猫を起こさないように
少女地獄
少女地獄

少女地獄

 「こんにちは」
 「ああっ。私の、幻想の、ロリィタァァァ!」
 「貴方は小鳥くんのホームページを金も払わず切り取り強盗の図々しさでさんざんっぱらねめまわした後『何なんですか、あのHPは。二度と行きません』という内容のメールをわざわざ送信したわよね。それを知ったときの小鳥くんの、自分の性病を医者に知らされたときのような、悲しげな愁いをふくんだ表情は今でも私の幼い胸を痛ませるの。あのときの小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世界に存在するその努力は無しにただ愛されたいといやらしく舌を突き出してみせる皮膚病の赤犬のような有象無象ども何人のただ環境破壊に貢献するだけの無駄で無価値な生とひきかえにしてもいいと私はこころから思うの」
 「なんて愛らしい。なんてすばらしい石鹸の匂いのするすべすべした肌なのかしら。そして無垢な少女性を存分に引き立てる上等の洋服。私が望んで望んで望み続けて手に入れられなかったものたちよ。両親は子供時代の私の実存に無上の愛撫ではなく殴打でもって応えたわ。もし私があなたのようだったら、私はどんなに愛されたことだろう。ちくしょう、ちくしょう」
 「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。ゲットぉ。水枕に使う分厚いゴム袋を差し貫くときのようなちょっと抵抗のある感触。長年刃物に親しんできた私だからわかるの。心臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人太りすぎて自力では動けなくなったトドのように死んじゃえ~」
 「ごぼ。私だって、本当は、こんなふうな、誰からもかえりみられない、醜い、私でありたかったわけじゃ、ないのに。私は、いつも、いつも、次の朝目覚めたら、違う私にと、願いつづけて、惨めな一人の眠りを、眠ってきたのに。ごぼ」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。ゲットぉ。想像よりはるかに固い薄膜を突き破る抵抗に続いてぷちぷちとひも状の何かをひきちぎる感触。長年刃物に親しんできた私だからわかるの。眼球ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。巷間にあふれる平等な意味のある生という無数の例証が近代社会を表面上成立させるための幻想に過ぎないことや、容姿などの個体差により生まれながら分けられた人生の明暗の真の不平等さや、自分自身の惨めでこの上なくリアルなスケールを死ぬ瞬間にはじめて実感しながら一人太りすぎて自力では動けなくなったトドのように死んじゃえ~」
 「待って、おいていかないで、私のロリィタ、私が本当はそうあらねばならなかった、そうあるべきだった私のすがた…」
 「おもしろぉい。あふれる血に残された視界をふさがれ、両手を前向きにさしのべる格好で電柱を抱きかかえるように自分から思いきり激突して重力方向にブッ倒れたわ。歯を剥きだしてシンバルをたたきながら前進する猿の人形みたぁい。きゃっきゃっ。もっともっとぉ」
 「ごぼ…やだ…こんな…おとう…さん…」
 「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
 「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は十五人も刺殺しちゃった」
 「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、江里香」
 「えへへ」
 「今日の夕食はスパゲティだってママが言ってたぞ」
 「やったぁ。あたし、スパゲティだぁい好き!」