猫を起こさないように
ドラ江さん
ドラ江さん

ドラ江さん

 「ドラ江さ~ん、助けてよ~」
 「…」
 「ネットワークがぼくの上にもたらした様々の情報と、他人がそこにあることの手触りが現実を多様化・細分化するんだ。刀鍛冶が炎と灼けた鉄を見つめながら、『俺にはこれしかない。生まれてからずっとそうだったし、死ぬまできっとこのままだろう』というときのような、それをいうとき他者に対する優劣がまったく存在しなくなるような、そんな確かな生活に根ざした生きている感覚が持てないんだ。現実が不安なんだ。ドラ江さん、言葉で現実を虚構化してよ! 生きることを楽にしてよ! いつものように決めうっ…あ」
 「なんや、どないしたんや」
 「いや…なんていうか…いま窓からの日射しで一瞬ドラ江さんが透き通って見えたような気がしたんだ」
 「(微笑んで)そうか。のび太はほんまにしゃあないな」
 「ドラ江さん…」
 「さてと、一回しか言わへんからよぉ聞けや。村上龍はおたくや。村上春樹はインポや。栗本薫は最近評論でも顔文字を使うようになった。ワシはあれはいかんと思う。それと、今日一日かけて横溝正史を読み返しとったんやが、やっぱりこの謎解きは無理があるのやないやろか。しかしこの無理のある謎解きと江戸川乱歩の結婚が今日の京極夏彦を作り出したと言えるんちゃうかな」
 「ドラ江さん…」
 「どや。楽になったか。さて、本屋にでも行くか?」
 「いや、今日はいいよ」
 「さよか」
 「ドラ江さん」
 「なんや、のび太」
 「ありがとう」
 「うん」