猫を起こさないように
ゲーム「FF11の思い出」雑文集
ゲーム「FF11の思い出」雑文集

ゲーム「FF11の思い出」雑文集

ゲーム「FF11の思い出」その1
ゲーム「FF11の思い出」その2
ゲーム「FF11の思い出」その3
ゲーム「FF11の思い出」その4
ゲーム「FF11の思い出」その5
ゲーム「FF11の思い出」その6
ゲーム「FF11の思い出」その7

 だれもいないバルクルム砂丘でフェイスとレベル上げしてたら、なつかしさに涙が出てきた。うまく言えないけど、ファミコン時代の2Dゲームは現実のできごとと結びついた「思い出」だけど、PS2以降の3Dゲームは現実のできごとと切り離された「記憶」になってる気がする。ここが多くの冒険者でにぎわっていた頃、自分が現実で何をしていたかは覚えていないけど、フェイスによる挑発の効果音が響きわたった瞬間、「レベル上げしませんか?こちら戦シモ黒」みたいな赤文字のtellをまざまざと幻視して、水底に沈んだ巨大な伽藍としてのヴァナ・ディールが痛切に胸へ迫った。幼少期を過ごしたいくつかの町のひとつのように、通いなじんだ公園にはマンションが建てられボロアパートは更地にされていて、いっしょに遊んだはずのあの子はもう顔も名前も思い出せない。けれど、かつてここに住んでいたという感覚だけが、いつまでも残っている。

 質問:FF11おもしろそうですね、やってみようかな。。。

 回答:うーん、レタスと聞いて野菜じゃないほう、核熱と聞いて原子爆弾じゃないほう、トレインと聞いてブルーハーツじゃないほうが即座に思い浮かぶ、75時代の住人でない限りはオススメしない。さっきも書いたけど、駅前がシャッター通りの、山肌にへばりつくようなベッドタウンは、そこで幼少期を過ごした者なら、そぞろ歩くだけで一日中をメランコリックな感傷にひたって過ごすことができるが、そうでない者にとっては、過疎で死んでいく土地のひとつに過ぎない。ただ、文芸だけはいい。すごくいい。これなんて、J.R.R.トールキンの筆だって言われても信じちゃうぐらい(言い過ぎ)。

 「いずれ長い時を経てそれは、吟遊詩人の奏でる唄となり、真冬に炉端で語られる昔話になるやもしれない。だが、そもそもの始まりはこうだ。ある日1人の冒険者が、サンドリアの地に降り立った……」

 よし、ひと通りストーリーだけ追うために無料期間中のみプレイするのはいいけど、終わったら必ずキャラデリするんだぞ!

 ヴァナ・ディールの星唄の最終章を惜しみながら進めてて、最初のキャラで見てるから2回目なんだけど、11のストーリーの総まとめであると同時に6まで、もっと厳密に言えば3までの初期ファイナルファンタジーの世界観の集大成になってて、オールドファンにはすごくグッとくるわけ。シリーズのエンディング感さえ、漂ってくる仕上がりなのよ。エンディングと聞いて思い出すのは、数年前にネ・ジツだったかで見た書きこみなんだけど、サービス終了の瞬間、キャラをログアウトさせずにル・ルデの庭へ置いてたら、自分が死んだあとヴァナ・ディールに転生できるかな、みたい内容なの。冗談めかしているのにどこか深刻な気配をはらんでいて、いったいどんな素性の人がどんな気持ちでこれを書きこんだんだろうと、いまでもときどき思い出すことがある。人にここまで言わせるゲームって、ある?

 カイポッシュ! ちゅどーん! (黒コゲの大の字で横たわるミスラとタルタル、口からドリフ的な煙を吐きながら)この食料品店、まいど過剰防衛が過ぎるやろ……(流れ出す軽躁的な音楽)ちゃーちゃーちゃーちゃらららちゃちゃっ。

 ナッシング・コンペアーズ・トゥ・FF11! 貴様らに近況を報告しておくなら、念願のイドリスをゲットしたものの、某霊界探偵の敵キャラみたくレベル99にしてからラスボスへ挑む性分が鎌首をもたげて、殴り武器として使わないからモヤらせる必要なんてまったくないのに、いちマンコの餅鉄を納品し始めてしまった。朝は起床してすぐ複アカでドメインに参加してから路上のムシロへ出勤して、夜はサバ缶にたまった小銭を煮沸消毒するかたわらでキッチリ7匹うなぎを倒してから就寝する。日中ストリートでする労働のほうが休まるぐらいの勤勉ぶりであり、餅鉄をドロップのみで3000個くらい納めたところで、楽しいはずのオススメを苦しいものにしているのは、他ならぬ自分ではないかと我にかえった。そこから複アカでの効率プレイをスッパリ止めて、メインキャラでのアルタナミッション攻略を再開した次第である。どうも前キャラはカルゴナルゴ砦防衛戦ぐらいで引退していたようで、中盤以降はまったくのご新規さんとしてストーリーを楽しむことができた。10年以上前のエキスパンションなのに少しも古びておらず、文芸のすばらしさは言わずもがな、イベントパートの演出がいいし、有名アニメーターが関わっている?せいだろうかキャラの動きがいいし、構図もいちいちキマッている。ズヴァール城で助太刀にはいるノユリの台詞がカッコいいし、四つんばいでケット・シーにつめよるリリゼットの動きには思わずふきだすし、星の神子へ吐露するカラハバルハの真情には涙がこぼれた。そうこうするうち、「翼もつ女神」のバトルフィールドに挑戦できるようになって、朝は起床してすぐドメインに複アカで参加してから路上のムシロへ出勤して、夜はサバ缶にたまった小銭を煮沸消毒するかたわらでキッチリ7回キャバ嬢に通ってから就寝する……って、アレ?

 え、FF11はどうなりましたかって? それ、優越感以外の感情で言ってる? 餅鉄いちマンコの納品を終え、イドリスをモヤらせたーーアニメの悪臭エフェクトみたいな緑色で、見た目は最悪ーーにも関わらず、「まだそのときではない」とか言いながら、野良パーティへの参加へ踏み切れずにいる次第である。テキストサイト運営においても、客観的に見て充分なスキルを身につけた後でさえ、「まだそのときではない」と言い続けるうち、ついには公の場に出る機会を失ってしまった。これはある種の精神的な疾患だと思うが、あらゆる技術体系を「道」と称する本邦において、とくだん珍しい症例とは言えないのではないだろうか。よし、これをレベル99シンドロームと名付けよう! マルシー取ったから、使うときは俺に萌え画像を送れよ(輩、「やから」のルビ)!

 3部位から150戦ぐらいノー・ドロップだったマリグナス装備が10戦ほどでそろい、あれだけのビッグ・スワンプをもたらしたアビーが何気ない単発のガチャで宝具を重ねる。幸運も不運も中長期で眺めれば、必ずゼロへと収束する。しばらくは、よほど気を引き締めて日常生活を送らねばなるまい。

 最近、FF11の話しませんねって? こないだ競売に桁をまちがえて出品して、1000万ギルほどの損失を出した。小金は抜け目なくひろうくせに、大金は雑なやり方で逃してしまうのをゲームでもやらかしたことに嫌気がさして、それ以来ぱったりとログインするのをやめてしまった次第である。もちろん、課金は停止していない。1年続けてもエフジーオーのガチャ100連くらいのものだし、この18年に与えてくれたアレコレへの感謝としては安すぎるくらいだ。諸君も私の態度を見習って、「この20年に与えてくれたものへの感謝としては安すぎる」とか言いながら、萌え画像を寄贈して欲しい。

雑文「私とカラドボルグ(FF11とはずがたり)」