空気をうち消すようにわざとらしく)さぁ、できたぞ! 見てくれよ(と、大学ノートをみなに向けて広げる。そこには元の題材と似ていなくもないが、奇妙な根本的ゆがみを感じさせる絵が描かれている)」
 「(顔の表面の垢が溶けだして黒く染まった涙をぬぐいながら)わぁ、すごいや、CHINPO! もうトゥハートについてはどのキャラクターも完璧だね!」
 「(大橋巨泉を想起させる黒縁メガネを人差し指でわずかに上下させて)フン…」
 「おい、おまえいま鼻で笑わなかったか?(肉厚の腰を浮かせる)」
 「(二人のあいだに転がるように割って入って)やめとけ!」
 「(腰を浮かせるだけのアクションにフーフー息をきらせながら)いや、言わせてくれ。こいつはこないだの即売会をブッちぎりやがったんだぜ」
 「(大学ノートに描かれた美少女の乳房の下を指でしきりとこすって陰影をつけながら)急な約束が入ったって言ったろう」
 「(素人がする相撲取りのものまねそっくりの声で)ああ。だがその約束の内容については教えてもらってないぜ」
 「(大学ノートに描かれた美少女の股間を指でしきりとこすって陰毛をつけながら)あんたたちには関係ないだろう」
 「大アリなんだよ! なぜならおまえはうちのサークルのエロ絵担当だからだ! おまえは成人指定同人誌からエロ絵を脱落させるという人間として最低のことをやらかしちまったんだ!」
 「やれやれ…(立ち上がろうとするも胴周りにへばりついた肉に邪魔されて何度もスッ転びながら)このさいだから言っておく。あんたらがどう思っているかは知らんが、俺は真剣に同人活動をやる気はまったくない。俺はただマスをかきたいから描く。(へばりついた肉で完全にまっすぐには伸ばすことのできない芋虫のような指で指さして)オーケー?(部屋から出ていく)」
 「あいつめ!(壁を拳で殴りつけようとするも、地肌が見えないほど貼ってあるポスターに気づきあわててひっこめる)」
 「(顔をしかめだんごッ鼻をひくひくさせて)おい、なんだか焦げ臭くないか?」
 「ああ、悪い。たぶん俺の煙草だ」
 「バカヤロウ! 俺のグッズにヤニがついたらどうすんだ! それにこの部屋には引火しやすいものがたくさん…」
 平和そのものを象徴する昼間の住宅街に鳴り響く爆発音。無邪気に遊ぶ子どもたちの上に降り注ぐガラスの破片。母親たちの身も世もない痛切な悲鳴。遠くから近づく消防車と救急車のサイレン。

to be continued