猫を起こさないように
だれも傷つけたくないのに……
だれも傷つけたくないのに……

だれも傷つけたくないのに……

 ”マイミクシィへの追加リクエスト”の件名に胸を躍らせながら、盛り上がった上腕筋に壁が終始接触するほど狭い廊下を抜け、裸電球のひもを引っ張って、玄関の引き戸を開けた。すると、そこに立っていたのは、昔ネット上の社交界で影響力を発揮していた人物だった。件のうんこコミュニティが主催するパーティ会場の窓から、幾度かその姿を見たことがあったので、覚えていたのである。
 しかし、今ではもはや、あの頃の栄耀の残滓すらうかがうべくもなく、ムシロ一枚を身体に巻き付けたきりの、”お笑い漫画道場”の土管に住む貧乏人役のような風体だった。やせ細ったその人物は、もじもじと両手をひねりあわせて頬を赤らめ、卑屈な笑みを浮かべたまま、「あの、入れてほしいんです」と小声で言った。
 その表情を見、声を聞いた瞬間、私の頭の中は激甚な怒りで沸騰し、全身の筋肉は瞬時に青筋を立てて盛り上がり、身につけた一枚きりのTシャツを粉々の布片へと裂け飛ばした。
 「おまえ、どのツラ下げてきやがったッ!!」
 私の怒りは、まるで諸君がNHKの集金人にするような、もの凄まじい勢いで爆発した。ネット上でだけは超つよい私が丸太ほどもある右腕で顔面を殴りつけると、その人物はきりもみ状に回転しつつ、鼻血を漫画の効果線のように噴出しながら、人間の良識にセキュリティを委ねるネジで閉める式の薄い引き戸を破壊して、戸外へとスッ飛んでいった。
 薄い引き戸が象徴した乙女の部位については、ミクシィにおいて私が作り上げようとしている清純なイメージを壊さぬよう、ここでは更に言及しないでおく。
 廊下を立ち去ろうすると、足下に抵抗を感じる。振り返れば、長く血の跡を残しながら這いずってきた簀巻きのその人物が私の両足にすがりついていた。
 「入れてください、入れてください」
 ひしゃげ、軟骨を飛び出させた鼻から大量の血を流しながら、青紫に腫れあがるまぶたを開くこともできないまま滂沱と涙を流し、その人物はさらに哀願を繰り返した。
 「そんなに俺に入れてほしいのか」
 露悪的なキャラクターで売っている私だが、実のところ根はとても優しい。弱っている者を放っておけぬ、乙女のような性質を心の奥底に秘めているのだ。
 その人物の哀れな様子に私はしばし逡巡するが、ついには優しく抱き寄せ、ずっぽりと入れてあげることにしたのでした。
(絡み合う二人のシルエットから暗転する場面)