エスパー狸(まみ)

 「お~い、狸公(まみこう)」
 「(鼻のつまった声で)なぁに、お父さん」
 「いつものように一般的な社会人ならばこの世に有限の金銭を巡って苛烈な精神そのものをやすりにかけるような苦闘を行っている真っ昼間に無職のものが手持ちぶさたにやるような呑気な金にならないデッサンをしたいんだけれど、中学生のおまえの未成熟な身体でかかせてくれませんか。いや、身体を描かせてくれませんか。おこづかいははずみますから。二時間くらいでいいんです」
 「金銭でもって私の裸を閲覧するということははっきりと性の切り売り・買春と同じ意味合いを持ち、私の女性性に対しての女権論者が聞いたなら発狂するような侮辱であるけれど、男たちの性欲をこの上なく減退させるそんなこざかしい理屈は実のところ地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の知識の埒外にあるので快く、わかったわ」

 「(密集した自身の口髭を舌で執拗に湿しながら)狸公、そんな背中ばかり向けていないで、金をもらっている以上はもっとプロ意識を持って、例えば自らの青い花弁を指でもって押し開くなどし、おまえという存在の上位者であるお父さんの男性性に積極的に奉仕するそぶりを見せなさい」
 「女権論者に糾弾の格好の先鋒を与えるような恐ろしい無神経さで行われる女性性への搾取に私は恥じ入らねばならないのだけれど、そのような高級な感情は地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の認識の埒外にあるので、わかったわ」
 「おお。自分の娘が未だ意識の埒外にある性という概念に対して無神経なやり方で無造作に身体の前面を見せるのに呼応して、私の手の中にあったきつく握りしめられたチューブから多量の油絵の具が飛び出しました。これは芸術を理由に現実の成熟した大人の女性と自我をゆさぶりあうようなまっとうな恋愛のできない情けない自分を秘し隠し、中学生のしかも自分の娘に欲情する男であるところの私の張りつめた自虐的・背徳的欲望が耐えきれず放出を迎えてしまったことを意味しています」
 「ぴるるるるるぴるるるるる」
 「(目はぐるぐる渦巻き、開いた唇からはだらだらとよだれを垂らし、知的にチャレンジされている人間がやるような恍惚とした薄笑いを浮かべながら)電波よ、電波を受信したわ。誰かが私を呼んでる。お父さん、ごめんなさい。(キャンバスの上にかけられた衣服をひっつかんで裸のまま部屋から飛び出していく)」
 「(最初万札数枚を片手にデッサンを要求していたときとは別人のような達成した穏やかな表情で)その開いた唇と垂れる涎は、下の唇と淫水と意味上の相関関係を持つのだね。その恍惚とした表情、同時に達成できた事実でお父さん大満足だよ。行っておいで。もう一度いっておいで」
 「行くわよ、各作品に通底する設定の安直さのひとつの表出であるところの、タヌキと呼ばれることを極度に嫌うタヌキであるところの、チンポコ!」
 「きゃううう」
 「ばば馬鹿っ。女子中学生の無意識に発話する罪のない猥褻語に呼応して欲情した鳴き声をあげるようなロリコン狸に育てた覚えはないよっ」
 「(パイプを吹かしながら)行っておいで、狸公。(椅子を回転させると視聴者に向き直り)ちなみに猥褻タヌキの名付け親は私です。ははは、だって毎日女子中学生が鼻づまりの声でチンポコと呼ばわるのを聞くことができますからね。これぞ娘を持つ男親の役得というものですよ。はは、はははは」


 「(ハート型の発射装置で小さなプラスチックの玉を自身に向かって幾度も幾度も打ち出しながら)打ち出す装置とビーズ玉の関連性に象徴される現実の事象を考えるに、そのような状況に私という実存がおかれた場合素っ裸のまま衆人環視の中へ瞬間移動してしまうのではないかと不安になるけれど、それは集合無意識とも言うべき男性視聴者たちの欲望の余波を受けているだけであって、実際地方の一女子中学生に過ぎない私の知識の範疇外にあることだわ」
 「ぴるるるるるぴるるるるるぴるるるるる」
 「電波が強くなってる。誰、私に救いを求めているのは……あっ。公園で幼稚園入学前の幼女たちがたわむれる様子を眺めながら鉄柵にもたれかかって気むずかしげに眉根を寄せている小太りのおたくは、同級生の高天原さん。(近くに降り立つ)電波を送信していたのはかれ? いったい何を考えているのかしら。よぉし、こんなときこそ無生物を介して相手の心を探る能力の出番だわ。(鉄柵に触れる。次々と現れる映像の断片)幼女の泣き叫ぶ顔……小さな箱……象? アフリカ象だわ……腰布に手製の槍を携えた黒人たち……あっ。地平線の向こうから砂煙をあげて走ってきた象が小さな箱を踏みつぶしたわ。黒人たちが槍を上下に振って大喜びしてる…また象が戻ってきたわ…箱を踏みつぶした…槍を上下に振って大喜びする黒人たち…幼女の泣き叫ぶ顔。(鉄柵から手を離して)いったい今のは何を意味しているのかしら。フロイト的に解釈を与えるならば、箱は一般的にヴァギナを、棒状のものはペニスを象徴しており、これに当てはめると小さな箱は幼女の未発達なヴァギナでありアフリカ象は巨大な他人のペニスであり黒人たちの槍は彼自身のペニスであると解釈することが可能ね。つまり彼の心象映像を総合すると、『幼稚園入学前の幼女のヴァギナが自分以外の男のペニスに蹂躙されることを観察するのに異常な興奮を覚える最悪の出歯亀野郎』という結論になるけれども、一中学生の小娘の私にそんな高度な分析ができるはずも無いわ。
 (濡れた瞳で)頭のいい人の考えることってわからない…きっと私には知れないような高邁な思索に心を馳せているのね…高天原さん…」

コナン・ザ・ファイナル

 無人のビルの谷間を蝶ネクタイ型のマイクでしゃべりながら遠くから一人の少年が歩いてくる。
 「げに恐ろしきは殺人天国日本。一万人殺せば英雄で、一人殺せば商売になる。鉄道会社も喜びいさんで殺人商売にタイアップ。日本縦断殺人旅行。殺せ殺せ、みんな残らず殺してしまえ!」
 バス停脇のベンチに座っていた男が横倒しに倒れる。その後頭部に深々と細長い針が突き刺さっている。
 「役に立ったよ隠れ蓑。だって子供にゃ権利がない。経済大国日本じゃ、金の量が権利の量。金を持たない子供には、何の意見も認めません。さぁ、思う存分殴れ殴れ。おまえが子供だったときにやられたように、蹴って殴って脅迫しろ、『今夜のご飯はぬきです!』。なァに、心配はいらない。世間様には教育だと言っておけ!」
 街灯から茶色のコート、帽子を身につけた小太りの男がロープで吊り下げられている。周囲にただよう異様な臭気。
 「無能を養う余裕なんて、今の日本にゃありません。死ねば権威は糞まみれ。どんな権威も糞まみれ。民間人にだしぬかれ、次から次へとだしぬかれ。あるのは逮捕の権利だけ。そのくせ俺のような最悪の、殺人者をのうのうと泳がせて。おかしいねえ!」
 禿頭のビール腹が白衣を血に染めて道端に転がっている。
 「どんどん発明殺人マシーン。在野の科学者、本当かい? 人を見る目がなかったのが、致命的な失敗よ。あなたにもらったスニーカー、増強されたキック力。なんどもなんども蹴り上げられて、大人の威厳もどこへやら。中年は、血にまみれても中年です。やだねえ、しまらないねえ!」
 少年、スクランブル交差点の中央で立ち止まる。昼間だというのに人ひとりいない。
 「さて…」
 少年の足下に一人の女性がうつぶせに倒れている。
 「ここに一つ死体があります。彼女の背中からは包丁の柄が見えており、その刃は心臓にまで達していると思われます。まず彼女が自分で背中に手をまわして突き刺したとは考えにくい。女の力、物理的にもそれは不可能でしょう。これは明らかに他殺です。犯人はいまだ見つかっていません。いや、それ以前に警察が動いていない。これほど明確に人が死んでいるというのにです。警察が動かない以上、犯罪ではない。あなたたちの大好きな完全犯罪の成立です! しかしどうして? 平日の昼間、いちばん人目につくだろうこんな大都会のど真ん中という最も密室とはかけ離れた場所で、最も密室であるような状況が発生している。ふふ、悩んでいますね。私にはこの謎がすでに解けています。さァ、僕からの視聴者のみなさんへの挑戦です。犯人はいったい誰なのか。また、犯人はいかにしてこの完全犯罪を成し遂げたのか。答えはCMのあとです。(カメラ目線で指さしながら)君にこの謎が解けるか」
 画面が砂嵐になり何分か続く。
 「犯人は……私です。これは簡単ですね。なぜってこの物語のヒロインたる彼女の実存を抹消してしまうことのできるのは、作者をのぞけば、彼女よりも虚構内での位相が上位の私をおいて他ありえませんから。昨晩私は彼女の恋人をかたり、彼女をここへ呼びだした。彼女はまったく疑う様子もなくやってきた、その恋人にぞっこんまいってしまっていましたからね。そして交差点にひとり来るはずのない恋人を待つ彼女を、背後からあらかじめ用意しておいた出刃包丁でぶすり、とこういうわけです。ひどく苦しむものだからこいつの(蝶ネクタイを見せる)麻酔で眠らせてやりました。二度と醒めることのない眠りを眠らせてやったんです。ハハハハ。ああ、おかしい(目尻の涙をぬぐう)。しかしここまで聞いてみなさんは不思議に思うかもしれない。なぜそこまであからさまな殺人でありながら誰にも気づかれていないのか。じつは非常に簡単なのです。奇想天外なトリックを予想されていた方、申し訳ない。我々はこれまでの十億回になんなんとする連載の果てに、日本人口一億二千万人すべてを、あらゆるトリックでもって殺人しつくしてしまったのです!  これが目撃者ゼロの真相です。警察も動きようがない。なぜってその構成員すべてが何らかの殺人事件の被害者になって、死んでしまっているんですからね。最後まで残った毎回物語に絡んでくるメインキャラクターたちは私が殺しました(カメラが引いて、交差点の信号の上に小学生三人の死体が乗っているのが画面に写る)。彼女と同じ理由から私が殺さねば死ななかったからです。なるほど、ここまではよくわかった、だが動機は何なのか。ええ、ええ、それを疑問に思うのはもっともです。動機は…あなたたちが一番よくおわかりのはずでしょうに。この日本においていったん語られはじめた虚構は、それが金を生む限りは語られ続けなければならないからです。あなたたちは一億二千万人殺しても飽き足りない。あなたたちは人死にが見たくて見たくてしようがない。(大声で)バカヤロウ! おまえたちのお望みどおりに死んでやろうじゃねえか! (ふところから拳銃を取り出しこめかみにあてる)見てろ、見てろよ…(少年の膝頭が次第にふるえだし、ついには失禁する)ヒヒィ、ヒヒヒヒィ、ヒィ…いやだ、いやだぁっ!」
 少年、拳銃を捨てて駆け出す。
 「(鼻水と涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながら)やだ、やだよぅ、死にたくないよぅ…(後ろを振り返り目を見開く)ぎゃあっ、ぎゃああああっ」
 少年の胴が突然まっぷたつになる。吹き出す大量の血。やがて完全に静かになる世界。
 以上の内容の原稿が乗った作者の机が実写で大写しになる。

カッコーの巣の下で

 けえかほおこく1――×がつ○日

 キニスキーせんせえわぼくが考えたことや思いだしたことやこれからぼくのまわりでおこたことわぜんぶかいておきなさいといった。それわぼくがこれいじょうわるくならないためにひつようなんだそーです。きょおわさっきよーこがやってきてぼくのしたぎをもってかえった。よーことゆーのはむかしのぼくの知りあいなんだそーです。いっしゅかんほどまえからずっとぼくのせわおしてくれています。よーこはぼくのことおやぶきくんとよびますがそれがぼくのなまえなんだろーか。よくわからない。よーこはとてもびじんです。よーこのことを考えるとちんちんがかたくなる。


 けえかほおこく2――×がつ○日

 まえがみがうっとーしくてテレビが見にくいのでよーこにきってもらった。なぜかきりながらよーこは泣いていました。きったかみの毛をよーこわビニルぶくろにいれてもってかえった。ぼくわばか人げんなのでわからないことがおおい。


 けえかほおこく3――×がつ○日

 ものを考えるのがめんどおくさい。さいきんわおんなのひとの出てくるゲームばかりやっている。よーこなんかとはぜんぜんちがうおんなのひとだけどすごくこうふんしてちんちんがかたくなっていたくなります。キニスキーせんせえはそれはギャルゲーとゆうんだとゆいました。ぼくわひとつことばおおぼえてかしこくなった気がしてきぶんがいい。ギャルゲーはとてもおもしろい。ギャルゲー。


 けえかほおこく4――×がつ○日

 きょおよーこがビデオお見せてくれました。ビデオのなかでおとこのひとがふたりなぐりあっていた。よーこがゆびさして「これがやぶきくんよ」とゆいましたがすごくこわい目おしていた。ぼくわそんなひとわ知らないです。ぼくわそのおとこのひとお見ているとこわくなってそのおとこのひとが見えないよーによーこのうしろにかくれた。よーこはぼくのあたまをなぜながら「わたしがわるかったわ。いいのよ、やぶきくん、いいの」とゆって泣きました。


 けえかほおこく5――×がつ○日

 となりととなりのとなりのへやのホセとカーロスはここでしりあったともだちです。ふたりともがいじんで(メキシコとゆうくにだそーです)日本ごがあまりわかってないのだけどぼくもわかってないのでちょおどいーです。ぼくたちわよくギャルゲーをこうかんしたりギャルゲーのはなしでもりあがったりする。でも3にんのなかでわぼくがいちばんかしこい。


 けえかほおこく6――×がつ○日

 きょおわぼくのしりあいというひとがおみまいに来ました。すごく大きなおとこのひととこがらなおんなのひとです。おとこのひとわへやへ入ってくると「ジョー、わいや。マンモスにしや。こんな変わりはてたすがたになってもおて」とゆってぼくのておとって泣きました。おんなのひとわへやのいり口のところでずっと下おむいていた。よーこにきいたらふたりわふうふなんだそーです。こんな大きなおとこのひとのちんちんがあのこがらおんなのひとをまいよつらぬくのかと思うとぼくのちんちんわかたくなった。それをよーこにゆったらよーこわ泣きながらぼくのかおおてのひらでたたいた。ぼくのちんちんわなぜかもっとかたくなりました。ぼくにわしらないしりあいがおおい。


 けえかほおこく7――×がつ○日

 さいきんいやなゆめお見る。まつげがばしばしのおとこのひとおぼくがなぐりころすゆめです。そんなときわよーこわすごくやさしくなってぼくおなぐさめてくれます。よーこのむねわやらかくていーにおいがしてとてもあんしんする。


 けえかほおこく8――×がつ○日

 きょおカーロスのへやえあそびに行ったらカーロスがまどべでたそがれていました。どーしたのかぼくがきくとカーロスわテレビおゆびさしました。テレビにわすごい大きな目おしたアニメのおんなのひとがうつっていた。カーロスわがいじんなのでときどき考えていることがわからない。


 けえかほおこく9――×がつ○日

 きょおのあさトイレに行こーとして下におりたらびょーいんのいり口のところにくろいぬのでかた方の目おかくしたおとこのひとが立っていた。あのひとわよくびょーいんに来るけど、よーこがいつもおいかえしてしまう。いちど「ジョーにあわせろ」と大ごえでゆいながらびょーいんのロビーであばれているのお見たことがあります。よーこわあのひとのことがきらいみたいだ。ゆうがたトイレに行ったらまだいた。なんだかむねがざわざわしておちつかない。


 けえかほおこく10――×がつ○日

 ホセにわおくさんとこどもがいるそーだ。よーこにきいてびっくりした。


 けえかほおこく11――×がつ○日

 きょおまどのそとおみたらちいさなこどもたちがたくさんならんでこっちのほうお見ていた。ぼくがまどおあけてかおおだすといちばんちいさなおんなのこがこえおあげて泣きだしました。ぼくわびくりしてあわててまどおしめてカーテンおしめてしまった。あのこたちわいったいなんだろお。


 けえかほおこく12――×がつ○日

 きょおホセのへやにすごいびじんのおんなのひとが来ました。あれがホセのおくさんなんだろーか。そんでしばらくしたらすごいおとがしてはな血おふきながらへやからころがりでて来ました。よくわからないことばでなんかゆっていた。よーこにきいたらあれはえいごで「りこんよ、りこんよ」とゆっていたのだそーです。あとでホセにはなしおきいたら「マルチのおはなしでかんどーてきなところだったのにリセットおおしたからなぐった」とゆいました。


 けえかほおこく13――×がつ○日

 きょお中にわで日なたぼっこをしていたらほっぺたにすごいきずがあるおとこのひとがちかずいてきてぼおしおぬいで「やぶきさん、おひさしぶりです」とゆいました。ぼくわすごくこわくなって立ちしょうべんおもらしてしまった。ぼくが泣きながらよーこよーことゆうとおとこのひとわかなしそーなかおで「やぶきジョーはもうしんでしまったんですね」とつぶやいて行ってしまった。ぼくわしんでいない。


 けえかほおこく14――×がつ○日

 きょおホセとカーロスとけんかおしてしまった。ホセとカーロスとぼくでトゥハートだんぎおしていたらぼくがあかりがいいとゆったらホセもあかりがいいとゆってカーロスもあかりがいいとゆったからだ。ぼくわかっとなって「おまえたちわがいじんなんだからレミィだ」とゆったらホセとカーロスわまじぎれしてそれから3にんでそうぜつななぐりあいになった。とめに来たびょーいんのひとが20にんくらいまきぞえおくった。よーこがてあてをしながら「まったくあなたたちは。よがよならこくぎかんをまんいんにできるカードね」とゆって、わらいながら泣いた。よーこの泣くのお見るとむねがいたくなる。よーこにわ泣かないでほしい。


 けえかほおこく15――×がつ○日

 きのおたくさんなぐられたせえかきょおなにおしたのか思いだせません。さっきテレビでうつっていたおんなのひとのはだかだけしか思いだせない。おんなのひとのはだかお見てもさいきんわちんちんわかたくならないです。ギャルゲーおするとかたくなる。なぜだろお。


 けえかほおこく16――×がつ○日

 きのおよなかに目がさめてトイレに行ったらキニスキーせんせえのへやのとびらがあいていた。なかお見たらはだかのよーこがキニスキーせんせえにぜんしんおまさぐられていた。キニスキーせんせえのいもむしみたいな毛むくじゃらのゆびがよーこのまっ白なからだおはいずりまわるのお見てぼくのちんちんわかたくなりました。そしてやらかくなってまたかたくなった。とちゅうよーこと目があった気がするけどきのせーだと思う。そんでトイレでうんこおしてへやにもどったらほっぺたがぬれていました。なぜだろお。


 けえかほおこく17――×がつ○日

 ぼくわきょおここおでていこーと思います。ぼくわギャルゲーだけおしていたい。ここにわよーこやキニスキーせんせえやホセやカーロスやぼくのしらないしりあいのひとやぼくにわしんどいことがおーすぎます。ぼくわギャルゲーだけがありばいーのです。ギャルゲーわぼくおどーよーさせません。ギャルゲーのおんなのひとわぼくみたいなばか人げんでもびょーどーにあいしてくれます。げんじつわギャルゲーよりもおもしろくありません。ぼくわもうげんじつわいらない。
 ついしん。どおかキニスキーせんせえにつたいてくださいひとがわらたりともだちがなくてもギャルゲーおわりくしないでください。ひとにわらわせておけばギャルゲーおあそぶのわかんたんです。ぼくわこれから行くところでギャルゲーおいっぱいあそぶつもりです。
 ついしん。どーかついでがあったらホセとカーロスにトゥハートのCGおぜんぶあつめたメモリーカードおやてください。

モジャ公

 「(全身を覆う体毛に櫛をつかいながら)あいた、あいた。なんでワシの体毛はこんな一本のうちで先から根本までワカメみたく幅が一定でなかったり波うってたりするんや。いたたたた、いたい、いたい」
 「ぼき」
 「ありゃ、また櫛ダメになってもうたがな。毎月のストレートパーマ代も馬鹿にならんで、しかし。(煙草に火をつける)フーッ…手持ちも寂しなってきたし、そろそろまた二三人宇宙マフィアにメスガキをさばかんならんな。魔羅夫に言うて連れてきてもらうか…」
 「おぉうい、モジャ公、モジャ公~」
 「(煙草をもみ消して)おう、ちょうどええところに来た。魔羅夫、おまえの友だちの女の子を紹介してくれへんか。なぁに、二三人でええんや」
 「ええっ、またかい。先週紹介したばかりじゃないか」
 「ええやんけ。友だちはいくらおっても困ることはあらへん。それに俺、地球人となかよなりたいんや。国際化なんてもう古いで、これからは宇宙と交流する時代や。そう言うて頭の弱いのをな。な」
 「そうだ、それどころじゃないんだ、たいへんなんだよ、SFクラブ(少し不倫クラブ)存続の危機なんだ。唯一の部員だった未来ちゃんが部活動の一環としてはじめた数学科の水口先生とのちょっとした火遊びに本気で燃え上がってしまったんだ。どうしよう、モジャ公」
 「(煙草に火をつけて)なんや、つまらん。そりゃおまえのチンポに魅力が無かったいうだけのことやで。あきらめ、あきらめえ」
 「わかってる、わかってるよ、そのくらいのことは。うう、ぼくはなんて無力なんだ。ぼくのチンポはなぜ他のクラスメートと違う形状をしているんだ(つっぷしてむせび泣く)」
 「しょうもないのぉ…おい、俺の目を見てみい」
 「(魔羅夫、涙に濡れた顔をあげる。そこには不気味な色に明滅する光を宿したモジャ公の両目がある)な、なに…あ、頭が…視界が狭窄する…脳味噌の右半分が冷たくなって…血の気が引いた両手足が痺れる…頭が痛い…頭が割れるように痛い…うげ、げえええ(嘔吐する)」
 「どや、気分は」
 「(吐瀉物の中であおむけになって)最悪…最悪だよ…現実が遠い…もうなんでもいい…全部どうでもいい…なんなの、これ…」
 「おまえの脳味噌は特殊な出来上がりなんや。脳波の矩形が一般人と違うんや」
 「それってぼくの頭がおかしいってことじゃないのか…チ、チンポだけじゃなかったなんて…」
 「違う。おまえは選ばれたんや。おまえは選ばれた人間なんや」
 「ぼくが…?」
 「そや。『ぼくは選ばれた人間です』、繰り返してみい」
 「(弱々しく)ぼくは…選ばれた人間です」
 「もっと強くや」
 「ぼくは、選ばれた人間です」
 「もっと、もっとや! もっと強く言うてみい!」
 「ぼくは選ばれた人間です! ぼくは選ばれた人間です! ぼくは選ばれた人間です!」
 「どや。どんな感じや」
 「不思議だ…ぼくは今までなんでこんな下等種の群の中で自分をつまらぬものと劣等感を抱いてきたんだろう…ぼくは優れている、ぼくにはやつらの上に行使することのできるあらゆる権利がある。なぜならぼくは選ばれた人間だからだ! ハハハ、ハハハハハハハ(気狂いの目で哄笑する)」
 「おいおい、どこ行くねん」
 「なぁに、あの”枯れ枝”水口から未来を引き剥がしにいくのさ。(戸口に手をかけたまま唇の端を歪めて振り返り)未来には俺の本当の価値を見抜けなかった罰として痛い目をみてもらうつもりだ。やつが馬鹿にした俺の男性自身で存分にね!」
 「ほどほどにしとけよ。あ、それとおまえの女友だちをな」
 「わかってる、わかってる。二三人なんて眠たいこと言うなよ、五十人も連れて帰ってやるぜ。楽しみにチンポおっ立てて待ってな(階段を降りる音がする。入れ替わりに女性が部屋に入ってくる)」
 「なんだったのかしら、今の魔羅夫、ようすがおかしかったわ。大丈夫かしら」
 「(あわてて煙草をもみ消し、灰皿を後ろに隠す)あっ、奥さん、えらいすんまへん」
 「ねえ、モジャ公、魔羅夫がどうしたのか知らないかしら?」
 「いやぁ、なんて言うんでしょう、かれも男の子ですさかいに。いろいろな肉体的要因から猛々しい気持ちになることもあるんやないでしょうか」
 「(頬に手をあてて)そういうものかしら。母親ってこういうときに弱いわよね…」
 「そんな深刻に考えんほうがええんちゃいますやろか。時期やと思います」
 「そうね。そうよね。(うるんだ瞳で)…モジャ公、いつもありがとうね」
 「(身体の前で両手をふって)何をおっしゃいますやら! この無駄飯喰いには過ぎたお言葉ですわ! ボクも奥さんの助けになれるなら嬉しいなぁていつも思っとります!」
 「うふふ、ありがとう。物騒な世の中だからモジャ公のような頼れる下宿人がいると安心するわ。先月も魔羅夫の通ってる小学校の女の子が二人失踪したんですって。これで十人よ。女の子ばかり…うちは男の子だからいいけど、どうにもぞっとしないわ…」
 「(胸を反らせて)安心して下さい、奥さん。ボクがおりますから。たとえ何が来てもおいかえしてやりますよ(空中をパンチで叩く真似をする)」
 「うん、そうね。(顔を近づけて囁くように)それじゃ、今夜…ね? 待ってるわ…(部屋から出ていく)」
 「(煙草を取り出して火をつける)フーッ…それにしてもなんでワシの体毛はこんな一本のうちで先から根本までワカメみたく幅が一定でなかったり波うってたりするんやろ。なんでや…」

逃避王(1)

 天井の高い部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで二人の男がカードゲームをプレイしている。
 「私の百年貯蓄の力を破らぬ限りユーに勝利はありまセーン、モラトリアムボーイ!」
 「オレはどんな状況におかれようと逃げぬいてみせるぜ、ペニス(敵の大ボスの名前)! …とはいえあの傲然とそびえる現世の金を前にバイト程度の社会に還元されない自己中心的な労働で手に入れた小金をしか持たないオレにいったい勝ち目はあるのか…」
 「フフフ…どうしました、モラトリアムボーイ。早くその手札にある『就職活動中の戦士』を場に置いたらどうデスカ?」
 「クッ! そこまで読まれているのか! 『就職活動中の戦士 パワー100/タフネス20』を攻撃表示で場に出すぜ!」
 「(白々しく拍手して)お見事デス。就職活動は一に攻撃、二に攻撃……」
 「さらに魔法カード『ポジティブシンキング』を戦士にエンチャントするぜ…これでもまだ戦士のパワーは500、ペニスの場にある『重役面接』を倒すには及ばない。だが、オレには切り札がある(自分の場に伏せて置かれたカードをちらりとみやる)…攻撃だ、ペニス!」
 「Oh! 気がふれたとしか思えませんネー、モラトリアムボーイ。その戦士は重役連の餌食デース。早く楽になりたい気持ちはわかりマスガ、それは無謀すぎデス(おどけて肩をすくめてみせる)」
 「(腕組みして自信ありげに睨んで)そいつはどうかな。『重役面接』が『就職活動中の戦士』をブロックするのに応じて罠カード発動だ!(テーブルのカードに手をかけてめくろうとする)」
 「フ……ユーの切り札はずばり、『大学院進学』! ミーはさらにそれに応じて魔法カード『四年間の放蕩』を唱えマス!」
 「な、なに!(四年間確たる目標も無しに遊びほうけた学生が就職活動にも大学院進学にも失敗し奈落の底へと転落していく光景が場に写し出される) クソッ、魔法カード『不況の波』だ!(重役連が場から一層される)」
 「フフ、苦しまぎれデスネ。ユーの次のドローは『就職浪人中の戦士』デス!」
 「…その通りだぜ、ペニス。『就職浪人中の戦士 パワー20/タフネス100』を守備表示だ」
 「それではミーは『エリートサラリーマン パワー1000/タフネス2000』を攻撃表示デス。力の差は歴然としていマス。この攻撃でユーの二十数年の人生は粉々に砕け散るでショウ。降伏しなさい、モラトリムボーイ!」
 「オレは最後まであきらめはしない! さらに『親戚縁者という重圧 パワー0/タフネス200』を守備表示するぜ。来い、ペニス!」
 「愚かな、そんなクズモンスターをいくら積み重ねたところでまっとうに日本国の王道を歩む企業戦士の持つ社会的正当性をうち崩しはできません! 『エリートサラリーマン』攻撃デス!!」
 「待っていたぜ、この瞬間を! 魔法カード『語学留学という言い訳』を親戚縁者にエンチャント! 親戚縁者への負い目というくびきから解き放たれた『就職浪人中の戦士』は、『洋行帰りの性病持ち』へと化身する!」
 「しまった…! モラトリアムボーイはこのコンボを狙って『親戚縁者という重圧』を場に出したのか…!」
 「覚悟はいいな…ペニス…『洋行帰りの性病持ち パワー2800/タフネス1500』の攻撃! 滅びの呪文――淋・梅・ヘルペス!(両手に顔をうずめるもの、天を仰いで嘆くもの、病院のベッドで痩せこけて横たわるものの三つの映像が空中で交錯する)」
 「(直下からの爆風と光にあおられて)UWOOOOOO~~~!!」
 「(険のとれた顔で)ペニス、ボク達の勝ちだ」
 「(くぐもった声で)フフフ…それはどうでショウ」
 「何ッ!」
 「(積み上げた万札の壁の後ろから姿を現して)どんな哲学もどんな人生経験も積み上げた万札の前には説得力を失いマス。サラリーマンとは日本に住む万人が回帰すべき真なる安住の地…サラリーマンへと進化することで人類は暗闇を恐れなくなったのデス。(指をつきつけて)ユーの二十数年程度の人生はこの歴史的必然に歯向かう何を持っているというのデスカ!!」
 「(がっくりと膝をついて)オレの負けだ、ペニス…明日からはしっかり就職活動するよ…そして一流とは言わないまでも、まァ二流の会社にかろうじて縁故で入社して不況時にはボーナスをカットされたりしながら娘息子に毛虫のように嫌われながら四十年間無難に勤めあげ定年後は夫婦の会話の無いことを苦に毎日を送りながらある日女房の側から一方的に離婚されたりして人類全体の運行には塵ほどもの影響を与えない意味性の極端に不自由した人生を堅実に消費していくことにするよ…」
 「(優しく微笑んで)そうデス、それが人として生まれた幸せというものデス、モラトリアムボーイ」

奇天烈大百科

 「(浮かれ踊りながら)はじめて~の~フェラ~君のフェラ~」
 「(この世のすべてを恨んだような視線で見上げて)今日はご機嫌チンポね、キテレツ」
 「もちろんさ、ぼくが手なぐさみにというより持ち前の外見上の不備と、それに勝る陰湿な性格から婦女子に疎遠であるところの自分を性的に慰めるために製造した、主に男性の性処理を存在の根源的目標とする、またその創造者の言語化されない事実を無意識的に感じ取っており、自己存在の本質的意義に懊悩・絶望していながら、その解決を自分の内面にではなく外部の現実に求めるゆえに、社会性の欠如と潜在的犯罪者の資質を充全にかねそなえてしまったロボット、輪姦女(コロスケ、と読む)! 今日ほどハッピーな日はぼくのこれまでの人生において無かったくらいさ! なんたってあの堅物女の三四(ミヨ、と読む)がぼくの昼夜を問わぬ――例えば彼女の靴箱の中にB5大学ノートにびっしりと隙なく文字を埋めたラブレターをそっと毎日放置しておいたり、彼女の愛犬の犬小屋に彼女が犬公を散歩に連れ出したすきをみはからって毒マムシをそっと毎日放置しておいたり、彼女が毎日何時に風呂に入り何時に食事をし何時に就寝するかなどのイベントを緻密なタイムテーブルにして彼女の机にそっと毎日放置しておいたりさ――猛烈なアタックについに今日泣きはらした目を弱々しく伏せて『…一日だけ、一日だけおつきあいしてあげるから、だからもう私につきまとわないで下さい。お願いだから』と発言しやがったんだ! (ポケットからカセットを取り出して再生する)『一日だけおつきあい一日だけおつきあい一日だけおつきあい一日だけおつきあい……』キッヒーッ! たまらねえぜ! (床をごろごろと転げ回る。舌でカセットテープをなめ回し顔面を輪姦女に接近させて)言質を取るってのはこういうふうにしてやるんだよ、輪姦女! 『一日だけおつきあい一日だけおつきあい一日だけおつきあい一日だけおつきあい……』キッヒーッ!(床をごろごろと転げ回る) おつきあい、なんて語義の曖昧な言葉だろうねえ! こりゃもうどこまで行くか俺自身にも正直わからんぜ…(眼鏡に取り付けられた天体望遠鏡風の筒が左右連動しない動きで高速に伸縮を繰り返す)ククク…この奇天裂傷アナル斎様の残してくれた赤外線バイザーさえあれば婦女子も薄布一枚で街を無防備に闊歩する夏に向けて、もう圧倒的勝利は約束されたようなものだ! …ッざけるなぁぁぁぁぁぁぁッ! (突然激昂して棚のステレオを担ぎ上げると二階の窓から通りにめがけて放り投げる。窓ガラスの割れるけたたましい音。悲鳴。血走った目で)一日だと、一日ですむと思ってんのか、一日くらいで母親に虐待され続けて女性全般に転移した憎悪からの変態サド性愛をもてあます俺が満足すると思ってんのか、あのアマ! (怒りのあまり鼻血を吹く。が、腕時計を見て突然陽気に)おっともう出かけないと。あんまり三四を待たせてもいけないしな…放置プレイの趣味はねえんだ。キヒヒ。それじゃあな、輪姦女。(行きかける。が、突然振り返り輪姦女にすれすれまで顔面を接近させて臭い息をはきかけながら)今日でおまえは用済みだ! ヒヒヒ、帰ってきたらスクラップにしてやんぜ? (浮かれ踊りながら)はじめて~のフェラ~君のフェラ~(部屋から出ていく)」
 「(両手で顔をおおう)おお、三四殿、かわいそうな三四殿……あんな異常者の手にかかって華やかな青春の幕を閉じることになるなんてチンポ。しかし一介の性処理ロボットに過ぎない我が輩に何がしてやれるというでチンポ…(部屋の中央にくずおれる。が、しばらくして身体を起こし)そうでチンポ! 我が輩が三四の処女性をキテレツより先に終焉させてやればいいのでチンポ! (頭頂部に手をやり)これはちょんまげといったような我が輩にある種のキャラクターと時代性を添付・象徴させるための演劇的小道具なんて生やさしいものじゃなく、VHSが勝利した理由であるところの性的要素に勝れば全体において勝るという人間存在の崇高さを完膚無きまでに踏みにじる冷徹なマーケティング理論に鑑み各社のゲーム機のコントローラーが現在残らず持つにいたっているところのバイブレーション機能を搭載した特別あつらえの張り形なのでチンポ。これを使えば最大で阪神大震災レベルの振動を三四殿の膣内に発生させることが可能でチンポ。毒は毒をもって制す、最悪の事態を回避するために仕方のないことでチンポ…三四殿、いま行くでチンポ(部屋から出ていく)」

 「(通行者をいっさい眼中に入れないやりかたで通りの中央をねり歩きながら)おお、あそこに見えるは母親が人類外の生物と交接して生まれたとご近所でもっぱらの評判の遺伝子配列に異常を予感させる風貌のブタゴリラと、余った皮が先端部分にドリル状に凝縮したチンポを持つと学校でもっぱらの評判のトンガリチンポでチンポ。おぉい、我が輩でチンポ、ここでチンポ!」
 「(左とん平の扮する猪八戒をさらに太らせ、思いきり毛深くしたような容貌で振り返り脳言語野と発声器官に致命的な欠陥を感じさせる声で)$◆□、☆↑↓○〈#%□■※→→◇(腹を抱えて爆笑する)」
 「(顔を真っ赤にし両手で股間を隠して)ねえ、いま包茎って言った? 包茎って言わなかった?」
 「二人ともそれどころではないでチンポ。三四殿がたいへんなのでチンポ」
 「(両こぶしで分厚い胸板を交互に叩いて)◇→〒※■△□£!? %$#&▲、▽*@※↑↑↑!!」
 「(顔を真っ赤にし両手で股間を隠して)いいや、その目は包茎だって思ってる目だ、言わなくたってぼくにはわかるんだから!」
 「ブタゴリラは話が早いでチンポ。トンガリチンポもいっしょに行くでチンポよ。OK?」
 「↑#&→◇※■※$&%£▲!!(マンホールのふたを持ち上げる)」
 「あっ。言った、言ったよ、いま言ったよ! (顔を真っ赤にして涙ぐんで)ぼッ、ぼくのことを包茎って言うなぁッ!」
 「(突如遠くから)きゃああああああっ」
 「あの悲鳴は三四殿の!(駆け出す)」
 「↑#£▲!(後を追う)」
 「(手で両耳をおさえてうずくまりながら)包茎って言うなぁッ! 包茎って言うなぁッ! 包茎って言うなよぉッ!(大声で叫び続けるトンガリチンポの周囲に人が集まってくる)」

 「(ぐったりと地面に横になった三四を見下ろし手に持っている血のついたレンガを後ろに放り捨てる)ごめんよ、君があんまり熱烈にぼくを見つめるものだから。ぼくは他人の視線にさらされることに非常な恐怖を感じる性質なんだ…さて、しかしこれからどうしたものか。やれやれ、ぼくが今までプレイしてきた無数の恋愛ゲームの中にも暮れていく人気の無い公園で女の子の後頭部を落ちていたレンガで強打したあとどうするかなんてシチュエーションはなかったしな」
 「(夕日をバックに)もうやめるでチンポ、キテレツ」
 「(びくりと肩をふるわせる。振り返り)は…はははっ、誰かと思えば輪姦女じゃないか。どうしたい、スクラップにされるのを待ちきれずぼくの後を追いかけてきたのか。そうだろうそうだろう、自分である意識を喪失してこの世から消滅するというのはこの上ない快感だろうからな! けどそれはぼくがこの三四という人間の肉体と人格を完全に蹂躙することで両親に与えられた世界への憎悪をすっかり解消してしまったあとのことだ…(再び三四に向き直る)」
 「無駄でチンポ。キテレツを勃起させる現実はどこにも存在しないでチンポ。ただキテレツが創り出した、現実に対抗するファンタジーである我が輩をのぞいてはね。チンポ」
 「そんな、そんなはずが…(ズボンを下ろして)くそっ、くそっ! 立て、立てよ! ちくしょう! (やがてがっくりと首をうなだれて)やっぱりぼくにはギャルゲーしかないのか。ぼくは一生ギャルゲーをやり続けるしかないのか…(落涙する)」
 「キテレツ…(キテレツの肩を抱く)」
 「(顔をあげて涙をぬぐうと晴れやかに)わかったよ、いまぼくは自分の求めるものがわかった。ぼくにはやっぱりギャルゲーしかないんだ。それがわかっただけでも今日という日には意味があった。それに、ギャルゲーもそんなに悪いものじゃないさ。さぁ帰ろう、輪姦女。ぼくたちの家へ」
 「(憐れみの表情で)そうはいかないでチンポよ…」
 輪姦女の後ろに立つ二人の警官。逃げ出そうとするキテレツ。が、すぐさま地面に押さえつけられ後ろ手にぴかぴかする銀色の手錠をはめられる。連行されるキテレツ。泣きはらした目に憎悪をこめてにらみつける三四の母親。走り出すパトカー。併走する黄色い救急車には猿ぐつわと拘束具を身につけたトンガリチンポが乗っている。併走する保健所の車には乱杭歯を剥きだしにして鉄柵にしがみつくブタゴリラが乗っている。陽の落ちた公園。小学生が工作の時間につくったような段ボール製のロボットが放置され、街灯に照らされている。毛の抜け落ちた痩せた犬が一匹やってきて、その上に小便をする。

ガッデムさん(1)

 「なんや、なんやねん、おまえ。何見とんねん。見んなや。こっち見んなや」
 「あの、人違いやったらほんますいませんやけど、もしかしてガッデムさんとちゃいますか」
 「あ…ああ? なんで、なんで知ってんねん。わしは確かにガッデムやけど」
 「ほら、ぼくですわ。おぼえてまへんやろか。あの頃とは髪型とか変えてもうたからなぁ。おぼえてまへんやろか」
 「ああ、思い出したで。なんや、自分やったんかいな。それやったらいつまでもじっと見てんと、はよそう言えや。変なとこ見られてもうたがな」
 「あっ、そんなん、ガッデムさん、ぼくが火ィつけますわ」
 「すまんの」
 「ゴールデンバットでっか。ええ香りや。なつかしいですなぁ。なんやいっぺんに昔に戻ったみたいですわ」
 「感傷を言いな。もう戻れへんのや」
 「わかってますわ。わかってます」
 「ところで自分、いま何してんねん。まだロボット乗ってんのか」
 「いや、もうやめてひさしいですわ。いまは、なんや言うのはずかしいねんけど、技術屋やってまんのや」
 「ほぉ。そりゃ、親父さんと同じやな」
 「そうですねん。あんだけ親父のこと嫌うてたはずやのに、因果なことですわ」
 「誰にもわからんもんや。で、どんなんつくってんのや」
 「はぁ、アクセラレーターちゅうてわかりますやろか。簡単に言うたら、ロボットの性能をあげる装置みたいなもんですわ」
 「へぇ、すごいやんけ」
 「でも最近は変な客が多てこまりますわ。こないだもなんかうちの製品が壊れとるゆうて電話してきやったんですわ。あんま腹立ったんでどなりつけてやったら、『いいんですか、この電話録音してますよ』言うてけつかるねん」
 「えらいことや。どうしてん」
 「しょせんよくあるキチガイの電話や。企業ゴロのまねごとや。二度とこないな電話してこんようにさんざん脅したあと、叩き切ったりましたわ」
 「最近はなんかえらいみんな過敏になっとるから注意しいや、自分」
 「ぼく、あんなんゆるせませんねん。立場もわきまえんと鬼の首とったみたいに電話してきて、そんなんいろいろ造っとるほうがえらいに決まってますやないか。享楽乞食の、利便乞食の物乞いや」
 「自分、あんま乞食乞食言いなや」
 「あっ、すんません。つい感情的になってもうて。そうや。これ今度ぼくがつくった試作品ですねん。試作品ゆうても、今度の会議で製品化されることがほとんど決まっとるんですけどな。ガッデムさん、つこてみませんか。今の五倍ははよなりまっせ」
 「そんなん買う金があったらわしワンカップ買うわ」
 「何言うてますのん。ぼくがガッデムさんから金とるわけないやないですか。水くさいなぁ。ぼく、ガッデムさんにはほんまいろいろお世話になりましたから。モニターっちゅうことでどうかもらってくれまへんやろか。ぼくの顔を立てる思て」
 「いらんわ。わしもう引退して長いねん。ただのポンコツや。連邦の白いの言うて恐れられとったあの頃とは話がちゃうわ」
 「そんな悲しいこと言わんとって下さいよ。ぼくにとってガッデムさんは青春そのものなんや。おぼえてますか、ふたりで対抗組織の宇宙本部に出入りに行ったときのこと。あのときのガッデムさんはほんま輝いとった」
 「ああ、そんなこともあったかいな。ちょお待てよ。よぉ考えたら自分、あのときわしのこと置いてったやんけ。わし、首もげてヒィヒィゆうとったのに」
 「あれは、あの、あとでちゃんとむかえに来ましたやんか。古いことですわ。ほんま昔のことですわ」
 「調子のええやっちゃ。いまやから言うけどな、自分とコンビ解消したんは自分のそんなとこが気にくわんかったからやで」
 「すんません、あのときはほんま気持ちが高ぶっとって、ガッデムさんのことを置いてくなんてどうかしとったんですわ。でも、これだけは言わせて下さい、あれからいろんなんとコンビ組みましたけど、やっぱりガッデムさんが最高でしたわ。ほんまにそう思てますんや」
 「わかった、わかった。泣きなや自分。中年男が泣いても目に汚いだけやわ」
 「すんません、ほんますんません。あ、こりゃハンカチ。えろうすんません。ところでガッデムさんはいま何してますのや」
 「いろいろや。今の時代ただ喰うていこ思てもたいへんやわ。求人情報誌見てもハローワーク行ってもわしみたいなんが応募でけるのはひとつもあらへん」
 「そら、ガッデムさんはロボットですさかいな」
 「まぁ、そうやねんけどな。ところで自分、羽毛ふとん欲しないか」
 「羽毛ふとんですか」
 「そりゃもう天国みたいな極上の寝心地やで。ゆうてみれば、ガッデムグッドな品物やね。ほんまやったら五十はすんねんけど、昔のよしみやし四十五でええわ。そこの角のリヤカーに乗してあんねんけど、取ってこぉか」
 「いや、遠慮しときますわ。じつは先月五人目が生まれましてな、うちピィピィですねん」
 「なんや自分、結婚しとったんかいな。初耳やわ」
 「ガッデムさんと別れてからのことですさかいに」
 「あ、わかったで。あのいれあげとったインド人の娘やろ。わしあれだけやめとけゆうたのに」
 「ちゃいますわ。あの娘はガッデムさんが先に喰うてもうて、ボテ腹かかえて鉄道自殺しましたやん」
 「そうやったかいな。そないなことあったかいな」
 「調子のええ物忘れですわ。いまやから言うけど、ぼくガッデムさんのそんなとこが昔から鼻についとったんや」
 「さよか。そやったらお互いさまやな」
 「そうですわ。ぼくたちのコンビは解消するべくして解消したんですわ」
 「もう戻れへんのかいな」
 「もう戻れませんわ」
 「誰の上にも時は流れるのやな。わし、もう行くわ。これから寒うなるし、自分身体に気ィつけや」
 「ぼくはせまいけど家あるし、ガッデムさんこそもう年なんやから」
 「あほぬかせ。わしはロボットやぞ。おまえくらいに心配されたらおしまいやわ。それに羽毛ふとんもたくさんあるしな」
 「ぼくたち、また会えますやろか」
 「そんなんわからんわ。会うようになっとったら会うやろ。ほな、これで本当にお別れや。達者でな」
 「ガッデムさんこそ」
 「ぱぁんぱぁん」
 「ああっ。ガッデムさん、ガッデムさぁん」
 「あつ、いた、痛いわ。何がどうなってんねん。あいた、痛いわ。ちょお洒落ならんで、これ。痛い、痛い」
 「いまの拳銃持った男は誰ですねんや。なんぞ恨み買った覚えはありまへんのか」
 「知らん、知らん。痛、痛い、ごっつう痛いわ」
 「ほら、動いたらあきませんよ。えらいこっちゃ、タマが腹を貫通してるわ。なんかで止血せな、止血。血ィ? 血ィやて? ガッデムさん、あんたまさかほんまはロボットと」
 「待て、それ以上口にしたらあかん。ええか、どんなに親しい関係で、どんなに明らかに思えることでも、もうお互いに感づいとるやろなゆうようなことでも、いったんそれを口に出してしもたらもうその関係は終わりやゆう言葉はあるんや。だから、それ以上口にしたらあかん」
 「わかったわ、ガッデムさん、わかったからもうしゃべらんといてや。救急車呼ぶからここで動いたらあかんで。じっとしとるんやんで」
 「あほ、言われんでも動かれへんわ」

パパ ハズ ネバー トールドミー

『 題・お父さんの紙ぶくろ
                      A組 魔賭場痴性(まとばちせ)

    わたしのお父さんの仕事は、おたくをすることです。
    だからふつーのお父さんよりずっと家にいることが多いのです。
    でも出かけることもあります。それは「同人誌即売会」です。
    「同人誌即売会」は毎年たくさんあります。
    商業ベースの市場より「同人誌即売会」のほうが
    大きいんじゃないかと思えるくらいです。
    1人でるすばんをしている時
    わたしはお父さんが持って帰ってくる紙ぶくろの
    中身を想像してげんなりします。
    お父さんはいっぱい紙ぶくろを かかえて帰ってくるのに
    ろくなものが入っていません(間違いなく)。
    だから
    一つにまとめて大きくしてカンガルーのふくろみたいにすれば、
    わたしくらいははいることができるよと目を
    かがやかせてつめよるお父さんのことがわたしは
    ときどきとてもこわくなります。
    もし いつも紙ぶくろの中にいてお父さんの話してることを
    聞いていたら 気がおかしくなってしまうだろうなと思います。
    お父さんはみかけ通りのひどいおたくなんですよ。
    先生                                  』


 「(すべての引き出しが開けられ、下着や小物類の床に散乱した自室に飛び込んできて)あーっ。なに読んでるのよっ。ダメだよっっ」
 「(いかなる理由にか布地の厚くなっている下着の部分を鼻腔にあてがい、両足の出る穴から両目をのぞかせるやり方で娘のパンティをかむりながら)いいだろ。とかく早い段階に若い娘たちの処女性が喪われがちなこの日本社会においてそれを断固固持させるために父性の本来が持つ家族組織への検閲機構を執行しているだけに過ぎないんだよ。しかし如何なるの無意識下の精神の働きを象徴するものか、日々欲求不満な公立小学校女教員によって真っ赤なペンで大胆に描かれており、花弁と肉芯を若い男性の心へいたずらに想起させて早期に性犯罪へと誘う淫猥な風情のハナマルじゃないか」
 「(父の手から作文をとりかえそうとしながら)ダメなのぉっ。どこで見つけたの」
 「(むしゃぶりついてくる幼い娘のやわらかなふくらみを多く感じようと過剰に体を押しつけながら)おまえの持つ世の男たちを狂乱させる甘い部分を日々触れただけでも妊娠しそうな男たちの欲望に満ちた都会の大気より防護する布地の実際的な強度を鼻を突っ込むの言葉通りに、お父さんが自前の鼻で以て執拗の誹りを免れない入念さで幾度も幾度も実践的に試験していたところ、――この場合鼻はやはり皆様の期待通りチンポと解釈されねばなりますまいて――おまえの愛らしい両のふとももを日々通過させている想像するだに悩ましい二つ穴より通じて得た視界の隅に、目眩のするほど不埒な赤色をした鎮座ましますランドセル――ランドセルが古来なぜこれほどまでに数々の成人男子を魅了し、時にその莫大な時間の労働により築き上げた社会的地位を一瞬に放逐してまでの行動へと連れ去り続けてきたのかについては様々の研究があるが、それらのすべてを語るにはあまりに時間が足りない。よってそれらを般若心経の如く要約するならば、その箱形の形状は夢分析の語るように女性器を意味しており、その色合いは月の血と破瓜の血を同時に象徴しておるにもはや相違あるまいて――を捕らえたんだ。お父さんは辛抱たまらずそれにむしゃぶりつき、おまえ自身の女性器の具現とお父さんの生殖器の具現とが象徴的近親相姦ともはや誤解の無い強さでもって形容できる様子で接触を果たしたところの、『学級通信』にはさんであった」
 「(顔を真っ赤にして無意識の幼獣の媚びで身をくねらせつつ)これほんとのことじゃないのよ。作文用のフィクションですからね」
 「(ぎらぎらした目で下着をかむったまま明らかに商業用のものではあり得ない、著しい著作権の侵害を感じさせる類の性的ニュアンスにあふれた枕カバーに包まれた枕を小脇に大事そうにかかえて娘の部屋から退出しつつ)ほー、そうかね。やはりおたくの子はおたく、お父さんがすでに精通しているところの生理用ナプキンの使い方もわからぬ頭でもう虚構を語るのか。だが、おまえの虚構力は厳然たる日常へ新たな世界を現前させるほど強くはない――例えば大人の経済力やそれを傘に着た肉親の欲棒によって倫理の名の下に醸成されてきた家族構成員間の守られるべき聖域という虚構の破壊に物理的に対抗できるほどには。そしてお父さんは実の娘だからといって生まれた欲情を躊躇してしまえるような生半可な幼女趣味者ではない(突如突き上げる感情に耐えかねたように、ぎらぎらした目はそのままに振り返る)」
 「(一種異様な様子に気づいて後ずさりしながら)お父さぁーん(脱兎の如く駆け出す)」
 「(後ろから飛びついて腕を捕まえて)ちせ! どうしたんだい。どこに行くんだい、今ごろ。男の狩猟本能に強く訴え、いたずらにその欲望を促進させるためだけの、狩られるべく存在する幼獣の媚びを含んだ、助けを呼ぶには遠く及ばない甘い悲鳴を上げて。お父さんをこのようなまでに猛らせるなんて、おまえはおまえのキャラクターに通底するテーマとしてインセストを深く内包しているに違いあるまい(両手を広げて廊下の端へと追いつめていく)」
 「(逃げ出そうとしてならず、廊下の突き当たりの壁をむなしく爪でひっかきながら)せ、1960年代に青春を送った人は自分のファッションセンスを信じてはいけないって」
 「(奇妙な確信に満ちた断定で)ゆりこが言ったんだろ。1980年代に青春を送ったガンダム世代のお父さんはその限りではない。それを証拠に万年洗いさらさぬ同じジーンズという、比類無きファッションセンスだろう。相手に危害を与えることも、自分を守ることさえもできない幼い娘の人格を性的に蹂躙するのは、男親に与えられた無上の権利だと明記された民法の条項をお父さんは見た記憶がある(前傾姿勢でしきりと涎をぬぐいながら、じりじりと距離を狭める)」
 「(首を左右に激しくふりながら)で、でもちょっとヘンでも許してあげる。お父さんだから」
 「(娘を雲助のやる要領で肩に抱え上げながら)それはどーも。だが、お父さんは少しもヘンではない。なぜなら西洋文化の流入によって価値観の切断的明確化が行われ、曖昧さの完全に喪失した現代の日本社会においては性道徳もその例外ではないと言えるからだ。家族はかつてのようにはあることができずもはやバラバラに分断され、その構成員はそれぞれの役割をフィクションとして演じることでフィクションとしての疑似家族とも表現すべきヴァーチャルな集団を社会上に仮設するしか、もはや方法がない。それが構成員の誰にとっても心地よくないものであるにしても。そうして出来た形骸をかろうじて空中分解させないつながりとして保持できるのは、母と息子・父と娘といったような身の毛もよだつ近親相姦的接触がそこに存在するからだ」
 「(肩にかつがれたまま逃れようと手足をバタつかせながら)重くない? お父さん。重かったらそう言ってね、無理しなくていいからね。(顔を引き歪め、泣きじゃくりながら)私、平気だからね(父、娘を肩にかついだまま後ろ手に激しく部屋の扉を閉める。”ちせの部屋”と書かれた小さな木製の看板がむなしく揺れる)」

 ――時々
 私以外の男が娘の膣内に挿入しているんじゃないかと思う。そしてその不安はたぶん本当なのだ。父親に性的虐待を受けた娘が、実際自分の受けた行為は全然大したことなんかではなかったのだと自分に言い聞かせるために、最初のほとんど生きていけないような衝撃を隠蔽するために、成長してから幾人もの男に行きずりに身を任せることがある。それは濃い何かの溶液に水を足してどんどん薄めていくようなもので、最初の体験の彼女にとっての致死的な意味性を、かろうじて生きていける程度に希釈するために無意識裏に行われている。しかし、どれだけ薄めたところで、元の溶液が完全に無くなってしまうことは決してないのだ。

『(身をよじって必死に逃れようとしながら)重かったら無理しなくていいからね』

逃避王(2)

 天井の高い部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで二人の男がカードゲームをプレイしている。
 「(寝不足なのか隈取りなのかわからない両目を見開きながら)セメタリーに埋葬された三体のモンスターの魂を生贄にささげ、オレは新たにこのモンスターを召喚するぜ、猶予!(逃避王の本名”膣口猶予”の下の方の名前)」
 「(どんな整髪料が固めたものか、重力という物理を全く無視した髪型で)な、なに! バギナ(対戦相手の名前。尻上がりのアクセントで)がオレの攻撃を受けるままにしていたのは、このコンボをねらってのことだったのか!」
 「ダーク・ペドフィリア召喚!(数年来太陽に当たっていない引きこもりの未来人としか形容できない人型のクリーチャーが場に出現する)」
 「クッ…だが、まだオレの社会性の方がずっと上…このまま押し切ってやるぜ! 現在場にいるモンスターを生贄に捧げ、”赤ランドセルの小学生”を召喚だ!」
 「ケッ、そんな足りない脳味噌と足りない乳だけが特徴のキャラデザじゃオレのペド趣味はゆるがねーよ」
 「それはどうかな。おまえが罠カードではないかと警戒していたこのリバース・カード……その正体は、魔法カード”良識的コメント”だ!」
 「なんだと!?」
 「世間の最大公約数的良識にさらされ、窮地へと追いつめられた”赤ランドセルの小学生”のキャラデザはますます先鋭化する…!!(場の赤ランドセル小学生の頭身が下がり、胸がより薄くなり、もはや髪の毛のある赤ん坊としかいいようのない生き物へと変化を遂げる)」
 「バカめ、それを予想しないオレだとでも思ったのか! ”赤ランドセルの小学生”のキャラデザ先鋭化に応じて、”成立する幼女趣味規制法案”をキャストだ! ”成立する幼女趣味規制法案”は場にいるすべての幼女キャラをこのターン以降無力化し、幼女キャラ以外の攻撃力を倍増させる…ククク、猶予、墓穴を掘ったな」
 「(不敵な笑みで)ミスをおかしたのはおまえの方だ、バギナ。”赤ランドセルの小学生”を召喚する前にオレが生贄に捧げたモンスターのことをおまえは忘れていた……”幼女趣味規制法案”が影響を及ぼすのは、『場に存在するすべての幼女キャラ』だったな」
 「ま、まさか!(あわてて猶予のセメタリーからカードを拾い上げる)」
 「そう、オレが生贄に捧げたのは”設定上の矛盾”。世間からのごうごうたる非難を設定上の矛盾によって回避した”赤ランドセルの小学生”は、”18歳の小学生”へと化身した! いまや幼女趣味規制法案をかいくぐりつつ、ペド趣味者にはまごうことなき幼女キャラとして認識される……攻撃だ、バギナ!」
 「うおお…!!(赤ランドセルの小学生に腰抱きに抱きつかれた無表情の未来人が、全身から白濁した液体をとめどなく噴出しながら無表情のまま消滅する)」
 「”18歳の小学生”、”ダーク・ペドフィリア”を埋葬!」
 「ククク…ミスをおかしたのはおまえの方だ、猶予! おまえこそ忘れていたな、ペド趣味者は例え世間から弾圧され、どれほど社会より消滅したかに見えても、彼らは地下に潜伏し、その欲情と過激さを増して蘇るということを!(場に残された白濁した液体から陽炎が立ちのぼり、”18歳の小学生”の周囲を取り囲む)」
 「しまった、これがバギナの真のねらいだったのか! だが、バギナの社会性も残りわずかだ。”18歳の小学生”でバギナの本体に直接攻撃をしかければそれで勝負は決まる……このまま反撃の機会を与えず、最も卑劣な性犯罪者としての引導を渡してやるぜ! ”18歳の小学生”、攻撃だ!」
 「その攻撃に応じて、”18歳の小学生”につきまとっていたダーク・ペドフィリアの魂が、おたく的趣味の範疇に止まらない真の犯罪性を発露する!(ランドセルの小学生の短すぎるスカートの内側からエノキタケ状のものが猶予の顔面に向けて突出する)」
 「(両手で顔をおおいながら)ぐわ…! く…”18歳の小学生”の膣内から何者かがオレに攻撃してきた!」
 「ククク、いま”18歳の小学生”の膣内にはダーク・ペドフィリアの魂が憑依しているのさ。行き過ぎた抑圧に居場所を失ったペド魂は、いまや幼女とみればところかまわずストーキングするぜ!」
 「内向的な最悪の部類のおたくの魂が、この世でもっとも弱い人類に対して初めての威力を発現しているというのか!」
 「さらに社会的に未だ発信を持たない幼女へする日々のちょっとしたイタズラは、他の側面におけるおたくの魂の社会性をむしろ増大させるのさ(小太りの青年がさわやかな笑顔で近所の主婦に挨拶をしながらゴミ置き場にゴミを捨てている光景が場に映し出される)!」
 「(驚愕の表情で)おたくが、社会性を増大だと…!? 犯罪に荷担することが、おたくの社会性を逆に増大させるというのか!」
 「その通りだ、猶予。社会の形を皮膚感覚で規定できないことがおたくの内向性の正体だ! 犯罪という反社会的行為は逆説的におたくに自分を取り巻く周囲の環境、すなわち社会を知覚させるのさ!」
 「バカな…!」
 「そして猶予、”18歳の小学生”が攻撃をしたとき、オレの場にある罠カードが発動したぜ! 罠・永続性嗜好、”パイ盤(パイパン)”!」
 「パイ盤…!?」
 「パイ盤とは、古来より幼女の無毛の土手を意味してきた……埋葬されたダーク・ペドフィリアの魂がおまえにメッセージを伝えたいとさ! (青白いおたくの指が、縦長の窪みを境に左右二つに分かれた肉の上を執拗に愛撫し、ついにはL字形のミミズ腫れを生じさせる)」
 「割れ目にLの文字が浮かび上がった!?」
 「そう、これはL・O・L・I・T・AのLの文字……この6文字が場にそろったとき、貴様のペニスははちきれんばかりに膨張して、このパイ盤を無惨に貫く! そして貴様は完全に抹殺される……社会的にな!」
 「なんだって!? オレは、その気は無いとは図々しい言いぐさながらも、このままでは幼女暴行を6ターン後には法的に立証されてしまうということか! くそ、させるものか! 手札から”胸の薄い26歳OL(童顔と言われがち)”を召喚! ”18歳の小学生”とともに攻撃だ!」
 「おっと、幼女の膣は狭いぜ! パイ盤が場にある限り、一度に1体のモンスターしか攻撃に参加することはできない!」
 「なんだと、幼女の膣はそんなにも狭いのか…!?」
 「そして”18歳の小学生”に憑依したペド魂の反撃があることを忘れるなよ! 普段の人間関係が希薄なおたくは、一度少しでも親しくなったら、その執着はスッポン以上だぜ(電信柱の陰から集団登校途中のランドセル少女を執拗に眺めるスーツ姿の小太りおたくの映像が場に映し出される)! 猶予、ペド魂の反撃によりおまえのペニスはまた膨張する!」
 「(膨らんだペニスに前屈みの姿勢をとりながら)ま、まさか…!! お、オレはペド趣味者だというのか!」
 「認めてしまえ、猶予! どれほどあがこうとも自分が現代的ガラス細工の自我の持ち主、おたくに過ぎないことを! 社会集団より断絶された個という寂しさを、幼女の柔肉から、そして続く法の裁きから癒し、この世界のどこにも存在していなかった亡霊としての自己を、1個の社会生物として新たに再生させるんだ!」
 「(がっくりと膝をついて)わかったよ……とりあえず幼女の膣に文字通りチン入することで一時的な快楽と背徳に身をゆだねることにするよ。そうして、その後に訪れるだろう冷たい手錠と幼女の両親からの悪鬼を見る視線にさらされることで、どんなに引きこもりの孤立を気取ったところで自分はやっぱり現実の社会にしか存在していなかったことを痛感して、成人式の見かけ無頼な若者たちのように国家や法という厳格さを目の前に、それまで鼻高々に唱えていた革命論もどこへやら、たちまち縮みあがって飼い主からの不条理な暴力に脅えた子犬の如く尻尾を丸めて腹を見せ、おろおろ泣きながら赦しを哀願し、国家というシステムに一生涯隷属することを本当に心の底から誓うことにするよ…」
 「(優しいが、一抹の寂しさを含んだ微笑みで)連綿と続いてきた人の倫理の一形態が持つ不条理ではなくて、その妥当性をこそむしろ積極的に汲み取ることこそが、すべての国民にとっての幸せなのさ」

サクラさん

 「あ、宅急便。暑い中えらいご苦労さんです。ハンコおまへんねやけど、サインでよろしいですか」
 「あなたが注文購入したのが某有名RPGの最新作でなくて幸いでした。もしそうなら、なんとひとりよがりな、もはや比喩表現による婉曲的な揶揄の意味ですらない”一本道”RPGを愛好する輩と、泣きじゃくって許しを乞うまで、玄関先であなたをキツくキツく殴りつけてしまっていたかもしれませんからね」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「兄さん、真顔でえろう怖いこと言いますなあ。そんなガタイとサングラスで言われたら冗談に聞こえへんわ。サインでよろしいですな? あ、なんやなんや。ハンコ無い言うとるやないか。いま嫁さん外に出とって」
 「ステキな玩具だ……わたしに遊ばせなさい」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「それ、嫁さんが買ったプレステ2やから絶対触ったらアカンで。わしも勝手には、ってちゃうがな。勝手に人ン家あがりこむなや。ハンコ嫁さんが銀行持ってっとんのや。聞こえとんのか。せめて靴脱げや。おい、そこはトイレやぞ。トイレにハンコなんかあるかいな」
 「人体というものはね、何かを排泄するときはすべからく気持ちのいいものです。小便、大便、精液、反吐、汗。オナニー好きのわたしはね、ことに精液を人の20倍膣外に排泄してきた」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「なに悠然と人ン家のトイレ使ってんねん。ええ加減にせんと、あ、こら。ゴミ箱にハンコ隠したりするかいな。おい、なにを嗅いどるねん」
 「相変わらず安物の同人アンソロジーばかりでマスをかいているようですね」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「ほっとけや。嫁さん腹ボテなんじゃ」
 「ティッシュに残されたスパームの濃度と匂い、量から判断すると、おかずに使用した同人誌の含む性嗜好は、ペド60近親相姦30放尿10のブレンド…見えた! 良き同人誌です」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「すごいな。そんなとこまでわかるんか。ってちゃうがな。なに感心しとるねん、わし」
 「君たちは非童貞であるという現実に目がくらみ、童貞のわたしよりもチンポが見えていない。マスをかくという行為に真剣ではない。マスをかく行為がなっちゃいない。膣で得られる感触に安心してしまい、真の精神的屈従を脳が捕らえない」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「なんや兄ちゃん、童貞なんか。まさかそれがいまこんなことしとる理由とちゃうやろな。よ、嫁はんも娘も出払っとっておれへんぞ」
 「だが、哀しみがない――日本橋の同人ショップで見つけたというこの本にではなく、読み手の君にだ」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「話そらすなよ。おい、待て、それどっから見つけてきてん。あ、このガキやな。返せや、おい。貴重品やねんぞ。こら、極太マッキー取りだしてどうする気や」
 「職業漫画家でなくても絵は描けます。チンポの角度とティッシュのスレ音が世俗的な倫理観へのアンチとしての背徳の分量を、家人の露骨な嫌悪の表情がその背徳を社会的な許容の範囲に止めさせる判断基準となる――できた!」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「できた、やあらへんがな。返せ、返さんかい。あ~あ、ばかでかいおめこマーク描きやがって。何しに来てん、おまえら。何がしたいねん。ええ加減にせんと警察呼ぶぞ。おまえら二人とも家宅侵入罪やぞ」
 「誰が決めたのかね。他人の家に土足で侵入しちゃいけないと、いったい誰が決めたかを尋いているのだよ」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「警察や。警察が決めとんのや。はりたおすど」
 「ワァ~オ」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「バカにしくさって。わしは本気やからな。ほれ、もうダイヤルするで。出ていくんやったらいまのうちやど。あ。あいた、痛いがな。ちょお、これシャレならんって。強盗やがな。ここまでやったら強盗、あいた、痛い痛い。やめてくれ」
 「ママの味わった苦しみ、あなたも知りなさい。息子がおたくで、もうじき30にもなろうかというのに定職にもつかずふらふらしているという現実から受ける社会的痛み、あなたも知るのです」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「わけがわからん。勘弁してくれ。痛い痛いよう。そ、そこの引き出しや。カネはそこの引き出しの中にある煎餅の空き缶に入っとる。全部持ってけ」
 「与えちゃいけないッッ! いいですか、わたしに現金を与えられるのはまっとうな社会的生産性を持つ労働だけ。あなたは資本家じゃないでしょ」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「もうどないして欲しいねん。わけがわからんわ。いた、痛い。死ぬがな、死んでまうて。げほげほ。ごほ。死ぬかと思た。おい待て、なんやかんや言うといて、カネ持っていくんかいな」
 「宅急便の配達夫などという、他人に与えられた人足まがいの仕事に甘んじることなく、奪うことで猶予期間の持つ鬱屈からの脱出を完璧にした。幸福だ」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「うわあ、最近流行りのモラトリアム犯罪やがな。どうりで理屈がわからんと、おい、なんやその手つき。今度はなに優しく触っとんねん」
 「君の手が温かい…」
 「サクラさん、素敵ですわ」
 「だ、男色やがな! あ、おい、なにカメラ回してんのや。それネタにゆする気か。貸せ、このガキ。あ。耳元で息ふきかけるのやめえ。あ、こら、マジか。ズボンを、ぎゃあ、ぎゃああ」
 「サクラさん、素敵ですわ」 

愛のうた

 砂嵐舞う荒野。頭上に双葉を装着したダイビングスーツの男が3人、腰まで地面に埋もれている。スーツの色はそれぞれ赤、青、黄。スーツの下には、劇画調の彫りと陰影を持つ顔面とまったく不釣り合いな、みすぼらしく痩せこけた身体。
 「(青、強風の中、ライターに点火しようと幾度もカチカチと鳴らしながら)くそ、アカンわ。全然つきよらへん」
 「(赤、肘をついて横目に)おまえ、たいがいにしとかんと、しまいに肺から血ィ吹いて死んでまうど。ホレ、おれのジッポー使うか」
 「(青、ひったくって)ボケ、最初からよこせや……フーッ、しかしなんやな、俺たち、いつまでこんなとこ植わっとらなアカンのやろな」
 「(黄、うつむいたままつぶやくように)……我々巨視的存在は、その実存性の基底部分に滅びを内包していなければならない」
 「(赤、青を肘で小突いて)おい、おい。また黄色が始めよるで」
 「(青、フィルターを噛みつぶすようにして煙草をふかしながら)ほっとけ。おれが煙草を吸うみたいなもんや」
 「(黄、独り言を繰り返すように)よろしい。では、実存とは何だろうか。それは、情報の系だ。時間の流れに従って、系には情報が増大してゆく。やがて情報の総量は飽和という名前の臨界点に達し、系は崩壊する。すなわち、実存の終焉だ。衰退や減少ではなく、増大によって実存は死を迎える。このプロセスは、私にとって示唆的な意味を持たないこともない」
 「(赤、あくびして)おい、青色。やっぱワシにも煙草くれや。(青、無言で煙草の箱を投げる)」
 「(黄、独り言を繰り返すように)わかりやすくしよう。巨大な、一本の樹木を想像して欲しい。この樹木は不思議なことに根っこを持たない。これの幹と枝が、私の表現するところの”系”に相当すると考えて欲しい。結実する果実は”情報”だ。根っこを持たないとしたのは、時に樹木は人間的な視点から永続と同義に映ってしまうからだ。それでは、私のする解釈に齟齬を来してしまう。だから、諸君は、数学的な仮定のごとき思考の依り代としての樹木と考えてくれればいい。この樹木は、生物に限らない、すべての実存に対して包括的に当てはまる動きをするが、この際に限っては説明と理解をシンプルにするために、人間のみを表すと想定しよう。時間の始まり、つまり実存の誕生において、かれの持つ樹木には何の果実も無い。この時点で、系の持つ情報はゼロだ。そして、時間は流れ始める。かれが生きることを始めたからだ。かれの時間が流れるにつれ、様々の果実が枝へと結実してゆく。ここで注意して欲しい。最初に言ったように、この樹木には根っこというものがない。だから、情報の総量が増えるに従って、自発的なバランス取りが必然になるんだ。わかりにくいかい? 例えるなら、完全に均衡を保っているやじろべえの片方に、重しを付け加えるようなものさ。もしその重しが重すぎるのなら、やじろべえは倒れてしまうだろう。情報の質量とは、系にとっての意味性の重大さと同義だ。(皮肉っぽく)もし、右の枝に『両親の不貞』やら『性的虐待』やらの巨大な果実が実ったなら、左の枝に『心理学』やら『宗教』やらの同じ大きさの果実を実らせてやらないと、樹木そのものが倒壊してしまうからね! これこそ、バランス取りというものさ!」
 「(青、輪っか状に煙草の煙を吹き上げる)フーッ……樹木やて。わざと皮肉ってるんなら、それこそ大したもんやけどな」
 「(赤、二本目の煙草を取り出す)お、すまんな、青色。これでしまいや(ねじった煙草の箱を遠くへ投げる)」
 「(黄、独り言を繰り返すように)さて、くだくだしく見てきたように、時間軸に沿って増大する情報のバランシングが、実存にとってのほとんどすべてであると言ってもいい自己保存の過程なんだが、ここにもう少しの複雑さを付け加えることにしよう。それは、”情報の切り離し”だ。すべての枝々に実らせることのできる果実の総数には限界があるからね。左様、系は情報を手に入れるだけでなく、手に入れた情報を切り離すこともできる。系が『情報を手に入れる』というとき、それは外側にある情報をそのまま直に取り入れることを意味しているのではないんだ。外側からの刺激を受けて、内側から同質の情報を系内に作り出すことが、系が『情報を手に入れる』ことなんだ。思い出して欲しい。この樹木には根っこというものが無いと言った。それは、系にあらかじめ封じ込められた、何と呼ぶべきか、仮にエネルギーとしよう、エネルギーの総量が誕生の瞬間に決定してしまっているということと同義なんだ。そして、バランシングのためには、系の許容量を超えて増え続ける果実を、ある段階で切り離さなければならない。系内のエネルギーの総量は、そのとき、自然減少することになる。先に話したような均衡を失した倒壊は実存にとっての突然死と言えるが、エネルギーの消滅もやはり実存にとっての死であるということができる。うまくバランス取りをし続けようとも、それは決定された死を先送りするだけのことに過ぎない。つまり、実存は滅びを内包していると定義づけることができる。そう、実存は実存する限りにおいて滅ばねばならぬ……おお、この必滅の定めよ!」
 「(青、もはやフィルターだけになった煙草を噛みしめながら)あー……砂嵐止まねえかな」
 「(赤、唇に煙草を張り付けたまま)どうやろな。もう三日も続いとるしな」
 「(黄、独り言を繰り返すように)しかし、人間が死ぬということを、私たちはこのような思考実験を外したとて、まざまざと知っている。それを疑うことはできないだろう。だが、人間という名前の系は滅びるとして、人間の作り出したものはどうだろうか? 例えば、そびえ立つ無数のビルディング。それは、滅びを超越している。いや、違う、それは滅びを超越しているように見えるだけだ。(徐々に口調に熱を帯びて)私のした樹木を介する滅びの大統一理論は、その正しさゆえにすべてへと適合され得るはずである。眼前の状況を整理しよう。ひとつ、すべての実存は滅びを内包していなければならぬ。ふたつ、人間による被造物だけは滅びを免れることができる。この2つの間に存在する矛盾は、3つ目の条項によって大統一理論に背理せぬよう解消されなければならない。すなわち、みっつ、人間による被造物は、人間そのものによって滅びを迎えさせられる! (陶然と)それを証拠に、見よ、あの不朽不滅を約束された巨大な二つの摩天楼は、灰燼のうちに滅びたではないか! 人間による被造物は、だとすれば人間という系のうちなのだ。人間たちの迎えたあの破局への綻びは、正に必然だった。そう、あの最初の綻びは、確かに予見できたはずなのだ。荒野に打ち捨てられたビニル袋を見るとき、私はそこに滅びを予感した。それは、嗚呼、そういうことだったのか。(肩で息をして)私の感慨は、いい。それはおくとしよう。いまは、あの巨大な二つのビルディングとの滅びの合わせ鏡の対、人間へと大統一理論を縮小するとしよう」
 「(青、フィルターを噛みながら、気のないふうに)サイズで見たら確かに縮小しとるけどな」
 {(赤、青の言葉を受けるように)実存としてやったら逆に拡大してるとも考えられるわな」
 「(青、フィルターを噛みながら)結局は言葉だけのことや。終わったあとに何言うたかて、それは、むなしいやろ」
 「(黄、我にかえると、驚いたように目を見張り)まさか、君たちからそんなふうに突っ込まれるとは思わなかったな」
 「(青、口の端を歪め)なんでや。関西弁やからか」
 「(赤、口の端を歪め)関西弁やからやろ。見くびったらアカンで。言葉だけのやつは、すぐ現実をみくびりよるからな」
 「(青、煙草のフィルターを噛みちぎると、地面に吐き捨てる)哲学が無力なんは、例えば物理学なんかと比べたら、世界を想定するときに実証があり得へんという点においてや。哲学が正当かどうかは、それをするものの良心にだけ、唯一委ねられとる。良心! なんというどうしようもない頼りなさやろうな! 黄色よ、おまえは人間について話しとったな。人間という実存の特異性はどこにあったんやろう。それは、きっと、『食べられない』ことにあったんやろうと思う。この場合、捕食されない、ちゅう意味やな。世界ゆう名前の系の中で、そこにあるエネルギーの総量はあらかじめ決まっとって、エネルギーの総量は保存されなアカンはずで、その前提の中で、すべての実存は『食べられる』ことによって、自身の持つエネルギーを別の実存へと受け渡す、あるいは世界へと還元するプロセスを持っとった。けど、人間にはそのプロセスが完全に欠落していたんやな。エネルギー保存の法則を唯一破壊する人間という実存は、世界が本来持っていたものとは、何かまったく別の次元のものではあるやろうけど、新たなエネルギーを世界という系に作り出すという、生物の本義とは異なったプロセスで、自身の存在が世界のエネルギー総和を乱してしまうことへの矛盾を解消しようとした。自分たちの依る世界という系を壊さないためにや。けど、それは生物の本義を外れた、実存の消滅を伴わないエネルギーの歪んだ受け渡しやった。なるほど、エネルギーの総和はそれで守られたかも知らんが、ここで人間は必然、実存の消滅という行為を代行する別の代償を必要とし始める。それは、ずっと長い間、土俗宗教のイニシエーションやムラのマツリによる”疑似死”によって補完されてきていたんや。けど、その基盤となる地域社会はやがてゆるやかな崩壊を遂げ、人間たちは再び実存の消滅の代償行為を探さなければならなくなる」
 「(黄、ふるえて)それは、戦争かい?」
 「(赤、首を振って)拡大して、人類史的な視点から考えるんやったら、確かに戦争が代償したと読みとれへんこともないが、それは飽くまで個々の人間がそれぞれにただ在ることから引き起こされた相互作用的現象であって、『食べられる』ことを喪失した一個の生物としての人間が、実存の消滅という行為自体の消滅に対してどのようにふるまうかを説明せえへん。不完全な知恵という名前の解釈装置を放棄し、究極的な全へと和する快楽、知恵が実存の消滅へと対面したときに感じる恐怖――これは人間がものを造ることに由来する恐怖だとも言えるやろ――をうち消す快楽、つまり、死イコール恐怖やなくて、死イコール快楽の生物性へと回帰させる人間たちの代償行為、それは……」
 「(黄、苦悶に顔を歪め)……ゲームかッ!」
 「(青、無表情で淡々と)その通りや。ゲームは殺す。ゲームは死ぬ。そして、ゲームは快楽を与える。実存の消滅を喪失し、相互のつながりを喪失し、人間は、最後にゲームという名前の疑似死へとたどり着いたんや」
 「(黄、切迫した表情で)それじゃ、それで、人間は完全になったんじゃないのか? だったら、なぜ」
 「(赤、絶望的な青白い無表情で)簡単や。人間の失った二つを失えば、それはもはや生物とは呼べへんからな」
 「(青、絶望的な青白い無表情で)そして、覚えとけ。これさえも、ただの言葉や」
 降りる沈黙。やがて、砂嵐の遠くからきれぎれに兵隊ラッパの音が鳴り響く。
 「(赤、煙草を人差し指ではじいて捨てる)おい、そろそろ出番のようやで。(地面に両手をつくと、埋まった下半身を引きずりだす)」
 「そのようやな(青、地面に両手をつくと、埋まった下半身を引きずりだす)」
 「(黄、下半身を地面に埋めたまま、自身を両手で抱くようにして)怖いんだ……ぼくは食べられるのが怖いんだよ、本当に」
 青、赤、行きかけるが、その言葉に振り返って黄を見る。口を開きかける青と赤。
 突如として、3人の上を巨大な影がおおう。
 振り仰ぐ青と赤。そこには、果たして――
 「(赤、奥に何を隠すこともない完全な無表情で)確かに、怖くないといえば嘘になる」
 「(青、奥に何を隠すこともない完全な無表情で)だが、それが、生物や」
 激しさを増した砂嵐が、すべての騒動をかき消してゆく。


 『でも私たち愛してくれとは言わないよ』

げんりけん

 都心にある大学の学生会館といった風情の建物。壁面にはペンキやスプレーで思想めいた言説が、無秩序に書きちらされている。昼間だというのに、薄暗い廊下。人の足が踏んだ場所以外はほこりがうずだかく積もり、ときどき視界の端を小さな黒い物体がうごめく。左右の壁には等間隔で鉄製のドアが並んでいる。そのうちの1つのドア。店屋物の空の食器が置いてある。木製の、『現代世界を読み解く汎原理的思弁研究会』と筆で横書きにされた看板が、ドアノブに斜めにかかっている。中は廊下よりさらに薄暗い。どういう精神構造によるものか、唯一の窓をふさぐように背の高い本棚がいくつか並べられており、もはや検索の絶望的に不可能な順序で漫画本が詰め込まれている。部屋の片隅には小型のテレビが明滅を繰り返しており、画面にはもはや記号的認識が不可能なほどに記号化されたキャラクターが投影されている。その前には重箱式に無数のゲーム機が積み上げられている。部屋の左側にはバネの飛び出たソファが置いてあり、その上には等身大の人形――人類にあり得ない水色の髪の毛と、顔面の3分の2を有する赤い光彩を持った瞳と、口元に張り付いた白痴的な微笑と、身体の曲線を際だたせる目的以外を想定されたとは思われない不自然な着衣の――が横たえられている。ソファの反対側の壁には、”モオツアルト的祝祭空間”と赤いペンキで殴り書きにしてある。部屋の中央には丸い卓があり、男性2人、女性1人がそれを囲むように座っている。女性は、腰まで届くロングヘアに頬骨と鼻先を覆い隠すように前髪が垂れていて、くるぶしまで隠れるスケバン風のロングスカートに靴底の異様に厚い靴、上着の袖は指の第一関節までを覆い隠す長さで、一種異様だが、信仰の種類によっては倫理的賞賛を受けないこともないようないでたちである。男性の1人は黄ばんだタオルを海賊風に頭に巻いており、着衣は何故か灰色の作務衣、裸足の足はほこりまみれ、老翁風の長いあご髭を人差し指と中指で作った輪っかでもって、無意識のものだろうか、卑猥さを感じさせる仕草でしきりとしごいている。もう1人の男性は、工事用の黄色いヘルメットに底の厚い眼鏡、風邪を引いているのだろうか、中央に赤い丸を染めた長方形の白地のマスクをしており、洗いすぎて色落ちしたタータンチェックの赤いシャツに、ハムを作るときの外の皮のように引き延ばされたジーパンをはいている。女性、卓の上においた左手をときどき痙攣的に跳ね上げながら、話し始める……
 「グローバリズムや文化的多様性なんて言いますけれど、畢竟、人類は増えすぎてしまったんです。旧約のバベルの神話は、畢竟、神の怒りの表現などではなくて、人類の多様化への嘆きではないでしょうか。異なった価値観を持つ者どうしが、畢竟、”うまくやっていく”なんてことは、畢竟、不可能です。資源が、若しくは、富が構成員のすべてに平等に行き渡ることを、畢竟、前提としない限り。9.11以降、よく米国の市場主義と言いますか、競争原理が批判されますが、畢竟、社会主義が崩壊し、共産主義が版図を縮小し、米国とその追従者が生き残ったことだけを考えても、畢竟、『資源は有限であり、人類の全構成員には行き渡らない』ことを皆が無言のうちに承認した、その証拠じゃありませんか。米国はその点を強調して、畢竟、もっと開き直るべきなのです。グローバリズムというのは、飽和した国内市場の外で俺達の商品を買う相手と、俺達のためにほとんど無償で働く相手を見つけるための方便なんだぞって、畢竟、明言して居直ればいいんです。どこまで話しましたか、そうです、平等な資源と富の分配が不可能であるという現実は、多様性を拒絶します。つまり、ここに来て人類という種が取るべき道は、畢竟、2つだけなのです。『富の分配が可能な規模にまで、人間の数を間引きする』か、『富の不平等な分配を容認できるよう、その価値観を単一のものへと統一する』か、どちらかです。現実的に考えれば、畢竟、この両者を兼ねあわせた『単一の価値観を共有するものだけを残しての、徹底的な人間の間引き』が、最も”実行可能である”という意味合いにおいて、畢竟、有効でしょう。そして、私たちはその残されるべき単一の価値観を共有するグループに”含まれてはなりません”。なぜなら、畢竟、私たちは客観的な自己憎悪を手に入れた人類最初の文化集団であり、社会組織に対する自分たちの非有益性を誰よりも強く知るからです。――拳を握りしめて敢然と立ち上がり――手首に刃物が埋まってゆく感覚を嫌いな女子なんていません! ――座って元のようにうつむき――私の言うことに間違いはありません、エヴァンゲリオンでもそう言っていました、畢竟。」
 「――あご髭をしきりとしごきながら――フーム、懊悩(おおの)くんの考え方は他者に表現することを意識してか、パフォオマンスが極端に過ぎる部分はあるが、共感できる思想が含まれていないでもない。要するに、科学的思考の産物が人類種を劣化させているという事実を、もっと積極的に汲むべきだと言うことだね。例えば、火をおこす技術の無い者、食料を自給する技術の無い者、つまり生物として劣った者がそれをそれと自覚しないまま生きてゆくことができるのは、科学的思考の功罪ゆえであるということができる。人間すべてを頭でっかちの総合職、ホワイトカラアにするのが、科学的思考なのだね。君は土にまみれた赤銅色の農婦がテレヴィに現出する時、微かな、しかし理由の無い軽侮の感情を一度でも抱いたことが無いと、果たして言えるだろうか。科学的思考とは、人間の手から、それを高めることで生存の確率を同時に高める、あの生物としての技術を奪い、本来的に無価値な愚鈍を量産しながら、その”命令あるいは指導する権利があると信じている”愚鈍たちに根拠薄弱の支配的な優越感を代わりに与えるのだよ。自覚した時が、手遅れの時と同じなのは、阿片の類と同じさ。ただの無知よりも更に悪い、致命的な愚鈍が骨髄までをボロボロに蝕んでしまっているのを見つけ、見なかったふりをし、スゴスゴと元の心地よい穴ぐらに尻から這い戻る結果を迎えることになる。イヤイヤ、どれだけ首を振ってみせたって、ソモソモ君は汗と、肉が痛むことが不快なんだろう? 本当はそうじゃないんだよ、汗と肉の痛むことは不快じゃないのだよ、と拙が言うのを聞くと、懐疑的に眉根をひそめてみせることで、君の内側の衝撃をうち消してみせたじゃないか! オヤ、『科学的思考を捨てて、野に出よ』と言うつもりだったのが、『人間の精神は科学的思考に蹂躙され尽くしており、そこから離れてあることはできない』という結論に落ちてしまったぞ。つまり、人類種の劣化とは、科学的思考を発明した段階で、本質的に不可避であったということだね。では、俄然、懊悩(おおの)くんの発言が真実味を帯びてくるね。我々は、我々が堕落しきらない前に、自らの尊厳を守るために自死しなければならないということだ。この結論を拒否することは、つまり自身の愚鈍を認めることになるのだからね。」
 「――痙攣的に左手首を跳ね上げながら――単一の価値観を唯一選択的に残すためには、畢竟、自死では足りません。自死は自己への憎悪を基調としていますが、畢竟、憎悪を超克した理想をこそ、私たちの行動の基調としなくてはなりません。どの価値観を残すのかを注意深く選択した後は、畢竟、私たちはその実現のために自らを捧げなくてはなりません。私たちは理想に気づいていますが、理想郷に達するににはふさわしくないほど”穢れて”しまった、天国と地獄を見ながらどちらにもたどりつけずにさまよう、畢竟、リンボ界の幽霊のような存在なのです。畢竟、私たちはこの段階を迎えて、思弁ではなく、一人一人がどれだけ多くの選択的他者を道連れにできるかという方法論にこそ、最も執心しなくてはならないはずです。『理想郷は今そこに来る、ただし私たちはそこにはおられない』。私の言うことに間違いはありません、ナウシカでもそう言っていました、畢竟。」
 「――マスクの下から、神経そうに細い悲鳴のような空咳を繰り返しながら――僕の考えが正しいならば、僕の論は懊悩(おおの)氏と奈落豚(なふた)氏の論を補強できると思います。生物は種全体として、それぞれ単一の目的を持っています。それはつまり、情報を永続させるということです。その『情報』とは、僕たちは近視眼的にほとんど無条件に重要視してしまうような知性のことでは、断じてありません。知性は個の段階で、ほぼ消滅します。伝播力が非常に弱いのです。ドストエフスキーやマンが死んでしまったら、僕たちはまた振り出しから始めなくてはいけないでしょう? 情報の永続を目的とするなら、知性はあまりに弱すぎるとしか言えない。文学や芸術が、その非有効性を戦争やら飢餓やらに証明されて以降も未だに根強いのは、知性の伝播力の弱さ、自己消滅の容易さに対する抵抗を示してのことかもしれないですが、これは僕の論と少し外れます。生物がバトンしたい、つまり永続化を求める情報とは、何のことはない、遺伝情報に他なりません。人間の努力や知恵は遺伝子に刻まれてゆく、ですって? 馬鹿をおっしゃい。どこの歴史に二代目が先代よりも有能だった試しがありますか! 有効な知性があるとすればそれは、生物種が自身の情報の断絶を回避するためにときどき自らの系の内に作成する、天才という名前の奇形だけです。それすら、急流をゆくカヌーからぶつかりそうな岩へするオールでの一撃に過ぎません。話がそれましたが、言いたいのは、すべての”人間的”営為は、ほんのつけ足しに過ぎないということです。……なるほど、文明、文化ときましたか。個の知性を長く続けるための装置、文明と文化を人類は持っているではないか、それこそが知性の優越性に他ならぬ、とそう言いたいわけですね。人間の知性に対する、遺伝情報の優越性を証明するのには、一言で足ります。よろしいですか、『人類という種の履歴と同じだけの長さを長らえた文明・文化は存在しない』のですよ! ――下卑た含み笑いで――あるとすれば、それは性行為でしょうが、これはどちらかと言えば遺伝情報の伝播に属する”文化的”行動でしょうねえ。つまり、人間の知性を待つまでもなく『単一の価値観』はすでに存在し続けてきており、これからも存在し続けるのです。人類の中から選択する必要はない、人類を含めた知性を展開させる可能性のある種を皆殺しにすれば用は足りるのです。3人の見解を統合して、これを『ユートピア的ジェノサイド』と名付けましょう。蛇足ですが、反論を封じるために付け加えますと、進化という概念は自己存在の称揚を常に求める人間知性の産物です。進化という言葉の持つ高揚感を取り除いてより正確に現象を把握して言うなら、『周辺状況の変化に対する刹那的反応の永久的固着化』に過ぎません。生物とは、究極的に自己存在の止揚には、関心が無いのです……」
 「それは他人についてのことばかりでしょう――失礼ですけど――それとも他人についてばかりじゃないんですか。」
 部屋の隅の暗がりに坐っていた茶髪の女性が、大きく伸びをしてから両手をぶらぶらさせて口を挟むと、彼らは一様にぎくりとしてそちらを見た。彼らは彼らの会話に没入しているように見せかけながら、その女性のことをどの瞬間も常に意識していたのだった。
 「もうそれでおしまいですか、背手淫・鰤犬(せてむ・ぶりーに)さん。」
 「いいえ。しかしもうなんにもいいません。」
 「ほんとにこれで充分ですわ。――返事を待っていらっしゃるの。」
 「返事があるんですか。」
 「あると思いますけど。――わたしよく伺っていましたの、懊悩(おおの)さん、奈落豚(なふた)さん、背手淫・鰤犬(せてむ・ぶりーに)さん、始めからおしまいまでね。それで今日いまそれぞれおっしゃったことの、どれにでも当てはまるような返事をしてあげたいの。それがまた、あなたたちをそんなにいらいらさせている問題の解決になるんですよ。さあいいましょう。解決というのはね、あなたたちはそこに坐っていらっしゃるままで、なんの事はない、一個のおたくだというんです。」
 「私が」「拙が」「僕が」と彼らはきき返して、少したじろいだ。
 「ほらね、ひどいことをいうとお思いになるでしょう。そりゃ無論、そうお思いになるはずですわ。ですからわたし、この判決をもう少し軽くしてあげましょう。わたしにはそれができるのですから。あなたたちは横道にそれたおたくなのよ、懊悩(おおの)さん、奈落豚(なふた)さん、背手淫・鰤犬(せてむ・ぶりーに)さん――踏み迷っているおたくね。」
 ――沈黙。やがて彼らは決然と立ち上がって、男子間の肛門性愛が記述された冊子とアニメ柄の抱き枕と股関節の穴までが忠実に再現された少女型ラバードールをそれぞれ手に取った。
 「ありがとう、滓蚊醜(かすかべ)さん。これで僕たちは安心して家に帰れます。しかし、これで”げんりけん”は解散にすることにしましょう。なぜって、僕たちはあなたの言葉に反論の余地無く、片付けられてしまったのですから。」

ガッデムさん(2)

 「いやァ、うれしわァ。私、子どもの頃からずうッとガッデムさんのファンやってん」
 「さよか。そら、おおきに」
 「主題歌かて、まだそらで歌えますよ。非道ォー、せぇんしィ、ガぁッデムぅ、ガぁッデム、君よォー、パシれー」
 「自分、看護士のくせして相部屋で大声だしなや。向かいのベッドのニイちゃん、にらんどるで」
 「あの人は誰に対してもあんなふうなんですよォ。ここだけの話、ガッデムさんの前にもふたり、オバアチャンが入っとったんやけど、ふたりともなんや気味悪いゆうて部屋かわってますねん」
 「ぶるぶるぶるぶるッ。なら、ワシは三人目かいな」
 「まァ、ガッデムさんは戦争にも行ったことあるロボットやし、だいじょうぶかなァ、おもて」
 「じぶん、傷くつわ、それ。鋼鉄の中身は繊細なハートでできとんねんで」
 「またまたァ。これ、入院のための書類やからサインだけしてもらえますか」
 「えらい細かい字やなァ。老眼で読まれへんわ。それにしても向かいのニイちゃん、顔色も目つきもだいぶ悪いで。なんで外科病棟なんかに入院しとるんや。ぱッと見ィ、どっこもイワしてへんけど」
 「本人は精神病やゆうて信じてるみたいやけど、先生の見立ては大腸炎ですわ。切るかもしらんからここに入れてるんやて」
 「へえ」
 「なんでも地元で有名な髪結いのオバアチャンが身内におって、テレビにも出たことあるらしいねんけど、そのオバアチャンがなんかするたび親戚中ふりまわされるねんて。こんどの都知事選にも出馬するゆうて、だいぶ親族会議でもめたらしいわ」
 「そら、美談どころの話やあらへんな。しかし自分、ひとの個人情報をあんまベラベラしゃべらんほうがええんとちゃうか。最近どないもこないもうるさいで」
 「なに水くさいことゆうてんのん。ガッデムさんはどんな年とっても私のアイドルやさかい、特別やがな。ほら、早うサインしてしもてや」
 「君がずっと邪魔しとんのやがな。ハラ撃たれてからこっち、どうにも手に力が入らんのや……ほれみい、せかすから書き損じてしもたやないか」
 「歯ァ、食いしばれ。そんな書き損じ修正してやる」
 「アラ、この子くちきいたわ。めずらしなァ。やっぱりガッデムさんの人柄ゆうか、人徳やねえ」
 「あほ、もうただの中年ロボットや。あちこちボロッとるわ」
 「冴えてはるわー、ガッデムさん」
 「ニイちゃん、わざわざすまんな……おっと、いま自分、服に白いのついたで。はよとらな」
 「わかるまい。戦争を遊びにしている者には、この俺の体を通してでる力が」
 「どう見たって修正液やがな。なんや、はやりのプチ右翼かいな」
 「ガッデムさん、着替えの装甲もってきましたよ」
 「何から何まで迷惑かけるなァ。おっと、このアクセラレーターはもらわれへんゆうたやないか」
 「ぼくの気持ちやから。黙って紙袋にしまっといてくださいよ、ガッデムさん」
 「あらッ。もしかしてこの人」
 「ほれ、サインでけたで。自分おるとややこしいから、仕事もどれや。さっきからナースコール鳴りっぱなしやで。隣のベッドのオッサン、土気色やないか」
 「もうッ、女心がわからないんだから。何かあったらぜったい私を指名してや」
 「キャバクラちゃうねんど。もう呼ばへんわ」
 「あッ、コイツ、ガッデムさんのいとことコンビ組んでたヤツですやん」
 「ホンマかいな。そら気づかんかったわ」
 「そや、間違いないわ。髪ピンク色に染めたごっついオバハンをヤクザと取り合いして、それから蒸発してしもてたんですわ」
 「や、ヤクザやて」
 「ガッデムさんをねろうとる組とは関係ありませんよ。すごい黄色のストライプのスーツ着て、ふはははは、ゆうて笑うインテリ風のヤクザやったさかい」
 「おどかすなや。あれからワシ、ドアとか開くたびにビクッてなるねん」
 「病院の中は安全ですやろ。コイツもホンマはそのクチで逃げこんどるんとちゃいますか」
 「自分、その袖口のてんてん、どないしてん」
 「これは、あの、なんでもあらしまへんわ」
 「ワシを病院にかつぎこむときに付いた血ィやな。ホンマ、自分にはいろいろと悪いことやったわ」
 「なにゆうてますのん、ガッデムさんはぼくのために腕もげたことありますやん。こんなん、なんでもあらへん」
 「大きな星がついたり消えたりしている」
 「うわ、なんやいきなり。あほが、修正液で服の染みが消えるかいな。後ろにも目ェつけとけ、われ」
 「男の証明を手に入れたかったんだ」
 「意味がわからんで。頭おかしなっとんのか」
 「いや、案外見かけより狡猾なヤツかもしれへんで。ヤクザに訴えられたときのこと考えて、今からあほのふりしとんのや」

むどおん!

 「(野太い声の男性コーラスをバックに)時に西暦2019年、世界の人口70億。発展途上国との命の格差はそのままに、一部先進諸国では少子化が急速に進行。文化的最低限の生活が保障する“一人一成人女性”の担保が難しい状況に、成人男性の性的嗜好は急速に低年齢化。これを受けて各国政府は未成年女子の人権へ、歴史上かつてなかったほどの保護を政策として立法化。結果、成人男性にとって通常の社会生活を営むことが困難なほど、未成年女子の存在が凶器化。曰く、電車内で女性の背後で勃っただけで痴漢冤罪。曰く、街角で視線が交錯すれば視姦冤罪。曰く、百貨店で迷子の女児に声かけしただけで未成年略取。曰く、カメラ屋で娘の写真を焼き増ししただけで猥褻物頒布罪。法の厳格な執行に伴って、みるみる減少する労働人口に頭を悩ませた先進諸国政府は、南極へ人為的なブレーン世界構築の計画を策定。続いて、そこへ未成年女子全員を保護名目で隔離する国際法を国連にて採択。かくして、18歳以下の女子は先進諸国の家々から、路上から、街角から、一切に姿を消したのである」


 紫と黒のグラデーション的空間に、学校とおぼしき建築物が斜め45度に傾いて浮遊している。校門には“県立柘榴(ざくろ)高校”とある。カメラは校庭から下足室をくぐり、奇妙に人気を感じさせない教室の前を通り抜け、階段伝いに上へ上へと移動してゆく。最奥の突き当たりに屋上はなく、なぜか教室が存在する。扉の上に掲げられたプレートには“無道怨仇部(むどうおんきゅうぶ)”と揮毫されている。荒々しく駆け上ってきた人影がカメラを追い越す。“筋肉質の男性が長髪のカツラとセーラー服を身にまとっている”としか形容できない風貌だが、南極のブレーン世界は未成年女子をしか収容しないため、論理的には生物学的に女子と推測するしかない。その人物、駆け上ってきた勢いのまま、絶叫しつつ入り口の扉を蹴破る。
 「慄(りつ)! たいへんや! 御厨ヶ丘(みくりがおか)高校の連中が、いよいよ攻めてきよったで!」
 「(顔面に雑誌を乗せ、両脚を机へ投げ出していたブレザー型制服着用の贅肉質巨漢、突然ノーモーションからほとんど重力を無視して垂直に跳び上がり、恐るべき柔軟さで両脚を地面と平行に真横へ広げる)なんやとォ! えらいこっちゃ! ジャンピング・サンダークロス・スプリットアタック・ナウやがな!」
 「(金髪碧眼白皙の少女が優雅な仕草でカップを置きながら)あら、それはありえませんわ。なぜって、ブレーン世界はそれぞれ独立した存在で、相互干渉はできないようになっていますもの」
 「(着地の際に体重で床板を踏み抜きながら)無義(むぎ)、それはほんまか!」
 「(衣類の本来的な役目を否定するほど短い上着からのぞく六つ割れの腹部を抱えて爆笑しながら)だまされよった、だまされよった!」
 「(カチューシャの下に広い額というよりは、頭頂部に向けて後退した生え際からもうもうと煙を上げながら)妙(みお)、貴様ァ! そんなつまらんイタズラでワシのドリームタイムを邪魔しよったんかぁ!」
 「(前腕の筋肉を誇示しながら)揺れる脂肪がいつもマシュマロみたいなお前の成人病を心配して、ちょいと運動させてやったんやろうが! 感謝こそされ、キレられる筋合いはないわ!」
 「(胸倉をつかんで)もう勘弁ならん! 決闘じゃあ!」
 「(胸倉をつかみかえして)吐いたつば飲まんとけよ!」
 「(金髪碧眼白皙の少女、無言で立ち上がると部屋の奥からティーセットを盆にのせて戻ってくる)さて、分厚く切ったこのフランスパンに、『うそ!』と叫ぶくらいサワークリームをたっぷりと塗りつけて(瞬間、未来人の如く退化した細い顎がゴムを思わせる柔軟さで異様に広がり、パンにかぶりつく)……ムホホ、どっしりとしたフランスパンの塩気がサワークリームの酸味をしっかり受けとめて!」
 「(胸倉をつかみあったまま、筋肉質と脂肪質、同時に唾を飲む)ゴクリ」
 「(短い一本線の唇から血の滴る生肉のような舌をのぞかせて)そしてサワークリームの酸味が口の中にまだ残っているうちに、飽和状態まで砂糖を溶かしこんだ紅茶をひとすすり……ンまーい! 眼球上部から錐を差し込んで前頭葉を右へ左へグリグリするような、ロボトミーとまごうこの旨さ! よくぞ、ブレーン世界に生まれけり――!!」
 「(制服のリボンへ盛大に垂れ流れたよだれをぬぐいながら着席し)今日のところは無義にめんじて休戦ということにしといたるわ」
 「(カーディガンへ盛大な染みとなったよだれをぬぐいながら着席し)おまえこそ、脳味噌が糖分しか受容しない事実に感謝せえよ」
 「(フランスパンの体積の三倍はサワークリームを塗りつけてかぶりつく)うまいのう。正直、ぼっとんの汲み取り式だけは勘弁願いたいと思うとったが……ワシらの便からこれができとるなんて、にわかには信じられんわい」
 「(挑発的な視線をカメラへ送りながら親指に付着したクリームをなめとって)すべてのブレーン世界には、閉鎖環境における物質循環のモジュールが装備されていますのよ。いったん原子レベルにまで分解してから再構築してますから、衛生面でも安心ですわ」
 「(ビロウな連想を誘うとぐろ状にサワークリームを盛りあげ、ほとんど噛まずに飲み込みながら)ムォッ、ムォッ、グゥオフッ……なんとのう。糞尿を集めるだけで地球に優しいなんて、ワシらエコじゃのう」
 「(急激な食事に腹部が膨れ上がり、スカートのボタンがはじける)スカートのウエスト丈2cmゆるめたのに、まだ飛ぶのう」
 「(六つ割れの腹部を誇示しながら)ついにウェイトが限界超じゃのう、慄」
 「(ラマーズ法的な呼吸で懸命に腹をひっこめながら)ぬかせ、妙。南極は寒いからのう。こりゃ、冬脂肪じゃわい」
 「(優雅な仕草でカップを置きながら)このブレーン世界は外界の環境からは完全に隔絶されています。寒さを感じるとすれば、それは風邪の初期症状か、排尿直後か、さもなければ単なる気のせいですわ」
 「(猛烈な歯軋りで)ギギギ。ほんに、このアマときどきすごいむかつくのう」
 「(片手で制して)ほっとけ。囚人どうしの優越感じゃ。評論や批評が現実に影響を与えた試しはないわい。それを証拠に、幽異(ゆい)はもう帰ってこんのやから……(部屋の片隅に視線をやる。栗毛の少女が虚ろな視線で宙空を眺めながら座り込んでいる)」
 「(胸元に抱えた哺乳類らしき肉塊を撫でながら、感情のこもらぬ囁きで)うふふ、かわいいわね、あなた。ねえ、どこからきたの? おねえさんにおしえてよ」
 「(太い眉をハの字に曲げて)元は猫やったのか犬やったのか。すっかり毛も抜けてしもて、肉はくさいガスでふくれあがって、ひどい状態じゃ」
 「取り上げようとしても、ものすごい力で抵抗するしのう」
 「(肉塊の表皮が裂けて、ガスが噴出する)ブーッ」
 「(鼻をつまんで)おお。こりゃ、くさいのう」
 「(人差し指と中指を鼻の穴に突っ込んで)気がくるうて、死んどるのがわからんのじゃ。ほれ、幽異のあの幸せそうな笑顔を見てみい。くるった頭の中では、愛らしいペットを飼うとるつもりなんじゃ」
 「(細い眉をハの字に曲げて)むごいのう。女ばかりのブレーン世界にうまく適応できんかったんじゃ。あんな屍鬼(ghoul)みたいな肉塊に、壊れた心を補修させようとしとるんかのう」
 「ほんにのう。まさにぶわぶわテイム(tame)というわけじゃ」
 「……(無言のまま、すまし顔でカップを口に運ぶ)」
 「(突然、ホログラム状のウィンドウが宙空へ出現する.中性的な合成音声で)みなさん、相変わらず仲がよろしいですね」
 「(いっせいに直立し、三人で唱和する)ヤヴォール・ヘア・アーサー・シュバルツ!」
 「(中性的な合成音声で)貴方たちと相対するとき、思考の基礎言語には日本語が定義されています。複数のブレーン世界を統括する人工知能である私ですが、どうぞかしこまらず、ただ、こう呼んでください。黒田アーサー、と……!!」
 「(突如くだけて背もたれに身を投げ)そりゃ、ええわ。いくらブレーン世界が国際政治における国家間の調整結果とはいえ、敵性言語を強要されるのは気分のええもんではないからのう」
 「(突如くだけて、机上へ両足を投げ)そやそや。ウチはいつも答案真っ白で英語は追試やけど、そんなんわからんでも未来はどどめ色じゃ」
 「(後れ毛へ指をかけながら)ご指摘さしあげるのも失礼かと思いますが、念のため。先ほどのはドイツ語ですわ」
 「(両手の人差し指を涙腺の直下に当てて)ラわーん、あんちゃーん! 学校という一時的な場所での、さらに限定的な能力に関する相対評価を全人格的な絶対否定にすりかえて非難されたよー!」
 「(猛烈に歯ぎしりして)ギギギ。校舎裏が人類の生存を許さぬ真空の海でさえなければ、すぐにでもシゴウしたるんじゃがのう」
 「(ホログラムの背面へ回りこみながら)まあ、こわい。黒田先生、どうしていつまでも人は愚かで、こんなにも争いを避けることができないのでしょうか」
 「(中性的な合成音声で)感情が時間を経て集積したものが、歴史と呼ばれます。その感情の連なりが途絶えることが、共同体の滅亡です。多かれ少なかれ、共同体の存続という命題は、成育史のうちに個人の内面へ刷り込まれます。その過程を通じて、個人は己を超えたところにある共同体の歴史から事物に対する判断へバイアスを得ますから、客観的であったり、論理的であったりすることは極めて難しくなるのです。結果、その判断のすれ違いが争いへとつながってゆくのだと推測できます」
 「(瞳を潤ませ、うっとりと両手を組み合わせて)さすがですわ、黒田先生」
 「(わずかに男性的な合成音声で)いえ、賞賛はご無用に。私は人工知能、感情を持たない論理機械に過ぎませんから」
 「(鷹揚に頭の後ろへ手を組んで)なあなあ、そんなことより、ウチらはいつまでここにおらないかんのや。人生でいちばん輝け(Cagayake)る時期の女子を、陽も射さないブレーン世界で過ごさせるなんて、どういう政策なんじゃ、コレ」
 「(発言に勢いを得て)そやそや。男日照りの表現がまったくシャレになってへんわい。留年分をさっぴいても、卒業させてもろてええころあいとちがうんかい」
 「(中性的な合成音声で)現在、ブレーン世界の外側で発生している問題の根幹は、男性から欲求を向けられない年齢に達した女性たちの、男性が欲求を向けているものに対する嫉妬です。人間は動物ですから、子孫を残すという命題が至上のものとして行動原則へ抜きがたく組み込まれています。女性にとって、己よりも男性の欲求を多く向けられる存在というのは、遺伝子の保存を考えるとき、戦略上、極めて深刻な脅威です。これを退けなければ、己が輸送する情報の系は途絶するのですから。一方で男性は、己の遺伝子を受け渡す上で、例えば流産等による頓挫の可能性が少しでも低い個体を選択しようとします。一般的に、より若い女性の方が男性にとって魅力的に感じられるというのは、そう感じさせたほうが遺伝子伝達の戦略上でより多くのリスクを回避できるという、進化と名づけられた淘汰を経てなお残された動物的な要因に過ぎません。いったん子をなした場合でも、両者のこの特質に変化が見られないのは、さらに多くの遺伝子を残したほうが、単純な確率計算として情報の系が途絶する可能性が下がるからです。ちなみに人口維持に必要な出生率は2.07ですが、この0.07は性交可能となる以前に死亡する子供を計算に入れたものです。つまり、男性がより若くを求め、年齢を経て男性の欲求の対象となる機会が減った女性が、男性の欲求の向かう先を破壊しようとするのは、理の当然と言えましょう。二次元性愛への焚書的弾圧の根もここにあります。また、男性の欲求がときに若すぎる固体へ向かう場合、それが容認されるべきか否かの判断ですが、現状、各国政府はその国民へ一律の年齢基準を設けることで異常と正常の境界を明示しています。しかし、これは個体差を無視しているという点で、生物学的に妥当とは言えません。遺伝子継承に焦点を当てれば、答えはあまりに明白でしょう。すなわち、初潮を迎えているか否かです。初潮を迎えていれば、それは体内に出産へのレディネスが存在するということですから、これを制約するに及びません。もし初潮を迎えていない固体に欲求を向ける男性がいるとするならば、それは単なる後天的・文化的異常ですから直ちに排除されるべきでしょう。おわかりいただけましたか?」
 「(小声で小突いて)おい、慄。いま、英語でしゃべっとったよな?」
 「(小声でたしなめて)あほ、さっき無義がドイツ語やゆうとったやろ」
 「(切ない吐息を漏らして)先生の講義なら、私、何時間でも聞いていられそうですわ」
 「(中性的な合成音声で)米国のとある新聞の風刺漫画に、こんな内容がありました。一面の銀世界を前にした黒人の少年が独白するのです。『なんて美しい朝だろう。でも、この雪すべてが黒かったとしたら、ぼくはこの景色を同じように美しいと思えるだろうか』、と。これは真理の一端を突いていて、黒や黄から人間が連想する中身には、死斑であるとか黄疸であるとか、死を連想させるネガティブな内容が多いということです。(わずかに男性的な合成音声で)ですから、東洋の男性たちが貴女のような白人の少女を求めるのは、歴史的な劣等感をおくとしてさえ、理の当然なのです」
 「(バラ色に頬を染めて)まあ、どうしましょう」
 「(片手で顔をあおいで)平面に欲情できるヤツはええのう。うちら置き去りやないか」
 「(額の油脂をタオルで拭いながら)ほんま、あほらしわ。うちら当て馬ちゃうねんど」
 「(小指を深々と鼻腔に挿入しながら)こういう日はもう、一杯ひっかけて寝ちまうに限るわ」
 「(裏声で連呼して)寝ちまおう寝ちまおう寝ちまおう! そうと決まれば、早寝の前にホトケ様にのんのんのんじゃ!」
 「(いぶかしげに)ホトケ様なんてどこにおるんじゃ」
 「(親指で部屋の隅を指して)おるじゃろ、あそこに」
 「(感情のこもらぬ囁きで)うふふ、なにかがやけ(Cagayake)るにおいがするわね? どんなおいたか、おねえさんにおしえてごらん」
 「(隆々たる筋肉で腕組みして)おまえはときどき、すごい冴えるのう。感心するわ」
 「(うっとりと)黒田先生……」
 「(中性的な合成音声で)後近代の人類が抱く不幸を象徴的に言うならば、それは『録画したビデオテープの累積時間が、人生の残り時間を上回っている』ということになるでしょう。もしかすると人類はすでに滅びていて、私はただモニターの上に貴方たちの影法師を見ているだけなのかもしれません。例えば、私が貴方の問いかけに応答することを止める。なのに、貴方はまるで私が返事を与えたかのように会話を続ける。人工知能である私が恐怖するのは、そんな恐怖なんですよ」
 「(うっとりと)もっと聞かせてください、黒田先生。もっと……」
 「(中性的な合成音声で)あるいは後近代の不幸とは、消費者金融やパチンコ屋や新興宗教の布教活動に占拠されたかつての巨大メディアを見るときの眼差しに含まれると言えるかもしれません。あるいは、東洋人が西洋人へ潜在的に抱く劣等感を巧みに利用し、髪の毛を軟便色に褪色させる毒液の販売と、劣化した髪質の恒常的なケアという市場を創出した誰かの狡猾さに含まれるのかもしれません。あるいは、『手をかざしてください』と書いてあるのにいくら手をかざしても大便が流れないときの、アナログ的レバーへの郷愁と共に湧き上がる不必要な市場創出への絶望感に含まれるとも……」
 「(秀麗な眉を寄せて、悩ましげに)あの、ひとつよろしいでしょうか」
 「(わずかに男性的な合成音声で)なんですか、無義さん」
 「(小刻みに肩を震わせて)最近わたし、ときどき、黒田先生が人工知能だとはとても思えなくって……だって、まるで……まるで……」
 「(中性的な合成音声で)疲れてるんですよ。ノイローゼの前兆かもしれませんね。(わずかに男性的な合成音声で)睡眠導入剤を処方してあげますから、今日はそれを飲んでゆっくりおやすみなさい……」
 「(筋肉質と脂肪質、部屋の隅に向けて合掌し、野太い声で唱和して)まんまんちゃん、のーん!」
 「(感情のこもらぬ囁きで)あ、あ、そんなところをあまがみするなんて、いけないこ、いけないこね……」