崩れゆく聖域。

少女地獄

 「こんにちは」
 「ああっ。そ、そんな。ぼくの、ぼくの幻想の、ロリィタァァァァ!」
 「あなたは小鳥くんがバイオを購入するとき同種類のデブと一緒に『いまさらバイオって感じじゃないしねえ!』とことさらな大声で叫んであてつけてみせたわよね。あのときの小鳥くんの愁いをふくんだ悲しげな表情は、今でも思いだすたびにあたしの胸を痛ませるの。大好きな小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世にただ種を維持するためだけに無意味に存在する、キルケゴールの言うところの『自然の大量生産物』たち何人の生とひきかえにしてもいいと、あたしは心から思うわ」
 「そうか、そうか、人間の肌というのは本来こんないい匂いのするものなんだ。それなのにあのくそ女どもときたら、いやな香水の臭いをぷんぷんさせて、俺たちをどうしようもなく不能にさせて…くそっ、くそっ!」
 「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。目の細かい砂を少し余裕ができるくらいにゆるく詰めた水袋を差し貫くときのような感触。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。肝臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人ブタのように死んじゃえ~」
 「ごぼ。くそ、ちくしょう、俺だって、こんなふうには、ありたくなかったんだ。できることなら、もっと、高い何かに、ごぼ。なんで、俺は、いつも、いつも」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。『キィン』という音とともに手首に鈍くひびく硬質の手触り。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。金玉ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも愛されることのなかった何の生産性もないこれまでの人生を、死ぬ瞬間に初めて客観的に後悔しながら一人ブタのように死んじゃえ~」
 「待って、おいていかないで、ぼ、ぼくの、ロ、ロリィタ…」
 「おもしろぉい。立ち上がろうとして何度も血糊に足をすべらせてひっくり返ってるわ。片玉を失ってバランスがとれないのね。まるで出来損ないのおきあがりこぼしみたい。見て見てぇ。ブタ踊りブタ踊りぃ。ぶっざまぁ」
 「ごぼ…やだ…こんな…おか…あ…さん…」


 「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
 「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は六人も刺殺しちゃった」
 「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、真奈美」
 「えへへ」
 「今日の夕食はハンバーグだってママが言ってたぞ」
 「やったぁ。あたし、ハンバーグだぁい好き!」

小鳥猊下の日常

 「ぴたクールのCMでロリータがあげる『気持ちいい…』というあられもない嬌声を録音編集して実戦投入するそこのおまえ、一歩前へ出ろ。殴ってあげるから」
 「あっ。小鳥猊下が成人男性なら誰もが抱く当たり前の義憤にかられた様子で薄い両肩を無理に怒らせながらケンシロウのように両の拳をぼきぼき鳴らしつつ御出座なされたぞ」
 「なんてあからさまな童女趣味なのかしら。でも愛してる!」
 「スーパードールリカちゃんを何のオリジナリティもない企画アニメと鼻で笑うそこのおまえ、一歩前へ出ろ。殴ってあげるから」


 「で、小鳥猊下なんですけれども、今日は普通にありふれたかれの日常を彫刻してみたいと思います。なぜって、あのようにスリリングでアクロバテックでバイオレンスでエロスな日記ばかりを読まれると、たいそう神々しくもめでたい御姿をネットワーク上に卓越した文章にてメタファライズなされる小鳥猊下の実存とは、病室毎に鉄柵のついた入るは簡単出るは棺桶看護体制は最悪だけれども看護人の給料はべらぼうにいい類の特殊な病院に収容されている人間なのではないかと洞察力に欠ける知的にチャレンジされた一部の臣民たちに邪推されてしまうからで、それは私にとってとても心外だしとてもやりきれないからです。そんなことは全然ないです。当サイトが、両親ないし養育者との関係から発生した初源の不全による不安の神経発作を何か特殊な個性ででもあるかのように毎日の日記に記述し、あまつさえ同情を求める皮膚病の赤犬の図々しさで自らの病気に周囲を巻きこもうとし、日本人口の総体に対してほんのわずかの人間を巻きこむことに成功するという次元の低い金にならない達成で自分を得て、一時的な安心感に口の端からだらしなくよだれを垂らすようなよくあるパラノ・サイトとは全く次元を異にした成熟した大人のおっぴろげサイトであることはここにいらっしゃるみなさまが一番よくわかっておられるはずです。それでは当国の執性官をつとめる私めが、慎んで今日の猊下の御様子を公開させていただきます。
 「太陽も空の半ばを過ぎようというころ、小鳥猊下はようやく身体が二十センチも沈み込むような天蓋つきのベッドから気怠く御身体をお起こしになります。猊下の御尊顔は真に高貴な者がしばしばそうであるように紫色の靄に畏れおおく覆われており、下々の者にはその表情をうかがい知ることはできません。ビロオドのカーテン越しに射す柔らかな午後の日射しに目を細めながら、意識の覚醒するまでのあいだしばし猊下は御自らのかたちの良いなまめかしいピンク色の乳首をもてあそばれます。小鳥猊下は空調などという野暮で不健康なものは使いません。猊下に仕える黒人女が、今日は少々汗ばむ気温ですので、身の丈ほどもある大きな葉でもってゆっくりと緑の爽やかな匂いのする涼風を送ります。その一方で別の黒人女がオリイブ油を手づから小鳥猊下の抜けるような白い肌に塗りつけます。それは芸術に理解のある者が見たならば『アイボリーとエボニー』と名付けたくなるような見事な一枚の絵画を思わせる有様です。小鳥猊下のきめ細かい肌の官能的な手触りはすべての婦女子をたちまち降参させてしまうほどです。今日も何を血迷ったのか、油を塗る役目の黒人女が頬を紅潮させながら舌を前につきだしつつ猊下のブリーフを脱がしにかかりました。その際にちょっと見えた先端もやはり真に高貴な者がしばしばそうであるように紫色の靄に畏れおおく覆われており、下々の者にはその朝立ちっぷりをうかがい知ることはできません。機嫌のよい朝はさせておく場合もあるのですが、今日の猊下はどうやら虫のいどころが悪かったようです。そのローマ闘士もかくやと思わせるような見事に筋肉の発達した右足を振り上げると、破廉恥女のみぞおちから横隔膜、背骨へと文字通り突き抜けるような足先蹴りをお見舞いしました。口から動脈が破れたことを証明するような真っ赤な鮮血を吹き出しながら破廉恥女は床を転げ回りましたが、その頃には小鳥猊下の高貴な頭脳には彼女のことは微塵も残されていませんでした。小鳥猊下の憂いにけぶる瞳は――当然猊下の御尊顔は真に高貴な者がしばしばそうであるように紫色の靄に畏れおおく覆われており、下々の者にはその表情をうかがい知ることはできませんのでこの表現は修辞的想像に過ぎませんが、それはきっとこの世界に存在する最高の芸術家の夢想する究極の美をもしのぐ麗しさでございましょう――すでに今夜の乙女にする性の妙技の夢想へと向けられていたのです。我が宗教国家において初夜権は猊下の上にあり、そしてそれが猊下の行う唯一の国務なのです。

少女地獄

 「こんにちは」
 「ああっ。私の、幻想の、ロリィタァァァ!」
 「貴方は小鳥くんのホームページを金も払わず切り取り強盗の図々しさでさんざんっぱらねめまわした後『何なんですか、あのHPは。二度と行きません』という内容のメールをわざわざ送信したわよね。それを知ったときの小鳥くんの、自分の性病を医者に知らされたときのような、悲しげな愁いをふくんだ表情は今でも私の幼い胸を痛ませるの。あのときの小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世界に存在するその努力は無しにただ愛されたいといやらしく舌を突き出してみせる皮膚病の赤犬のような有象無象ども何人のただ環境破壊に貢献するだけの無駄で無価値な生とひきかえにしてもいいと私はこころから思うの」
 「なんて愛らしい。なんてすばらしい石鹸の匂いのするすべすべした肌なのかしら。そして無垢な少女性を存分に引き立てる上等の洋服。私が望んで望んで望み続けて手に入れられなかったものたちよ。両親は子供時代の私の実存に無上の愛撫ではなく殴打でもって応えたわ。もし私があなたのようだったら、私はどんなに愛されたことだろう。ちくしょう、ちくしょう」
 「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。ゲットぉ。水枕に使う分厚いゴム袋を差し貫くときのようなちょっと抵抗のある感触。長年刃物に親しんできた私だからわかるの。心臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人太りすぎて自力では動けなくなったトドのように死んじゃえ~」
 「ごぼ。私だって、本当は、こんなふうな、誰からもかえりみられない、醜い、私でありたかったわけじゃ、ないのに。私は、いつも、いつも、次の朝目覚めたら、違う私にと、願いつづけて、惨めな一人の眠りを、眠ってきたのに。ごぼ」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。ゲットぉ。想像よりはるかに固い薄膜を突き破る抵抗に続いてぷちぷちとひも状の何かをひきちぎる感触。長年刃物に親しんできた私だからわかるの。眼球ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。巷間にあふれる平等な意味のある生という無数の例証が近代社会を表面上成立させるための幻想に過ぎないことや、容姿などの個体差により生まれながら分けられた人生の明暗の真の不平等さや、自分自身の惨めでこの上なくリアルなスケールを死ぬ瞬間にはじめて実感しながら一人太りすぎて自力では動けなくなったトドのように死んじゃえ~」
 「待って、おいていかないで、私のロリィタ、私が本当はそうあらねばならなかった、そうあるべきだった私のすがた…」
 「おもしろぉい。あふれる血に残された視界をふさがれ、両手を前向きにさしのべる格好で電柱を抱きかかえるように自分から思いきり激突して重力方向にブッ倒れたわ。歯を剥きだしてシンバルをたたきながら前進する猿の人形みたぁい。きゃっきゃっ。もっともっとぉ」
 「ごぼ…やだ…こんな…おとう…さん…」

 「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
 「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は十五人も刺殺しちゃった」
 「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、江里香」
 「えへへ」
 「今日の夕食はスパゲティだってママが言ってたぞ」
 「やったぁ。あたし、スパゲティだぁい好き!」

このHPというかたち ~一万ヒット御礼小鳥猊下講演禄~

 「よく官能小説なんかで男性自身って言葉がありますよね。これは要するにチンポを婉曲的に表現する記号なんですが、じゃあ、雑誌に女性自身ってありますよね。あれはつまり…そうなの?」
 「あっ。小鳥猊下が国民の中に潜在的に存在する、女性化粧品の容器はすべて男性器のかたちを模して作られていますといった俗説と同程度の信憑性を持ち景気を悪くさせている疑問をおずおずと発話しながら軽快なフットワークを使いながら御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてエロティックなダンディズムなのかしら。私の女性自身も大洪水よ!」
 「ねえ、そうなの?」

 「……なわけで破裂しちゃったんですね。おや。今の爆笑どころなのになぁ。え、何? マイク入ってなかったの? ふぅん。あれっ。今日の責任者は女の子なの。へえ。若いねえ。年いくつ? 18。そうでもないか。男性経験はあるのかな。無い? いまどき珍しい娘さんだね。バイトいけないんじゃないの。ほぉ。母親に死なれて病気の父親がひとり。泣かせるねえ。浪花節だねえ。うんうん、あとはこの猊下君がいいようにしてあげるからさ。それじゃ早速だけど捧げさせちゃって。そう、捧げさせるの。二度言わせないでよ。いくら温厚な僕でもいい加減怒るよ。今の世の中貞操なんて邪魔なだけじゃん。いっそ無くしちゃえばこんな時給800円ほどの割にあわないバイトしなくても、もっと効率よく稼げる手段も生まれてくるじゃん。慈悲だねえ! これはまったく今の世の中に無いくらいの御慈悲ですよ。けけけっ。
 「……ええっと、何話してたんだっけか。こういうのって計算のない無意識からの抽出が大事なんだよね。あ~ぁ、さっきまでいい調子だったのにムカつくなぁ。ねえ、きょう上山君来てる? あ、来てる。上山君に栄誉ある貫通式のおつとめを果たさせてあげてよ。そう、アニメプリントシャツの口臭とワキガと吃音のひどい、水平方向と垂直方向に同時にチャレンジされている、僕が自分の優越感を満たすために面接で猫背ぎみにこの世の原罪すべてをしょって立つ様子で入ってきたのを見た瞬間に一発採用したあの上山君にだよ。二度言わせないでよ。いくら温厚なぼくでもいい加減怒るよ、ほんとに。今日初めて出会った彼氏彼女の事情ならぬ情事がいったいどのようなものになるのか興味はつきませんよ。いやぁ、つまらないつまらないと不平を言う行き着いた日本人の毎日、あればあるもんですねえ、こんなイベントは。これだから人生あきらめきれませんよ。あ、ちゃんとビデオまわしといてね。講演終わったあとで見るからさ。あの上山君のことだから目が合った瞬間に射精しちゃうんじゃないの。あんな可愛い子だし、他の童貞バイト少年たちがやっかんで路地裏で死ぬまでボコっちゃうかもね。あ、そこまで追いかけてビデオまわしとくんだよ。エンディングは血塗れの上山君にスタッフロールがかぶさってさぁ。作品だねえ! これはまったく今の世の中に無いくらいの作品ですよ。けけけっ。
 「……さてこのHPなんですが、みなさんからよく聞く批判にベタ書きでたいへん読みにくいというのがあります。せっかくそれができる方法が存在するのだから、文字の大きさを変えるだとか、文字の色を変えるだとかして、もっと視覚的に受け取りやすくしてみてはどうかというのが彼らの弁なのですね。しかしそれは違うと思う。それは、例えばここ数年のお笑い番組でよくやるような、笑うポイントをわざわざ視聴者に指示して下さる我々の知性と感性に極めて懐疑的な効果音やらテロップやらとまったく同じことをやっている。元の素材が多少おもしろくなくても、そういった付加的な要素で無理矢理に笑わせてやろうと言うわけですね。それらのやり口に似たテキスト加工行為は、書き手の知性に対しても読み手の知性に対してもこの上ない最大級の侮辱であるとぼくは思うわけです。あなたたちはもっとその侮辱に怒らねばなりません。
 「顔面を愛人のホステスとの情事の最中にずたずたに切り裂かれたみじめな男性の死体の映像であっても、股間に”禁”のマークを入れ、二回ほども『ぱお~ん』と象の鳴き声をかぶせれば、それはお笑いになるんです。こんな表層的な幻惑にまどわされてはいけません。あなたたちは発信する側が隠そうとしている本質をこそ見抜かねばいけません。例えば、元のテキストが本当のところ少しも面白くない、といったようなね。まァ、私の場合は常に何の秘し隠しもなくチンポ丸出しアヌスおっぴろげですからみなさんは何の心配もありませんけれどね。あっ。婦女子のみなさんは目のやりどころにお困りになるかな。(会場爆笑)
 「あ~ぁ、疲れたよ、ほんと。ねえ、どうだった? ちゃんと貫通した? どう、やっぱりあんな黙示録的な顔面の男に貫かれるのは辛そうだった? あっ、だめ。言わないで。こういうのって日活ロマンポルノとおんなじでちゃんとストーリーを追わないと面白くないからさぁ。ちゃんとビデオ撮れてるだろうね。いいとこで切れてたりしたら温厚なぼくでも怒るよ、ほんとに。ああ~ぁ、アワビ喰いてえなぁ、アワビ。店予約してきてよ。ちゃんとビデオも見れるようにセッティングしといてよね。シャワー浴びたらすぐ行くから。
 「……うう、寒い。えっ。なんでぼくがやらなかったのかって? 基本的にぼくってインポだしさぁ、それに18なんてトウが立ちすぎてるじゃない。触るのも汚くていやだなぁ。けがれですよ。ああ、それとさっきのやつ見て良かったら売り出すから。小鳥レーベル第一弾として。会社作っといてよ。これであの娘の家庭も救われるってものさ。現物を見たら病気で弱った親父さん、逝っちまうだろうけどね。二重の意味でね。けけけっ。いやぁ、いいことをしてすがすがしい気分だね。それにしても寒いよなぁ。ハイヤーまだ来ないの。渋滞であと二十分かかる? ふぅん。あれっ。今日はおかしな日だなぁ、また女の子じゃない。若いねえ。年いくつ? 15。ふぅん。捧げて。そう、ぼくに捧げるの。こら、待て。待ちなさい。スリット、スリットォォォォォォ!

猊下といっしょ

 「あれっ。もしかして自分、セルフィとちゃいまんねん?」
 「いやぁ、嘘みたいでんがな。こんなとこでふつう会いまんねんやろか」
 「ほんま奇遇やがな。最近もうかりまっか。立ち話もなんでっからとりあえず近くで茶でも飲みまんねん」
 「すんまへんやけど、いまツレといっしょでんがな」
 「さよか。そりゃ残念でおまんがな。どの人だす」
 「あそこに二人立ってるやんね。あれがウチのツレやんね。右のチンポみたいな真っ黒まんねん金髪まんねんがスコール言いまんがな。左の裸女まんねん痴女まんねん太股まんねんスリットまんねんがリノア言うでんがな」
 「いやでおますなぁ。ほんま、あいかわらずセルフィはおもしろおまんがな。いつまでも変わらへんのは自分ぐらいのもんやで、きみ。ほんまウチは嬉しだすわ」
 「また自分そんな上手ゆうて。ほな、ウチもう行くやんね。また会いまんねん」
 「もちろんやがな、きみ。また電話するやんな。トラビア魂は永久に不滅でんがなまんがな」

 「あっ。小鳥猊下が女学生の無意識に発する『おまん』という単語につぼいのりオがそれを発語するときと同程度の隠喩を感じて顔を赤らめながら、いつでも自前の恋の矢をするどく突き出せるように若干腰を引き気味に、袖口に名前は知らない、ソーメン状の飾りをつけ、乳首と局部を丸くくりぬいた全身にぴったりするラバースーツで御出座なされたぞ」
 「猊下くん、猊下くぅん。愛してるぅ。こっち向いてぇ」
 「こら、沙夜香。そんなふうにしたら、猊下がお困りになるだろう」
 「だってぇ」
 「心配しなくても神話的な存在である我らが猊下は、あそこにああして見えるのは私たちに次元をあわせてくれているだけで、実際のところこの大宇宙にあまねく普遍在し、沙夜香や他の婦女子たちの日々する衣類の着脱や排泄や入浴や動物的欲求の発散をいつも舐めまわすように隅々まで閲覧しておられるのだ。だから、我慢しなさい」
 「うん…わかったわ…寂しいけど」
 「いい子だね、沙夜香。猊下の御身体は誰か一人の婦女子のものではないのだから。その御姿を拝謁できるだけで畏れおおいことなんだよ」
 「嘘の関西弁を…」

 「しゃべるなぁッ!」
 「ドキュッ」
 「出たぁッ 小鳥猊下のワイルドパンチッ そのうっすい両肩から繰り出される小鳥猊下のワイルドパンチッッ」
 「きゃああ。セルフィが突然現れた変態性の闖入者に、全体重をのせた拳の内側で思い切り横っツラをはりとばされたやんね。そのインパクトの瞬間に砕けた頬骨が皮膚を突き破って飛び出し、鮮血を周囲にまき散らしたまんねん、不浄な自身の血をいつも見慣れているウチには実のところ何の動揺も無いやんね。ああっ。パンチのあまりの勢いにセルフィの身体が風車みたく宙空で未だ回転を続けているやんね」
 「ビュビュビュビュビュ」
 「あっ。小鳥猊下が回転の巻き起こす風切り音に耳を傾けながら、ちらちらと健康な内股の間からのぞくパンチラに気を取られながら、そのエロ擬音から連想される現実の事象に思いを馳せつつ、初孫の顔を見る老人のように目を細めて野性の充足した男のする有憂の微笑みを顔面に浮かべておられるぞ。もともとが精神体であり、我々が当たり前にやるような、ちんちんを触るていどのことではオスの欲求を処理してしまえない猊下ならではの深遠な、神々しいとも言えるやり方だ。沙夜香、しっかり見ておくんだぞ」
 「うん、パパ」
 「グシャッッ」
 「きゃああ。重量を問わない空中で十二分に加速を得て、地面という凶器に向かって超高速で叩きつけられたセルフィという実存の顔面から地上数メートルにまで到達するほどの血が噴出したでんがな。噴出した血液の量と小鳥猊下の欲望の量は正比例するまんねん、不浄な自身の血をいつも見慣れているウチには実のところ何の動揺も無いやんね」
 「嘘の関西弁を…しゃべるなぁッ!」
 「ドキュッ」
 「出たぁッ 小鳥猊下のワイルドパンチッ そのうっすい両肩から繰り出される小鳥猊下のワイルドパンチッッ」
 「きゃああ。猊下のワイルドパンチを顔面に頂戴した瞬間にウチという実存の意識から天地の区別は吹き飛び、砕けた鼻柱からの多量の出血がウチという実存の視界を真っ赤に染めたまんねん、不浄な自身の血をいつも見慣れているウチには実のところ何の動揺も無いやんね」
 「(両手をもみしぼり瞳をうるませながら)猊下くん、やっぱり愛してる。愛してる…」

今日のこの人

 東京都杉並区にお住まいの小鳥満太郎さんは人間国宝に指定される最後のホームページ職人です。江戸時代から続くホームページ職人の家系に生まれたかれは、同じく高名なホームページ職人であった父親より手ほどきを受け18歳のおりに独立、それ以来ずっとこの職業を生業としています。今日も特にと乞われ、ホームページの調整に出かけます。
 「最近は年のせいか、目が弱くなっちまって。新しい仕事は断ってるんだけど」
 満太郎さんは我々取材班に苦笑いでそう漏らします。
 「工業製品なんかと違って、ホームページってのはいったん作っておしまいってわけにはいかねえから。その後の手入れが大切なんだな。手入れを怠るとすぐにダメになっちまう。今日のホームページは、俺が20代の頃に作ったやつなんだよ。それがいまだに動いて愛されてるっていうのは、ほんと嬉しいことだよ」
 50年来のつれあいだという奥さんが火打ち石を切って満太郎さんを見送ります。
 「え。ああ、そうだねえ。アレとも長いからね。俺がここまでやってこれたのも、アレのおかげだと思ってます。あ、これァ使わないでおくれよ。いまさら照れくさいから」
 それを言う満太郎さんのはにかんだような表情には、愛があふれているように思えます。

 「よくがんばったな。前に来たのがいつだったかな。五年にはなるか」
 満太郎さんはホームページを手に取ると、流れるような手つきでメンテナンスを行います。それはまるで母親が赤ん坊にする愛撫のように、門外漢の私たちにも優しさの波動を感じさせます。
 「JAVAだとなんだとか、近頃はそういうホームページが多いけれど、俺にゃ本質をごまかしちまうような気がするんだよ。時代についていけない古い人間の繰り言に過ぎないと言われればそれまでだけどね」
 話す間も満太郎さんは手を休めることをしません。その芸術的なテキストが次々と積み上げられていきます。

 「これであと十年は大丈夫だよ、ご主人」
 満太郎さんは取り出した煙草に火をつけると、目を細めて深々と煙を吸い込みます。
 「腎臓をイわしちまって食事制限されてから、仕事の後のこれだけが楽しみになっちまった。十年後にまた来れるかねえ……後継者? ホームページってのは、それぞれが独自で、生殖能力に欠けた奇形みたいなもんでねえ。俺が手を加えることができるのは俺が作ったホームページだけなんだよ。後継者っつったって、そいつはそいつにしか手を加えることのできないホームページを新たに作るだけだ。(頭を掻きながら)こういうこと言うから古いって馬鹿にされるんだな。まァ、最近のホームページはそうでもないようだがね。俺みたいな職人はどんどん無用になってくんだろうな。ガキもいないし、俺の代でこの家業は終わりだろうね」
 そう言って笑った満太郎さんの横顔は少し寂しそうです。

 「顔文字、かい。どうなんだろうねえ」
 満太郎さんの顔が少しくもります。
 「最近は特に多いみたいだね。悪感情は無いよ。いや、昔は顔文字が入っているだけで怒りくるってモニターを殴りつけたりしたものだけどね。でも近頃は年をとったせいだろうね、ああ、可哀想だなって思うんだよ。仏さんみたいな透明で清澄な哀れみの感情が湧いてきて、最後には無性に泣けてくるんだ。日本語の本当の豊かさにも触れられず、精の薄い――あっと、よくねえかな。でも古い人間なんだ、勘弁しておくれよ――箇条書きの文章に句読点の代わりに顔文字を頻発する若い連中を見ると、その無知と愚かさとあまりの手に入れて無さのために泣いてやりたくなるんだよ。彼らは自分の貧困な語彙と日本語力で、目に見えない相手に自分を伝えようと必死なんだ。残念なことに俺たち夫婦は子どもを授からなかったけれど、もし自分の息子なりがこんなふうに顔文字を使っているとしたら、どんなにか胸のしめつけられる気持ちになるだろうって想像するんだ。だって、そうだろう。たどりつけないことは、生まれつき知的にチャレンジさせられてしまっていることは、彼らの罪じゃないんだから」
 満太郎さんの目にうっすらと涙が浮かびます。

 「今日実は俺の誕生日なんだよ。確か73になるんだっけかな。お招きはありがたいんだけど、こんな日くらいは家でアレといっしょに過ごしたいと思います。今日はどうもご苦労さんでした」
 私たちクルーに深々と頭を下げると、最後のホームページ職人・小鳥満太郎さんはひょこひょこと飛び跳ねるような足取りで帰っていかれました。
 去り際に彼の残した言葉は、いまだ私たちの耳に残っています。
 「ああ、誰か俺の誕生祝いに春画を送ってくれねえかな。誰か、幼女の春画を送ってくれねえかな…」

(企画・制作 nWoエンタープライズ)

小鳥猊下その愛

 「『あら、それじゃあなたはとあるVIPと知り合いだと言っていたけれど、今の話だと女性の身体を触ってもちんちんが起立しない男が友達にいるってだけじゃないの』
  『 いや、ぼくは確かにVIPと知り合いなのさ。なぜなら彼はVery Impotent Personだからね!』
  『まぁ! もう、ボブったら本当に憎らしい!』
  『アハハ。君があんまり真面目なんでちょっとからかってみたくなったのさ、メアリー!』」
 「あっ。小鳥猊下が少しも笑えない覚えたてのアメリカンジョークを上に向けた掌をへその付近で小刻みに左右に揺らしながらヒクツな漫才師の笑顔で発話しつつ御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてださおなら面白くないのかしら。思わずあくびとともに大量の涙がまなじりから吹き出したわ。そしてそれは私の淫水を暗喩しており、その量と正比例しているわ」
 「なんや、今日の客はノリが悪いで。舞台は客との共同作業や。よぉ覚えとき。ほなワシは失礼させてもらうで」

 「もう。なんで僕がこんな売れない演歌歌手みたいなことしなきゃいけないわけ。客の質は最悪だしさぁ。だいたいチンポとかオマンコとかしゃべるだけですぐ自我の抑圧から解放された心の一番深い底からの笑いを白痴的に爆笑できるような人間はわざわざぼくの公演を見に来ることないんだよ。幼児期に感情を抑圧せねば今まで生きてこれなかったような人種が、履歴書に記載された情報と二時間ほどの面接で判断されてしまうような人格の表層のやりとりに疲れ果てた人種こそが、そのすさまじいまでの心のくびきを解き放つ時間を持つために、錯覚のような一瞬間だけでも楽になるためにやって来て欲しいんだよ。君もヘラヘラもみ手してないでもっとマシな仕事入れる努力したらどうなのよ。いい加減にしないと温厚なぼくでも怒るよ、ほんと。(ノックの音にいずまいを正しあわてて煙草をもみ消しながら)あ、は~い。どうぞ、開いてますから。あれっ。女の子じゃない。どうしたの。とりあえず中にお入りなさいな。ずぶ濡れじゃない。うん。ぼくに会いたくてわざわざ北海道から出てきたんだ。君もヘラヘラもみ手してないで着替え持ってきてあげなさいよ。こんな場末の盛り場を一人でうろついちゃ危ないよ。明日になったら送ってあげるから、今日のところは泊まっていきなさい。え、帰りたくないの。義理のお父さんが暴力をふるうんだ。泣かないで。お母さんには相談したの。知ってる。世間体のために見ないふりをしているのか。泣かないでよ。…ときに経済力のない子供であるという事実はそれだけで充分に屈辱的だよ。ぼくがここで放り出したらこの子はきっとどんどん身を落としていくんだろうなぁ。…よければ、ぼくといっしょに来ないかい。君に君を喰いものにしない、世間体や打算でない本当の愛情をくれる暖かい午後のようなお父さんとお母さんをあげるよ。保証してやれるわけじゃないけれど、君は今より幸せになれるかもしれない。うん、いい子だね。まだ名前を聞いていなかったね。名前は…」

 「真奈美、どうしたんだ。電気もつけないで」
 「お父さん。うん、ちょっと昔のことを思い出していたの」
 「そうか。(穏やかな顔で手をさしのべながら)さぁ、もう夕御飯の時間だ。今日はステーキだってお母さん言ってたぞ」
 「(目尻をぬぐって明るく)やったぁ。あたし、ステーキだぁい好き!」

裸の王様

 上品なバーのさざめき。突然入り口の扉がくの字に折れ曲がり逆方向の壁にスッとんで叩きつけられる。
 「(チンポ丸出しで)デストロォォォォイ! 裸の王様のお出ましだァ! おっと、精薄ども、動くんじゃねえよ! もしぴくりとでも動いてみやがれ、俺様のこいつが火をふくぜ!(ト、人差し指と親指を折り曲げて拳銃の形にした右手を構える)」
 「ジョージ、なんなのあれ。私怖いわ」
 「HAHAHA、春先にはこういうヤツが多いんだよ。すぐにつまみだしてやるから安心しな、ヨーコ……(錨のいれずみが入った上腕を誇示しながら)どうやら入る場所を間違えたみてえだな。俺が病院に送り返してやるよ。ヘッヘッ」
 「(癇癪の青筋をこめかみに浮かせて)動くなっていったでしょおッ! (人差し指を男の頭部に向けて)ばぁん」
 メリケンの頭部がはじけとぶ。飛び出した目玉がシャンパンのグラスに沈み、泡を立てる。
 「きゃああああああっ」
 「(人差し指の先を吹いて)いい? みんなこの男みたくなりたくなかったら動くんじゃないよ…ああ、暑い。何か冷たい飲み物が欲しいなぁ(カウンターに目をやる)」
 バーテン、ひきつった笑いを浮かべながら飲み物を用意しようと後ろの棚に手をのばす。
 「動くなっていったでしょおッ! ばぁんばぁん」
 バーテンの頭部が四分の一吹き飛び、腹に向こう側が見通せる大穴があき、そうして糸の切れた人形のように横倒しに倒れる。開いた蛇口から吹き出す大量のビール。
 「これが心理学で言うところのダブルバインドってヤツよ。試験に出すから覚えておいたほうが利口ですよォ…おい、そこの金髪」
 「(半笑いで)な、なんスか」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「あ…あの(薄ら笑いを浮かべる)」
 「ばぁんばぁんばぁん」
 金髪の身体にみっつ穴があく。金髪、その穴を何度も信じられないという泣きそうな顔で確認し前のめりに倒れる。金髪の死体にのしかかられた老婆が白目をむいて卒倒する。
 「馬鹿。ほんと馬鹿だね。みため通りの馬鹿。オリジナリティのかけらも無いね。民族としてのアイデンティティを放棄してるくせに個人としてのアイデンティティすら確立できてないんだよ。ほんと馬鹿。最低だね…おい、そこの女」
 「(半笑いで)な、なんでしょう」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「ダ、ダブルバインド」
 「せいか~い。かしこ~い。ご褒美たくさんあげなくちゃねえ? ばぁんばぁんばぁんばぁんばぁん」
 一瞬のちに女の身体は肉の破片でしかなくなる。燃え残った灰が崩れるように、数秒おいて彼女だった残骸がその場に濡れた音をたてて崩れる。
 「復習ですよ、復習。けけけっ。さぁて、つまらない遊びはこのへんにしとかないとな。話すことはたくさんあるんだ。まず掲示板のことだが、これは別におまえらとコミュニケーションをとるために設置してんじゃねえんだ。俺の存在が唯一絶対であり、おまえらの意見なんざ一切聞き入れる気はねえってことをおまえたちにも目に見える形でわからせるために置いてあるんだ。その深遠な逆接を読みとりもできずに、ヘラヘラなれなれしく話しかけてくんじゃねえ! おまえがコスプレしようが下痢しようが俺の知ったことか! くだらねえ批判もだ! それは自分のホームページに反映させてろ! 読む時間と書く時間が無駄だ! ただ賛美しろ! 俺を褒めたたえろ! ばぁんばぁん」
 二人の男女が眉間を寸分たがわず打ち抜かれ、びっくりしたような表情のまま吹き出す血の勢いで後ろむきに倒れる。
 「ああ、せいせいした。まったくよォ…ばぁん」
 左脇下から見えない背後を撃つ。若い男性が胸に穴をあけられくるくるコマのように回転して倒れる。
 「クズ、クズ! 批評家きどりめ! 『もう限界ですか?』だと? したり顔め! 死ね死ねっ! ばぁんばぁん」
 もみ手でつくり笑いの男が両足を撃ち抜かれる。噴水のような出血。
 「友だちからだと? 友だち募集だと? おまえが欲しがってるのは友だちなんかじゃなく自分の賛美者だろうが! 不完全で矮小な自らの自我を補償してくれる白痴的な追従者だろうが! 幼少期の濃密な愛情の欠如から自己存在を意味性によって形づくることができなかったので、そんな一時しのぎの、くだらない、間に合わせの品でなんとか応急手当しようと必死ですかァ? おまえがタチ悪いのは、その操作にある程度自覚的なことだ。無理だよ、おまえみたいなのは一生友だちなんてできないね…(向き直り)おまえたちみたいのは何年生きたって意味ないよ、進歩ないよ。死ね死ねっ! おまえたちみんな死んでしまえ! ばぁんばぁんばぁん、ばぁんばぁんばぁんばぁん」
 裸の男が人々の密集した一角に飛び込み、たちまち店内は阿鼻叫喚のちまたとなる。
 すべてが終わった後、立っているのは裸の男だけ。血煙にけぶる店内を大股に横切って最奥のソファに身を投げ出す。
 「(半眼でけだるく)純粋な愛情を手に入れた肉だけが人間になることができるんだ。それ以外? それ以外の肉は人であることを喪失して神になるのさ。いや、もっと正確に言うなら神と全くズレなく重なる自我を手に入れさせられるんだ。その中で神の自我にふさわしい能力を持つものは、圧倒的な賛美者に囲まれ時代の真の神となり、それのかなわなかった肉は――つまり神たる能力を持たなかった肉は、だな――こんな安普請のつくりごとの中で(ト、手をのばし後ろの壁を軽く叩く。薄っぺらなベニヤの壁は倒れてその向こうに虚無をのぞかせる)賛美者をかき集めるために裸で舞い踊るのさ。けけけ。いずれにしても人間じゃない以上人間の幸せは手に入らねえがな。(目をつむる)最初にチンポを舐めさせていたのは俺のほうだったはずなのに、いつのまに俺がチンポを舐める側になっちまったんだろうな…」
 セットの後ろに無数の顔が浮かびあがる。その顔には一様に目・鼻・口がついていない。
 「(跳ね起きて)バカヤロウ! 降りてこい! いつまでそこで眺めてるつもりだ! 舞台に立てよ! こっちに来いよ! ばぁんばぁん(弾はすべて水面に投げた石のようにわずかの波紋を残して吸い込まれていく)。 くそ、くそっ! そっちがそのつもりなら、見てろ、見てやがれ!」
 裸の男、ペニスを握りしめこすりはじめる。
 「どうだ、畜生、こういうのが見たいんだろう、こういうのが見たかったんだろう!」
 虚無に浮かぶのっぺらぼうの顔の筋肉がうごめき、笑いともとれるような感じをかたち作る。男のペニスが勃起しはじめる。
 「(荒い息の下で)あ、やっぱり…喜んでくれてるんだ。あなたたちが喜んでくれると僕はとても嬉しいんだ…あなたたちが喜んでくれないと僕は自分がいないような気持ちになる…だって僕にはあなたたちを笑わせて喜ばせることしかできないから…それ以外の価値なんて僕にはないんだ…知ってるよ、知ってる…ああ…」
 突然のっぺらぼうの笑みが消える。冷たいさげすんだ視線の感じが残る。顔が一つづつ消えはじめる。男のペニスが萎縮していく。
 「あっ…待って、待ってよ! ひどい、ひどいじゃないか! 見ていってよ、最後まで見ていってよ! ひィ、ひィィィィィィ」
 裸の男、誰もいない廃墟につっぷして泣き出す。が、突然身を起こし、
 「なぁんてね。びっくりした? びっくりした? おい、みんな、いつまで寝てんだよ!」
 撃ち抜かれた部位はそのままに、男の声に呼応して死んだ客たちがむくりと起き出す。
 「いやぁ、もう小鳥くんたら迫真の演技なんだもん。私あせっちゃった(^^;」
 「ほんとほんと(笑)。俺、マジでちょっとちびっちゃったよ(TT」
 「メンゴメンゴ(笑)。でもネットって本当にいいよね! たくさん友だちできるし、それに…」
 「それに?」
 「千佳ちゃんにも会えたし…(*^^*)ポッ」
 「きゃあ☆ それってもしかして…告白?(^^;」
 その様をいつのまにかまた空中に現れた無数の顔が見つめている。口元に浮かぶ侮蔑の笑い。
 「あはは、いいなぁ(^^) みんなほんと最高だよ。ネットワーク最高! ずっとここにいたいなぁ(泣)」
 「いいんだよ、ずっとここにいて(^^; 現実はつらいからね(笑) 現実は容赦ないからね(爆笑)」

小鳥猊下講演録

 「もうタってま~す」
 「あっ。小鳥猊下が授業はじめの挨拶のときに立ち上がらず、それを国語科の女教師に指摘されるのに反抗してみせているぞ」
 「なんてへだらなビーバップなのかしら。私のヴァギナが挿入を求めて小刻みに蠕動しはじめたわ」
 「もうタってま~す」

 「はぁ。うん、ちょっと落ち込んでてね。聞いてくれるかな。もし、もしだよ。僕たちを創り出した神のような存在があって、そのかれの影響を僕たちがはっきりと受けるとしたら、かれの本業が忙しくなったりしたら――もちろんこれは例えで言っているんだよ――僕たちは完全にほうっておかれるんじゃないだろうかね。なんだか最近僕たちのまわりを取り巻く愛のムードが希薄だと感じるんだ。それが僕の気持ちを沈ませる…ああ、ちょっと抽象的すぎる話だな。いや、いいよ。忘れておくれ。心が弱くなっているときは何もしゃべらないほうがいいね。そろそろ時間だ。行かないと。
 「……みなさんはいつも私の講演を聞きに来て下さる。人生の限られた時間で限られた豊かさをできるだけ多く現実という場所から切り取るために…いや、失礼。どの人間をも無理矢理巻き込もうとする、人生のありかたに対する脅迫的なこのような言い様は私の中にこそ問題があるのでしょう。私は恐怖しています。私はつねに次の瞬間自分の足下が崩れ去るのではないかと恐れている。すべては時間の流れの中で色を失いくすんで、鈍くなり、そして消えていく。消えていった者たちの中には私より明らかに優れている者も多くいた。ここでは力あることが生き残るための条件ではないのです。私にはわかりません。私がなぜ選ばれて、選ばれ続けてここにいま在るのか。私は大勢のうちの、ただ自分が大事な、自分をしか見ない、世界に広がる視点も持たない、小心な、本当に小心な一人に過ぎなかったのに。私がこの場所にいることでこの場所にいることを許されなくなった無数の人間たちのことを考えると、その意味の重さに私はすくんでしまう。流す涙は常に傲慢であり、私は進む一歩の歩みごとに味方を失って孤独を増していく。私はそうして、一人でやるしかなくなってしまう。みなさんはどうぞそれぞれの場所で見ていて下さい、私がどこでつっぷして動かなくなってしまうのか、その行方を。私の破滅があなたたちを何かの形で楽しませるのならば、それは無数の道化たちの一人として、至上の喜びであるでしょう(沈黙。ためらいがちな拍手がまばらにおこる)。
 「よくなかったね。よくなかった。いや、いいよ。こういうのは自分が一番わかるもんなんだ。妙な嗅覚だけが発達してね。いやらしいね。ハイヤー? うん、今日はやめとくよ。ちょっと歩きたい気分なんだ。それじゃ、お疲れさま。本当にいつも君たちはがんばってくれるね。(何かの感慨にとらわれたかのように見回して)いったい僕の何を気に入って集まってくれているのかわからないけれど、君たちの奉仕に応えられる日がいつか来るといいね…」
 「(ふと空を見上げて)ああ、春雨じゃ。濡れてまいろう…(果てしなく続く曇天の下、都会の雑踏へと消えていく)」

虚構ダイアリー

 「(軽快な音楽とともに”nWo”のロゴが流れる)ニュース・ワールド・オーダーの時間です。さて、全米を恐怖と混乱と深い悲しみの渦へと巻き込んだビルバイン高校銃乱射事件ですが、その後犯人の高校生二人がこの最悪の計画を立案するにあたり参考にしたのではないかと思われる映像が発見されました。まずはご覧下さい。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)これは小鳥猊下を名乗る日本人の主演する『虚構ダイアリー』の一部です。この映像はインターネット上のウェブサイトにアップロードされており、誰でも閲覧することが可能な状態にありました。今回の事件の犯行の手口と極めて類似する内容です」
 「うわ、この男すごい包茎やん。うちの小学生の息子でもここまではひどないで……(眼鏡を取り外し眉根を押しもみながら)いや、まったくひどいものです。このような、十代のまだ心の成熟しない少年たちに直接に悪い影響を与えるようなものが垂れ流しにされていたなんて、まったく恐ろしいことです。一日も早いインターネットの法規制化を望みますね」
 「やっべえなぁ。俺んとこのサイト、ここからリンク張ってもらってたんだよなぁ。まさかバレてねえよなぁ……いや、こういったサイト群に一方的に責任を求めるのは正しいやり方ではないでしょう。かれらだって、その生育史において得た何らかの負の要因に無意識的に動かされてやってしまったのだとも考えられる。見方を変えるなら、かれらだって被害者だと言うことができると思います。現代社会と教育のね」
 「せやけどこのキャスターでかいチチしとんなぁ。ほんまメロンみたいにでかいチチしとんなぁ。あれが永遠に俺のものにならへんのやと思うと欲情より先に憎しみがわいてくるで……(指でテーブルを神経そうにコツコツ叩きながら)なにを寝ぼけたこと言ってんですか。実際被害を受けた人間の家族とその関係者のことを考えてみなさいよ。死んだ人もいるんですよ。(急に声をあらげて)だいたいだねえ、幼児期の問題とか生育史とか、そんなのは本当のところ人間の性格の在り方に全然関係なんかないんだ。そういうのは目に見えないからってどうにも最終的な証明がならないからいつまでも消えずに残っているだけで、前世紀からある犯罪者擁護のための寝言に過ぎないんだよ。せいぜいが弁護士の使う技術・方便に過ぎないんだよ。ホームページなんて作るやつはそもそも現実に居場所のない暗いおたく野郎で、先天的に脳に生物学上の欠陥を抱えた一種の不倶者なんだから、どっか郊外の広い野ッ原にでも集めてガスかなんかで息の根を止めるか、それじゃ不細工な肉がたくさん残って見栄えが悪いってんなら、ナパーム弾かそんなもので跡形の無くなるまで焼いてやればいいんだ。単純なことだ、馬鹿馬鹿しい。いつまでこんなことで議論をして限られた時間を無駄にするつもりなんだ。こんなのは問題にすらならないよ(両手を広げるジェスチャーをする)」
 「(激昂して立ち上がり)ホームページは文化ですよ! あんたぐらいの電波を喰いものにしている似非評論家に何がわかるっていうんだ! 絶対に反撃の恐れのない対象にしか攻撃の穂先を向けない最低の卑怯者め! おまえみたいな顔の人間は毎夜エロサイトを巡って最近の安価な大容量ハードディスクがぱんぱんになるほどに婦女が様々の現実の対象と交接する類の画像を収集しまくっているに違いないのだ! この過剰色欲者め!」
 「(立ち上がり相手の胸ぐらをつかむ)なんだと! おまえこそ俺の人気のせいで仕事がまったくまわってこない妬みをバネにホームページを作成し、狭い狭いコミュニティで若干有名になりお山の大将きどりだったりするんだろう! だいたいあのような時間をもてあました学生や無職や人格破産者といった社会の底辺層の形成する集まりに、社会の一線で活躍しているまっとうな人間がなぐり込んでいけば勝つのは当たり前じゃないか! それをおまえの実力と勘違いするんじゃないよ!」
 「(騒然となるスタジオを尻目に冷静に)さて、それではもう一度問題の映像をご覧いただきましょう。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)以上、再び『虚構ダイアリー』よりの映像でした。お二方、何か改めてお気づきになった点などはありませんでしょうか」
 「(乱れた頭髪とヒビの入った眼鏡を直しながら吐き捨てるように)包茎だよ、包茎。この男、包茎じゃねえか。それじゃ犯罪もおこすよな」
 「(乱れたスーツとネクタイを直しながら吐き捨てるように)まったくだ。その点については同意するよ。包茎・無職・ホームページの三重苦じゃね。普通の人間ならとうに発狂するか、自殺するかしてるね」
 「(冷静に)この人物は犯罪の原因になったと思われる映像を作成しただけで、犯罪行為の事実があったというわけではありません」
 「(ぎらぎらした目で)いや! それはもう遅かれ早かれだ。間違いない。オフ会で半径50メートルの間近にまで接近・遭遇し、そこから聞こえないようなか細い声で二度も名前を呼ばわったほどの親密な関係を持つ俺が言うのだ、間違いない」
 「(ぎらぎらした目で)まったくだ。それはもう痴漢行為現行犯逮捕と同じくらい間違いがない」
 「(時計にちらりと目をやり)時間もなくなってまいりました。それではお二人に今回の事件について総括していただきましょう」
 「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、あなたのメロン状に突き出したボインちゃんは狼男にとっての満月のように青少年の野性に強く激しく訴えかけているのではないかと私は恐れている。君、我々はネット上のあるかないかわからないような幻影を追うよりも、眼前のこの巨悪をこそ打倒せねばならないのではないか」
 「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、その点については同意します。(立ち上がり拳を振り上げて)女性ニュースキャスターのタイトなスーツに厳しく束縛されたボインちゃんは青少年性犯罪の抑止力でこそあれ、それを促進するものであっていいはずがない! (拳を前面に突き出し)違いますか! わ、私が何か間違ったことを言っているとでもいうのか!」
 「(椅子を蹴って立ち上がり)その通りだ! 我々はこの最悪の犯罪要因をみすみす野放しにしておくわけにはいかない! 断固没収である! 没収、没収ゥゥゥ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
 「そうだ、その通りだ! ふふふ、君との間には大きな誤解があったようだ。こんな興奮は学生運動で警官の後頭部を棍棒でもって強打したとき以来初めてのことだよ。粛正、粛正ィィィ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
 「(二人の中年に包囲の輪をせばめられながら冷静に)意外な結論をみた今回の討論ですが、我々にはもはやそれを追試するだけの時間は残されていません。今日番組をご覧になって下さったみなさまの今後の人生の宿題となさってくれれば我々にとってこれにまさる幸いはありません。お別れの時間です。それでは、来週のこの時間まで。さようなら。あ。いやん、いやぁん」

十万ヒット御礼小鳥猊下基調講演

 「……いつまでそんな片隅でやくたいもない繰り言を続けるつもりですか。誰も、誰ひとりあなたのことなんて見ちゃいないし、あなたのことを少しでも重要だと思う人間なんていないんですよ。もしいるとしたらそれはあなたと同じレベルのつまらぬボウフラのごとき生き物が、他人の位置を常に追い求めることでしか自己の立つべき場所を見いだせない生き物が、優越を満たすためだけに気のないふうに出歯亀の陋劣さでわずかにのぞき見ているにすぎないんですよ。天才を持たないあなたたちの語る世界への絶望は、完全に個人的な妄言の範疇に収まってしまっており、いかなる普遍性をも持ち得ず、ただただどこまでも不快なんですよ。あれえっ。どうなってんだい。静まり返っちゃったよ。おい、今日の演説の草稿書いたの誰よ。榎木谷くん。聞かない名前だなぁ。そんなのうちにいたっけか。え、何、ネットで拾ったの。ぼくが。はいはい。あのナントカいうサイトの運営者ね。思い出したよ。へえ、君がそうなんだ。もっとおたくっぽい外見かと思ってたよ。あのね、殺して。うん、そう、殺すの。何度も言わせないでよ。ショットガンで原形をとどめない肉片になるくらいずたずたに、文字通り完膚無きまでに殺してよ。まったく、おおよそ一万ヒット程度のサイト運営者の浅知恵が考え出しそうな内容だよね、これ。本当のことを何のひねりもなくそのまま言ってどうすんのよ。その程度までの視力ならね、誰でも持ってんの。自分だけがわかったツラでことさらに強調してみせて馬ッ鹿みたい。自分の矮小な能力と偏狭な世界観いっぱいいっぱいのシロウト人間分析で悦に入ってんじゃないよ。君らみたいのはぼくなんかと違って人としての根本の器がまず決定的に小さいから、自分の知ってること全部吐き出さなくちゃ相手の興味をひき続けることをやってけないから、見せちゃ自分が危ないとこまで自分を見せなきゃいけないはめになって、結果として身を守る裏返しですべてに対して攻撃的にならざるを得なくなるのよ。こんなのに一瞬でも期待をかけた自分が馬鹿だったね。ムカつくよ。いいよ、いいよ。おれ今からアドリブでやるから。あ、殺すまえにそいつにも聞かせてやってよ。ここから先は無いと諦めていた無明の闇の果てへ自分の進むべき未来への方向性を見いだした瞬間に死ななければならない絶望と無念は、それはもう格別だろうからね。けけけっ。
 「……この世は残酷な場所です。神の視点においては人間もアメーバも区別が無い。ぼくたちはただ増え、そして空手で死ぬ。人の心は移ろう。 あなたは裏切られ、明日にはかれの中でまったく意味を失ってしまうでしょう。確かに永続するものは何ひとつとしてない。天上の愛もいつかは赤銅色に錆びつき、路傍にうち捨てられ、風化して朽ちることもままならず、その残骸を屈辱のうちにさらし続けるだろう。永遠に続くものがあるとすれば、それは朽ちた愛情の惨めさだ。愛される救済の瞬間はまたたきのうちに消え去り、やがて自己投影の幻想に気づいた象徴の両親たちは鼻をつまんで自らの失敗作から身を遠ざける。誰もあなたを本当に求めはしない。真実のあなたが認められるはずはない。だからあなたは誰にとっても都合のよいあなたをいつまでも演じ続ける。そうしてついには真実の自分と偽りの自分の落差に倦み疲れ、ひとり勝手な憎悪に身を焼いて、絶望も意味をなくす空虚さの中で完全に心を硬直させてしまう。無数の他人からの投影に道化師のように応え続けるあなたは、ついにはどれがあなただったのかすらわからなくなって、呆然と立ちつくしてしまう。この世は残酷な場所だ、でも。ぼくは安易な希望を語ることをしない。ぼくは希望を信じていない。それは人間が抱く自分以外の対象への身勝手さに他ならないからだ。けれど、この世が残酷な場所だと認識し、絶望に満ちていると確信し、その最悪の悲嘆の中でなおあらわれるかすかな”でも”という声に含まれた希望のひびきをぼくは信じる。すべてが様変わりし、あなたを見返らないそのときでさえ、ぼくはあなたの側にいる。心変わりした恋人がかつての両親のようにあなたを見捨てるそのときでさえ、ぼくはあなたを見捨てない。ぼくは決して変わらない。あなたがおそれるような、あなたを必要としないぼくにはならない。ぼくはいつでもあなたの醜悪さのすべてを受け止め、丸がかえする。あなたがわずかの時間でも傷ついた羽根を休め、また再び残酷な世界へと舞い戻って行くことができるように。ぼくはあなたの持つ虚しい現実の情報の蓄積ではなく、あなたの魂を愛している。ぼくには誰でもない、真実のあなたが必要なんだ。ただ時間を埋めるためだけのすべての意味の無い言葉の群れのうちで、ぼくがあなたに告げるこの言葉だけは本当だと信じて欲しい。”I need you.”(しわぶき一つないしんとした静寂が会場を満たす。やがて聞こえるかすかな嗚咽)
 「ってな具合さ。人間は壊れやすいよ。だから心のいちばん敏感なひだに触れるように、そっとやさしくやるんだ。やつらが心底そのように理解されたがっているカタチに理解してやるんだ。人間は誰も飢えた野良犬と同じなんだよ。やさしくのどの裏を掻いてやりさえすれば、簡単にだらしなくよだれまみれの舌を突きだしながらひっくり返って腹を見せてくる、下品で簡単な赤犬なのさ。コートでかたく身をよろっているように見えても、ちょいとやさしく暖めてやればストリップよろしくたちまちコートも何も脱ぎ捨ててすべてを投げ出してくる。ごたいそうな心の傷へポルノビデオよろしく官能的に舌を這わせてもらいたがってるんだよ。その手管を知っている人間なら誰でもいいんだ。ぼくじゃなくてもいいんだ。金を持っていさえすれば誰にでも股を開く商売女と同じさ。なんて博愛的な平等精神にあふれた、この上なくつまらない連中なんだろうねえ! 死んじゃえ。みんな死んじゃえ。みんな残らず死んじゃえ。
 「……うう、寒い。え。あ、そう。死んだの。破片はちゃんと全部かきあつめて肉ダンゴにして別荘のニシキゴイにやってよね。あれやるとさ、鱗の色彩の照りがずいぶん違ってくるんだよね。自然から出てきたものはちゃんと自然へと還元してやらないとね。これこそ大往生ってもんですよ。かれもあの世で喜んでるだろうね。涙流して地団太踏みながらね。けけけっ。それにしても、ハイヤーまだ来ないの。え。他のサイトの講演に全部出払ってる。気にくわないなぁ。え、百万ヒットの。ふぅん。ぼくを殺して。うん、そう、ぼくを殺すの。おい、目をそらすなよ。待てよ、どこ行こうってんだよ。離せ、チクショウ、触んな。おれの命令が聞けねえのかよ。殺せよ、早くおれを殺せよ。誰でもいい、誰かおれを殺してくれェェェェェ!

冬の別離

 「(冬の大気に渇いた唇の荒れとその下にある悪い歯並びを一本一本確認できるほどのリアルな描写で、演壇に木製の槌を気狂いの暴力性でガンガン打ちつけながら)カフェインを多量に含んだ琥珀色の液体を穀類から抽出する作業に”煎れる”と漢字を当てる自意識の持ち主は死刑!」
 「あっ。小鳥猊下が誰もいない傍聴席に向かって口角泡飛ばしているぞ」
 「なんて肥大した自我領域と自尊心の持ち主なのかしら。私の愛想もそろそろ尽き果てたわ」
 「(同心円状に渦を巻いた黒目で)女性器の内壁に男性器を密着させる作業に”挿入る”と漢字を当てる自意識の持ち主は死刑!」

 白い壁に四方を覆われた、光源の特定できない不安定な小部屋の隅に、あばらの浮くほど痩せた一人の男が膝を抱えて座りこんでいる。その顔に生気はなく、目はうつろで焦点を持たない。両手足の先は紫に変色しており、指先にいたっては茶色く腐りはじめている。
 男の上に人影が差す。
 「猊下…」
 「(わずかに眼球を動かす。ほとんど聞き取れないようなかすれた声で)……やぁ。真奈美、ちゃんじゃないか(頬の筋肉をわずかに痙攣させる)」
 「いったいどうしてしまったっていうの、猊下。(しゃがみこんで男の手を取る。蛆の浮いたそれに頬ずりしながら)ああ、なんてことでしょう! あの誰をもよせつけない、あなたの神々しいまでの邪悪な傲慢さはいったいどこへいってしまったの(むせび泣く)」
 「(唇を歪めて)そんなものは、最初からどこにもありはしなかったんだ」
 「(激しく首を左右に振って)嘘、嘘! じゃあ、わたしの見ていたものはなんだったっていうの。わたしの、何を捨ててもいいと思うまでに愛したあれはなんだっていうの」
 「(目だけで見上げて)幻想さ。君の中の、君にしか見えない、ね」
 「(悲鳴のように)言わないで! (弱く)…そんな残酷なこと、いまさら言わないで。わたしはもう引き返せないの。あなたがどう変わろうとわたしはあなたと心中するしか残されていないのよ」
 「(皮肉に笑って)そうやって君はいつもぼくを追いつめていくんだよな。もうそういうのはまっぴらなんだ。真奈美ちゃん、君がまだ少しでも、君自身の自己愛の裏返しのようではなく、本当にぼくのことを想い、愛してくれるところを持っているのなら、どうぞこのままぼくを放っておいてほしい。ぼくがいま一番求めているのは、誰からもかえりみられることのない解放される死のような放埒さだけなんだよ…(目を閉じる)」
 「(ぞっとする怨念とともに、強く)させないわ。そうやってわたしのすべてを奪っておきながら、わたしの世界を何の幻想も無い苦痛の場所へ無惨にも改変しておきながら、自分だけわたしをおいてまた一人の世界へ閉じていこうというの!(男の腕をつかむ)」
 「(わずらわしそうに振り払って)うるさいな」
 「お願い、もどってきて。(懇願するように両手をもみしぼり)ねえ、猊下、わたしはあなたじゃなくちゃダメなの」
 「(悲しそうに)それが嘘だっていうんだよ。もう遅い。どうやら追いつかれたみたいだ(周囲の大気がゆっくりと動き出す)」
 「きゃあッ! な、なに、これ…寒い。寒いよ、猊下。助けて、たすけ(両手で肩を抱いてガチガチと歯を鳴らしながら床へ倒れ込む)」
 「(憐れみをこめて)ここは現実と虚構の狭間の部屋なんだ。完全につくられた実存である君が長くいられる場所じゃないんだよ、真奈美ちゃん(様々の悪意に満ちた嘲りが自我を圧迫する奔流のように、無意識を陵辱する強姦魔のように、原色に渦巻きはじめる)」
 「(涙を浮かべ、震える唇から押し出すように)さむい、さむいよぅ……ねえ、わたし、死ぬの?」
 「(少女の頬に手を当てて)ごめんよ。でもこれは、――胸をつかれたように一瞬沈黙し――君の罪じゃない」
 「(首をわずかに持ち上げて)ねえ、猊下、わたし、生きたかったわ。春も、夏も、秋も、冬も、猊下といっしょにいようって。猊下がおじいさんになって、わたしがおばあさんになって、それまで猊下といっしょにいようって。猊下がわたしを見なくても、猊下がわたしを必要としなくても、それでも猊下といっしょにいようって……(力を無くして床に首を落とす)そう、決めてたのに」
 「(苦痛に眉を寄せて)ごめんよ」
 「猊下、死ぬまえにひとつだけわたしのお願いを聞いてほしいの。(涙にうるむ小動物の目でみつめて)わたしのこと、好きだと言って」

 男、少女の目を見返す。だが、口を引き結んだまま一言も発さない。間。

 「(理解を含んだ寂しそうな微笑みを浮かべ)さいごまで、まなみは、げいかを、こまらせてばかり…(少女の目に白く濁った膜がかかる。焼けた鉄板に水滴を落としたような音とともに少女の身体はかき消え、白い泡だけがその場に残される)」
 「(床に残された白い泡のかたまりを見つめたまま立ちつくす。そして振り返り)君たちが殺したんだ。これで満足だろう?」


 やがて男はすべてに興味を無くした瞳で再び元の位置へと座り込み、自分だけの王国にささやきかけるようにそっとつぶやく。
 「君が尻軽な売女なら、まだぼくは救われたのに。それって、愛じゃないか」

ラブレター

 「夏のはじめには必ず深刻な様子で『今年はセミが鳴かない…』などと自分だけのものに過ぎない絶望と閉塞感とトラウマを図々しくも世界に押しつける発言でちょっと意識のある繊細さを御開示なさってしたり顔のみなさま、コンバンワ~」
 「あっ。小鳥猊下がネットに特有の誰かに語りかけているようでその実どこにも対象の無い過激で挑発的な発言を繰り返しているぞ」
 「かれの内なる両親を間接的に攻撃しているのよ。心の奥底からいつも響いてくるあの恐ろしい声を聞かないように、本当は何の興味も無い空虚な言辞で毎日の時間を埋めざるを得ないんだわ。もしかして、まだ自分の言葉に何かの意味があると思っているのかしら」
 「(黒目をトーンで貼った茫然自失を表現する漫画的な記号の目で)フリーセックス! フリーセックス! 全国六千万の売女のみなさま、コンバンワ~」

 思い出せない悲しい夢に目が覚めたら、身体が子どもみたいに熱くなっていた。
 傷つけられた知恵は報復する。ぼくは醜く治癒した傷跡の起こすひきつれに、それと気がつかないまま幾度もつまづき転ぶ、哀れな小虫だ。それはぼくの盲点を巧みに突いてくる。どんなに気をつけたって、ぼくはやっぱりそこで転ぶんだ。ふと気がつくと、洗ったばかりのハンカチを気にくわず、小一時間も折り畳みなおしていた。どんな熱狂の瞬間にさえ、人生の貴重な時間を空費していると感じる自分がいる。誰かが眼鏡の位置を中指でキザっぽく直しながら無表情で言う。強迫観念。その誰かとは、もちろんぼくのことでもある。最近わかったけど、対象に共感できないとき、人は分析を始めるんだ。無数の分析屋たちの韜晦に、ぼくの心は気がつかないうちに、とても疲れていった。情報が受け手を選ばなくなり、ぼくは残らずこの世界の何でも知っているような気分で、知っているからもう何も知りたくなくなった。無気力と倦怠感だけが日々深まっていった。性の知識だけは豊富にある不潔で淫乱な処女のように、もはやどんな秘事でさえ、ぼくに何の関心も新鮮さも与えなくなった。ただすべての事象は平坦に、ぼくの心を波立たせることすらなく、通り過ぎていく。とても近いはずの人の死でさえ、ぼくには何の感興も与えることができなかった。ぼくの心には、喪失感が喪失している。だから今まで、どんなことにでも耐えられたのだろう。でもそれは、充たされたことがなかったから、喪失がいったいどんなものであるのかわからなかっただけなんだ。知らない人間にとっての知識は奇跡だ。そして、いまやぼくは何でも知っている。だから、ぼくの上には決してキリストがしたような奇跡も、救済も訪れないだろう。聖書の神は知ることを禁じるけれど、それはぼくがする訳知り顔の分析のような、両親が子どもに対して絶対の権威を維持するための寓話では実はなくて、多く知ることにより喪失してしまう人間存在の尊厳を保持するためだったのではないかといまになって思った。もう、すべて遅すぎるにしても、そこに気がつけたのは、よかった。
 キリストの魂は、完全な愛だったんじゃないだろうか。かれは、数千年の人類の自我の歴史の中にあって最初の――そして、おそらく最後の――どこにも傷のない全き魂の持ち主だったんじゃないか。あのとき、ぼくは自分の中にとても純粋な、悲しみにも似た切なさが生まれているのを突然知った。それはまるで、愛のようだった。こんな気持ちがずっと続くことができるのなら、世界そのものだって救うことができるだろう。発露した愛はその自然のように、間違うことなく人間存在へと向かうだろう。そして、すべてをあますところなく癒すだろう。
 キリストが、たったひとりでしたように。


 窓を開ければ、ほら、世界はこんなにも美しい。

崩れゆく聖域

 「ぼくは自分も見えないほど傲慢だったから、きっと君になにかしてやれると思ってた」


 木々が重なりあい、互いにもたれあうかのように深く深く複雑に生い茂った暗い森。近くにある国道から時折車のライトが照らすが、番人のように密集してそびえる木々に遮られ、その奥はまったく様子がうかがいしれない。枝々の隙間から、かわいた血の色をした月明かりだけが微かにそこを照らすことができる。月明かりの下、小さな子どもなら頭まで埋まってしまいそうな木々の下生えに、もみあうふたつの人影が見える。そのうちのひとりはもうひとりの半分ほどの身長しかない。獣のような低い息づかい。突然の魂消る絶叫。速い風が雲を押し流し、斜めに差し込む月明かりが人影の上を照らす。ひとりの少女が下生えから足を引きずるようにして出てくる。身にまとう高価なものであったのだろう洋服は左胸の部分が無惨に引きちぎられ、その下にあるぎょっとするような生めいた薄い赤色の乳首の周辺には、5本の指をそれぞれ数えることができるほどくっきりと青く、手のひらの形のアザが浮いている。フリルのついたスカートは中ほどから裂かれ、少女の内股を伝って恐ろしいほどの量の血が流れつづけている。ほの赤い月明かりに照らされた横顔は、その年齢の子どもの精神では決して持ちえないような、一種凄惨な憎悪に引き歪んでいる。
 「(手の甲で頬についた血をぬぐい、荒い息の下から)ちくしょう、あんなクソ野郎、前は何人だって簡単に殺せたのに! ちくしょう、ちくしょう……誰ッ!(物音に、洋服の残骸をかき集めるようにして後ずさる)」
 「(木の後ろから、奇妙に人間めいた印象を欠いた幽鬼のごとき様子で男が現れる)江里、香」
 「(警戒した様子を解かず)お父さん。よかった」
 「(少女の無惨な姿に、恐ろしく低い声で)まさか、失敗したんじゃないだろうな」
 「(瞬間ひどくおびえたような表情を見せるが、何かをはねのけるように強く)失敗? ハ、私が失敗するわけないじゃないの! 殺したわ、もちろん殺したわよ。このナイフの先端が頸骨を砕くほどに何度も突き立ててやった。白土三平の漫画みたいに、水平に数メートルも血を吹き出して、下衆な悲鳴を上げながら死んだの、ママ、ママって。そりゃ本当に無様で、みじめな…(言いかけ、急に片手を口に当てると身体を折り曲げるようにして嗚咽する)」
 「(その様子を見下ろすようにしながら)そうか。確かに殺したんだな。ならいい。(感情も抑揚も全く感じられない声で)よくやったな、江里香」
 「(少女、男の声の調子に嗚咽を止める。漏らしてしまった弱みを恥じるように、気丈に胸をそらし)死体の処理はどうなってるの」
 「(事務的な口調で)今回は非常に簡単なケースだ。あの男はおたく的な引きこもりの典型だったからな。月に何度かはバイトに出ていたようだが、30を過ぎて定職にもつかず、両親はじめ親戚縁者からは軒並み勘当されている。ころ合いに社会から断絶され、今までの中でも最も処理しやすい死体のひとつだろうな」
 「(苛立たしげにもつれた髪を手櫛でひっぱりながら、形だけの相づちで)そう、それはよかった。(さりげない話題を切り出すように)ところで、猊下は?」
 「(男、初めてわずかに困惑したような表情を浮かべて)それは、わからない。ただ(口を開こうとして黙り込む)」
 「(眉を寄せて)ただ、何?」
 「(何かを推し量るように宙へ手のひらを指しのべて)猊下の虚構力が弱まってきていることは事実だ」
 「(いらいらした様子で)あなたが何を言ってるのかわからないわ」
 「おまえにもわかってるはずだ、江里香。いや、名前を持たないおれなどが言うまでもなく、おまえたちには何の障壁もなく感じることができるんだろう。それに、(侮蔑の表情を浮かべ)現におまえは取るに足りないあれくらいの獲物に逆襲され、犯され、ほとんど殺されそうになっているじゃないか」
 「(薄明かりにわかるほど、サッと顔を紅潮させて)私が油断しただけよ! (胸に片手を当て)猊下には何の関係も無いわ」
 「(聞こえないかのように)各地の実行部隊からの消息が次々と途絶えている。(ぽつりと)潮時かもしれんな」
 「(首を左右に振って)何、言ってるの。いったい何を言ってるのよ」
 「猊下の虚構力が現実を束縛できなくなりつつある。おれたちの形を規定できなくなりつつある。(唇の端を弱く歪めて)いまなら抜けられるさ」
 「(崩れていく何かを見たくないかのように目をきつくつむり、絶叫する)お父さんッ!」
 「おまえは傷つけられた子どもだった。おれは壊れてしまった家庭の償いをしたいだけの大人だった。夢を見ていたよ、ずっと。長い、長い夏の日だまりのような。おれはおれの家族を恢復することができるかもしれないと思った。だが、それは嘘だった。すべてつたない誰かの手による作りごとだった。洗脳から解けた人のように、ある朝おれは奇怪なギニョール人形を抱きしめて、廃墟でダンスを踊っている自分に気がついたのさ。(後ろめたさを隠すように陽気に両手を広げて)言っておくが、おれは猊下を恨んじゃいないぜ。(うつむいて)ただ、おれが気づいてなかったのは、それが他人の虚構だったってことだ。(間。唐突に顔をあげて)おれといっしょに逃げないか。そうして、誰のものでもない、ふたりだけの、新しい家族っていう虚構を始めないか。(すがるように)このままじゃ、そう遠くないうちにおまえは殺されちまうぞ」
 「(殉教者の静かさで首を振って)ありがとう。でも、もう決まってるの」
 「(力を無くして)そう、か。おまえは猊下に名前をもらった人間だから、そう言うだろうとはわかっていたよ。わかっていたんだけどな(語尾が弱々しく消え、男、顔を伏せる)」
 「(男の感傷を遮る酷薄な冷たさで)さようなら」
 「(男、口を開きかけるが、きびすを返して行こうとする。と、立ち止まって振り返り)なァ」
 「(感情のない微笑みで)なぁに」
 「(ためらうように)小鳥猊下って、いったい何なんだ?」
 「(最も美しい数学の解答をうたうように)ただのホームページ制作者よ」
 「(失う苦悩を声に含ませ、強く)だったら、なぜ!」
 「(ひどく大人びた表情で、憐れむように、小さな子にかみふくめるように)誰かを愛するとき、崇高であったり、美しかったり、尊かったり、かしこかったり、価値があったり、そんな必要は少しもないの。ただ、それが愛であればいいんだわ」
 「(男の顔が泣きそうに歪むが、すぐに無表情を取り戻し)さようなら、江里香」
 「さようなら、(一瞬の逡巡の後)…お父さん」
 男が森を抜け国道へと降りていくと、少女はただひとり暗い森の中へ残される。しばらくの間、何かに浸るように目をつむり立ちつくしていたが、やがて足をひきずりながら、重なりあい、深く深く複雑に生い茂った、すべてを拒絶するかのような暗い森の中へとひとり帰っていく。

東京オフ始末書

 『いつだって、おたくの末路は悲惨だ』

 「(やたらと煙草をふかしながら、防衛的に足を組んで)だって、小説ったって、ジュヴナイルですよ? いいとこ、田中芳樹が限界じゃないですか。例えば40歳になって、そんな頭打ちが待ちかまえている人生なんて、まっぴらですよ。私だったら、そんな未来しか無いとわかったら、オマンコに顔を突っ込んで窒息死しますね。これホント、”膣”息死よね!(椅子ごとひっくりかえって馬鹿笑いする)」


 『誰も、最も濃いおたくであり続けることはできない。いつかはより濃いおたくに敗北し、企業の食い物にされる受動的なサラリーマンおたくになり果てていく』

 「(分厚いレポート用紙を閉じて眉根を押しもみつつ)やれやれ、ようやく全登場キャラの隠し・正規を問わないすべてのイベントテキストと、誕生日から性的嗜好に至るまでのプロフィールをこの灰色の脳細胞で把握することに成功したよ。どれ、久しぶりにネットでものぞいてみるか…(突然のけぞって)新作発売後半年を待たずして続編の発売だって!? (メーカーHPの商品説明を読み上げて)『総出演キャラ100名超、陰唇の裏にあるホクロまで作り込み、よりリアルな個性化に挑戦!』 ク・ク・ク・ギャヒーッ!!(藤子A不二夫的な絶叫とともにてんかん発作に似た動作で両手両足を胴に引きつけながら泡を吹きつつ後頭部方向へブッ倒れる)」


 『それでも彼らが爆発し続けるのは、やはり、おたく、だからなのか』

 「つい先日、商業的な婦女子(この表現が持つ隔靴掻痒の婉曲性を楽しめるほどには、読者諸氏の精神と性器は成熟していますよね?)と金銭を媒介にして懇意にする機会を持ったわけなんだけど…いやぁ、なんていうか、オマンコって臭いね(爆)。あのさ、8ビット時代は現実に満たされない性欲の代償行為としてエロゲーやってるのかって、どこか後ろめたかったんだけど、今回わかったわ。やっぱりオレ、現実の女、嫌いだわ(爆笑)。これからどんなにエロゲーがリアルになっていっても、オマンコの臭いだけは再現しないで欲しいね(核爆)」

 ◇登場人物紹介

 小鳥さん……ネットでは大いばり、現実では鬱病・引きこもり・包茎の三重苦についつい俯きがちの典型的なネット弁慶。ネットワーク存症に、最近はアルコール依存症が加わり、自我領域を現実と虚構の双方からむしばまれつつある過去の巨人。

 ノッポ………他者との距離を肌感覚によって把握するという、社会生物として当たり前に備えているべき固有の能力を、ネットワークにより蝕まれ、減退させられ、ついには粉々に破砕されているため、常に誰に対しても不必要なまでに慇懃な態度でしか接することできない哀れで矮小な犠牲者。身長だけが特徴の学生。

 ユニクロ……現代文化に代表される、個を主張しないことで逆説的に個性を際だたせる類のこざかしいやり方で生きる、文字通り頭の先から足の爪の先まで一寸たりとも”現代の若者”という規格から外れない、誰もが存在するだけで持つ相手の自我への脅迫をフェミニンな弱々しい微笑みで必死にうち消そうとする、最も連続殺人や幼女誘拐などをやってのけそうな青年。

 サムソン……名前は忘れたが、何とかいうオンラインゲームに耽溺し、誰もが生来等分に与えられている若さと才能を日々摩耗させ続けるヒヨコ頭のパラサイトシングル。同時に、気のおかしくなるような黄緑色の服とパンパンのおねえさんが着るようなコートに身を包んで大いばりのネット臭ふんぷんたる僕らのファッションリーダー。


 あとひとり誰かいたような気がするが、忘れた。気のせいかもしれない。


 実際のところ、このオフ会はあらゆる意味で私に何の益をも与えなかったのだけれど、持ち前の強迫神経症的な律儀さから、ほとんど忘備録としての意味合いでこれを記すことに決めた。20万ヒットになんなんとするサイトにあるまじき内輪ぶりだと憤慨される向きもあろうが、現実で充足されないがゆえにネット社会にほうほうの体で逃げ込んで互いに傷をなめあっているだけのいじましい、他力本願的に救われたい、他力本願的に癒されたい人間たちの集まりを、こともあろうにうらやましく眺めている方々がおられるようなので、私はその盲をとくためにもこれを書かねばならないと思いたった。本当に、思い返すだに寒気が背筋を走るような、いじましい、ひどくいじましい集まりだった! だからあなたたちはネット上にある狭い狭いコミュニティの仲良しグループぶりにほぞをかんで、勤務中に社のパソコンから、未だ彼らの持つネット上での既得権を持っていないように思える自分のHPを、上司の目を盗みながらこそこそ更新したりしなくてよいのだ。私はただ克明に真実のみをしるそうと思う。ネットワナビーの諸氏は、これをあますところなく読み、吐き気をもよおすその醜悪な現実に失望して頂きたい。その失望こそが、私のねらいだと言っていい。
 その日、私は渋谷のモアイ像の前にひとり立っていた。東京に不慣れな私は、持ち前の俯きがちな内気さから誰に尋ねることもできず探しあてた案内板の表記が”モヤイ像”だったことに不安を感じつつも、待つこと以外何ができるわけでもなく、冬の早い日暮れに身を切る冷気の中、ただ立ちつくしていた。「小鳥さんのオフ会なのだから」と持ち前の気弱さに反論できないまま決定したところの目印である”nWo”とマジックで書きなぐった紙片を胸元に掲げ、周囲を取り巻くそういった素養の無いものたちの目からはずいぶんと奇態に映っているだろう自分自身の大馬鹿三太郎ぶりに深刻な吐き気をもよおしながら、うかれたネットハイでこのような無謀な企画を放言してしまったことをもう絶望的に後悔し始めた頃、頭ひとつ高い身長で人波をかきわけつつ、ノッポが現れた。「ヤァヤァドーモドーモ」という発話とともに、日本人の慇懃さを外国人の視点から客観的に戯画化したような国辱的振る舞いで近づいてくるその姿に、私はもう手にした紙片を放り出し、少女のように泣きじゃくりながら大阪へ逃げ帰ってしまいたいような気分におそわれた。ネット者特有の気づかなさで、ノッポはのけぞるくらいまでの距離に近づいて来、右手を差し出してきた。どうやら握手を求めているらしい。午後5時半を回った渋谷の、脅迫的なまでの人々のひしめきの中で、眼前にいる典型的ネット男と手と手を握り合うなどという恥辱プレイを強要されなければならないどんな罪を私が犯したというのか。視線恐怖症の私はわずかに目を反らしながら、これ以上の躊躇は無いといった素振りで嫌々片手を差し出したが、ノッポはネット者特有の鈍感な現実感覚で思い切りそれを握り返してきた。その手は外気の低さにも関わらず、なぜかわずかに湿っており、私は離した手をノッポに気づかれないようズボンの尻で拭いつつ、いつも持ち歩いているウェットティッシュを持ってこなかったことを激しく後悔した。こいつはあとで呪殺だ。
 「アッ、モシかして小鳥猊下ですヨネー」と左の表記のまま発話しつつ、約束の午後6時をわずかに前にして、ユニクロが現れた。普通のまっとうな社会人が時間を指定して待ち合わせをする場合、最低その15分前にやってくるのが暗黙のルールだろう。全く悪びれた様子の無いこの外見的特徴に乏しい青年に懇々とそれを諭してやろうかと口を開きかけるが、自分の失っているものに気づいた様子の無いうすら笑いを浮かべているので、もう圧倒的に他人に干渉するあの気力を失い、そのまま放置することにした。どうせ、これを限りの出会いだ。「イヤァ、小鳥なのにデカいっすネー」謝罪も無いままに発話したその言葉のうすらトンカチぶりに、私は頬を引きつらせながら、自制心を失わぬよう拳の内側で手のひらに爪を立てた。こいつはあとで呪殺だ。
 ”三人寄れば文殊の知恵”と古人は言ったが、ネット者をいくら積み重ねても何かの建設性が生まれようはずがない。三人が集まったことにより、ふんぷんたるネット臭が周囲に漂い始める。互いに知り合いだろう距離に立ちながら、全く会話を交わさない私たちに、周囲の人間すべてが不審の視線を向けているような気がしてならない。会社帰りのアバズレOLどもの癇に障る笑い声がすべて自分たちに向けられた嘲りに聞こえてくる。約束の時間をたっぷり3分は経過しているというのに、まだ参加者の全員が集まっていないとはいったいどういう了見なのか。自分の生み出してしまったこの惨めな状況に、もうなんだか絶望的に消え入りたいような気分になってきた。私の煩悶に気づいたふうもなく、ただぼんやりと気詰まりな沈黙を潰す努力も無いまま両脇に立ち尽くすデクノボーどもに対して、吐き気と目眩を伴った怒りを覚える。こいつらはあとで呪殺だ。
 もう致命的に手足が冷たくなり、頭の中で帰りの新幹線の時刻表を繰り始めたころ、あやしい身なりの女がふらふらと夢遊病者の足取りで近づいてきた。明らかにかわいそうな人か、立ちんぼの人かのどちらかだ。左右の有象無象に視線を向けるも、この終始痴呆めいた表情を顔面に張り付けたチェリーボーイどもに、何かこういう状況への対処ができるとは到底期待できない。私がそういう目的の集まりではないことを万勇を鼓して引けた腰とともに伝えようと息を吸い込んだところへ、その女はもごもごと自己紹介をした。聞くと、驚いたことに誰もが名前を知っている少し大きなサイトの運営者で、今日のオフ会の参加者だと言う。私は大幅の遅刻に少しも悪びれないその女の目に、ネット上でのパワーバランスを現実に持ち込もうとする無神経な優越を読みとった。他人への想像力の欠如と自我肥大、私は自己防衛を兼ねてそう決めつけることにした。加えてこっそりサムソンと恥ずかしいあだ名をつけて、以後主に心の中で呼びかけてやることに決める。サムソンは私たちの顔を右から左をへ眺め、そして左から右へ眺めると聞こえよがしにひとつ大きなため息をついた。合コンで女子参加者が男子参加者にやるような不躾な具合で、だ。こんな長大な遅刻をしておいて、オマエはいったいどこの何様か。私はサムソンの髪をひっつかまえて、モアイ像のざらついた表面に血の出るくらい、泣き叫んで許しを請うまで打ち付けてやろうかと思ったが、そうしなかったのは単にサムソンの頭髪がまるでサムソンのようにスポーツ刈りだったからだけだ。そんな激しい水面下のやり取りに気づいたふうもなく、ノッポが相変わらず癇に障る慇懃さで「じゃー、そろそろー」と移動を促すが、私のはらわたは深甚な瞋恚でたぎっていた。こいつはあとで呪殺だ。
 あとひとり誰かいたような気がするが、忘れた。もしいたとしても、忘れるくらいだからきっと大したことのないヤツに違いない。
 サムソンを加え、もうどうにも隠しようのないほど漂うふんぷんたるネット臭の中、私は出来るだけ目立たぬように身を縮めながら有象無象の後をついていくが、ほどなく今日のオフの受け入れ側主幹であるところのノッポが、どこの店にも予約を入れていないことが判明した。私は内なる激昂を押さえつつ、寒さと空腹に尖りきった神経にできる限りの穏やかさで、事前に時間と人数をあなたに伝えておいたのは何のためなのですかとノッポに婉曲的に尋ねたが、裸の大将を思わせる精薄的な微笑みを微笑んだだけで何も弁明もしようとせずに、自分の重大な失態に対する追求をそのまま流そうとする。苛立ちにゲロを吐きそうになりつつも、関東の人間はきっと関西の人間とは違うOSで動いているのだろうとコンピュータ少年らしい取りなしを自分で自分にしたが、拳の中で手のひらに食い込む爪の先はもう手の甲の骨に届かんばかりだった。最終的に場所を見つけることができたからよかったようなものの、私は曲がりなりにも歓待される側のゲストであろうに、なぜこんな屈辱的な扱いを繰り返し受けなければならないのかと、もう絶望的に死にたい気分になっていた。こいつはあとで呪殺だ。
 当初の開始予定時間を一時間近くオーバーした渋谷は場末の居酒屋で、私は死にたくなるような気詰まりな沈黙に全身全霊で耐えていた。注文を受けに来た店員にした発話がその場に流れた唯一の意味のある音のやりとりだった。後ろの席から聞こえてくるサラリーマンの馬鹿騒ぎが無性に癇に障る。わざわざ東京くんだりまでやって来て、こんな精神的虐待を受けなければならないどんな罪を私が犯したというのだろうか。私のファンというくらいなら、唐突に私のサイトの引用をひとくさりしゃべってみたりしてはどうなのか。あらかた注文の内容がテーブルを埋めても、何か流れのある会話が始まる気配は微塵も無い。皿やグラスの触れあう音が妙に大きく響く。隣に座ったサムソンの側から流れてくるもうもうたる煙草の煙と、時折聞こえる軽い舌打ちが私を追いつめる。何度も対面に座ったノッポとユニクロに目線を送るが、二人は箸袋でする折り紙に夢中だ。間の持たなさに空けたビールのグラスがすでに大量にテーブルを占領しているが、こんなに酔えないアルコールは初めてだった。東京のビールは製造方法が違っているのだろうかと思わずラベルをわざとらしく確かめたりしたが、誰も私のする動作に突っ込んでこない。場の空気を暖める努力を最初から放棄している人たちの中で、私は関西人らしい沈黙恐怖症にほとんど肉体的な切迫を伴った身をよじる苦痛を味わっていた。これは歓待ではなく拷問だ。耐えきれず、私は万勇を鼓して引けた腰とともに卓上の皿に乗せられたウインナーを箸で転がしながら、誰とも目を合わさずに「チ、チンポ?」と脅えた子鹿のように発話してみた。横目でそれを見ていたサムソンが露骨に顔をしかめ、対面の二人は相変わらず箸袋でする折り紙に夢中だった。この小さな事件で、私の存在は完全に封殺された。私は私の感情がかろうじての均衡を崩して決壊する前に、熱い目頭を抱えてトイレに立つことを告げた。こいつらはあとで呪殺だ。
 トイレで何度も顔を洗い、赤い目をした鏡の自分に幾度も励ましを入れてから、痛む胃とともにトイレの扉を開けると、サムソンを中心としたたいへん楽しそうな歓談の様子が視界に飛び込んできた。私がビール臭い尿を放出するわずか数分の間にいったい何が起こったのか。思わず怒りにゲロを吐きそうになるが、柱の陰でしばし見守ることにする。席では、私の不在を誰も気にとめることもなく、時折笑い声すらあがっていた。血の出るほど下唇を噛みながら尻を突き出してうなっていると、店員のおねえさんに露骨にイヤな顔をされたので、しぶしぶ席に戻ることにした。しかし、私が席についた途端に、示し合わせたように場は元の冷たい空気を取り戻す。そのあまりに唐突な変化ぶりに、私は思わず首をまわして店内にある隠しカメラを探したりした。
 しばらくして、突然サムソンが誰も座っていない席に向けて”受信したキチガイ巫女”としか形容のできない様子で楽しげに、これまでとは想像もできない陽気さでラブクラフト談義を始める。初めは呆気に取られていた私だったが、そのあまりに愉快そうな会話に耳を傾けるうち、誰もいない虚空に対してふつふつと激しい嫉妬が湧いてきた。私は主張しすぎない、だが聞き取るのには充分の低い声で、「ネクロノミコン?」などと呟いてみるが、見事に黙殺される。対面に座った二人はビール瓶でするリコーダーに夢中になっており、私の呟きを拾おうともしない。こいつらはあとで呪殺だ。
 それから数分後、唐突に虚空との対話を中止したサムソンは、みるみる表情を消し、また不機嫌に煙草をふかしはじめた。対面に座った二人はウーロン茶についてきたストローの紙袋で伸び縮みするヘビを作るのに夢中だ。私は自分の持つ現実への干渉力の無さを改めてまざまざと感じさせられ、泡の抜けきったぬるいビールに口をつけながら、深く静かに絶望していった。東京、来るんじゃなかった。オフ会、調子にのるんじゃなかった。そしてこいつらは全員、末代に至るまで呪殺だ。
 勘定を済ませて店を出ると、誰もいなくなっていた。私は、もう誰の目もはばからずおんおんと男泣きに泣きながら新宿のホテルに逃げ帰った。部屋のベッドに横たわると悶々とした気持ちが高まって来、急に有料チャンネルの小津安二郎が見たくなったので、ビデオカードを自販機で購入しようとするが、財布には一万円札しか入っていなかった。両替を頼んだフロントの女が、どうせアダルトチャンネルを見るためなんでしょといったうすら笑いで一瞬私を見たような気がした。こいつはあとで呪殺だ。その晩、小津安二郎を鑑賞しながら、私は2回オナニーをした。
 そのまま寝込んでしまったらしく、翌朝目が覚めると陰毛が干からびた精液で張り付いていた。


 今回の東京行での全できごと終了。


 追記:実は上記以外にも二人参加を表明した者がいた。が、当日思いきり約束をブッちぎり、そして未だ謝罪どころか一通のメールすら届いていない。社会人としての常識をどうこう言う前に、人間としてどうだろうかと思う。こいつらは間違いなく呪殺だ。

イマジン

 何もない日々。穏やかな日々。(閉め切った薄暗い室内のじめじめした布団の盛り上りが画面に映る)。大手サイトのリンク集に名前を連ねることもなく、ネットワナビーの経営する弱小サイトの掲示板で非難や中傷の的になることもない。ネット社会での私は完全にいないものと同じになっていた(布団の盛り上がり、画面に映る。さきほどと比べ、窓から差し込む陽光に室内の様子が明るくなっている)。まるで、個人日記サイトなどというネット上のカテゴリを知ることもなく、ただガツガツと心を飢えさせていた十代のあの頃に戻ったかのようだった(布団の盛り上がり、画面に映る。窓から差し込む陽光、弱まってきている。盛り上がり、微動だにしない。間。室内は再び暗闇に包まれる。布団の盛り上がりがわずかに揺れる)。食卓で愚息の余分な薄皮を弄びながら、。おたくとは一番遠い人のように、まるでおたくを人ごとのようにして談笑する自分を見つけたとき、私は愕然とした(湯気を立てる食事を前に、ズボンを半ばずりおろしてチンポの皮を引きつのばしつしている男が、対面に座った女性に強く叱責されている写真が挿入される)。私がいるいないに関わらず、ネット社会の時間は変わらずに流れてゆく。だが、それを知って、気が楽になった。『サクラさん』は、朝の用便の最中に着想してから1時間で書き上げた。(軽快な音楽とは裏腹な、薄暗い部屋の中で分厚い眼鏡に背中を90度に丸め、 モニターから10センチの距離に顔面を接近させた鬱陶しい図柄の写真が、何枚もスライドのように画面に挿入される。最後の写真は、”笑いの演技の練習中”としか形容できない男の顔面の様子がアップで写される)

 (映画館の座席に腰掛けた男の姿が映し出される。股ぐらにポップコーンの大きな器を抱え込んで、ぼろぼろと盛大にこぼしつつむさぼっている) 「ア、アニメはいいね。アニメはとてもいい。だってそれは本当のことじゃないからね。本当のことじゃないってことは、覚悟をしなくていいってことだよね。だからとてもいい(スクリーンの映像の光が男の顔面に照り返し、一種異様な雰囲気を作り出している)」
 ――あなたはアニメの中で、何が一番好きですか?
 「小さな女の子だね。生まれ変わって、まず何になりたいかって聞かれたら、小さな女の子だって答えるよね。だって、そうすれば、ずっと誰からも後ろ指さされることなく小さな女の子といっしょにいられるわけだよね。いや、ちがうんだ、もちろんアニメの方の小さな女の子だよ。だって、現実の小さな女の子は、まァ悪くはないけど、泣くし、臭いし、わがままだし、じきに小さな女の子じゃなくなってしまって、ただのイヤな女が残されるだけでしょ。それはとても残酷だし、ぼくにとっても、女の子にとっても辛いことだよね。ね。(男の隣に座っていた女性、もうたまりかねたといった様子で席を立ち上がり、その場を立ち去る。湿度が高まった女性器を指で擦るときの擬音に、甲高い声で”アイアムゲイカ”という歌詞の連呼が加わる曲が流れ始める)」

 (ひどいせむしの男と女性が、第三者が見たならばお互いが知り合いであるとはとうてい思えないような距離をおいて歩いている) ”ぼくはホームページを更新するとき、自分と同年代の人々を思いながら、彼らに語りかけるように更新するんだ。『やあ、小鳥猊下だ。最近調子はどうだい。元気でやってるかい。80年代、90年代はガンダムとかエヴァンゲリオンとか、大作化するRPGとか、ジャンプの衰退と復権とか、ひたすらおたくで、さんざんだったな。21世紀はお互いいい時代にしようぜ』”
  
 「(小太りの男が、ほとんど両足を動かさないまま、左右に跳びはねるように近寄ってくる。フェンスに飛びついて)なあ、小鳥猊下、あんた小鳥猊下だろ。信じられねえ! 今日ここで会えるなんて! なあ、握手してくれよ! おれ、あんたの大ファンなんだ。(せむしの男、尊大にフェンス越しに手をさしのべ、握手をする)信じられねえ! 信じられねえよ! なあ、聞いていいか? nWoはいつ更新を再開するんだ?」
 「明日だ(せむしの男、フェンスから歩み去る)」
 「(跳びはねて近寄ってくる小太りの仲間たちに向かって)なあ、小鳥猊下だ。小鳥猊下と握手しちまった! おれ、信じられねえ! 信じられねえよ!」

 (黒い服に身を包んだ女性が背中を向けて座っている)
 「いま思えば、いくつか事件の暗示はありました。発売日にジャンプを買って来なかったり、以前はあれだけむさぼるように執着していたし、批判の言葉もものすごかったのに、最近では1時間ほどでゲームをプレイすることをやめてしまったり。何のコメントも無くです。ああ、でも、これらはすべて後付けの理屈なのかもしれません。本当のところ、かれの内側で何が起こっていたのかは、どんなに近しい人間にもわからない。かれにしかわからない、かれだけの世界なのですから」

 (プリントアウトしたものらしい紙束を胸に抱えて、数人の女性が泣きじゃくっている)
 「私たちにとってnWoは特別なの。私たちは小鳥猊下とともに成長してきたわ。猊下は私たちがなんとなく感じていた生きにくさに指をさして、”それはおたくだ”ってはっきりと言ってくれたの。私たちは初めて自分たちのおたくに胸を張ることができた。学校にいても、会社にいても、どこにいてもnWoがそこにあるってわかったから。おたくじゃない猊下のnWoなんて考えられないわ(紙束に顔を埋めて号泣する)」

 早朝の駅前ロータリー。低く流れるキーを外した不安な音楽。とある量販店の前で、某有名大作RPGの路上販売の声が響く。遠くからふらふらと歩いてくる男。男、香港の路地裏の屋台に裸にむかれて吊された鶏の死骸を連想させる様子でネクタイに緊縛されている。高まる不安な音楽。路上販売のあげる威勢のいい声。ふらふらと白昼夢の中の人のように、そこへ歩み来る男。突然の突風に揺れる某有名大作RPGのロゴを染め抜いた旗。路上販売のまさに前にさしかかる男。音楽はもはや耳をおおわんばかりの音量と不安定さで流れている。一瞬写真のネガのように反転し、停止する風景。男、路上販売に一瞥もくれずに通り過ぎる。叩きつけるピアノの音。男、人混みの中を駅のエスカレーターへと呑み込まれてゆく。駅前に行き交う老若男女、男の姿が見えなくなると一斉に地面に倒れふし、大声で泣きわめきながら、”オールユーニードイズオタク”という歌詞を、互いに肩を組んで即席のウェーブを作りながら歌い始める。

 ぼくは自分の中のおたくがわかりすぎるぐらいにわかってしまっていた。例えば”12名の血のつながらない妹による乱痴気騒ぎ”といった断片的なキーワードから、自分がどのくらいの笑いとエロと批判と自虐とを含んだ更新をすることができるか、やる前からもうすでにわかってしまっていたんだ。生来の内罰性と無気力が、互い自身の歪んだ相似からくる際限の無い自己嫌悪の螺旋を作り出す平穏な日常という名前の地獄。ぼくとぼくの中のおたくはいつも、とても苛立っていた、お互いのすべてが見えてしまっていた。創造の魔法は終わったんだ。

 (明らかに日本人では無いが、国籍の特定できない顔立ちの男が、正面を向いて座っている。心地よいと感じる抑揚をわずかに外した日本語で、男、話し始める)
 「それは最初はほんの気まぐれな思いつきだったのかもしれません。きっとお互いの中にあった閉塞感に何か、風を入れることができたらと思ったのでしょう。実際かれらの様子はとても陽気で、何もかもうまくいっているように見えました。でも、そのとき、そこにいた誰ひとりとして、それがnWo最後の更新になるなんて、想像すらしていなかったのです」
 ビルの屋上に置かれた雨ざらしのスピーカーから、突如”ドントレットミーゲイカ”という歌詞で始まる曲が、薄曇りの夏の夕空に向けて大音量で流れだす。スピーカーより遠ざかっていく視点。最初、耳を覆わんばかりのすさまじい音量で、スピーカーの音割れからか、何か人外の獣の吠え声のような、悲鳴のような切迫感を伴っておんおんと周囲に鳴り渡っていた曲も、カメラの視点がわずかに遠ざかるだけできれぎれとなり、すぐに何も聞こえなくなる。

夢の終わり

 「(まぶたの下で瞳を痙攣させて)いや~んばか~ん、そこはおイドなの」
 「あっ。小鳥猊下が張りついた白痴の微笑みとともに薄目を開けて自身の無意識を探索なさっているぞ」
 「(着物のすそをまくり上げて)猊下、私のおイドも使って!」
 「(まぶたの下で瞳を痙攣させて)いや~んばか~ん、そこはおイドなの」

 体育館。整然と並べられたパイプ椅子。その一番後ろに少女が一人座っている。他には誰もいない。演壇には、ひどく痩せ衰えた男。演壇の隣には、袴姿の男と着物姿の女が立っているが、その様子はひどく人形じみて生気を持たない。演壇の痩せた男、細かく痙攣する手で水差しを取り上げ、盛大に零しながらコップへとそそぐ。コップの中身を飲み干すと、男の手の痙攣が止まる。男、咳払いして痰をきる。少女、立ち上がって拍手をする。男、かすれた、そしてろれつの回らない声でしゃべり始める。
 「まァ、俺が言うのはエヴァンゲリオンだ。8割、9割、エヴァンゲリオンだと思ってもらってかまわねえ。俺はじつは不感症で(甲高い笑い声を上げる)、いままであんまりすごいとか感じたことがねえから、もう8割、9割、俺が言うのはエヴァンゲリオンだと思ってもらってかまわねえ。あー、実存の可能性としては、2つあると思うんだな。ひとつの実存は、永遠の命と知恵を持っている。こりゃ、もう神様だな。もうひとつの実存は、知恵も永遠の命も持っちゃいねえが、死というプログラムによって種としての存在を永遠へと連鎖させる。これは植物も含んだ、生物全般のことだな。人間ってのは、(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)どっちにも当てはまってねえよな。知恵というのは、死と同居しにくいんだ。本能は死を理解するが、知恵は死を本当の意味では理解できないからな。それに、知恵ってのは、単発なんだよ。受け渡せない。ドストエフスキーが死んだら、また次のヤツは一から始めなきゃならねえ。人間ってのはその意味で、存在を続けること自体が奇跡的な、言ってみれば奇形に過ぎないんだな。なぜっておまえ、知恵は死と同居しにくいからな。だからさ、親子の情とかさ、そういうのは生物の側に属するものなわけだろ。その反対で、なんでもかまわねえが、例えばいまおまえたちがここで聞いてるダベりは、知恵だろ。神様の側に属するもんなの。だからさ、わかるかな、若いうちは、死ぬことが近くないから、知恵なわけよ。親が俺の感性を理解しないとか言って、飛び出すのよ、例えばさ。なぜかってえと、知恵だからさ。それがさ、ある程度年とってくると、生家に戻ってさ、お父さん、私が悪ゥございましたァってな演歌で泣き崩れて、父親は父親で一番いい羊を屠るわけよ、息子のためにさ。なんでって、お互い死が近くになってっからさ。もう二人とも生物なんだよ。(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)こんな具合にさ、一生のうちに神様と生物の間を行ったり来たりすんのが、どっちつかずの人間のバランス取りなわけよ。俺、バランス取りって言葉よく使うけどさあ、神様と生物の間のバランス取りってのは、かなりいい例えじゃん。んで、エヴァンゲリオン。宇宙に飛んでったエヴァンゲリオンさあ、あれは永遠の命と知恵と、神様じゃん。神様っつわれたって、本当にいるのかどうかなんてわかんねえから、人間が目に見える次元と形で、哲学やら神学やらの仮定を実在させたのがあのエヴァンゲリオンなわけよ。んで、地球に残ったのが生物と、そして二人の人間な。3つの実存を、正確に言や、2つとその中間ってことだが、人間のうだうだを全部ブッ壊すことで仕切りなおして、も一回最初のように切り分けたんだな。壮大な実験が始まるようにさ、どの実存が世界にとって一番ふさわしいんだろう、ってさ(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)。
 「あとな、文章で人間がわかるんですかって、おまえさあ、わかるに決まってんじゃねえ。言葉が人のカタチを規定しねえってんなら、いったい何が規定するってんだよ、まったく。(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)そりゃ、自己防衛の薄ら笑いで、小学生の作文コンクールをひとりでやってるぐらいにはわかんねえだろうよ。おまえな、本当の言葉ってのは、すべての防衛とは遠いところにあんだよ。馬鹿なヤツは馬鹿な文章を書くし、軽薄なヤツは軽薄な文章を書く。そんなん決まってんじゃねえか。言葉には、すべての愚かしさと、すべての無知と、そして、(声を低めて)すべての気高さがあんだよ。言葉は、それを書いた当人が気づいていないような、無意識の澱の、その奥底の醜さまで、勝手におまえの言葉を読んだ相手にささやくんだ。(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)あのな、本当の言葉を書くためにはな、世界と人間を理解しなきゃダメなんだよ。少なくとも、世界と人間を理解しようと思わなきゃなんねえんだよ。それを、さかしげに人類史や世界や、そういった巨大な流れから切り離された個人の感情だけで言葉を語りやがって。俺たちゃ、お互いみんな違うように見える。けど、少し踏み込んだら、みんな同じなんだ。そして、もう一つその奥では、やっぱり全然違うんだよ、俺たちは。この人間理解の道程をもたどらず、最初に感じる世界への違和感にだけ拘泥した愚かしさで、誰か自分以外の人間に届いてしまうかもしれないここで、言葉を吐こうなんて少しでも思うんじゃねえ! (水差しを取り上げるが、中身が入っていないのに気がついて、床に叩きつける。粉々に砕ける水差し)本当の言葉ってのはなァ、個人の浅薄な意識を超えたところですべてを知っていて、そして外に出したが最後、すべて勝手にみんなに教えちまうんだ、こいつは差別主義者ですよ、こいつは性的倒錯者ですよ、おおっとダンナ、こいつは両親からひどく虐待されていたようですよ、うへへ過剰色欲者、たまんねえ! そしてな、その出歯亀に終わらねえ、言葉ってのは個人の意識をはるか超え、個人が世界へ死にものぐるいでつながろうとするときの、究極の手段なんだよ! (気狂いの目で口の端から泡を飛ばして)その丸裸の恐怖と栄耀を知らずに、少しでもここで言葉を吐こうと思うんじゃねえ! 文章で人間がわかるんですか、だと? おまえの魂胆はまるわかりなんだよ!(絶叫し、演壇をひっくり返す。演壇の倒壊する、もうもうたる粉塵の奥から姿を現し)いいか、よく聞け、俺は常に答えを出す。まァ、本当はどっちかなんて誰にもわかんないんだけどね、なんて腐れた防衛の言葉で、俺は答えを、真実を濁らせたりはしねえ。ここで独白に終わらねえ言葉を吐こうとおまえが少しでも思うのなら、おまえが何者であれ、例え間違っていようとも、何か答えを出さなきゃなんねえんだよ! (一瞬の静寂。ゆっくりと)俺は、答えを出す。その瞬間瞬間に俺が見い出し、確かにそうだと信じた答えを、世界という名前の莫大な問いかけへの答えを、おまえたちがどれだけ耳を覆おうとも、俺はひとりで叫び続けてやる! そして時々に形や位相を変え続ける世界へと、決死の丸裸でむしゃぶりつき、俺の言葉で噛みやぶり、引きずり出し、咀嚼して、耳をふさぐおまえたちの上に嘔吐し続けてやる! 俺が弱くなり、荒れ野に朽ち倒れるそのときまで、俺は究極の答えを、嫌がるおまえの口の中に無理矢理ゲロし続けてやるって言ってんだよ! この終始薄ら笑いの白痴めが!(喉の裂けた血煙を吹く)

 「(拍手をしながら近づいてくる少女の姿に気がつき、脅えたように)どうだった、今日の講演は?」
 「(小動物へ向けるような、この上ない優しい微笑みで)良かったわ。とても良かった」
 「(突如激し、少女を突き飛ばす。整然とならぶパイプ椅子の列へ、倒れこむ少女)そんな、つたないセックスをした客をなぐさめる商売女のような調子で、俺に話しかけるんじゃねえ!(散乱したパイプ椅子の列から、少女の髪をつかんで引きずり出す。大きく振りかぶり、平手。そしてまた平手)」
 「(赤く腫れたまぶたに、切れた口の端から血を流して、棒読みに台詞を読むように)自分の感情と行為の非を、心が理解してしまわないために、逃げるようにさらなる激情に身を任せる(髪をつかまれたまま、目だけを動かして男を見る)」
 「(慌てて少女の髪を離し、脅えたように背を向ける)何が講演だ! こんな誰もいない場所で、何が講演だ! あいつら、俺を誰だと思ってんだ!」
 「(両膝に手を当て、自分を支えるように立ち上がり)『猊下の虚構力が弱まってきている』、そう言った人がいたわ」
 「(激しく振り返り)弱まってなんかいねえ! それを証拠に、見ろ! (男、演壇の横に立っている着物姿の女に向けて指を鳴らす。女、それに応じて着物のすそをまくりあげる。かすかな狂気を思わせる様子で目を剥いて)どうだ、これでも弱まってるって言えんのか!」
 「(哀しそうに首を振る)あれには魂が入っていないからよ。自分でも、もうわかってるんでしょう? 魂を持ったものたちは、みんな行ってしまったわ。ドラ江さんも、D.J.FOODも、パアマンたちも、CHINPOも、みんなここから行ってしまった」
 「(両耳をふさいで)違う! あいつらは、全員俺が殺したんだ」
 「(淡々と)ここに誰もいないのは、あなたがいつからか殺せなくなってしまったことに、みんな気がつき始めたからよ。どうしてかは知らない、あなたは自分が生み出したものたちに対して、真摯にならざるを得なくなってしまった。いつの日からか。(哀しそうに)そう、いまのあなたにできるのは、せいぜいが魂の無いものたちに猥褻な行為を強要するぐらいのもの」
 「(一瞬サッと顔を紅潮させるが、すぐに泣きそうな表情になって、その場にくずおれる)知ってたよ……魂があるものたちに対して、俺は俺の虚構力を及ぼせなくなっているのに、とっくに気がついていた。俺ができたのは、せいぜいかれらの様子を詳細にスケッチすることぐらいだけ」
 「(憐れみの視線で)あの人が言った、あなたの虚構力が弱まってきているという言葉。でも、それは正確じゃなかったのね。少しでも魂を持ったものたちは、あなたの指の間からすり抜けて、ここからおりて行ってしまう」
 「だからといって、いったい何を変えることができるっていうんだ……俺だって、たくさんの一人に過ぎないのに(両手に顔を埋める)」
 「(近寄り、優しく肩を抱き寄せて。勇気を奮い起こすように)もう、やめましょう? あなたが自分の中に生まれた、魂への真摯さを裏切りたくないのなら、もう、やめましょう。ここで行われていることは、あまりにあなたのその気持ちを裏切っているわ」
 「(すがるような表情で顔を上げて)江里香」
 「(右頬にゆっくりと涙を伝わらせて)私をまだ、名前で呼んでくれるのね」
 「(苦悩に顔を引き歪めて)それは、無理なんだ。何度そうしようと思ったのかわからない。でも、それは、無理なんだよ。本当に」
 「(歌うように)じゃあ、私を殺しなさい」
 「(予期していた絶望に悲鳴を上げて)江里香!」
 「私を殺して、あなたの持っていた虚構力をわずかでも取り戻しなさい。そうすれば、あなたはここで多少長らえることができるでしょう。それができないのなら、(いまや滂沱と涙を流しながら、両手を広げ)私といっしょに、ここをおりて」
 「(ほとんど音にならない悲鳴で)あ、あ、あ……ッ(両手の指を額に食い込ませる。裂けた皮膚から血が流れ出す)なぜ、どうして、いつのまに、こんなことに……!」

 一人の痩せこけた男が、入り口の扉へ身体をぶつけるようにして出ていく。男が出ていった途端、演壇の横に立つ二人の男女が、糸の切れた人形のようにくずおれる。誰もいなくなった体育館の床に転がる少女の生首。長い髪の毛に隠されて、切断面は明らかでない。ほとんど生きているように見えるその顔は、まぶたを閉じて、すべてから解放された永遠の安らかさをたたえている。

小鳥の唄(17)

 階段状の観客席が六角形に取り囲み、すり鉢状になったその底で全裸の男が立ちつくしている。
 男、骨格が視認できるほどに痩せており、局部にはなぜか紫色のもやがとりまいている。
 すり鉢の底を形作る六角形のうちの二面には、なんのためのものだろうか、長方形に切り取られた入り口があり、通路がそれぞれ奥へと伸びている。
 通路の奥から一人の少女が現れて、すり鉢の底へ形成された砂場へと足を踏み入れる。
 少女、しばらく躊躇したような様子をみせるが、やがて意を決したように全裸の男へ声をかける。
 「落ち込むことなんてないわ」
 少女の声音はあくまで優しい。
 「学生時代のクラスメートほどの人数は来ているって思えばいいのよ。だいたいあなたにとってクラスメートの数は友だちの数と同じどころじゃなかったんだし、そう考えればまだ気も晴れるんじゃないかしら」
 「物語っていうのはさ」
 少女の声が聞こえなかったかのように、男は話し出す。
 「0から始めて1に届こうとする躍動が描く、動線そのものだったと思うんだ。そりゃ、0から動かず0であることを肯定するための言葉を連ねるやり方だってあるけれど、それは少なくともぼくにとっての物語じゃないんだ。1に爪先を引っかけて0から身体を乗り上げた人たちの姿に、ぼくは自分もいつか1になるのだと深い感動を覚えたものだったし、1に向かって高く跳躍しながら、爪1枚で届かなかった人たちの肩を落とす様子さえ、ぼくの心を強く揺さぶった。けれど、いま世の中にあふれているのは、0以下から始まって0に届こうとする物語ばかりだ。マイナス1から0へ、というわけさ。否定してるんじゃないよ。その試みは0から1への希求と、その質や切実さにおいては何ら変わるところはない。けど悲劇的なのは、その”文学的達成”というやつが、ふつうの人たちにとっては何らカタルシスを持たないということなんだ。マイナス1から0への到達を誇示したところで、それは世間にとって少年院から出てきたヤンキーを見る程度の感慨をしか引き起こさない。つまり、身内に抱える積極的な、あるいは消極的な社会悪や犯罪性向をまず開帳し、そしてそれから『ぼくはもう犯罪衝動を押さえ込むことができるほど真人間になりました!』と前科持ちが宣言したとして、誰もそんな宣言を聞きたいなんて思わないし、例え耳を傾けてくれたところで、余計な差別を彼らの意識の中に加えるだけだってことは、ほとんど喜劇みたいじゃないか」
 つま先で砂に文字を書きながら、黙って話を聞いていた少女が口を開く。
 「じゃあ、あなたはどうなの? あなたのホームページに書かれている文字は、いったい今のどれに該当するの?」
 「痛いところを突くな。ぼくはつまり、『1をすでに達成しながら、0や0以下であることへの執着から逃れられないでいる』のさ!」
 「まあ」
 少女は驚いたように、手のひらを口元へ当てる。
 「それって、『終わらない思春期』よね。実物を見るのは初めてだわ」
 「ああ」
 全裸の男の局部をおおう紫のもやが、ふとももの間からへその下へとゆっくり移動する。
 「そうさ、へっさいへっさいモラトリアムなのさ」
 「アハハ、だから、いつまでたっても人の来なくなったホームページを閉鎖してしまわずに、未練たらたらで時々申し訳程度に更新したりしているわけね。アハハ、おっかしい!」
 男のこめかみに漫画的な十文字が浮かぶ。
 「ちょっと、茶目ッ気がすぎるんじゃないか」
 男、固めたこぶしの五本指を左頬からすべて数えることができるほど激しく、少女の右頬を打ちつける。
 陰影まで微細に誇張して書き込まれた犬歯や臼歯が、少女の口腔からはじけるように宙へと舞う。
 男、続けざまに、背中の側からつま先の形状がはっきりと視認できるほど深々と、少女のみぞおちを蹴りこむ。
 真紅の鮮血が少女の口腔から噴水のように吹く。が、地面に染み込んでいくそれは早くも赤黒く、さび色に変色してしまっている。
 少女は蹴られた衝撃で地面と水平に滑空し、壁面へ人型にめり込む。
 もうもうたる煙のはれた後には、少女が左の肘をあり得ない角度に折り曲げ、二の腕からぎざぎざに折れた骨を皮膚の外へ飛び出させているのが見える。
 少女、壁面から身を引き剥がし、よろよろと男の方へ数歩あゆむ。
 男の局部をおおう紫のもやが、へその下からふとももの間へ急速に移動する。
 「こんなふうな犯罪性向、自分より弱い存在を暴力でもって蹂躙して、それが悲鳴を上げるのを聞きたいといったような感情を、『人とつながることにそんな形をしか選択することのできない者の悲しみ』とでも表現したところで、それに涙を流したり共感したりするのは、やっぱり他人を痛めつけて悲鳴を聞きたいと思っているような人種だけで、結局、世間を構成する大半の、0から人生を始めている人たちにとってはどうでもいいどころか、嫌悪と敵意さえ抱かれてしまう可能性がある、人類を正常と異常の2つに分断する以外の機能を持たないやり方なのさ」
 「な、なるほど……わかり……やすいわ……」
 少女、身体をくの字に折り曲げて顔面から砂地へ倒れ込む。少女の瞳が黒ベタから灰色のトーン貼りに変わる。男、少女の生死に興味を残していないふうでしゃがみこむと、地面から一掴みの砂をすくいあげる。
 おたくの敵と非難され、嘲笑され、罵倒され――
 それでも更新したくって、更新したくって――
 あれほど更新したいと思い続けてきたのに――
 「もう、こんなに更新したくない」
 ――ああ。おたくの繰り言が聞こえる。
 こたつ布団に広がる去年の醤油染みのような、日常が新しさを失ってなお繰り返されてゆくのを否応なくつきつける、重苦しい現実。
 いつの間にこの人は、こんなにも輝きを失ってしまっていたのか。
 少女が、その少女らしい純粋さを希求する旅の果て、ついに手に入れたのは、この世で一番醜いものだった。
 この世で一番醜いもの――おたくの自意識に触れながら、小鳥猊下を最初期から取り巻いていた少女たちの最後の一人は、その八年と三ヶ月に渡る長い旅を終えた。

小鳥の唄(18)

 階段状の観客席が六角形に取り囲み、すり鉢状になっている底で全裸の男が少女の遺体に腰掛け、両手に顔をうずめている。
 男、気配を感じて顔を上げると、そこには少女が立っている。彼が腰掛けにしている少女とは似つかぬ容姿なのだが、おそろしく似通った雰囲気を感じさせる。
 男、再び両手で顔をおおう。
 「いつになったらぼくは君たちから解放されるんだろう。いつまで君たちはぼくに執着し続けるんだろう」
 「答えは自明なのに、口にされた言葉を改めて聞かないと納得できないのね」
 少女、老婆のような深く長いため息をつく。
 「ずっとよ。私は、私たちはあなたの無意識から生まれてくるのだから、ずっとよ。あなたが死ぬまで、ずっと」
 男、老人のようなしゃがれた声でつぶやく。
 「それは、それは。本当に、修辞的ですらない、地獄のような恋慕だな」
 少女、口元に冷笑を浮かべる。
 「あなたにしては気の利いた言葉だけど、何かからの引用かしら」
 男、笑顔のように口元を歪めて顔を上げる。
 「ずいぶんと無意味な質問をするもんだ。ぼくたちの言葉はすべて、引用からできている。巨大な歴史が順繰りに言葉をしらみつぶしにしていった結果、ぼくたちの言葉はすべて引用になってしまった。歴史がその処女野を蹂躙しつくした言葉を、ただむなしい引用として、中年夫婦の諦観と希薄さでぼくたちは発話する――」
 男、ゆっくりと立ち上がると通路の奥へと去っていこうとする。
 少女、一瞬、何かの感情をこらえるかのように口を引き結ぶと、それをすべて呑み込んで、大声を出す。
 「ねえ!」
 男、振り返る。その瞳は灰色に彩色されており、虚ろである。
 「なんだい」
 少女、消え入りそうな声で問う。
 「これで、終わりなの?」
 男、悪魔のように哄笑する。
 「ハ、ハ、ハ。これもやはりエヴァンゲリオンからの引用なんだがね……『わかるもんか』」

五十六万ヒット御礼小鳥猊下基調講演

 「もう、もう、もーッ!!」
 画面の奥から襞の入った洋装の少女が、頬を紅潮させて猛然とかけてくる。
 そのまま諸兄の眺めるカメラへ額から激突し、もんどりうって倒れる。頭部をハンマーで強打された瀕死の猫のように、尻を高く突き出し、顔面を地面にすりつけて、ぐるぐると回転する。
 やがて立ち上がると、青ざめた顔でカメラへ向き直る。
 「(怒りに肩を震わせて)ゆ、ゆるさん……! いまのは痛かった……痛かったぞーッ!」
 少女、頭突きを試みて再び猛然と駆け出す。
 しかし、諸兄の眺めるカメラへ額から激突し、もんどりうって倒れる。頭部をハンマーで強打された瀕死の猫のように、尻を高く突き出し、顔面を地面にすりつけて、ぐるぐると回転する。
 死んだような静寂の後、少女、自らのまきあげた埃の中から姿をみせる。
 「(額を両手で押さえながら、涙声で)本当に、救いようのないおばかさんたちですね……教えてあげましょう、私のアクセス数は56万です。(突然のすごいかんしゃくで足を踏み鳴らして)もうッ! なのになんで誰もあたしをほめてくれないのよ! (ひと言ごとにますます激しく床を踏み鳴らしながら)大きらい――大きらい――大きらいだわ! (どしん、どしんと地団駄を踏みながら)よくもあたしのことを構成力に欠けて、読みにくい文章だなんて、言ったわね! よくも萌え不自由で、アクセス数貧乏だなんて、言ったわね! あんたたちみたいにおたくで、幼女趣味で、精子なしの人を見たことがないわ! これであんたたちが気を悪くして、アクセス数がもっと減ったって、あたしヘイチャラだわ! はかったみたいに更新の翌日から、それまで毎日1件はあったweb拍手をぴったりととめて、あんたたちはあたしの気持ちをもっとひどく害したんだもの! あたしの腹心の友といったら、もうだんぜん、スパムメールだけだわ! だからけっしてあんたたちなんか許してやらないから! 許すもんか! (袖のフリルでごしごしと目元をふいて)でも、あたしはかしこいネット孤児だから、どうやればみんなの期待を裏切らないかってことも、わかってるつもり……(両手を組み合わせ、薄幸そうな笑顔で)愛されるようにふるまわなくちゃ、だれも、ワンクリックでやっかいばらいできるネット孤児を愛してくれるわけなんてないもの……けど、覚えておいて。ウィンドウが閉じられるたび、ブラウザーの戻るボタンが押されるたび、あたしはひとり、死ぬんだってこと……うふふ、やれこわやれこわ! せいぜいネット弁慶と呼ばれないように、これからはあたしもかんしゃくを直さなくちゃ! だから、あたし、きょうは冷静におはなしできるようにって、お手紙かいてきたのよ……お兄ちゃんたち、聞いてくれる?(胸元から便箋をとりだすも、取り出す際に衣類の内側を計算された角度でカメラに誇示する)
  『本当に、今回の無反応は身に染みました。最上のクオリティをお届けしたい一心で、他意はございませんでした。みなさまの求めるものと私が良いと感じるものは、もはや致命的にズレてしまっていることを痛感します。よって、自戒をこめた次回の(少女、突然手紙から顔をあげて爆笑する)更新からは次の七ヶ条をまもり、読みやすく、みなさまに愛されるnWoへと回帰いたす所存です。
 わたくしこと、小鳥猊下は、

 1.一文を短くします。動詞は修飾関係を含め、二語にとどめます。読点は一つまでにします。また、同文中に複数の主語を持ちません。
 2.改行を増やします。できるだけ、句点ごとに改行します。
 3.難解な漢語を用いません。ひらがなにひらくか、あるいは中学生レベルの語彙で理解できる平易な英語のカタカナ表記で言い換えます。
 4.会話を増やして、地の文を減らします。また、マンガ的な擬音を挿入することで場面に臨場感を加えます。
 5.新奇さを追求しません。ヒットする歌謡曲の条件である「どこかで聴いたような」を至上の目標とします。人名や地名の策定には、神話辞典などを用います。
 6.万物に対して肯定的に考える姿勢を貫き、読み手を不安にさせません。否定的な意見や場面を挿入した場合も、後に肯定的なものへ必ず転換しますので、安心して最後までお読み下さい。
 7.養育者へ常に感謝の意を表明し、攻撃することは二度といたしません。

 以上、みなさまにおかれましては流感などに気をつけつつ、お時間に余裕のあるときだけ、鼻毛や臍の下を抜いても抜いても無沙汰がまぎれないようなときにだけ、当サイトを流し読みくださればと思います。かしこ。二伸。まったく、萌え画像ってやつはハードディスクにとって邪魔にならない存在ですね』
  (襞の入った洋装の少女、便箋を胸にかきいだく)かわいそう! あたし、かわいそう……ッ! お、お父さんとお母さんを大切にッ! ファーザーアンドマザーをインポータントにぃぃぃィッ! あーんあん、あん」
 少女、どしーん、という擬音を口にしながら床へ倒れこむと、大泣きに泣き出す。
 しばらくして顔を上げ、ちらりとこちらを見る。まだカメラが回っていることを知ると、床に顔を伏せ、前にも増した大きな声で泣きわめく。
 「(嬌声ともとれる抑揚で)あーんあん、あん。あーんあん、あん」

リライト版少女保護特区(5)

*はじめに
 今回の更新は「五十六万ヒット御礼小鳥猊下基調講演」での声明を元に書かれた、「少女保護特区(5)」のリライトバージョンです。ご要望やご不快に思われる点がございましたら、ただちに改変いたしますので、遠慮なくおっしゃってください。
 最後に、これまでみなさまの味わわれた心痛に対して、nWoスタッフ一同、心から謝罪いたします。本当に、申し訳ありませんでした。


「あ……」
 さくら色のくちびるから吐息のような声をもらして、少女が目をあける。
 ほおにはひとすじ、涙のあと。
 どうやら、かなしい夢をみていたようだ。
 ぼくは親指でやさしくほおをぬぐってやる。マシュマロのようなやわらかさが、おしかえしてきた。
 さりげなく、はだけた両脚にスカートをおろしてやりながら、そっとたずねる。
「夢を見ていたの?」
 ぼんやりとみひらかれた少女の瞳に、焦点がもどってくる。
「こわい夢をみていたの」
 安堵の表情が、ふたつの泉に満たされてゆく。
「ヨくんがいなくなってしまう夢……あたし、ヨくんがいなくなったら、きっと胸がさけて死んでしまうわ」
 ぼくはほほえみながら、少女のひたいをかるくこづく。
「そんなこと、口にするもんじゃないよ」
「だって、ほんとうにそう思ったんですもの」
 少女は心外だ、とばかりに口をとがらせる。
「言葉にしたことは、本当になってしまうからね」
 感じやすい瞳が、みるみるうちにうるんでゆく。
「あたし、もうぜったい言わないわ。だってほんとうにこわかったんですもの……」
 しゅんとして、肩をおとす少女。
 お灸がききすぎたかな、とぼくはすこし後悔する。
「だいじょうぶだよ、ムンドゥングゥ。ぼくはずっときみのそばにいるから」
「ほんと? ぜったいぜったい、ほんとうに?」
 ムンドゥングゥが目をかがやかせる。
「ああ、ほんとうだよ。ぜったいぜったい、ほんとうだ」
 この先、どうなってしまうかなんて、だれにもわからないけど――
 いまの言葉だけは、ほんとうだ。
「ねえ、ヨくん」
 安心したのか、ムンドゥングゥがあまえた声をだす。
「ひとつおねがいがあるの」
 うわめづかいにみつめてくる少女に、ぼくはうろたえてしまう。
「ぎゅーってして、いい?」
 だきつきたいとき、いつもこうやってきいてくるのだ。
 なによりぼくの心臓のために、いつもははぐらかすんだけど――
「いいよ」
 罪ほろぼしをしたいような気持ちになって、うなずく。
 ムンドゥングゥはおそるおそる、といったようすでぼくの背中に両手をまわした。
 最初は、天使のようにかるく。
 それから、息がくるしくなるほどきつく。
「ち、ちょっと、苦しいよ、ムンドゥングゥ」
「だって、まだ夢がさめてなかったらどうしようと思って」
 ムンドゥングゥが、ぼくのシャツにうずめた顔をあげる。
 あんまりつよく顔をおしつけすぎたのか、ほおにボタンのあとがついている。
 ぼくは思わず苦笑してしまう。
 そこぬけの無邪気さに、なんだかまた、からかいたいような気持ちになる。
「もしかしたら、まだ夢の中にいるのかもしれないよ?」
「あら、それはないわ」
 ムンドゥングゥはうけあってみせた。
「だって、ヨくんのにおいがするもの。夢の中ではにおいなんてしないでしょう?」
 とつぜんのふいうちに、顔が熱くなっていくのがわかる。
「ムンドゥングゥ、ヨくん、晩ごはんができたわよ。冷めないうちに食べにいらっしゃい」
 リビングから救いの声がかかる。
 ぼくは顔を見られないように、たちあがった。
 ムンドゥングゥは、すっと、手のひらをぼくにすべりこませてくる。
 きっと愛らしいその顔には、いたずらな笑みが浮かんでいるのにちがいない。


 ぼくの名前は予沈菜(ヨ・チャンジャ)。大陸うまれの日本人だ。
 ワケあって、ムンドゥングゥの家にいそうろうをさせてもらっている。
 グウーッ。
 1ぱい目のごはんを食べたのにもかかわらず、ぼくのおなかが音をたてる。
 くすくすと笑いだすムンドゥングゥ。
「育ちざかりですものね。好きなだけ食べていいのよ」
 ためらうぼくの茶碗へ2はい目をよそってくれた美人は、ムンドゥングゥのお母さん。
 ほとんどムンドゥングゥとかわらない年にみえる……と言ったらいいすぎだけど、すごくわかくみえるのはほんとうだ。
「そのとおり! 私がきみくらいのときは、どんぶりでかるく4はいは食べたものさ」
 がっはっはっ、と豪快に笑いながらわりこんできたのが、ムンドゥングゥのお父さん。
 あさ黒い健康そうな肌は、テニスのインストラクターをしているからだ。現役時代は、ずいぶんとならしたらしい。
 ふたりともいそうろうのぼくに、ほんとうによくしてくれる。食卓ではなんとなくだまってしまうけど、それは気まずいってわけじゃない。幸せな家族の時間を、ぼくなんかが邪魔しちゃわるいような気になるからだ。
「む、どうした。すこしもごはんがへっていないじゃないか」
 娘の茶碗をみとがめて、お父さんが心配そうに顔をちかづける。濃い眉毛のかたちがムンドゥングゥとそっくりで、ふきだしてしまう。
「うん、なんだか胸がいっぱいで、のどをとおらなくって」
「むかしから、この子は食がほそかったから」
 手のひらをほおにあてるしぐさがかわいらしいお母さん。
「生まれたときもふつうよりちいさくって、小学校にあがるまでバナナをはんぶんしか食べられなかったのよ」
 ぼくを見ながら、苦笑する。
 たちまち、ムンドゥングゥがまっかになった。
「もう、お母さん! ヨくんの前でそんなこと言わないでよ!」
 お父さんとお母さんが、ほう、と声をあげた。そしてふたりで顔をみあわせて、意味深な目くばせをする。
「あー、母さん。ヨくんの茶碗がもうあいているじゃないか。山もりにしてあげなさい、山もりに」
「はいはい」
 お母さんがふくみ笑いを隠しながら、炊飯器をあける。
「あら、やだ」
 両手をほおにあてるしぐさが、妙にかわいらしい。
「白いごはんがもうないわ」
「なんだ、もっと炊いておかなかったのかい?」
「ほら、うちはムンドゥングゥひとりでしょう? 十代の男の子がどのくらい食べるのか見当がつかなくって」
「そいつは困ったな」
 心の底から困ったという表情で、腕組みをするお父さん。筋肉がもりあがっている。テニスのインストラクターというよりは、重量上げの選手みたいだ。
「いいわ、ヨくん、あたしのをあげる。だってきょうはもう食べられそうにないから」
 茶碗をさしだすムンドゥングゥ。
「あげるって……半分も食べてないじゃないか。もうすこし食べなよ。のこったときに、もらってあげるからさ」
 ぼくの言葉に、ふるふると首をふる。
「ううん、もうきょうはごはんがはいる場所がないの」
 手のひらで胸をおさえながら、ほほえんだ。
「だって、しあわせで胸がいっぱいなんですもの」
 なんのくもりもない、とびきりの笑顔。
 ぼくはまたしてもふいをつかれ、ごはんをうけとってしまう。
「なんだ、しあわせで食べられないなら、この家じゃ、飢え死にするしかないぞ」
 がっはっはっ、とお父さんが笑う。
「じゃあ、ムンドゥングゥがすこしでも食べてくれるように、おこづかいをへらしましょうか」
 おっとりと、お母さんが加勢する。
「もうっ、またふたりでからかってるでしょ!」
 にぎやかな家族のやりとりを聞きながら、ぼくはなんだかみちたりた気分でごはんを口にはこぶ。
 あ。
 これもやっぱり、間接キスになるのかな?


「ちょっと仕事をもちかえってるんだ。顧客のリストを明日までにしあげなくちゃならない。おそくなると思うから、母さんも先に寝てていいぞ」
 早々に食事をきりあげると、エクセルは苦手なんだよと頭をかきながら、お父さんは二階のじぶんの部屋へひきあげてしまった。
 テーブルにはムンドゥングゥの焼いたパウンドケーキが、半円だけのこっている。
 ずず、と日本茶をすする。濃いめに煎れるのが、この家の流儀みたいだ。
 どうやら、すこし食べすぎてしまったらしい。ときどきこみあげるおくびに、食べものがまじってる気がする。
 からだはすっかり重いが、気分は上々だ。ソファに身をあずけながら、やくたいもないテレビ番組をながめるのも、これはこれでわるくない。
 とくに、かわいい女の子といっしょならね。
 ムンドゥングゥがぼくのおなかを枕がわりにして、横になっている。クジラがぐるぐるまわる音がするよ、とつぶやきながら、目はとろんとしている。
 ときどき、かくっと首がおちて、いまにもねむりそうだ。ねむったムンドゥングゥをベッドにつれていくのが、最近ではぼくの日課のようになっている。
 いとしさにたまらなくなって、そっと、ちいさな頭に手をおこうとしたそのとき――
 ドーン。
 天井から大きな音がした。
 おどろいたムンドゥングゥが、猫のようにはねおきる。
 ドーン。またひとつ。
 そして、しずかになった。
 顔をみあわせるぼくとムンドゥングゥ。
 耳をすませると、ぎしぎしという音とともに、天井から細かなほこりが落ちてくるのがわかる。
「お父さんの部屋だわ」
 言うがはやいか、ムンドゥングゥはかけだしていた。
 お父さんのことが心配なんだろう。なんて親孝行な娘なんだ。
 思わず感動して、うんうんとうなずいてしまう。
 が。
 ぼくは事態を思いだすとはっとして、あわててあとを追った。


「お父さん、あたしよ、ここを開けて!」
 ちいさなこぶしをふりあげて、ムンドゥングゥが扉をたたく。
 涙をいっぱいにためて、階段をあがってきたぼくにすがりついてくる。
「たいへん、お父さん、くるしそう。どうしよう」
 扉に耳をあてると、たしかに苦しそうなうめき声がする。
 ドアノブをまわそうとするが、内側からロックされているらしい。
「すこしはなれていて」
 ドカッ。
 ムンドゥングゥをさがらせると、扉にキックする。
 足はじーんとしびれるが、びくともしない。
 さらに大きく助走をつけ、2発目のキックをおみまいする。
 ドカッ。
「は……づッ……」
 全身の骨が軋み、砕ける音。
 灼けるような塊が喉めがけて駆け上がる。
 やはり、僕では無理なのか。失望より先に浮かぶのは、自嘲。
 はは、最後の最後まで、ダメなヤツだ。いつだってオマエは途中で諦めちまう。
 そして、途切れゆく意識の中で浮かぶのは――
 儚げな、ムンドゥングゥの横顔。
 右手を壁面に喰い込ませ、爪の剥げる痛みに我を踏み止まらせる。
 ゴクリ。僕は味蕾を浸す熱した海水を飲み下した。
 まだだ、まだだ。
 いま、ここで倒れたら――
 誰がムンドゥングゥを助けられるっていうんだ!
 オマエはこんなものか! 弱い自分を叱咤する。
 俺は知ってるぜ、オマエはこんな程度じゃないはずだろ?
 力を出せ!
 力を出せッ!!
 枯れた井戸の底が割れ、奔流の如くエネルギーが吹き上がるイメージ。
 精度を上げる視界。およそ、人の視力では有り得ない程の――
 扉の木目に沿って、黄金の光線が走る。
 僕はすでに、“それ”が粉々に爆ぜる未来を“知って”いた。
 一度は砕けたはずの右足に、再びパワーが漲ってゆくのがわかる。
 確信という名のボルテージは、いまや最高潮だ。
 そして、3発目のキック。
 ズボアァッ。
 それは名称を同じうするだけの、全く別次元の技と化していた。
 バリバリバリ。
 音の壁を遥か置き去りにする速度。
 金剛石を粉砕せしめる莫大な威力。
 がつッ。
 なんと、扉は健在。
 だが、技の威力も減衰していない。
「当てがはずれたな! 悪いが、俺のキックの半減期は二万四千年だぜ!」
 僕は頭の中だけで考え、実際言ったことにした。
 その方が気分が盛り上がって、遥かにパワーが増す気がするからだ。
 最初の衝撃波は堪らず水平方向へ逃げ、中規模な地震の如く家屋を揺籃せしめる。
 やがて扉の硬度と技の威力が同等のエネルギー波として干渉し合い、傍目には完全な均衡を生じる。
 だが、分子レベルの振動は静電気を生じさせ、それはやがて複数のボール・ライトニングと化して扉と僕を取り囲んだ。
 正に、天然の要害。ここからは鼠一匹、逃げられない。
「小癪な童め!」
 僕は自分で言って、扉が言ったことにした。
 その方が気分が盛り上がって、遥かにパワーが増す気がするからだ。
 僕はニヤリと嗤う。
「さて――もう暫くだけお付き合い願いますよ」
 こうなりゃ、もう技は関係ない。相手さえ関係ない。
 肉体と魂の全てを盆に乗せて、神サマに裁定してもらうだけだ。
 俺と扉――
 どっちが上?!
「うおおおおーッ!」
 メリメリメリ、ズドーン!
 予想に反して、ちょうつがいだけがふきとんだ。
 廊下に女の子座りで雑誌を読んでいたムンドゥングゥが、顔をあげる。
「お父さん、しっかりして!」
 倒れた扉をふみつけに、部屋へとびこんでゆく。あとを追うぼく。
「きゃあ!」
 そこには、しんじられない光景――
 お尻をまるだしにしたお父さんが、ベッドで茶髪の女の子にのしかかっていたのだ。
 ちいさくふるえるムンドゥングゥを、まもるようにだきかかえる。
 ぼくはふたりをキッとにらみつけた。
 お父さんはおどろいた顔で、こまかく腰をうごかしている。
 女の子はといえば、まだらに茶色くなった髪の毛に、よれよれの制服。まるで野良犬みたいだ。
 お父さんのうごきにあわせて茶色い髪をばさばさとゆらしながら、めるめるとメールをしている。
「あなた、いったいこれはどういうことなの!」
 げ、まずい。
 うしろには、まっさおになったお母さんがママレモンの泡もおとさずに立っていた。
 わなわなとふるえ、手にもったお皿がまっぷたつに割れる。
「ちかごろ、すっかりごぶさたと思ったら、こういうことだったのね! わたしをだましていたのね!」
「ち、ちがう、それは誤解だ」
 さすがに、腰のうごきをとめるお父さん。
「誤解も六階もないわ。もう、りこんよ! りこんよ……」
 エプロンに顔をうずめながら、お母さんは背をむける。
「待つんだ、グィネヴィア」
 声のトーンが変わっている。
 お母さんの肩がびくり、とふるえた。
「まだ、わたしをそう呼んでくれるのね、アーサー」
 前をまるだしにしたまま、お父さんがベッドを降りる。
「どうかわかってほしい。わたしにとって、おまえは神聖すぎる誓いなんだ。あまりにも清らかで、わたしぐらいでは汚すことのかなわない。わたしの汚れを、おまえに注ぐなんて、おお、考えるだに恐ろしいことだ」
 涙を流しながら、お母さんがひざまずく。
「ああ、ああ、あなた! 浅はかなわたしをゆるしてください! あなたの苦悩を知らず、毎晩を売女に注がせていたわたしの愚かさをゆるしてくださいますでしょうか? そして、お願いします、どうかわたしを抱いてください! わたしはあなたに高められこそすれ、汚されるだなんて思ったこともありませんわ!」
 ふたりは熱烈に抱きしめあうと、みているぼくたちのほうが赤面するような口づけをかわした。
 お父さん――いや、アーサーはグィネヴィアをかかえあげると、優しくベッドへ横たえた。
 そう、まるでナイトがプリンセスにするように。
「ねえ、ふたりだけにしてあげましょう……」
 ムンドゥングゥが微笑んだ。
 なぜか、とてもさみしそうな微笑みだった。
「ほら、あなたもいっしょにいくのよ!」
 そう言って、茶髪の女の子の手をひっぱる。
「ねー、あちし、まだおカネもらってないんだけど」
 伝説の王と王妃は、千余年の流浪を経て、いまお互いの正統な持ち主の元へと還ったのだ。
 剣が必ず、収まる鞘を持つように。


 ぼりぼりと茶色い髪をかきまわしながら、女の子がごちる。
「ねー、あちし、まだおカネもらってないんだけど」
 聞こえないふりをした。
 夜の戸外は、夏だというのに冷気をふくんでいて、ほてった身体に心地いい。
 かすかに聞こえるのは、アーサーとグィネヴィアのむつみ声だろうか。
「そんなに走るとあぶないよ」
 はしゃぐムンドゥングゥに声をかける。
「だって、夜のおさんぽなんて、ほんとうにひさしぶりなんですもの!」
 スカートに風をはらませて、くるくると回転する。
「わたし夜ってだいすきだなあ。だって、もうあしたがはじまってるみたいで、なんだかワクワクするの。ヨくんは、そんなふうに考えたことない?」
 ぼくはちょっと考えて、
「ないなあ。明日がこなければいいっておもうことは、むかしよくあったけど」
「ふーん、フコウだったんだ」
「どうかな。いや、幸せだったことがなかったから、不幸だってわからなかっただけ」
「あたしもフコウってよくわからなかったけど、いまはちょっとわかるかな」
 後ろに手をくんだムンドゥングゥが、小石をけりあげるしぐさをする。
 そして、とてもちいさな声で、
「ヨ君がいなくなったら、あたしはフコウになると思う」
 聞こえた。
「え、なんて言ったの?」
 でも、ぼくはいじわるに聞き返してみる。
 みるみるまっかになるムンドゥングゥ。
 不自然に視線をうろうろさせてから、
「あ、公園だわ!」
 言うがはやいか、駆け出してゆく。ぼくはあわてて追いかける。
「ねー、あちし、まだおカネもらってないんだけど」
 聞こえないふりをした。


 公園の入り口で、ぼくは思わずたちどまる。
 遠くからみるムンドゥングゥが、すごくきれいだったから。
 茶髪の女の子がぼくの背中にぶつかってくる。ひじをつかって、邪険にふりはらう。
 ムンドゥングゥは、ブランコのくさりに手をかけて、表情をゆるませる。
「ブランコって、ひさしぶり。ちょうど向こうに小学校があって、子どものころは帰りによく乗ったんだけど」
 手についた赤さびに鼻をちかづける。
「そう、このにおい。鉄のにおい。なつかしい……ねえ、ちょっとすわっていかない?」
 ふたりの女の子にはさまれて、ぼくは真ん中のブランコに腰かける。すこしきつい。
 でも、ムンドゥングゥにはちょうどいいみたいだ。
「あたしってば、あんまり成長してないのね」
 深夜の公園で、ブランコに腰かける3人。はた目には、いったいどんな関係にみえるのだろう。
 遠くの外灯にはセミやかぶと虫がかんちがいをして、ぶんぶんととびまわっていた。
 しばしの沈黙のあと、ムンドゥングゥが話しはじめる。
「あたし、ひとりっ子じゃない? お父さんとお母さんはとってもだいじにしてくれたけど、ずっとふたりのあいだには入れないような気がしてたなあ」
 ぼくはなにも言わずに、さびしげな横顔をみまもる。
「学校の友だちでも、3人いるといつのまにか、なんかひとりあまっちゃうでしょ。あんな感じ。お父さんとお母さんが結婚して、あたしが生まれたんだから、あたりまえなんだけど、なんだかあたしだけ遅れてきたみたいに思ってた。――おたふく風邪で4月に1週間くらい休んだことがあって、クラスにもどったらみんな仲良くなっちゃってて。ぽつんとひとり座ってたら、お弁当のときとか呼んでくれるんだけど、みんなが楽しそうにしてるのを見てると、もう遅れたぶんはぜったいとりもどせないんだなあ、って――わかんないよね」
 下を向いて、はにかんだように微笑む。
 こんなに長く、ムンドゥングゥが自分のことを話すのをはじめてきいた気がする。
「わかるよ」
「ほんと?」
 ぱっと顔を上げると、まるで花がさいたようだ。
「それとも、同情してる?」
「ぼくは4月に、水ぼうそうで休んだ」
 鈴のようにころころと笑いだすムンドゥングゥ。よかった。
 となりでは茶髪の女の子がくわえタバコで、カチカチとメールしている。
 視線に気づいたのか、顔をあげると、
「ねー、あちし、まだおカネ……ぐほッ」
 みぞおちに肘を突きこみ、吸いさしのタバコをとりあげる。これは間接キスじゃないな。
 肺いっぱいに煙を吸いこむ。にがい。
「いけないんだ、不良みたいなことして」
 あんまりきれいな告白に、ぼくは自分を汚したいような気持ちになったのだ。
 アーサーの言葉が、よくわかる。
「わたしねえ」
 ちいさくブランコをこぎながら、ムンドゥングゥがいう。
「ヨくんがいっしょにいてくれるとね、がんばろうって思えるの。もちろん、身長とか、胸がちいさいこととか、がんばってもダメなことはあるけど、がんばったら変えられるところは、がんばろうって」
 ほっそりとした足がまげのばしされるたび、ブランコは大きくゆれうごく。
「だれかのことを考えたとき、ひとりのときよりも力がでるって、すごいことだよね」
 ぼくをほんろうするように、声が前と後ろからきこえる。
 それはぼくも同じだよ。
 思ったけれど、声にはださなかった。なんだかこわいような気がしたから。
「あーっ!」
 突然すっとんきょうな声をあげて、ブランコをとびおりるムンドゥングゥ。
 声の大きさよりも、ころばずにひらりと着地したことへおどろくぼく。
「わたし、すっごいことに気がついちゃった!」
 一筋の月光が、ムンドゥングゥの額から顔に流れる。
 紅潮したほおは、夜の底でかがやく星のようだ。
 ぼくはなんだか泣きたいような気持ちになって、やさしくたずねる。
「なにに、気がついたの?」
「あのね、お父さんとお母さんも、はじめは他人どうしだったんだよ!」
 言いたいことがわからない。
 ムンドゥングゥはおかまいなしで、興奮のきわみ、といったかんじで手をふりまわして力説する。
「だからね、家族って、他人どうしが作るものなんだよ。だからね、わたしたちが家族になっても、ぜんぜんふしぎじゃないんだよ! これって、すごい発見よね! カクメイテキだよね!」
 ずきり。
 痛ましいような想いが胸にささる。ムンドゥングゥは何もわかっていないのだ。
 革命っていうのは、これまでにあるぜんぶを捨てること。たとえば、ぼくが大陸に捨ててきたぜんぶを、 ムンドゥングゥは知らない。
 いずれこの世界の悪にであったとき、ムンドゥングゥの純粋さは手ひどく傷つけられてしまうのではないだろうか。あまりにも信じすぎるこの純粋さは、いつかムンドゥングゥを殺してはしまわないだろうか。
 ――だから、おまえがいるんだろ?
 ぼくはおどろいて、あたりをみまわす。
 ――そのために、いたみ、くるしみ、よごれてきたんだ。
 それは、天からふってきたような言葉だった。
 なのに、ぼくの胸の真ん中へ、すとんと落ちた。
「こらっ! こんなおそくに子どもがなにやってんだい!」
 ぼくたちは、いっせいにふりかえる。
 公園の入り口で、むらさき色のパーマをかけたおばさんがぼくたちをにらみつけていた。
 ピンクのネグリジェを着て、手にはなんと金属バットがにぎられている。
「たいへん!」
 ムンドゥングゥが大きく目をみひらいて、両手を口にあてる。
「逃げましょう!」
 言うがはやいか、駆けだしている。ぼくはあわてて追いかける。
 ぼくの人生の先を素足でかけていく少女。
 どちらがどちらをみちびいているのか。
 もしもころんだら、そのときは優しく抱きしめてあげよう。
 ぼくは少女のナイト。
 このいのちは、すでにプリンセスへささげられている――


「このへんで民生委員やってるマスオカってんだけどね。アンタ、変わってるね。逃げないのかい?」
「ねー、あちし、まだおカネもらってないんだけど」

小鳥尻ゲイカ

――今日のゲストは、女優の小鳥尻ゲイカさんです。
 小鳥尻(以下、尻):(仏頂面で)どもー。
――さっそくですが、今回なぜあのような更新をなさったのですか? そこに至る心理状況といいますか、経緯をお聞かせ願えますでしょうか?
 尻:(そっぽを向いて)別に……。
――何か、昔からのファンへの裏切りだとか、そういう声も聞かれますが……
 尻:(激昂して)ウルセエよ! うちあわせと内容がちがうじゃねえか! そのことには触れないんじゃなかったのかよ! オイ、カメラとめろ!
――落ち着いてください、生放送中ですから。ファンへの謝罪の言葉はないのですか?
 尻:なま……(小声で)ちくしょう、いつもアタシをそうやって罠にハメやがんだ……(沈黙。ふるえる手で前髪をかきあげながら)オタどもの喜ぶようなものを書こうと思ったんだよ。奇抜な名前で精神遅滞のガキがする情緒たっぷりの世迷言や、神話の世界観を借用した奥行きのゾッとするような遠浅ぶりや、自動化された物語のする白痴的精神愛撫をオタどもにブチこんでやりたかったんだよ!(無理に笑い声をたてる)
――ごうごうたる非難を聞けば、その試みは少なくとも成功したとは言えないと思いますが?
 尻:(びくり、と身体をふるわせて)も、萌えやら、ね、熱血やら、オマエらがオッ立つ要素はなんでも入ってんだろがよ! ぜんぶタダで読んどいて文句言うなんてよ、不法侵入の上で狼藉・乱暴しながら戸締りについて説教する強盗と変わらねえよ! ちがうかよ!
――(さえぎって)読者の方から一通のメッセージが届いていますので、読みあげさせていただきたいと思います。『私たちが変わってしまっても、貴方だけは変わらないでと、そう思うのは私たちのエゴなのでしょうか』。いかがですか? 真摯なファンの姿勢に、少しでも反省の気持ちは生まれませんか?
 尻:ケッ、ソープに沈んだ昔のオンナにかけるブンケイの寝言じゃねえか。テメエが身請けしてやらねえから、生活のために仕方なくお客とってンだろ? それ、「ぼくには経済力がなく、そしてきみには処女膜がない」って意味でしょオ? ちがうのオ?(馬鹿笑いする)

 画面の外でサングラスの男が「もっと挑発して」と書かれたカンペを掲げる。目の端でそれを見るインタビュアー。

――では、私の感想を述べさせてもらいますと、しかし重度の萌え不自由でしたね(笑)。
 尻:(頭髪の薄い男があの単語を言われたように、顔面を硬直させる。何か言おうとして、泣き出す)ひっく、ひっく……ひどいじゃないの……わかっててアタシにそれを言うなんて……なにさ、かってにキレキャラみたいにあつかってさ……きょうだって、アタシがあばれだすのをみんなニヤニヤしながら待ってんでしょう? アタシ、女優なのよ……ネット界のおさわがせである前に、女優なの。でも、いまじゃ女優だからキレるのをゆるしてもらってるんじゃなくて、キレるから女優をやらせてもらってるみたい……こんなのって、ないわ……ないわよ……(両手に顔をうずめると、すすり泣く)」

 インタビュアー、当惑してサングラスの男を見る。サングラスの男、身体の前で両腕をクロスさせながら、口パクで「つかえない」と言う。

――小鳥尻さん、ご自分で招いた結果です。泣いたってしょうがないでしょう。ほら、これ使って。
 尻:ありがと……(ティッシュで鼻をかむ)バカだね、アタシ。オンナが泣くのって、サイテーだね。なんだか、ゆるしてくれって甘えてるみたいでさ……。
――落ち着かれましたか? みなさん、小鳥尻さんの言葉を待ってますよ。
 尻:(前髪をかきあげる。鼻の頭が真っ赤である)あー、なんか、昔のこと思い出しちゃったわ。中学のときさ、ちょっとからかうと、ムキになってキモい反応するデブがクラスにいてさあ。イジメ、だったのかな、あれ。みんな、ソイツになら、なに言ってもいいってフンイキだったワケ。んでさ、国語の時間にウザいセンセーがさ、クラスの前で作文とか読ませんのよ。はは、ムナゲってあだ名だったわ、そういや。中身は忘れたけど、将来の夢とか希望とか、きっとそういう漠然と前向きなヤツ。みんなジブンの番が心配だからさ、まばらな拍手とか、ユルい冷やかしとかに終始すんの。もっと正直に意見を交換していいんだぞって、ムナゲがさ。公立だったし、ただ同じ地元だってだけで集まってる連中が、おたがいに深いとこまで通じるハナシなんて、そもそもできっこないじゃん。オカマバーにノンケをつれてってゲイの話をさせるって例えなら、だれだってムリだってわかんのにサ。でもまあ、ガッコってそういうトコだしね。でさ、毎時間、何人かずつ発表してってさ、ついにソイツの番になったワケ。ナニしゃべってたのかは忘れたけど、その日はみんなでしめしあわせてさ、黙って下向いてたの。クラス全員で。発表が終わっても顔あげずに、ただヒジでつつきあったり、クスクス笑ったり。そんで、これは一番うしろに座ってたアタシの役目だったんだけど、頃合いにとびきり大きなため息をついたわけ。ハーッ、って。そしたらさあ、ソイツ、いままでになかったくらい、ものスゴイ逆上しちゃってさあ。教卓を蹴りたおして、アタシのほうめがけて突進してくんの。さいわい、他の男子がとりおさえたけど、まえに座ってた女の子がひとり、倒れた教卓でおデコをケガしちゃってさ。結局、ソイツひとりだけ停学くらうことになるワケ。なんであんな怒ったんだろ。あれは、あと味わるかったわ……(内側へ沈み込むように、小声で)なんであんなに、怒ったんだろ……」

 サングラスの男、空中をチョップする真似をしながら、口パクで「切って切って」と言う。インタビュアー、細かくうなずく。

――(わざとらしく腕時計に目を落としながら)えー、時間も残りわずかとなってきたようです。最後にファンへ一言だけ、お願いできますか?
 尻:(聞こえていない様子で、ひとり言のように)アタシさあ、前にダンナに不倫されて殺すとこまでいっちゃう役やったことあんだけど、最近なんかそのことばっか考えるっていうか、すごいよくわかんだわ。内助の功ってえの? 影で支えてたダンナがさ、どんどん社会的に立派になってってさ、気がついたら築いた地位を利用して別の若いオンナつれてんの。当時は、なにこのうすっぺらなハナシって思ってたけど、いまは想像するだけで目の前が真っ赤になる感じがする。日の当たらない場所で耐えてきたアタシはどうなんのって。アンタは表の顔だけして生きてるけど、アタシがアンタの下着まで洗ってんだって。アタシがアンタの汚い部分をぜんぶ引き受けてきたから、いまのアンタのきれいな成功があるんだろって。だから、nWoの閉鎖が決まったりしたらアタシ――(臍を噛んで、三白眼で)きっと殺すと思うな……」

 サングラスの男が台本を放り投げると、スタッフが撤収を始める。セットから順番に照明が落ち始める。インタビュアー、ソファへぐったりと身体を投げ出す。

――(興味を失った様子で)だいじょうぶですよ、たぶん、どうでも。
 尻:(険のとれた表情で)あー、泣いて愚痴ったらスッキリした。なんだって出すとスッキリするのは、動物らしくてイイね。(立ち上がり)ゲイカ、次からはいつもどおりがんばります。みんな、心配かけてゴメンナサイ、てへっ(頭を下げ、舌を出す)。
――(失笑して)がんばるって、萌えを、ですか?
 尻:(瞬間的に血涙が吹く)ブワッハッハーのハー!! けっきょく、アンタたちはアタシのこれが見たいだけなんだね!!

 小鳥尻、インタビュアーの胸ぐらをつかむと、ともえ投げに投げ捨てる。テレビカメラは激突したインタビュアーごと倒壊し、画面は大音響とともに横倒しになる。サングラスの男、小さくガッツポーズをとると、スタッフに指示を出す。セットに照明がもどる。しらけた雰囲気から一変、にわかに活況を呈する現場。
 お茶の間のテレビ画面。ガラスのテーブルにヒールで仁王立ちになり、何事かを宙空に向けて絶叫している小鳥尻ゲイカの口から、炎のCGエフェクトが発している。かぶせるように、怪獣の鳴き声。流れる血涙は、水色に塗りかえられている。BGMにはドリフのコントでオチに用いられる、例のスラップスティックな曲が流れている。大爆笑のお茶の間。
 「ああ、よかった! メンタルヘルスみたいな告白を始めたときにはどうなるかと思ってドキドキしたけど、やっぱりゲイカ様ね! いつだって最後の最後には、私たちの期待どおりまとめてくれるわ!」


 「(あからさまに戯画的な白人が流暢な日本語で、しかし英単語だけは極めて英語的な発音で)おっと、そこの君! そうそう、顔の造作に問題がないとは誰にも断言できない、ふくよかな脂肪の、そこの君のことだよ! もしかして、nWoがまた、死なない程度のヘルシー・リストカット、予定調和の大暴れで、従来の自閉路線に戻ったと安心してるんじゃないのかな? ノンノン、nWoの未来はいまだにたゆたっている……(雑木林が風になびくときのような擬音)。このウェブ2.0時代にいつまでも昔ながらのテキストサイト的運営じゃ、(そうでないことを確信する口調で)取り残されてしまうからね! 今回、nWoは来訪者のみんなへ向けたアンケートを実施することにしたよ! ホームページはインタラクティブ性が重要だからね、LDゲームのようなね! もちろんキミの匿名は完全に守られるので、「こんな下品なのが好きなんて、私ってやっぱりエッチなのかな?」と性に臆病な女性読者もひと安心だ! nWoの今後の方向性について、忌憚のない意見を聞かせてくれたまえ! なんの権威による裏づけもない、こんな場末の泡沫サイト、どっちに転んだところで人類は滅亡しないって寸法さ(腹を抱えて爆笑する)! (目尻の涙をぬぐいながら、真顔で)アンケート回答者が規定数に達しない場合は、ノーコンテスト。(暗い声で)そのときは、閉鎖します」

センサス at nWo概評


 スーツに身を包んだ女性がヒールをカツカツいわせながら、舞台端の緞帳から現れる。同時に、舞台中央からマイクがせりあがる。
「アクセス数200/1日程度の弱小サイトで、アンケート回答数50を超えなければ閉鎖を行うと宣言した小鳥猊下。その無謀な挑戦も、同一人による複数回答というコロンブスの卵を得、ついに達成の朝を迎えた。胸をなでおろすnWoスタッフ一同、握りつぶされるIPアドレス一覧。気を良くした小鳥猊下はnWo社の次世代マーケティング部門にアンケート結果の分析を依頼する。500ページに及ぶ分厚の分析資料すべてを(顔を赤らめて)か、開陳することはおよそ150人の文盲を含んだ来訪者に対し、あまりに過大な要求にすぎはしまいか。苦悩する小鳥猊下は一晩のうちに分析結果を愉快な漫談形式に書き下ろし、臣下へ下賜することを決められた。おお、いと高き小鳥猊下、我々の膣に生まれた隙間がその御言葉で充填されんことを!」
 一礼すると、ヒールをカツカツいわせながら舞台端の緞帳へ消える。
 舞台の右端と左端からそれぞれ、ワンレンボディコンとしか表現できない時代錯誤の異装をした女性と、重たそうな布地の襞に埋もれた洋装の少女が、前傾姿勢で拍手をしながらマイクへとかけよってくる。
「どもー、小鳥尻ゲイカでーす」
「どもー、名も無き少女でーす」
「オイオイ、きみ。名も無き少女って、それごっつ言いづらいわ。インターネットの匿名掲示板とちゃうねんで、ここ。クオリティ・ホームページやねんで。本名はなんていうねん」
「あの、あたしのこと、コーデリアって呼んでくださらない?」
「ああ、あの表面にうねがある木綿地のことかいな」
「そら、コーデュロイやがな」
「ごめん、ごめん、ボケとったわ。オレゴン州ワシントン群の……」
「コーネリアスや」
「えっ、これもちがうんかいな。わかった、昔のファンタジーRPGにでてきた王様の名前やろ」
「ええ加減にしなさい」
 洋装の少女、背中から金属バットを取り出し、小鳥尻ゲイカの後頭部を強打する。鈍い破砕音とともに白い液体と赤い液体と灰色の固体と眼球が四方へ噴射する。小鳥尻ゲイカ、顔面から舞台へ倒れこみ、尻を高くつきだした姿勢で痙攣をはじめる。洋装の少女の華麗なフォロースルー。2秒で直立の位置にハネ起きる小鳥尻ゲイカ。
「ちょ、じぶん、ツッコミが激しすぎるで。あやうく死ぬところや」
「なにゆうてんの。nWo構成体のウチらはしょせんテキストやから、死ぬのはお客さんの関心が尽きたときだけやがな」
「すっかり忘れとったわ。あんまり見事な筆致で描かれてるさかいなあ。それに、きょうの目的はアンケートの開示や。しょうもないつかみで死んだら、しゃれにもならへんで」
「せや。送られたコメントにふたりで返事してくんや。回答者は10代から30代。40代以上はひとりもおらへん。おたくの世代間断絶が浮き彫りになったかっこうやな。社会的立場は、文系仕事と理系仕事と学生がだいたい等分に入っとる。一方、20代と30代で読者の8割やから、こら計算があわんね。終わらない夏休みがまじっとるな。あと、読者の9割は男性が占めてるのが特徴や」
「あほぬかせ。内気で清楚な女性ほど、尻軽には投票でけへんのじゃ。潜在的にはもっとおるはずやで」
「ゆうとけ。送信日時の古い順に、まきでいくで。まずはこれや。『So it goes.』。うわぁ、異人さんや、ガイジンや。うち、食べられてまう、ご時勢的に」
「よっしゃ、あんたは下がっとき、年齢的に。不登校のなれの果てに海外留学へ逃避し、現地では学位も取らず主にアパートの内側で放蕩を繰り返した、英語に堪能なうちの出番やで。ユー・ファック・アナル・アフター・エレクト、オーケー? あとは塩まいたらしまいや」
「ああ、安心したわ。あんたがおってくれてほんまよかったわ」
「よしてや、そんな、親にもゆわれたことのない……」
「泣かんとって、うちが悪かったわ、泣かんとって」
「ごめんな、ほんまごめん。最近涙もろうなって、年のせいやねん」
「次いくで、しっかりしてや。『誰かが言っていましたが、詩人は救われてはいけないそうです。 たぶんぼくもあなたも、孤独と絶望とだけを道連れに生きていくしかないんでしょう。』。詩人やて。悪い気はせんなあ。自意識をくすぐるのがうまいで」
「この人、少女保護特区リライト版の方が好みって回答してはるねん」
「そんな追跡機能がアンケートに組み込まれてたんかいな。ちょっと見直したわ」
「ちゃうちゃう。アンケート結果のページで更新ボタンを押し続けて、コメントと回答者のつながりを目視確認していっただけや」
「うわー、じぶんそれちょっとひくわ。まるっきりストーカーか、そやなかったら引きこもりやん」
「もうひとり、職業欄にコピーライターて書いた人もリライト版が好きって回答してはるわ」
「なんや見透かされるみたいで、ちょっとドキッとするわ。通常版は“つこたらアカン言葉を選ぶ”更新のやり方で、リライト版は“つかう言葉を選ぶ”更新のやり方をしとるからね。スルドイわ」
「次いくな。『今後どうなってしまうか分かりませんが結末を迎えるまでnWoを見守らせて頂きたく思っております。 猊下、愛しております』」
「ゆうてるけど、みんなの関心が尽きたときが終わりどきやから、今後どうなるかはあんた次第やで」
「次。『ザ・ボイシズ・オブ・ア・ディレッタント・オタクが死ぬほど好きです。 いつか言いたいと思ってました。』」
「ギャグ漫画家は短命って話があるけど、ああゆうブラック系の更新は時間が経つとこっちへはねかえってくるねん。社会と思想と他人を無いようにコケしたら、残った我がを無いようにしない理由が見当たらなくなってまうからな」
「次。『確かにサイトの質と世間の評価(?)は不釣合いと思いますが、 何か変えたりする必要は無いんじゃないでしょうか? 私にはとてもとても面白いです。』」
「鬱のときは我がだけ見て更新できんねんけど、躁のときは気持ちが外むくから、誰かの承認なしにはいられんような感じになるねん」
「次。『萌え画像がんばります』」
「アンケートやっていちばんはげみになったんは、萌え画像を送る予定のある来訪者が5人もおったことやね。これから5枚も萌え画像が届くかと思うと、ワクワクで更新もでけへんわ」
「あんたそれ、矛盾しとんとちゃうか」
「次いけ、次」
「『すばらしい体験をいつもありがとうございます。』」
「どういたしまして。あなたこそ、いつもすばらしい孤独をありがとうございます」
「皮肉がきいとるな。『窮状なのか休場なのか分かりませんが、 私は大好きです。これからも楽しみにしてます。』」
「だれがうまいこと言えゆうた。“更新する、反応がない、落ち込む、更新しない、忘れる、更新する”がnWoの持ってる基本サイクルやからな。うちはわるないで」
「『持たざる者である私には祈ることしかできません。』。職業は、なしで回答してはったと思う」
「きみはとりあえず祈るだけでええわ。なんか積極的に動かれると、当局に押収されたパソコンからきみの愛好していたサイトとしてうちが発見されたりしそうや」
「くわばら、くわばら。『私はテキストサイトが好きなんです。 それをいちいち思い出すから、ここが好き。』」
「好きなのはあくまで“テキストサイト”としか読めないのが傷つくし、ムカつくわー」
「絶滅危惧種への哀れみやろね。『ふと思い出しては、読み返します。 過去に何度か掲示板へ書き込むべきかと思ったことはありましたが、 小鳥猊下の文章に受けた衝撃は簡単に言語化できるようなものではなく、 いい加減で空疎な賞賛の言葉など送りたくありませんでした。 ただ一言、私はnwo程文学的に見事な筆致でもって 「現代」「おたく」を真摯に捉えた文言を、ほかに知りません。』」
「まじめやな。うちもそう思う。そして、なのになぜ……という言葉が続くんや。ほんま、なんでやろ」
「『閉鎖?そんなバナナ・・・・いやいや洒落にならんやろ。』」
「あたりまえが、じつはあたりまえやないことに気づいてや。立っとるだけで人はカロリーを消費すんねんで」
「『小鳥猊下、愛しています。』」
「うちもやで。あんたが女性ならセックスしよう」
「しよう、しよう。『いつもありがとうございます。 『あの頃~の生き方をー、あなたはー忘れないで~』という ユーミンじみた勝手な思いを抱いています。 私にとってはたまに訪れて姿勢を正す場所といいますか。 “窮状”などと思わせてしまい申し訳ありません。 複数回答ができなかったので補足させてください。 パアマンの他には、 怪漢ブレイズ・小鳥の唄・ 生きながら萌えゲーに葬られ・高天原勃津矢 などが大好きです。 「こんな文章が書けたら!」と憧れてプリントアウトして 持ち歩いた時期もありますが、もう諦めました。』」
「怪漢ブレイズに一票も入ってへんかったから、ほっとしたわ。nWoみたいな文章かいても誰にも認められへんし、社会的な場ではいっこ役に立てへんから、あきらめて正解や」
「次。『長い間作品を書いていると好調不調の波が出てくる.それは仕方が無い. 「少女保護特区」は不調の作品であると思う. デキの悪い作品の評判が悪いからといって気落ちする必要はないのではと思う. 私はゲイカの作品を愛していますよ』」
「“輝く”って単語、英語で書いてみて。動詞ね」
「ふんふん」
「書けた?」
「書けたで」
「それをローマ字読みして」
「し……おっと、次いくわ。『がんばってください』」
「何を?」
「次。『ブログ形式に移行する前までの作品は全部2回以上は読んでいます。紙媒体に印刷したことはありませんが、ローカルには定期的に保存しています。今のnWoについて愚見を言わせていただけるのなら、タイトルの横に通し番号を付けるのはやめた方がいいのではないでしょうか。一見さんが(1)から読むのは敷居が高いと思います。あと、リライト版は勘弁して下さい。』」
「長いのが増えたから、通し番はしゃあないがな。いまさら新規読者が劇的に増えるとも思われへんし。劇的に増える方法があるなら、一考しまっせ」
「リライト版の方が時間かかってるんやけど……。『次の更新を楽しみに待ってます』」
「どうもどうも。萌え画像、楽しみに待ってます」
「次。『nWoが好きです。閉鎖して欲しくありません。 私を含めて、心を動かされたとしても、数行の感想も書くことのない人間が多いのではないでしょうか。甘い見返りが期待できないならばなおさらに。読み手として弱いのだと思います。』」
「こうゆう単純なうったえにぐっとくるねん。若い女性が書いてると想像して読むわ」
「nWo読者の9割は男性って統計があるで」
「あほか。内気で清楚な女性ほど、尻軽に投票できへんのじゃ。潜在的にはもっとおるはずや」
「矛盾しとるなあ。次。『届かない声を、いつでも上げています。』」
「届いてへん、届いてへん。罰としておまえは小鳥尻ゲイカ歓迎オフ会を主催せえ」
「首都圏で。次。『小鳥さんのテキストはおよそ目にする活字の中で一番好きです 読み手のレスポンスの無さに関しては、文章の完成度と崇高さが遠ざけているきらいがあるだけだと思っているので閉鎖しないでください 学生の頃から拝読していますが、ドープさを増して行く小鳥さんのテキストがどこへ収斂していくのか楽しみにしています』。職業、ベンチャーキャピタリストやて」
「カネやな。カネをもっとんのや。どこに収斂していくかなんて、そんな高尚なもんはおまへんのや。うちら、ネットの芸者商売やさかい、お客さんが呼んでくれればどこででも踊るし、こう踊れェゆうたら、そのまんま踊りますよってに。小鳥尻奴の欲しいのは、カネ、萌え画像、他者承認どすえ」
「めっちゃやらしいな、じぶん。ドープってなんやろね。次。『無理スンナよ』」
「してねえよ」
「身の丈にあったものを更新せえの意かもしれへんで。次。『小鳥さんは最高にカッコイイです。』」
「そっちの名前で呼んでくれる人もおらんようになったなあ。なんかなつかしいわ」
「『窮状なんですか?』」
「はい、それらはバナナです」
「あと少し。『わりと好きです。』」
「憎む、愛す、無視以外の選択肢があることが、すごい衝撃―」
「『他人の評価にそこまで固執するのが分からない。  芥川賞とればいいと思う、取りあえず。  ネームバリューで人が集まって、そしたらその中に本物の読者もいるのではないでしょうか。』」
「どうして父の間違った方の精子が母の卵子と結合したのか分からない。芥川賞の選考委員になってnWoを推薦すればいいと思う、取りあえず。それからプロ野球選手になって5年で二千本安打を達成すればいいと思う、取りあえず。ネームバリューで記者会見が開かれ、そしたらその中でnWoの宣伝もできるのではないでしょうか」
「どう、どう。『パアマンに衝撃を受けて以来ちょくちょく覗いてます。』」
「生きながら萌えゲーに葬られをおさえて、パアマンが一番人気なのよねー。ホームページとそれを更新する人物という枠組みに、更新されているキャラクターが接触を果たすという、シミュレーテッド・リアリティの走りみたいな展開がウケたのかもねー。世界、神、人間。次は?」
「ううん、これでおしまい」
「あら、そう。おしまい」
「オチはないの?」
「ない。考えてきたの、出オチ的につかっちゃった」
 舞台に下りる沈黙。それが不自然なほど長くなる前に、襞のついた洋装の少女が、「きみとはやっとれんわ」と金切り声で絶叫する。二人、頭をさげると、観客席におりてくる。カメラの向けられた客席は閑散としており、人はまばらである。水筒の日本茶でせんべいを湿らせて食す老婆や、スポーツ紙を顔にかけて大いびきの中年男性や、接吻とペッティングを繰り返す男女や、思いつめた表情の書生風銀ぶち眼鏡。二人、何かのサービスなのだろうか、身につけた衣類の一部を客席に向けて放りなげるが、誰も拾おうとしない。客席の背後にある両開きから二人が出て行ったあと、思いつめた書生風の青年が衣類を拾いあげ、大急ぎでリュックに詰める。
「あそこで真っ白になるなんて、あそこで真っ白になるなんて」
 両手に顔をうめてぐずぐずにすすり泣く大柄のボディコン女性。
「しょうがないわよ、できの悪い日もあるわよ」
 大柄のボディコン女性を支えるようにして隣を歩く小柄な洋装の少女。二人のささやき合いは、しかし清掃員が濡れたモップをロビーの床へ叩きつける音にかき消される。
「だいじょうぶよ、芸の不安定さがあなたの売りでしょ」
 二人が後にした建物には裸の女性の図画がいくつか大きく掲示されており、入り口にいるもぎりの男性は生来のものだろう、茫洋とした独特の表情を浮かべている。小柄な少女はなぐさめ続けるが、大柄な女性はいっこうに泣きやまない。
「ポルノ映画館で世界を革命したって、誰も認めてくれないのよ。私たちはこの世にいないも同然なのよ」
 小柄な少女、大柄な女性の背中をさすりながら言う。
「あたしがいるじゃない、誰がいなくたって、あたしがいるじゃない」
 真っ赤に泣きはらした目をむいて、大柄な女性、絶叫する。
「もう聞きあきたわ! あんたがいたって、私は寂しいままじゃないの!」
 途方に暮れた表情で立ち尽くす小柄な少女。
「消えないのよ、その寂しさは消えないの。私たちは壊れてるから、その寂しさは消えないのよ……」
 激情の冷めた大柄な女性は、小柄な少女を強く抱きしめ、小柄な少女はその抱擁へ一筋の涙を与え、やがて手に手をとりあった二人は「だいじょうぶ、きっと今頃は萌え画像が届いているはず。だからまだ、だいじょうぶ」と励ましあいながら、場末のネオンの中へ消えていく。

(協力:nWo次世代マーケティング部)

痴人への愛(1)

「またひとつ消えたわ」
 コーデリアは菜につかう包丁の手をとめると、聞こえぬよう小さなため息をついた。今夜は荒れそうだ。
 エプロンで手をぬぐい、右ひざを抱えたまま無表情で涙を流す女性の脇へ、そっと近づく。
 視線の先には、Not foundと書かれたノートパソコンの画面がある。
「ずいぶんと前から更新なんてなかったじゃないの」
 非難にひびかぬよう注意してささやきながら、コーデリアはその肩を抱き寄せた。子どものように胸元へと倒れこんでくる。
「消えたのよ」
 いつものことだ。どんな言葉をかけようと、彼女が救われることはない。
 コーデリアは黙って、白いものが混じりはじめた長い髪を手櫛にさすってやる。うながされるように、小鳥尻は短い嗚咽をもらした。
 芸名・小鳥尻ゲイカ、本名・小島桂子。数年前に一世を風靡した芸人である。
 しかし、巻きスカートをマントの如くはぎとりながら、肌色タイツの股間に接着した亀の子タワシを見せる芸を覚えている者は多くあるまい。タワシを右手ですりながら言う、「ワタシのタワシ気持ちいーで」は流行語大賞にもノミネートされた。だが、この健忘症的な世の中で一年に満たぬ期間のテレビ出演は、人々の記憶力に対して充分に長いとは言えない。
 当時、コーデリアは小鳥尻の芸を客席から眺める一視聴者に過ぎなかった。熱狂はあったのだ、と思う。彼女が出演する番組のスタジオ観覧を申し込み、外れたときはテレビ局の外で待ちかまえた。他にも無数に芸人はいたのだし、そのうちの誰に同じ熱狂をささげても不思議ではなかったはずなのに。
 司会者が、時事問題などのコメントを小鳥尻に求める。彼女は腕を組んで考えるふりをしたあと、奇声をあげてスカートをはぎとる。「ワタシのタワシ気持ちいーで」を連呼しながら司会者に体当たりをし、観覧席にダイブする。どの辺りに飛び込むかは事前にスタッフから指示があって、観覧者たちは悲鳴をあげながら避けることになっている。床に叩きつけられた小鳥尻が大げさに痛がり転がりまわるのをもって、一連の芸は幕となる。
 あのときのことは、いっしょに観覧席へ座っていた友人が後々まで繰り返し話したものだ。もっとも、携帯電話を捨ててからこちら、すでに何年も音信はない。
「あんた、よけようとしないんだもん。それどころか、両手を広げて受けとめようとしたでしょ」
 痩せぎすの小娘にすぎなかったコーデリアは、ダイブを受け止めきれず、そのまま小鳥尻の下敷きになって左手を骨折し、腰骨にはヒビが入った。
 サングラスにトレンチコートの小鳥尻が、その長身を丸めるようにして病室の入り口に立っていたのを今でも鮮やかに思い出すことができる。小さな花束をぶっきらぼうに片手で突き出すのには、思わず笑ってしまった。
 それが、世間でいうところのなれそめというやつである。
 コーデリアはレズビアンではない。男とか女とかではなく、小鳥尻だからなのだ。しかし、両親も友人も、理解はしなかった。
 この、台所つきの六畳間に越してきて、どのくらい経つのだろう。幸福は夢のように過ぎる。あっというまに過ぎる。苦しみの長さはすでにコーデリアの時間感覚を麻痺させていた。
「みんな私を置いて、行ってしまうのよ」
 この台詞も毎度のお決まりのこと。コーデリアの中ではほとんど様式化してしまっている。しかし、それへ返答をするときは常に新しい創造を求められるのである。
 声をかけようとして、小鳥尻の目じりに刻まれた皺が、前よりも深くよじれるのを見て、コーデリアは全身に鳥肌を生じた。その沈黙は、しかし小鳥尻の精神にとって有効に働いたようである。
「コーデリア、あなただけ。私には、あなただけ」
 小鳥尻の手がエプロンの上からコーデリアの薄い胸をまさぐる。性的な昂揚を求めているわけではない。ただ、肉を感じることで寂しさを消したいのだろう。
 ノートパソコンに映るのは、芸人たちのホームページのひとつである。最近はブログというのだろうか。所属する芸能プロが作成し、人気のあるうちはそれなりにファンとの交流の場に成りえる。しかし、落ち目になるほど更新の頻度は間遠となり、やがて自然消滅的な閉鎖へと至るのだ。
 ひと握りを除けば、長く続けられる業界ではない。才能と時の合致を得た彼らは、やがて自分の番組を持ち、そのメジャー級の選抜の中でさらなる競争に身をやつしていく。膨大な分母から、総当りのリーグ戦を経て、真の勝者となるのはほんのわずかである。
 そして、勝つ見込みの薄いこの業界へ早々に見切りをつけ、全く別の分野に才覚を見出す者も少なくない。だから、芸人のホームページが消えるのは、彼らが現実の中へ居場所を見出したということの裏返しにすぎない。確実なのは、いつまでも残される連中はひとからげに例外なく、何らかの点で欠けている、劣っているということである。
 小鳥尻の芸を他の者たちと分かつ要素があるとすれば、それは思考の奇形性であり行動の奇形性である。深まらず、拘泥しないことが流動性を担保する。人生という変化に対処するとき、それは偉大な戦略である。だが、奇形性ゆえに小鳥尻は小鳥尻であり、奇形性ゆえにその芸が真の意味で大衆に受け入れられることはない。簡単に言えば、下ネタでは天下をとれないのである。
 しかし、それでも――コーデリアは思う。
 王様に対する道化師のように、既存の枠組みをゆさぶることで可視化するという特権を与えられた社会装置が、本来の芸人ではなかったのか。この国の芸人たちはほとんど例外なく、すべて体制の側にいる。彼らの目指す最終的な到達は政治家であるのだから、無理からぬことかもしれない。
 この一点においてだけ、小鳥尻は間違いなく芸人である。コーデリアが彼女に引かれた理由もそこにある。
 一汁一菜の質素な昼食を終えると、小鳥尻はもそもそと寝巻きを脱ぎはじめる。一張羅のスーツに着替えるのを手伝いながら、コーデリアは彼女の豊満な胸にいまなお残る、横に並んだ細いソーセージのような青黒い色素の沈着を痛ましい思いで眺めた。“風船爆弾”の痕跡である。
 “タワシ”が飽きられはじめ、テレビへの出演依頼も減りはじめた頃、小鳥尻が必死に考え出した新しい芸だ。それは、「風船爆弾、風船爆弾」と連呼する相方が、彼女の豊満な胸をパンチングボールよろしく、拳で殴打するというもの。関西の男性芸人からヒントを得たという。最初は上着を脱ぐだけだったのが次第に過激化し、ついにはブラジャーまで外して行うようになった。その相方というのが、何を隠そう退院後のコーデリアである。
 詳しい経緯を語っても仕様があるまい。あらゆるメディアからフェードアウトしてゆくという窮地にいた小鳥尻は、国営放送でこの“風船爆弾”をやらかした。生放送中に、生乳でやらかしたのである。謝罪の記者会見で、平身低頭する事務所の社長を尻目に一言の謝罪も発さないばかりか、コーデリアを含む関係者全員が頭を下げる中、小鳥尻はひとり傲然と胸をそびやかした。社会正義に悪酔いした記者があげる社会性を逸脱した怒号に、事務所のスタッフが無理矢理に小鳥尻の頭を長机へ押さえつけ、ようやく謝罪の形を作った。だが、隣にいたコーデリアには、頭を押さえつけられ鼻血を流しながら、にらみつけるように真上へ視線を向ける小鳥尻が見えた。この瞬間、小娘らしい恋の憧れが、大人の愛情へと変わったのだ。
 玄関先でブーツに足を突っ込みながら、今日はお客さんに呼ばれてるから遅くなる、と小鳥尻が無表情でぼそぼそ言う。舞台の上のハイテンションどころではない、普段の小鳥尻はほとんどしゃべらないし、感情を露にすることさえまれである。コーデリアはできるだけ明るく返事をするよう努めると、アパートの出口までついてゆき、長身の背中が曲がり角の向こうへ見えなくなるまで立ちつくしていた。
 部屋に戻り、玄関の扉が閉まる音を背後に聞く。小鳥尻はいない。当たり前だ。この部屋は、もはやコーデリアにとって何の意味も持たない場所になっていた。小鳥尻がいるからこそ、この空虚な住処がかろうじての避難所として成立する。六畳間をうろうろと周回すると、コーデリアは小鳥尻のいた場所へ呆然と座り込んだ。
 私たちふたりが破滅しない方法はなにか。最近、コーデリアが考えるのはそのことばかりである。
 週に一度もないような、場末のスナックへの営業ぐらいでは、とうてい食いつないでいけるはずがなかった。コーデリアは相当にいかがわしいアルバイトへ手を染めたこともあるが、小鳥尻が部屋にいる間は磁力のように離れられなかったので、食うに充分な稼ぎを安定して得ることはできなかった。
 昨日はついに、母が積み立ててくれていた学資貯金を切り崩した。小鳥尻はそのことを知らない。生活保護のことを相談したときの狂乱を思い出して、恐ろしかったからである。
 小鳥尻はただ自分であることをやめられず、他人の夢の残骸に埋もれたコーデリアは身動きさえ取れずに貴重な若い時間を空費してゆく。地獄。そう呼べる場所があるなら、まさにコーデリアの住所はそこであった。だが、角を生やし赤い肌をした官吏たちは空想にすぎない。人はただ、己の意志において地獄に己を閉じ込めるのである。

新宿オフ始末書

 「包茎チンポ?」
 ビールの中瓶を撫でさすりながら弱々しくつぶやいて右隣をうかがうも、ファンだと名乗ったはずの婦女子2名はベネズエラの描く春画に嬌声を挙げており、すでにこちらへ心を残していません。左隣ではぼくに対しては終始不機嫌だったガンジャが「ええッ、じゃあ“くろのだんしょう”(クロノ男娼? 時をかけるBL話と推測するも、詳細は不明)の作者なんですか!」と身を乗り出し、「いや、いまは猊下のいちファンとしてここにいますから」とまんざらでもない表情のオーツキが中指で眼鏡の位置を直しながらぷくぷくと小鼻を膨らませています。顔を上げると正面には小首をかしげた子鹿が子鹿のような黒目がちの瞳でこちらを見ており、ぼくはいたたまれなくなってそっと視線を外した。これは何の集まりでしょうか。小鳥猊下を歓待するオフ会ではなかったのでしょうか。十年という歳月に過去の失敗を忘れ、浮かれたネットハイで再びオフ会などを企画した一ヶ月前の自分を殺してやりたいです。いや、――うつむいて噛んだ臍から生暖かい血がアゴを伝うのを感じながら――その前にこいつらは全員まとめて呪殺だ。


◇登場人物紹介
 小鳥さん……テキストサイトというムラでは大いばり、最近ではほとんどの管理者が現世での成功を手に入れて卒業していったがゆえの長老的な位置に複雑な気分。もはや新規のファンを呼ぶ力も無く、流行りの炎上でアクセス数が回復することを夢見る過去の人物。

 オーツキ……プラズマとは関係ない。目の下に黒々と隈が浮いており、能条純一の某漫画に登場した「見える見えるおまえが見える」の人を想像すると近いかも知れぬ。蛍光色の頭髪にグラサンアロハ、体表はピアスで埋めつくされている、くらいを想像していたので逆にフツウで驚いた。

 ベネズエラ……南米からやってきたカポエラの達人で、日本語がひどく堪能。本邦での職業にはなぜか萌え系の春画描きを選択しており、nWoにトップ画像を寄贈するなど外見を裏切らぬ精力的な活動ぶりである。既婚者らしいので、おそらく特別帰化を申請したと推測される。

 黒子……ホクロではない方で読む。ブログ形式以降のnWo運営担当であり、俺が大臣なら事務次官に相当する。オフ会でさえ、事務方に徹した。「ニコニコ動画はワシが育てた」「酔わないと話ができない人もいるから」の2つを、彼がキャラクターの片鱗をうかがわせた台詞として記録したい。

 どどめ鬼……百目鬼ではない。手入れの行き届かないアゴヒゲにどどめ色の上着という、外見だけで正気を疑われる逸材。それを証拠に、ガンジャと職質談義で盛り上がっていた。つごう8時間、どこから金をもらったのかという勢いでnWoを褒めまくり、逆に俺の肛門を警戒で狭くさせた。

 BL学園……男子間肛門性愛話をこよなく愛するにも関わらず、nWoのファンだという矛盾を体現する謎の婦女子その1。男子と男子が正常位を行う際、肛門と男性器の位置関係はどうなっているのかという質問を準備して個人的に胸をワクつかせていたが、二次会の途中であっさり帰った。

 子鹿……思想系のブログを開設し、喧々諤々の議論を展開する人物。きっと俺のペニスをSuckせんばかりの勢いで議論をふっかけられると脅え、理論武装のため開いた思想書を顔面に乗せて睡眠しながら上京したが、その心配はたちまち霧消した。1時間しかいられないと言いつつ、結局8時間いた。

 県知事……似ているわけではないが、そのアクションがなぜか俺に宮崎県知事を想起させた。十年前の東京オフ会で参加を表明したにも関わらず、当日連絡なしに欠席した前回のA級戦犯。理由を尋ねると、「友だちと遊んでて、気がついたら時間を過ぎてました」。俺の怒りは有頂天である。

 マコリ……nWoをほとんど読んでいないにも関わらず参加を表明した謎の婦女子その2。指輪で人妻を偽装することで小鳥猊下との対話を性交なしで成功させるも、実は現在彼氏募集中とブログで表明しており、オフ会参加男子全員の性を著しく去勢した。俺の怒りはすでにヘヴン状態である。

 ガンジャ……某新興宗教の教祖にそっくりの麻薬密売人風デイトレーダー。終始不機嫌なのはリーマンショックの影響か。毛糸の帽子がお気に入りで、オーツキの大ファン。“生きながら萌えゲーに葬られ”のエンディングに対して批判的なメールを送信した人物であり、今回のA級戦犯。

 ちなみに、この並びはアイウエオ順ではない。nWoへの貢献度に基づいたもので、何の恣意も無く公明正大であることをあらかじめ付け加えておく。


 ぼくは極太マッキーでnWoと大書きした画用紙を掲げながら、新宿駅の東に位置する交番の前にひとり立ち尽くしていました。日はすでに暮れはじめており、都会の寒風は身を切るようにぼくへ吹きつけます。「アルタビル前は人が多いので」とのアドバイスを受けて設定した集合場所でしたが、駅からは続々と大量の人たちが吐き出されて続けています。おそらく人口過密地帯の東京では、このくらいの数は多いうちに入らないのでしょう。誰もがぼくの薄ら笑いに一瞥をくれると、足早に、まるで競歩のような速度で左右に分かれてゆきます。お笑い番組の企画か何かとでも考えているのでしょうか。あるいは、精神薄弱と思われているのかもしれません。交番を目の前にして、相当に奇矯な行為に及んでいるのではと恐れを抱いていましたが、この程度のエキセントリシティでは淫獣都市・新宿において少しでも己の存在を際立たせることはできないようです。
 集合時間のちょうど15分前に、ネット耽溺が形成した何かが顔面の多くを占拠している男たちが「猊下ですね」「猊下ですね」と双子のようなツープラトン攻撃で問いかけてきたので、すっかりうろたえたぼくは右手の小指と薬指と中指と人差し指を口の中に入れて「アワ、アワワ」といった音声で返事をしたが、意外に通じたみたいで安心した。よくよく見るとネット臭以外の共通点はそんなになかったので、落ち着きを取り戻したぼくは、宮崎県知事を思わせるほうへ「どちら様ですか」と質問したのですが、すごい早口で返事をされたので「え、何?」と言うとまたすごい早口で返事をしたので、その場では神妙にうなづいてなんかわかったふりをした。のちにこの男が前回のオフ会へ参加を表明し、表明してから懇切丁寧にブッちぎるという父殺し的行為で精神的愉悦を得た人物だと判明しますが、わかってたらその場で秀でた額にワンパンくれて「ひぎぃ」と声をあげさせていた。もう一人はnWoの管理者でドメイン名とか自腹でとってくれてるファビュラスな人材だったので、周囲には後光が差し両肩には裸の天使がとまっていた。ぼくは抱きしめてチュウしてやろうかと意気込みましたが、値踏みするかのような眼光がグラッスィーズの下で異様にするどかったのでぼくはブルッてしまい、チュウはやめることにした。いずれにせよ、15分前に到着したという事実はぼくのオフレポをきっちり読みこんできたという証拠なので、2名の偏差値は飛躍的に高まりぼくを1万とすると35くらいになった。
 いきなり耳元で「土日は案外ここも人が多いな」というつぶやきが聞こえたのでぼくがハリウッド・ジャンプで飛びすさると、肩ごしに振り返った視界に白いジャケットの不健康そうな男が立っていました。それは、メールでぼくが衆人環視のうちに幾度も辱められた遠因をつくった人物のオーツキだった。そして、銀のピアスがネオンを照り返してぼくの目はするどく射られたのです。両腕を上下並行にして顔面を守るポーズで「想像と違いました」と正直なぼくが言うと、眼鏡の位置を神経に中指で直しながら「いま人生で一番ファティな時期でして」と言うオーツキの様子は健康を誇示する言葉の内容とは裏腹の有様で、サラリーマン二人組がまじまじと彼を注視しながら、「どうしたンですか…御気分でも」「いえね、先日知人が交通事故で死んだんですが、それとそっくりですわ…膚の色が。あなた知ってます!? 死んだ人間って“白い”というより、蒼く透き通ってるンですわ」と言葉を交わしつつ通り過ぎてゆくほどです。なので、雑踏で強要されたすごい廉恥をレンチの顔面殴打で難詰しようとする気持ちは急速に冷え、ぼくは後ろ手に鈍器を隠してできるだけ刺激しないよう、「そ、そうなんですか」と保身にかすれた声であいづちをうつ他に方法がありませんでした。
 そこへ、公開の遅れている某福音漫画映画の監督にそっくりの風貌をした男が、ショッキングピンクのスウェットに身を包み、常軌を逸脱した者だけに許される確かな足取りでまっすぐにこちらへ向かって来るのが見えました。ぼくは「東京は怖いところじゃ」とつぶやいて視線を外しましたが、案の定その男はぼくの真ン前に立ち止まり、「小鳥猊下ですね」とすごく大きな声で言ったのです。ここはネットじゃないのに! ぼくはたぶん、殺される寸前の小動物が最期にあげる鳴き声と同じ弱々しさで「はい」と答えたのではなかったかと思います。
 ほどなく、手首切っちゃいました、意図的に、といった風情の女子と、はいからさんが通った後を踏みにじった、といった風情の女子が順ぐりに現れ、ぼくにあいさつをしたりいきなり触ったりしました。周囲のネット男子たちはことさらに無関心を装い、装うことが関心を裏書きするという、当人だけが看過されていないと信じるあの状態に陥っていた。ぼくは状況へ羞恥するあまり思わず下を向いた。初対面とはいえ、きっとすぐにファン同士の会話が始まり打ち解けるだろうと期待したが、ぼくを囲んで楕円形になった人々はお互いに一言も発さず寒空の下でびっくりするほど無言だった。すごい人ごみの中でネット臭のする人材たちが車座になり、その中心が自分であるという事実に悶絶しそうになりました。ぼくは沈黙に耐えられなくなって、手首を骨まで切った方の女子に「えっと、あのピンクの上着の人、実はエヴァンゲリオンの監督ですよ」と冗談めかしてどどめ鬼を指さすと、「ええッ、本当ですか!」と意外に大きな反応が返ってきたため、ぼくはいまさら嘘だと言えなくなってしまい、「破ではアスカを殺すんですよね、監督?」とノリツッコミをうったえる視線でかぶせると、桃色の関東人が怪訝な表情で首をかしげたので、ぼくは自分の家が大金持ちだと自慢した小学生が次第にエスカレートする己の嘘に追いつめられてゆくような絶望に身をよじったのです。
 そして、大きなラジカセをブレイクダンスの両足で蹴り上げながらやってきた明らかにDNAが南米の男により集りのグローバル感とサンバ感は強まり、唇を動かさないまま「ガンジャあるよガンジャあるよ」とつぶやきながらやってきた教祖風の男という加速装置を得て集りのアンダーグラウンド感とクライム感はいっそうに速まった。むしろ、ぼくがオフ会の実施を表明したことが早まっていた。
 あと一人こないなー、と思っていたらこの都会の雑踏の中で、ボクとカレだけが天然色で、他の全員はみんな灰色とでもいうようにからみあう二つの視線。それがオフ会参加者最後のひとり、子鹿とボクの出会いだった。
 ぼくがキリッとした表情と文体で「アングラサイトのオフ会なのだから、アングラ系の店で」とどどめ鬼に予約を依頼しておいたのに、案内されたのは極めて一般的な居酒屋だった。安普請に前後左右の音声は筒抜けであり、冒頭のような猥語を伝達するのに社会性の最高に高いぼくは小声になった。そこへ、場末の居酒屋特有の客層が織り成す低劣な雑音があいまって、ぼくの小声は最高に聞き取りにくい状態になって、ぼくは自己への嫌悪とどどめ鬼への憎悪で死にたいと殺したいが二重で同時に訪れたので目を白黒させました。
 死体遺棄現場の刑事たちのようにテーブルを眺めたまま誰も座ろうとしないので、わざとらしく「どこが上座かなー」などと発話しますも、ネット臭ふんぷんたるチェリーボーイどもは薄ら笑顔を崩さないまま、誰もぼくに席を勧めようとはしません。すると突然ベネズエラが流暢な日本語で「シャチョサンノセキハマンナカネ」と発話したので、ぼくは非常に驚きながらも「ソ、ソリー、アイシットダウン(表記:”So sorry, I shit down.” 和訳:「とてもすいません、私はうんこをします」)」と流暢な英語で発話して真ん中に座りました。するとマコリがぼくからいっこ空けて座り、すかさずガンジャが太いのをぼくとマコリの間にねじこもうとして、そんな太いの入らないと拒否られ、ぼくの反対の隣に不機嫌に座りました。現実では気を遣う性質のぼくが傷心のガンジャをなぐさめる意味でそのたくましい膝を撫でさすりながら「見てくれ。nWoをどう思う?」と尋ねたら、まるで街頭で宗教的なアンケートを求められた人のような、一種異様な素っ気なさで「いや、面白かったですよ」と過去形で返答したので、本当のことを指摘されると人は怒るの法則でぼくのブレイブハートは怒髪天を突いた。表向きは「ハハッ、ワロス」などと巨大掲示板から仕入れた今風ヤングの発話で平静を装い続けたが、ぼくのブロークンハートは血と涙にてらてらと濡れていました。
 いつのまにかぼくとマコリの間に細いのをねじこんだBL学園が、熱くたぎった密壺から良く煮えた貝を箸でつまんで「これ見て下さい」と言うので、相手の望むボケを裏切らない関西人のぼくは「イット、ルックスライク、膣」と流暢な英語で発話すると「共食いですね」と得意げに、金髪のわりには流暢な日本語で発話しました。そんな三次元世界から垂れ流される濃密な廃液、いわゆる萌えの原液にチェリーボーイどもで形成された戦線は乱れかけた。しかし、どどめ鬼だけが「きたない、さすが三次元の女きたない」と言わんばかりの心底不快そうな表情ひとつで戦線を維持してのけたので、ぼくは、こいつは本物だぜ、個人的に近寄りたくはないがな、と内心思った。
 ビールでのまばらな乾杯と散発的な発話があったのみで、気まずいまま宴は進行していった。最初に気つけで空にしたマイグラスの底はすでに渇き始めていたが、誰も積極的にそれを満たそうとはしませんでした。隣の婦女子たちはもはやケータイ遊びに夢中ですし、対面の子鹿は子鹿のように黒目がちな瞳で小首をかしげ、ただぼくを見つめるばかりです。個人主義の押し詰まった魔都・東京では、手酌が基本なのでしょうか。ぼくを歓待するオフ会のはずなのに! ぼくは一縷の望みをかけて、弱々しい声で「秒速5センチメートルでー」と発話しながらビール瓶へ極めてゆっくりと手を伸ばしたのですが、誰も気づいた様子はありません。絶望的な気持ちになりながら必死に声を張りあげて、「秒速5センチメートルでー」と再び発話しますと、どどめ鬼が「ああ、あれ最悪ですよね」と非常な早口でかぶせて来、己の意図が正確に伝わらない絶望へ拍車をかけたのです。たまらなくなってうつむいたぼくは、眼球からの体液でしっとり濡れた卓へ影が差すのを見ました。顔を上げると、ベネズエラが「シャチョサン、イッパイイクネ」と浅黒い肌へのコントラストのせいか、ひどく輝いて見える真白な歯を誇示しながら、いささか乱暴なやり方ながらマイグラスへビール瓶を傾けました。なんという如才の無いガイジン、あるいは婿養子でしょう。しかし他人を見下さずにはいられないぼくの高貴な性向はその酌を受けながら、ラベルを下に向けて片手でつぐような礼儀の無さは、ぼくの最高に高まった社会性とつりあわないなと考えさせた。
 県知事が時折、てんかん発作を疑わせる激しい仕草で笑いながら倒れこみ、周囲へ多大な迷惑となっており、BL学園とマコリの向ける視線は明らかな生理的嫌悪と侮蔑に満ちていた。県知事の笑い声は黒ベタ白ヌキで「ギャヒーッ!!」であり、熱湯風呂から飛び出して床を転げまわっていた頃の宮崎県知事を想起し微苦笑を浮かべていると、県知事は黒い何かに覆われた太くて固いものをぼくにしきりと押しつけて、「この処女雪のような純白を汚すんだ、お前自身の手でな」と強要しました。ぼくがごめんね、ごめんね、と言いながら純白の表皮をわずかに汚すと、特殊性癖の県知事の興奮は最高潮に高まり、一度汚れればあとはいくら汚れても同じと言わんばかりにみんないっせいにそれを汚しにかかったので、ぼくは素面でいることが辛くなって店員に赤ワインを注文すると、黒子と子鹿が無言のまま「わかります、ルネッサンスですね」という表情を見せたので、ぼくの表情はたぶん曇りました。
 そして、冒頭のやりとりに話は戻るのだった。加えて、ベネズエラがエルフと関わりがあった旨をさらに発話し、数名がどよめいて、わずかに漂っていたぼくへの関心の残滓は永久に虚空へと失われました。くやしいけど“かたあしだちょうのエルフ”は、ぼくも傑作だと認めています。三十年以上も前に亡くなった小野木学先生と面識があるなんて、嫉妬を通り越してむしろ羨望をしか感じません。詳しいことを聞きたかったのですが、瞬発力に欠けるぼくがおろおろしているうちに、ぼくの知らない小野木作品であるドウキウセイツウ(童貞精通? 同衾生活? 表記は不明)に話題が移動してしまっていたので、ぼくはただお得意の薄ら笑いを浮かべることしかできなかった。ぼくの大切なレゾンデートルはこの時点で死亡した。
 しかし、まだだ、まだ終わらんよ。このままでは何のためにオフ会を招集したのかわからない。そう考えたぼくは、極限まで追いつめられた上京もとい状況で、なお尽きせぬ己のパロディ気質に励まされながら、万勇を鼓して参加者全員に問いかけたのです。それはびっくりするほど甲高い、この陰鬱な集まりでぼくが発した数々のうめきの中からようやく意味のある大きな声となって、みなさん、ぼくの更新の中で印象に残ったフレーズを教えていただけませんか、と響きました。それぞれの会話に没頭中だった人々はびっくりしたようにぼくを見、これがぼくを囲むオフ会であることをいまようやく思い出したふうな表情をした。
 「あー、パーやんのエンディングの、『いつか愛が誕生するだろうか?』かな」
 それ、ぼくじゃなくてトーマス・マンです。あとタイトルが間違ってます。パアマンです。
 「祈りの海の最後の一節です。『それでは生きるのがあまりに辛くありませんか』」
 グレッグ・イーガンです。それはグレッグ・イーガンが書きました。
 「『君は激しく勃起したな』」
 ……大江健三郎からの引用ですね。
 「うーん、じつはあんまり読んでません」
 なんでここにいるんだ、オマエは。男あさりか。
 全員がうんざりした、もういいですか、という表情をしたので、ぼくはうつむくことで、もういいです、という気持ちを表現しました。うなだれたぼくの後頭部の真上でオーツキとベネズエラが名刺交換を始め、この集まりに意味づけをしようと必死だったぼくの方寸にどよもす騒擾は、ようやくにして止むを知ったのです。ああ、今回のオフ会はエロ業界に生息するこの二人を出会わせた触媒としてのみ、後の世に記憶されるのだな、と。残念、ジョショ(徐庶)の奇妙な冒険はここで終わってしまった!
 すっかり意気投合したみなさんが大盛りあがりで二次会へと移動していく後ろを、ぼくはとぼとぼとついてゆきます。二次会が提案されたのは、関西人的痩せ我慢のええかっこしいで、誰かが止めてくれると半ば期待しながら「ここはぼくが払います」と発話するとそれまでぼくの発話すべてを聞き流していた人々がいっせいに会話を中断して、「なに当たり前のこと言っちゃってんの?」という爬虫類のような視線をぼくへ向けたからです。もはやこれは「おい、猊下、ジュース買ってこいよ」の世界であり、求められたのは小銭と紙幣でみっしり充填されたぼくの蜜袋であることが痛感され、繁華街のネオンは水中から見るように滲んだのでした。
 ネット臭ふんぷんたる陰鬱な会合へ、終電のある時間帯に見切りをつけた婦女子2名が「じゃ、これからもがんばってね」「感想送るから」と心にもないお義理の発話をしながら退出すると、ほどなくベネズエラがそわそわし始め、「ソロソロカエラナクチャ。オクサンコワイネ。リコンサレタラ、ニホンイラレナクナッチャウ」と告げるが早いか上着をひっつかんで駆け出していきました。察しの良さだけで世渡りをしてきたぼくは、南米の血が持つ奔放な性への志向をうらやむと同時に、こんなアングラサイトのオフ会に参加を表明しておきながら、一瞬でも無事な貞操と共に帰宅できることを夢想した婦女子2名の愚かさが粉々に砕かれることへ、心中、喝采を送ったのです。ぼくはサイトの更新が示すようにエロゲー愛好なので、自分ではない剛直に秘貝が原形を失うことに何より興奮を覚える性質なので、沸騰した欲望にぼくの目は赤まった。なに、泣いてるの、とでも問いたげに子鹿が首をかしげてぼくを見ましたが、そんな猥劣な内心を悟らせることで子鹿の純情を汚すのははばかられたので、ぼくは長い睫毛をふかぶかと伏せた。
 そして、この陰鬱な宴も――もしそんな瞬間があったならばのことですが――たけなわを過ぎ、気がつけばぼくは一人で狂躁的にしゃべり続けていた。どどめ鬼がレンタルビデオ店(おそらくAVコーナー)で数名の警官に取り囲まれたときにそうだっただろうギラギラする眼差しでこちらを見ており、黒子が「この人物は果たして忠誠に足るや足らざるや」といった値踏みするグリコ犯の眼差しでこちらを見ており、子鹿が小首をかしげ何を考えているかわからぬ子鹿のような濡れた眼差しでこちらを見ており、秀でた額を脂で輝かせながら県知事がぼくの許可を得ないままぼくの動画撮影をはじめており、徹夜明けで月曜に締め切りが2本あると言っていたオーツキは腕組みしたままの半眼で涅槃に魂を浮遊させており、ガンジャは先ほどオーツキの隣で活き活きと話をしていたときの様子とはうってかわった倦怠ぶりで机につっぷしたまま動かなかったからです。話せども話せども場の空気は冷えてゆくばかりで、ぼくを歓待する会だったはずなのにぼくをエンターテインさせようとする人物はもはや一人もいませんでした。無理もありません。ここで行われているのは、対等の知性がする軽妙な会話のキャッチボールではなく、舞台の芸人が面白ければ笑い、面白くなければ席を蹴る、あの場末の演芸場のやりとりだったからです。それを証拠に、わずかの沈黙を縫うようにして、つっぷしていたガンジャが無言で上着を着始めたことが散会の合図となりました。小便というよりは涙を排泄するためのトイレを済ませて店を出ると、もはやそこには誰もいませんでした。地方在住の人間が深夜の歌舞伎町に取り残される気持ちがいかなるものか、説明してもきっとおわかりいただけないでしょう。恐怖と憤りがぼくを疾駆(sick)させました。すでに排泄を済ませたはずの涙袋から、再び止めようもなく涙が盛り上がり、そしてスローモーションで風に運ばれてゆきます。
 来るんじゃなかった、東京。やるんじゃなかった、オフ会。
 誰かがアテンドしてくれることを期待していた東京観光(興味が無いふうで連れ込まれる秋葉原のメイド喫茶、といった甘い夢想!)はもはや煙と消え、ぼくは始発の新幹線で頬袋をシュウマイに充填させつつ帰阪するのでした。
 諸君、ガンジャは2回、残りの連中は全員1回ずつ呪殺である旨をここに宣言する。





痴人への愛(2)

「いいお湯だったねえ、おまえさんっ」
 底抜けに無邪気な声音に、ふとつられてふりかえった。
「あんまりはしゃぐとあぶないよ」
 洗面器を小脇にかかえた女の子が、楽しそうにくるくると回る。苦笑しながらかたわらでいさめているのは、兄だろうか。両目が隠れるほどに前髪をおろしている。上着を脱ぐと、さりげない仕草で女の子の両肩へと乗せた。たちまち不満そうに口をとがらせるのが可笑しい。
「もう、保護者きどりなのね! そんなカッコじゃ、寒いでしょ」
 タンクトップから健康な二の腕がのぞいていた。春が近づいたとはいえ、夜の大気はまだ冷たい。
「このくらいなら、へいちゃらさ。大陸はもっと寒かったからね。それより、――に風邪をひかせて、あとでお父さんにしめあげられるほうがこわいよ」
 めずらしい名前だったが、一回では聞きとれなかった。とたん、ころころと鈴のような笑い声がひびく。
 もし、きょうだいでないとすれば、輝くばかりの桃色に染まった頬は、湯ばかりが理由ではあるまい。なつかしい、痛いような気持ちが喉元へこみあげた。なんとなく立ちつくしたまま、この幸せなやりとりをながめる。
 ふたりの後ろ姿が曲がり角に消えると、コーデリアは寒さを思い出したかのように襟元を寄せた。小鳥尻とのあいだにも、たしかに蜜月はあったのだと思う。また、あんなよろこびはやってくるのだろうか。
 問いかけるように顔を上げた先に、答えが見えた。カーブミラーに映るゆがんだ鏡像は、すでに百年もうみ疲れているようだった。
 そして、先ほどの女の子はもしかすると、じぶんとそれほど変わらぬ年齢かもしれないと思いいたり、コーデリアは身内に真冬のような底冷えを感じたのである。
 小鳥尻が一週間ぶりにもどるというその日、コーデリアは近所の銭湯へ出かけた。もともとあまり汗をかかない体質に質素な食生活があいまって、風呂の無いアパートでの暮らしは苦にならなかった。ときどき、小鳥尻が酒を割るさいあまらせた湯で身体をふいた。
 切りつめた生活のなか、正直かたちに残らない三百円の出費は痛い。しかし、久しぶりに帰宅する恋人に、最良の姿を見せたいという想いがまさった。つまるところ、失望されたくない、捨てられたくないという共依存が、ふたりの関係へ力学として作用しているのだが、幸いにもというべきか不幸にもというべきか、コーデリアはそれを言葉にできるほど賢明ではなかった。
 オレンジ色に射す西日の中で味噌を溶くと、鍋からふわりと暖かさが広がる。この、幸福に満たないぬくもりをコーデリアは愛した。むくわれて然るべきと感じられるこのささやかさが、願いのはかなさによくみあうからだろう。
 卓上の夕食はいつもより一品、菜が多かった。小鳥尻の帰宅は、すべてが冷えてからだった。案の定、ひどく酔っていて、そして舞台にいるときのように上機嫌だった。
「ごめんね、昔のファンが集まって、宴会になっちゃってさ……でもすごいのよ、もう大盛りあがりで、私ひさしぶりにすごく楽しくって」
 玄関でひさしくなかったような熱い口づけをすると、コーデリアに菓子袋を押しつけた。
「ファンのひとりにもらったの、すごく上等なお店のケーキなんだって」
 袋には、大量生産で有名なチェーン店のロゴが刻印されていた。だまされているのか、だまそうとしているのか、コーデリアにはわからなかった。気が高ぶらぬよう、声がかすれぬよう、ゆっくりと唾を飲みこんでから、言った。
「お水くんだげるから、座ってて」
 蛇口をひねると、白く濁った水道水がプラスチックのコップへ満たされてゆく。この上機嫌は良くない兆候だ。こころはまるで振り子のように、上がったぶんだけかならず下がる。なぜみんな、そっと静止させておいてくれないのだろう。
「もうすごいのよ……みんなずうっと私のことをほめてくれてね、アンタはすごい芸人だって、大好きだって、愛してるって……だから、うれしくなってね……みんな私のオゴリにしちゃった……」
 語尾をひそめてうかがい見るのは、やはりすこしは後ろめたいからか。おそらく酒が言わせたのだろう、ファンと名乗る人物たちの無責任な発言を、コーデリアは呪いたいような気持ちになった。ふだんは臆病で人嫌いの小鳥尻なのに、どういうわけか己を肯定してくれる言葉だけはびっくりするほど素直に信じこんでしまう。
 わずかばかりを節約したところで、破滅への秒読みはいつも大幅に繰り上げられる。コーデリアはじっさい視界が狭まるような錯角を感じ、わずかに首をふった。やさしくて純粋なこの人は、左右からふたりを圧しつぶそうと迫る絶望の壁へさしわたすつっかい棒が、この世に金銭しかないということがわからないのだ。いっしょにいられるなら死んでもいいと思ってついてたきたはずなのに、いざそれが現実的な結末として近づいてくると、なぜこんなにも悲しくてつらくて、胸が痛むのだろう。
 後れ毛をはねのけるふりで、そっと目尻をぬぐう。笑顔を作ってふりかえったところで足に力が入らなくなり、コップを抱えたまま膝からその場にへたりこんだ。
「怒ったの? ねえ、怒ってるの?」
 小鳥尻は台所の板敷きに正座する形のコーデリアへいざり寄ると、膝に顔を埋めて腰へ手をまわした。コーデリアは思う――この人がじぶんからやってくるのは、だれかにゆるしてほしいときだけだ。
「でも、聞いて! 集まりに局の人がいてね、十年も同じ芸でもつのがすごいって言ってくれて……で、私の芸はあんまりすごいから、いっしょに仕事してみたいって。だからきっと、またテレビに出られるわ……そうしたら、こんなアパートひきはらって、ふつうの人みたいに……」
 小鳥尻の声はそこで小さくなっていった。
「ねえ」
 ――落ちる。
 コーデリアには次の言葉がもうわかっていた。こぼさぬようコップをかたわらへ置くと、広い背中をさすってやる。
「死のっか」
 魅惑的な負の演技に引きこまれぬよう注意しながら、じゅうぶんな間をとって、言った。
「テレビ、出るんでしょ」
「出れるわけないじゃない」
 驚いたことに、小鳥尻は即答する。妙にきっぱりとした口調だった。
 しかし、続く言葉は夢見るようにかすんだ。
「私ね、舞台に上がる前は奇跡が起きるような気がするの。もし、この舞台をうまくやり終えたら、みんなが私に拍手をして、そうして次の日からは誰からも愛されるように、誰からも必要とされる私になれるんじゃないかって思うの」
「うん、うん」
 小鳥尻の求める愛は、無条件の愛だ。赤子が母親に求めるような、本人にとっては生命の存続にかかわる重大な愛だ。けれど、この世のだれがその重さを引き受けてくれるというのか。
「でもね、私わかってるの。それは祈りみたいなものなの。いつもかならず、裏切られるの」
 コーデリアは黙って背中をさすり続けた。
「昔ね、みんなが私を見て笑ってるときにね、いま心臓マヒとかで死ねたらなって、よく思った。だれか、私の芸でみんながいちばん盛りあがってるときに、撃ち殺してくれないかな。みんなが私だけを見て笑ってるときに、うしろからぱぁんって」
 まばたきすればこぼれそうで、コーデリアはただやさしく目を細めた。
「じゃ、こんどテレビ出たとき、殺してあげる」
「うん、殺して。きっと殺してね」
 曖昧な、子どものような口調でそうつぶやくと、小鳥尻はそのまま眠りに落ちた。
 月光が照らすその横顔は、死人のように青白かった。きっと、小鳥尻という存在はとうの昔に死んでしまっているのだ。人工呼吸器につながれた脳死患者のように、むなしい希望を永らえさせているだけなのだ。
 だが、またひとつの危うい瞬間を乗りこえ、小鳥尻の生命を明日へとつないだことに、コーデリアはある種の満足を覚えているじぶんに気づいた。そしてそれは、ひとつの決意へと昇華する。
 この人の、最期の瞬間を看取る。できるだけ長く、小鳥尻を生かしてやろう。
 そう、まるでひとつの季節をしか生きない昆虫が、虫かごという牢獄で越冬するように。

MMGF!~もうやめて、みんなゴア表現に震えてるわ!~(外典・狂都奈落鏖断阿修羅地獄変)

 わたしの名まえは、琴理香(こと・りか)。どこにでもいるふつうの女の子。
 でも、わたしにはヒミツがある。小鳥猊下(ことり・げいか)ってハンドルネームで、「ねこをおこさないように」っていう名まえのちょっといけないホームページを運えいしているの。ともだちも知らない、お父さんとお母さんにも言ってない、わたしと、そしてあなただけのヒミツ。
 いま、わたしは京都にむかうでん車にのっている。ネットでの知りあいに会うためだ。
 かの女の名まえはSMD虎蛮(さめだ・こばん)。ひょんなことから「ねこをおこさないように」にイラストを描いてもらうようになった。いつものことだけど、ネットでしか知らない人とはじめて会うのってドキドキする。いったいどんな子なんだろう。もしかして、わたしたち、ともだちになれるかな?
 そんな楽しい空そうにひたっていると、ビートルズのイン・マイ・ライフのイントロが、たんたんたたたたん、とひびいた。
 ケイタイの着メロ。あ、虎蛮ちゃんからだ。
「アンタ、いまどこにいんの?」
 まえおきもなしの不きげんそうな声に、わたしの体はビクッとなった。まだでん車のなかだよってつたえると、
「ハァ? なにそれ? こっちはもうとっくに着いてんだけど?」
 わたしはあわててじぶんのうで時けいを見て、それからでん車のなかの時けいを見た。まちあわせまで、まだ1時間いじょうもある。
 すごくきつい口ちょうだったので、もごもごと言いわけみたいなへんじになった。そしたら、ケイタイのむこうがわでハーッと大きなためいきがした。
「これだから、ネット界隈でひきこもってる人種とやらは……」
 ちいさな声だったけど、たしかにそう聞こえた。すっごく気にしてるネットひきこもりのことをズバッと言われたので、わたしはなみだがジワッとでてきた。
「あんたさあ、もしかしてイタリアかどっか、日本じゃないとこの出身なわけ? 私の担当編集なら遅くとも2時間前には待ちあわせ場所に来て、背筋のばして正座してるわよ。もう信じらんない!」
 30分まえには着くつもりだったのに、虎蛮ちゃんのギョウカイでは2時間まえに着くのが常しきだったなんて! そうぞう力のないじぶんのダメさにガッカリしたら、もうなみだがポロポロととまらなくなった。
「ごめんね、ごめんね、いそぐから、ごめ」
 んね、を言いおわらないうちにプツッとつう話がきれた。
 わたしはすっかりうろたえて、とおりかかった車しょうさんに、「もっとはやく着きませんか」とたずねたら、「電車ですからねえ。時刻表どおりにしか着きませんねえ」と、にが笑いされた。
 さしむかいの席にすわっていた上品そうなおばあさんが、そのやりとりを聞いてホホホと笑った。
 わたしはバカなことをたずねてしまったじぶんがはずかしくなって、でん車が京都駅に着くまでまっかになって下をむいていた。


 ドアのまえで足ぶみしていたわたしは、でん車がとまるとすぐにみやこじかいそくをとびおりた。はあはあと、いきをきらせて駅のかいだんをかけあがる。
 まちあわせばしょは、しんかんせんの改さつがある中おう出口。そこに、わたしとおない年くらいの女の子が立っていた。ツイッターのにがお絵そっくりで、わたしはそれがSMD虎蛮ちゃんだって、すぐにわかった。
「虎蛮ちゃん!」
 虎蛮ちゃんにかけよると、わたしは地めんにおでこがつくぐらい、おもいっきりあたまをさげた。
「おくれてごめんなさい!」
 きっと、すっごくおこられるんだろうって、かくごしてた。でも、虎蛮ちゃんはいがいそうに、
「へえ、あんた、女の子だったんだ! あんなホームページやってるから、私はてっきり」
 どうやら、あんまりおどろいたので、おこってたのをわすれちゃったみたい。
 ホッとするとなんだかうれしくなって、わたしは虎蛮ちゃんにまくしたてた。
「うん、はじめて会った人にはよく言われるんだー。わたし、琴理香。リカってよんでね!」
「リカぁ?」
 けげんそうな顔。近くだと、たしかににがお絵そっくり。
 でも、よくよく見ると目のしたはうっ血してまっくろで、目つきはすさんだ感じをしていて、すこしこわかった。
「あんた、猊下でしょ? 小鳥猊下。ちがうの?」
 これもいつものしつもん。
「えっとね、じつは小鳥猊下って、ふたりでつかってるハンドルネームなの。『ねこをおこさないように』ってね、10年まえにネットで知りあったパイソン・ゲイってアメリカ人といっしょにやってるの。かれがギャグたん当で、わたしがリリカルたん当。もう気づいたかしら? コトリゲイカって、コト・リカとゲイのアナグラムなんだよ!」
 わたしがみぶり手ぶりでいっしょうけんめいせつ明すると、きびしかった虎蛮ちゃんの表じょうがすこしゆるんできた。
「へえ、ゆでたまご方式ってわけね。ようやくガテンがいったわ。じゃなきゃ、あんな精神分裂みたいなホームページの説明、つかないもん!」
 虎蛮ちゃんのことばはとてもするどくて、わたしの心にグサッとつきささった。
(表げんをする人って、みんなこんなかんじなのかな……)
 わたしはまたジワッとなみだがでてきたけど、なんどもまばたきをしてごまかした。そして、キズついたことをさとられないよう、できるだけ元気にたずねる。
「ねえ、あなたのこと、SMDちゃんってよぶべき? それとも、虎蛮ちゃんってよぶべき?」
 すると虎蛮ちゃんは近くのまるいはしらに背なかをあずけて、ちょ者近えいのときのお気にいりのかっこうみたいなポーズをした。
「そうね、私のことは……ダコバって呼んで」
「だだだ、ダコバぁ?」
 思ってもみないへんじにおどろいて、すこしどもってしまう。虎蛮ちゃんの顔はひらべったくて、どう見ても日本人ってかんじだったから。もしかして、いまはやりのドキュンネームってやつかな? 堕枯馬、とか書くのかしら。
 そうこう考えているうち、虎蛮ちゃんの顔にみるみる不きげんがもどってきたので、わたしは大あわてでまくしたてた。
「ダコバ! すっごくステキな名前ね! 秋の夕ぐれみたいな! わたし、夕日が麦わらにてりかえすのを想ぞうしちゃった! そういえば、ふんいきもダコタ・ファニングってかんじ?」
 虎蛮――いや、ダコバちゃんの小鼻がすこしふくらんだ。この方向でいいみたいだ。
「はじめてあのホームページを見たときから、なんていうの、センス? とにかくあなたはちょっと他の管理人たちとはちがうなって感じてたわ。本当に奇遇なんだけど、SMD虎蛮もね、じつはふたりの共同ペンネームなの」
「えーっ!」
 わたしがほんとうにびっくりして声をあげると、ダコバちゃんはすっごくとくいそうな顔をした。うん、やっぱりこの方向でいいみたい。わたしは心のなかで、すこしホッとする。
「アイツ、不法入国者なんでちょっと国の名前はかんべんしてほしいんだけど、中東出身のサメン・アッジーフって男とコンビで漫画やってるの。私がストーリー担当で、かれが作画担当」
「あー、わかった! サメダコバンって、ダコバとサメンのアナグラムだ!」
 わたしが胸もとで手のひらをパチンとうちわせると、ダコバちゃんはくちびるのはしをまげてフフッっと笑った。
「ご明察、こわい子ね……。あなたのこと、ただの時間を守れない、社会不適応のだらしないネットひきこもりだって思ってたけど、なかなか頭の回転が速いじゃないの。私たち、なかよくなれそうね。改めてよろしく、リカ」
 ダコバちゃんはそう言いながら、右手をさしだしてきた。わたしはまた、ダコバちゃんのするどすぎることばがグサッと胸にささっていた。
 わたしはなみだがジワッとでてくるのをがまんしながら、その手をにぎりかえした。ダコバちゃんの手のひらは、ちょっとにちゃっとしていた。


「ねえ、トウキョウから長たびだったでしょう? おなかすいてるんじゃない?」
 わたしはまず、ダコバちゃんをお昼につれていくことにした。ダコバちゃんをよろこばせたかったのと、「リカ、人間はおなかがいっぱいのときには不きげんになれないよ」って、おばあちゃんからいつもおそわってたから。いっぱいいっぱい考えて、京都駅ビルのいちばんうえにあるお店を予やくしてあった。
「うわーっ、すごい!」
 ふうがわりなビルの外見に、ダコバちゃんが子どもみたいなかん声をあげる。そのようすに、なんだかわたしまで楽しくなってきてしまう。
「これって、リカがホームページに書いてたところよね」
 大かいだんをチョコレート、パイナップルって言いながら1だんとばしでのぼっていたダコバちゃんが、ほっぺをまっかにしてふりかえる。
「えーっ、ダコバちゃん、そんなのおぼえてるの?」
「リカの書いたことならなんだっておぼえてるわよ」
 ダコバちゃんがいたずらっぽくくちびるのまわりをペロッとなめるのを見て、わたしはなぜかドキッとする。
「たしか、たくさんのガラスがまるで処女膜みたいって書いたのよね!」
 わたしはとたん、じぶんがまっかになるのがわかった。
「もうっ、ちがうんだから! あれを書いたのはわたしじゃなくて、パイソンなんだから!」
「がおーっ、ガメラだぞー! ちんぽだぞー!」
 ダコバちゃんはすっごく大きな声でさけぶと、ふざけてわたしを追いかけてきた。まわりの人たちがこっちを見てヒソヒソ話をしているのは気になったけど、いまのわたしたちって、とてもいいかんじじゃない?
「もう、ダコバちゃん、やめてよ! はずかしいったら!」
 笑いながらふりかえると、大かいだんのまんなかでダコバちゃんが右のわきばらをおさえてうずくまっていた。
「ダコバちゃん、どうしたの!」
 わたしの声は悲めいみたいだった。心ぱいに胸がつぶれそうになりながらかけよると、ダコバちゃんの顔は花輪和一の漫画みたいにオッサンになっていた。首をかきむしりながら、うわごとのようになにかつぶやいている。
「うう、手が、手がふるえよる……ワシ、漫画家なんやで。右手一本でかせがなあかんねんで……」
 どうしよう、ねっ中しょうかもしれない。
「すずしいところでよこになったら、きっと楽になるわ。がんばって!」
 わたしはダコバちゃんにかたをかすと、予やくしていたお店までひきずるようにしてはこんでいった。
 お店に着くと、ダコバちゃんはそれまでくるしんでいたのがウソみたいに、じぶんでカウンターまであるいていって、ながれるようにスツールへこしかけた。
 それから、すごくナチュラルに生ビールを3はい、ちゅう文した。顔は女の子にもどっていた。
 わたしがあっけにとられていると、すぐにしゅわしゅわとアワをたてる金いろのビールがはこばれてきた。わたしののどが、ゴクッとなった。
「1ぱいは私に、1ぱいはあなたに。そしてもう1ぱいは――」
 かっこよくグラスをかたむけてゆかにこぼしかけて、
「やっぱり私に」
 ダコバちゃんはそのままいきもつかずに、2はいのビールをグーッとあけた。
 6月にしては、すごくあつい日だった。わたしはビールにまほうがかかってるみたいにさからえなくなって、ダコバちゃんを追いかけてグラスをグーッとあけた。
 ぐ、ぐふぅ。
 わたしはそのとき、じぶんが花輪和一の漫画みたいに顔だけオッサンになっているのがわかった。ヒゲをじゃりじゃりいわせながらくちびるのアワをぬぐう。
 うふふ、でも平じつの昼からアルコールをのむハイトクカンで、リーサラにとってのビールはますますおいしくなるなんて、自ゆうぎょうのダコバちゃんにはわからないかもね。
 なんて考えながらダコバちゃんのほうを見ると、編集王でマンボ好塚が自販機のとなりで酒を飲んでいるときみたいな顔で右手を見つめながら、「へ………へへへ。見てみィ………へへへ……。震え……止まりよったで……」なんてつぶやいているんです。すると、じしん(ふきんしん!)みたいにブルブルしていたダコバちゃんの手のふるえが、みるみるおさまっていったのです。
 しろ目のところがきいろくなってるのが見えて、わたしはゾッとして目をそらしました。


「うーん、やっぱり外はあっついわね! ねえ、ダコバちゃん、どこか行きたいところはあるかしら?」
 アルコールくさい息で大きくひとつのびをすると、わたしはうきうきしながらダコバちゃんにたずねました。
 京都には、お寺とかむかしのものがたーくさんあって、ダコバちゃんといっしょにそういうばしょをかん光できると思うと、なんだかしゅう学りょ行のときみたいでとってもワクワクしたからです。
 そのときダコバちゃんの目がするどくなり、なにかだいじなことをおもいだしたみたいな表じょうになりました。
「あるわ。三条河原町まで出るわよ」
「あっ、かわらまちなら地」
 下鉄、と言いおわらないうちに、
「ヘイ、タクシーっ!」
 ダコバちゃんはサルまんの編集者みたいに、すごくナチュラルにタクシーをとめていた。そ、そうよね。ダコバちゃんはうれっ子なんだから、金せんかんかくがちょっとブッとんでても、すこしもヘンじゃないよね。
 ダコバちゃんはながれるようにタクシーへのった。わたしがさいごにタクシーにのったのはお母さんが急びょうのときだったので、すごくドキドキしながらあとにつづいた。
 かばんからアイパッドをとりだすと、ダコバちゃんは「ここ。ここ行って」とタクシーのうんてん手さんへ、画めんをカツカツいわせながらゆびさしました。
 いっしゅんチラッと見えたアイパッドの画めんには、まっくろなはいけいにデザインかな? いろとりどりの草があしらってありました。でも、どうしてまん中に大きなドクロマークがついてるんだろう?
「元ヤン……学校内ヒエラルキー……ナウシカ……パイオツでかい……幕末や新撰組……手垢のついた題材……あるいは……」
 タクシーにのっているあいだ、ダコバちゃんはまどのそとをながめながら、ずっとひとりでブツブツ言っていた。
 わたしはなにか単ごが出てくるたびに「うん、そうね、そのとおりね」とあいづちをうったが、りこんすん前のじゅく年ふうふのように、かい話はせい立していなかった。
 かも川ぞいをしばらくはしると、タクシーは京都にもこんなばしょがあったのかって思うぐらいすさんだかんじのうらろじにとまりました。
 黒ネコがダコバちゃんとわたしを見て、フーッと毛をさかだてながらはしっていきます。お昼なのにかんばんのネオンがぴかぴかするホテルがあって、すぐ目のまえですごくふつうじゃない服そうのカップルがなかへ入っていきました。
「ねえ、なんだかこわいよお」
 わたしはダコバちゃんの服のはしっこをつかんで、小さくなってついていきます。
 ダコバちゃんははじめての土地なのに、すごく自しんにみちあふれた足どりでよごれたビルのかいだんをのぼっていき、いくつめかのとびらで立ちどまりました。
「ここね」
 そこはかんばんもなにもあがってなくて、マンションかアパートのふつうの1室ってかんじです。
「リカ、あなたはここで待ってなさい」
「え、でも」
「いいわね?」
 ダコバちゃんはきゅうにわたしをだきよせると、うむをいわせないかんじでおでこにキスをしました。
 わたしがボーッとなってるうちに、ろう下の左右に目くばりしてから、うすくあいたとびらのすきまに体をすべりこませました。
 いっしゅんチラッと見えたへやのなかのようすは、むかし夜のえい画で見たアヘンくつのようにけむっていました。ガリガリにやせたスキンヘッドの男の人がソファであおむけになって、「ねえさん、このハイゴウ、サイコウやわー」と、ろれつのまわらないようすで言っています。
 バタンととびらがしまると、わたしはひとりきりになりました。このビルのかんけい者らしいモヒカンの男の人が、わたしをにらみながらかいだんをのぼっていきます。
 わたしはこわいのと心ぼそいので、なみだがジワッとでてきました。
 すごく長い時かんをまっていたような気がしましたが、時けいを見ると10分くらいのことでした。ダコバちゃんが草の入ったスーパーのふくろをかた手に出てきました。
「待たせたわね。どうしたの、あなた、泣いているの?」
 やさしくだきよせられるとボーッとなって、こわかったのもぜんぶどうでもいいみたいな気もちになりました。
「ダコバちゃん、その草は……」
「ああ、これ? アシスタントへのおみやげ。京野菜らしいわ」
 話だいをうちきるように早口で言うと、ダコバちゃんはスーパーのふくろをわたしからかくしたいみたいにカバンのおくへとねじこみました。
「ねえ、せっかくはるばる来てくれたんだし、もっと京都っぽいところをかん光しましょうよ」
 わたしはかん光ガイドをとりだしながら言いました。
 それに、もうこんなこわいところはたくさんだわ。
「そうね、せっかくあなたとふたりきりの時間なんだしね」
 ダコバちゃんがやわらかな表じょうでうなづき、わたしははじめてまともに話を聞いてもらった気がしました。
 でも、すぐにそれは気のせいだったことがわかりました。 


 おたくのせい地・きょうと(狂屠)アニメーション(通しょう・狂アニ)は、各ていしかとまらないふつうの駅のふつうの住たくがいにありました。ピロリンって音が聞こえて、それはダコバちゃんがスマートフォンで狂アニのたて物をさつえいしているところでした。
「ちょっとツイートしてみるわ。『狂アニなう』っと。人生初なうー」
 いっしょにお寺をめぐったり、まいこさんの衣しょうを着て写しんをとったり、そういうしゅう学りょ行みたいなのを期たいしていたわたしは、じつはない心ひどくガッカリしていました。
 でも、はしゃぐダコバちゃんのすがたを見ると、これはこれでいいかなって気になってきます。でん車にのっているときのダコバちゃんは、ハンターハンターの幻影旅団の団長みたいな人殺しの表情で、「狂アニ……ふむ、狂アニか……少し、興味がわいてきたな……」などと気のないふうでした。なのに、いまは大よろこびですもの。
 それにしても――
 げいおん(鯨音)!のポスターがはってなければ、ふつうに見のがしてしまっていたかもしれない、ふつうのたて物です。ただ、正めんのかべはピカピカするきいろでぬられていて、わたしは同じいろのきゅう急車を町でみかけたことがあるのを思いだした。
 となりのおばさんがうつむいたむす子さんをのせながら、「この子、20年くらい外でてなくって」と、なぜかすごくスッキリした顔で言ってたっけ。
 わたしは、狂アニにはってあるポスターをまじまじと見つめました。ネットサーフィンくらいの知しきしかありませんが、女子高生4人ぐみが反ほげいかつ動に青春をささげるアニメで、この冬のげきじょうばんでは、グリーンピース本ぶへゲバぼうでカチコミをかけるのだそうです。
 ドカッ、ドカッ。
 首をまよこにかしげながら、なぜこんなアニメが大ヒットするのかしらと考えていると、うしろで大きな音がしました。
 ふりかえればスマートフォンをにぎりしめたダコバちゃんが、近くの水ぎんとうになんどもなんどもナガブチキックを入れています。キックのたび、水ぎんとうはでんげんの入ったバイブみたいに大きくゆれました。
「やめて、ダコバちゃん!」
 わたしがうしろからだきつくと、ダコバちゃんは花輪和一の漫画みたいに顔だけオッサンになっていました。
「4000人もいるくせに、雁首そろえてだんまりかよ! この、おしフォロワーどもめが! 俺がツイートしたら5秒以内に『オッ! SMD先生、ついに狂アニと仕事ですか! やっぱすげえなあ!』くらい気のきいたレスつけるのが礼儀だろ、フツー! 俺がツイートしたら5秒以内に『SMD先生と狂アニのコラボ、濡れちゃいます! 抱いて!』くらいのレスしながら自画撮りマンコの写メ送るだろ、フツー!」
 ダコバちゃんのはつ言はまったくふつうどころではありませんでしたが、たしかにツイートしたのにまったくはんのうがないときの、せかいにひとりぼっちのかんじはさい悪です。みんなにサービスしたくってたくさんツイートしたらフォロワーががくんとへったときのことを思いだして、わたしはなみだがジワッとでてきました。
「ダコバちゃん、もうじぶんをキズつけるのはやめて……フォロワーなんて、そう、コクゾウムシだと思えばいいのよ」
「ダイオウグソクムシ?」
「いえ、コクゾウムシ。フォロワーなんて、4000びきのコクゾウムシと思えばいいの。そしてダコバちゃんはお米。お米がないとコクゾウムシは生きていけないのよ!」
 わたしは、テキストを中しんとしたホームページをやっているだけあって、気のきいたなぐさめを言うなあと思われてると思って、言いながらすこしとくいになっていた。
 でもダコバちゃんは、耳がとおい人のようにすごい大きな声で、
「え、おめこ? おめこどこ?」
 とききかえしてきた。このテのおたくたちにはすっかりなれっこですよというかんじの近じょの人たちが、なかばほほえみながらこちらを見ていた。
 すっかりはずかしくなったわたしは、花輪和一の漫画みたいに顔だけオッサンになって、「なにがおめこだよ! クンニしろよ、オラァ!」とあらあらしくさけぶと、「あのね、みおたんのTシャツを着て上から自分の乳首をまさぐると、みおたんを犯している気がして興奮する」などと意味不明のうわごとをくりかえすオッサンをでん車にむりくりおしこみました。


「もしジャンプで連載もてたら、五重塔の上で妊婦と神父がバトルする漫画描くわー」
 こうふく寺のがらんをさつえいしながら、ダコバちゃんは上きげんでした。わたしは、わがままなこい人にふりまわされる気もちでそのようすをながめていた。
 日もくれようとするころ、わたしたちはなぜか奈良にいました。
 それにしてもダコバちゃん、なんで奈良にやどをとったんだろう。もしかするとトウキョウの人にとっては京都と奈良と五島れっ島のあいだに、大きなちがいなんてないのかもしれません。
 でも、せっかく奈良まで足をのばしたんだし、あしゅらぞうが見たかったわたしはダコバちゃんをこうふく寺へつれていくことにしたのです。でも、それが大きなまちがいだったみたい。
 国ほうかんに入るやいなや、みるみるダコバちゃんの表じょうはくもっていき、花輪和一の漫画みたいなオッサンの顔になった。
「なんだよ、このギャラリーフェイク、エロ要素ねーなー」
 などとつぶやきながら、パイプいすにすわっているショウワみたいな顔だちをした黒メガネの学げいいんに「あれ、あなた知念さん? 国宝Gメンの?」などとなれなれしく話しかけはじめた。
 わたしはなんとかダコバちゃんの気をそらそうとして、
「ねえ、これ地ぞうぼさつよ! ダコバちゃんの大すきなまどか(円広志?)にも出てたんでしょ?」
 言いおわるか言いおわらないかのうちに、ダコバちゃんの顔はみるみる特攻の拓に出てくる不良みたいにけわしくなっていった。りゆうはわかりませんが、どうもふれてはいけない話だいみたいでした。
 わたしはすっかりうろたえて、「あの、お花をつんでくるね!」と言いのこしてそのばをはなれました。
 お手あらいからもどってくると、大あばれしてるかと思っていたダコバちゃんは、ねっ心にみろくにょらいざぞうを見あげていた。わたしはすこしホッとして、mmgfbg.jpg
「ミロクさま、ステキなお顔をしてるわよね。ダコバちゃん、気に入ったの? 絵ハガキかう?」
 そのときわたしは、ダコバちゃんの右手が、ハンターハンターでネテロ会長が百式観音・零をはなつときみたいに、親ゆびと人さしゆびがわっかをかたちづくり、中ゆびが立ったじょうたいになっているのに気づきました。
 口をふさぐいとまもあらばこそ、ダコバちゃんは、
「コイツの左手、なんか手マンみてえ」
 とすごい大きな声で言いました。わたしはそくざにもっと大きな声でさけびました。
「そうね、みごとなけまん(華鬘)よね! さあ、もう5時よ! へいかんする時間だわ!」
 うしろからヘッドロックぎみに、わたしはダコバちゃんを出口のほうへひきずっていった。
 あしゅらぞうのまえをとおるとき、「ヘソの下の肉、すげえエロい」などとうわごとを言いかけたので人中へ1本けんをいれると、ダコバちゃんはえのもとの死体みたくはいいろになった。
 けいびいん2人が大またでこっちにあるいてきてたけど、へいかんの追いだしのためかどうかはわかりませんでした。
 できるだけこうふく寺からとおいところにと、ならまちの外れにあるお店のこしつまでつれこんだところで、ダコバちゃんはキン肉マンのジェロニモが心ぞうマッサージをするみたいにしてそ生した。
 きっとわたしの強いんさが不まんだったのでしょう、ダコバちゃんはしばらくのあいだひと言も口をきかずにくちびるをとがらせていた。
 でも、ビールがピッチャーではこばれてくるとたちまち上きげんになって、
「じゃあ、ふたりの出あいにかんぱーい!」
 なんて、かんぱいの音どをとってくれました。でも、いっ気にのみほしたあと、つくえにジョッキをたたきつけるようにおくと、編集王でマンボ好塚がホテルに編集者を集めて土下座してからビールを飲んだときの表情で「…旨え。」と言ったので、わたしはゾッとして目をそらしました。
 たくさんあせをかいたせいか、ほどなくしてわたしにもよいがまわってきました。
「ねえ、ダコバちゃんはどこまでけいけん、あるのかな?」
 ダイタンなしつもんをしてしまったのは、たしかにアルコールが言わせたせいもあるけれど、1日いっしょにあるきまわったのに、まだダコバちゃんのことをなにもしらないような気がして、さみしかったからでした。
 ダコバちゃんは首をかしげ、トロンとした目でわたしをみつめかえしてきた。
「わ、わたし? わたしは、び、ビーまでかな」
 なんでわたし、はじめて会った子にこんなこと言ってるんだろう。じぶんでも、顔がまっかになるのがわかりました。
 じつは1どだけ、ダコバちゃんが描いているマンガを見たことがあった。とってもエッチな内ようだった。あんなマンガを描くぐらいだから、ダコバちゃん、きっと――
「んあ? 敬虔? ああ、なんだ、経験か。おかしなこと聞くのね。ディーよ、ディー」
「ででで、ディぃー?」
 わたしは思いがけないこたえにすっかりうろたえてしまった。(もちろんAがキスで……)(……はじめての……チュウ)(君とチュウ)(Bは当然、アレ……)(ペッティング!)(Cって、もちろん)(セ……セックス……!!)(やってやるッ!)(でも、D……?)(頭文字……イニシャル……?)(え、セックスの次って……なに?)(快ッ感ッ)(ドライオーガズム的な?)(……ッッッ!?)わたしのあたまのなかは板垣恵介の格闘漫画で1秒が何分にも感じられる演出がかけめぐりました。
 ダコバちゃんはすっかりかたまってしまったわたしをあきれたようにながめて、
「あんたさあ、あんなホームページやってるくせに、ディーも知らないの? 堕胎に決まってんじゃん、ダタイ」
 ダコバちゃんは、ダタイにぼう点がついてるみたいにはつ音しました。(ダ…タイ……)(ダタイズム?)(ダタイオサム……的な……?)あたまのなかにかけめぐるわたしの板垣恵介的おどろきをしり目に、なにかスイッチが入ったのか、ダコバちゃんは花輪和一のマンガみたいに顔だけオッサンになると、いっきにまくしたてた。
「なあ、おまえ、いったい俺が何のためにエロ漫画描いてると思ってんだよ。いい女とファックするために決まってんだろ。あんたがしかつめらしくホームページ更新するのだって、そんなご高尚なもんじゃねえ、いい女とファックするためだろ、え? あれだけの奉仕をしてんだから、ファックぐらいの見返りがあって当然じゃねえか。てめえの指で濡らしてからまたがって、アニメ見てる俺がイクまで腰ふって、身ごもったらソッコー、セルフ堕胎パンチであとくされなく身をひくだろ。おまえさあ、いま笑って聞いてるけど、それぐらいやってもらって当然の社会奉仕をしてんだよ、俺たちは。くそ、メスどもが! 身ごもったらソッコー堕胎パンチやろが! 女ぐらいにできることで、俺たちのサービスに匹敵するのは、セルフ堕胎サービス以外ないやろが!」
 オッサンの顔をしたダコバちゃんは大きな声でダタイパンチ、ダタイパンチとさけびながら、ボディーブローでだれかのおなかをなぐるマネをしました。
 でも、なかいさんがしょうじをスッとあけたしゅん間、ダコバちゃんは元のような女の子の顔にもどった。
「さて、じゃあ酔っぱらっちゃわないうちに例のうちあわせしとこっか」
 そう、すっかりわすれかけてたけど、今回ダコバちゃんがわざわざカンサイまで来てくれたのは、じゃっじゃじゃーん、アリアケのコミケトーにふたりで同人しを出すうちあわせのためだったのだー! えへへ、おどろいた?
 わたしはすまし顔で、ゆっくりとビジネス手ちょうをとりだすと、とがらせてきたエンピツの先をペロッとなめた。でも、心のなかは、はじめての「うちあわせ」にすっごくドキドキしてた。
 ダコバちゃんはいきおいよくぐーんとりょう手をひろげて、
「あんたはバーンと300ページくらい書いて。わたしはドーンと5枚くらい? いや、3枚くらいはイラスト描いたげるから。仲居さん、いちばん高い白ワイン持ってきて! ボトルで!」
 うちあわせは8びょうくらいでおわった。わたしの口のなかに、にがいあじがひろがった。さっきなめたエンピツの黒えんがりゆうではないみたいだった。
 これがうちあわせ? わたしが期たいしてたのと、なんかちがう……。でも、なにも知らないウブな女と思われるのはイヤだった。
「わかったわ、バーンね」
 わたしはまっ白な見ひらきのページに“バーン”と大きく書くと、みけいけんの女の子がはじめてのエッチのあと、それを男の子にさとられたくなくてすぐパンツをひきあげるみたいに、サッとビジネス手ちょうをカバンへしまった。
「あなたのしじってわかりやすくて、すごくてきかくなのね。びっくりしちゃった」
 わたしは、みけいけんの女の子がはじめてのエッチのあと、それをさとられたくなくてむかしのエッチとくらべて男の子のテクニックをほめるみたいな言いかたをした。
 ダコバちゃんはとたん、小鼻をふくらませて、
「でしょ。あんたが賢い子でよかったわ。シロウトはすぐ勘違いするんだけど、多すぎる言葉って、逆にインスピレーションを阻害するのよね」
 高きゅうな白ワインなのに、かけた茶わんにどぶろくをそそぐときみたいにそそぐと、いっ気にあおった。
「くっはー、タダ酒の味はたまんねえぜ!」
 ダコバちゃんは花輪和一の漫画みたく、顔だけいっしゅん、ひどいオッサンになった。そしてつづけざま、サイフからとりだした紙まきに火をつける。
「ダコバちゃん、たばこやめたんじゃなかったの?」
 わたしはみけいけんの女の子が1かいのエッチでにょうぼうヅラをするときみたいに聞こえないようちゅういしながら、ダコバちゃんをたしなめました。
「ん、煙草? ああ、やめたわよ。タバコはね」
 タバコにぼう点がついているみたいにはつ音すると、ダコバちゃんはわたしの顔へふーっとけむりをふきかけた。
 もう、やめてよ。わたし、たばこきらいなの。せきこみながらこうぎしようとすると、ダコバちゃんのかばんからスーパーのふくろに入った草がのぞいているのが見えた。
 とつぜん、ダコバちゃんのうしろのしょうじがスーッとひらいて、なかいのかっこうをしたピンクのゾウが入ってきた。そして、2ほん足で立ちあがると、「ぱおーんぱおーん! 黎明、黎明、との、殿、れーめーにござる! 電柱ですぞ! どどどどかーん!」みたいなことを富山敬の声でさけびました。
 とたん、目のまえがぐるぐるしはじめ、ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンドのアニメみたいないろのこう水がやってきて、わたしは気をうしなった。
 気がつくと、わたしは全しんずぶぬれでアスファルトにねていました。くすぐったさに体をよじると、ダコバちゃんがわたしのむねに手をつっこんでいます。
「あ……やめて、こんなところで……」
 わたしはかろうじてていこうをしめしましたが、じつはすこしきもちよくて、きもちいいのにどうしてかジワッとなみだがでてきました。
「はは、アオカン願望でもあんの? さすがテキストサイトの管理人、自意識だけは売るほど持ってんのね。でも、あんたは私を選んだつもりでいるけど、私にも選ぶ権利はあるのよ。そこ、忘れないでね」
 ダコバちゃんの手には、いつのまにかわたしのサイフがにぎられていました。数まいの万さつをぬきとりながら、
「これは御車代といったところね。あなたもいい勉強になったでしょ。ネットだけの関係で、誰かを頼んじゃいけないってね」
 言いながら、ダコバちゃんは力がぬけて立ちあがれないわたしのおでこに、すごくやさしいキスをした。そして、かたごしにかがやくネオンサインを見あげて、
「まあ、御車代というより、こりゃ御花代に消えそうやな! まいったわ、またカカアにしかられてまうがな! おとうちゃん、後生やさかい、おめこはウチでだけにしてや、ってな!」
 花輪和一のマンガみたく顔だけオッサンになったダコバちゃんは、声をあげて笑った。ネオンサインには“トップレディー”と書いてあり、トゥハート2のキャラが無だんで転さいされていた。体はつめたいのに、なみだだけがあつかった。


 さて、わたしの話はこれでおしまい。え、それからおこったことをもっとくわしく知りたいって? ううん、ごめんなさい、お話したいのはやまやまなんだけど、お医者さまからとめられているの。なんておっしゃったかしら、ぴーてぃーえすでぃー? そういうのがいつまでもなおらないからって。のら犬にでもかまれたと思って、わすれなさいって。 
 え、イラスト? うん、イラスト。えへ、うふふ、あはは、アハハハハハ。らんらんらららんらんらーん、らんらんらららーん、らんらんらんらららんらんらーん、らららららんらんらーん。







MMGF!~見て、みごとなガテン系のファックよ!~(在庫駄駄余解消祈念C80漫遊記・前編)

 これはnWo社所属の日系アメリカ人、パイソン・ゲイによる英文レポートをカンボジア人スタッフの協力で日本語へ翻訳したものです。日英のパラフレーズが困難な単語をカタカナで表記したり、一部文意の不明瞭な箇所があることをあらかじめご了承下さい。なお、このレポートに記載された内容に関するご質問・ご要望・ご批判は、弊社広報室宛のメールでのみ受付けております。なお、英語以外の言語には対応できかねますので、あらかじめご了承下さい。


 十年来のペンパルであるリカが原因不明のディズィーズに倒れ、ステイツのnWo本社から奈良ブランチ所属のミーにアージェントリィ、至急トキオのコミケトー・エイティに向かえというオーダーNo.66が下りマシタ(当社のプレジデントはシスの暗黒卿そっくりのいけすかない野郎デス)! オーッ、ネオ・トキオ! ミラクルという名のパラダイス! スリー・ツー・ワン・ゴー!
 ミーはスーツケースに白青のバーティカル・ストライプのトランクスを押しこみながら(なぜって、ジャパンのギークスの間では、白青のホライゾンタル・ストライプのパンティが大人気と聞きましたカラ!)、胸の高鳴りをプット・アップ・ウィズできなくなっていマシタ! オーッ、サード・トキオ! セカンド・トキオ・ユニバーシティを擁する、エンジェルたちの誘蛾灯! オダワラ防衛線、突破されマシタ! オールモスト寝つけないまま、ミーはバレット・トレイン上のパーソンになったのデシタ!
 トキオ・ステーションから意気揚々とキャブに乗り込み、行き先をトキオ・ビッグ・サイトと告げると、初老のドライバーのフェイスが侮蔑的にディストートするのがわかりマシタ! プアーなジャパニーズのフェイシャル・エクスプレシオン(ミーのマザーはフランス系移民なのデース!)とは思えぬほどのディストーションだったので、ミーはひどくサプライズしまマシタ! ジャパンにおけるギークスへのヘイトは、ステイツにおけるジューズ、ユダ公どもへのヘイトとセイム・クオリティであることをペインフルに実感させられたのデス!
 トゥエニィ・ミニッツ・レイター、ニードルのむしろを思わせるキャブ内のアトモスフィアーからリリースされた先に、シュガーのランプに群がるアンツの如くくろぐろと、ギークスどもがビッグ・サイトを取り巻くのが見えマシタ! まさにシュガーの粒をネストに持ち帰るワーカー・アンツみたいデース! 会場から出てくるギークスはノー・エクセプション、例外なくモエ・ガールの描かれたブックをホールドしていマス! ストリクトリー・スピーキング、厳密にはブックというよりマガズィーン、ガールというよりはベイビーのようデシタ! モエ・ガールたちの表情はいずれもステイツならノー・ダウト、間違いなく寿命をはるかに超えたセンテンス、刑期を食らいこむだろうペドフィリア感をかもしだしていマス! 加えてギークスどものフェイスに張りついた表情は、いずれもステイツならジュリーズ、陪審員たちが数百年の懲役を求刑することにわずかのヘジテイトも感じないだろうクライム感をかもしだしていマシタ!
 オオーッ、あれこそがワールドワイドにノトーリアスな土人誌なのデスネ! ミーを包むディープ・エモーションは、ジャングルの奥地で幻のバタフライを発見したときの昆虫学者のイットに似ていたと思いマス! オップス、本社へのレポートは正確を期さなければなりまセン! 土人というのは、ファースト・ネイションを表すジャパニーズの単語なのデース! ジャパンはポリティシャン(ミーがステイしていたときは、The Demonic Party of Japanとかいうロックンロールな名前のパーティが与党デシタ!)も広言するように、モノ・エシック・グループから成る国家なのデス! 土人誌というネーミングはジャパニーズのプライド・アンド・プレジュディズが混ざりあった複雑なセルフ・コンシャスネス、自意識を体現しているのデショウ!
 ゼアフォー、ゆえにミーのようなフォリナーのメイドした土人誌は、ジャパニーズのデフィニション、定義では土人誌とは呼べないのデス! イン・ショート、つまりコミケトーではフランスワインなみの厳しいクオリフィケーション・ジェスティヨン(ワタシのマザーはフランス系移民デース! ラブ・マミー!)、品質管理が行われているというわけなのデス! ステイツならばレイシズムと呼ばれかねない偏狭さ(辺境さ?lol)デスが、マザーがフランス系移民のミーはそのナローさがカルチャーの正体であることを知っていマース! (ファック、マクダーナルズ!)
 バット、コントラディクティング、矛盾したことにジャパニーズにおけるコミケトーのサウンドは「混み毛唐」と同じなのデス! ザットイズ、すなわち「外人たちで混みあっている」の意味をもインプライしていることになりマス! 民俗学のオーソリティー、クヒオ・ヤナギダ大佐が存命であれば、さぞやこの難問に頭を悩ませたことデショウ! ミーの推測はこうデス! ジャパニーズとネイティブ・アメリカンは同じアンセスター、先祖を持っているという仮説デス! オーッ、汝「混みあう毛唐ども」よ! ネーミングのセンスが似ているのもうなずけマース!
 ギークスのウェイブに流されるままトキオ・ビッグ・サイトに入ると、すさまじいヒートとスメルにノージア、ミーは軽い吐き気とめまいを覚え、思わずシルク製のハンカチーフで口元をカバーしマシタ! すさまじいヒューマン・ガベッジに、もはや進むことも戻ることもままなりマセン! このままではファイナル・デスティネーションにたどりつく前にファイナル・デスティネーションにたどりついてしまいそうデス(訳者注:「最終目的地」と人生の終着である「死」をかけていると思われるが、同名の映画に言及している可能性も否定できない)!
 バット、ドント・ウォリー、ノー・プロブレム! リカのビジネス・パートナー、ダコバのエージェント、代理人サメン・アッジーフのセルフォン・ナンバーをあずかってきているからデス! ミーのヴィジットの目的は、リカとダコバの土人誌、MMGF!(Modified Mason Gain Formula? 奇ッ怪極まるタイトルデース!)の販促アクティビティなのデシタ! コミケトーにおける裏技、セラーがバイヤーに優先してバックドアーから入場できるシステムを今こそメイク・ユース・オブ、利用するのデース!
 ハウエバー、なかなか電話はつながりマセン! ジャパンはセルフォン・デベロップト・カントリーなので、奈良のようなカントリー・サイドのマウンテン・トップでも電話はつながりマス! トキオのようなアーバン・シティで電話がつながらない、こいつはミステリー、エクストリーム不可思議デス!
 何度ものトライと長い長いコーリングの後、ファイナリー、ついに不機嫌そうなボイスのガイが電話に出マシタ! オーッ、ユー・マスト・ビー・サメンサーン! ハワユー!
 「忙シイカラ要件ヲ手短カニ言エ!」
 ドスのきいたボイスは、なぜかミーにハイスクールでのヒエラルキーを思い出させマシタ! ハイッ、手短に言わせていただきマース! リード・ミー・トゥ・バックドアー・プリーズ!
 「ハア? テメエドコノ王様ダヨ? 売リ子モシタコトガネエトーシロニ貴重ナサクティケヲ渡セルワケネーダロ! 正面カラダラダラ歩イテ来ヤガレ!」
 サドンリー、突然電話は切れてしまいマシタ! きっとビッグ・サイトに固有の電波シチュエーションが原因にちがいありまセーン! それにしても、サクティケとは何なのデショウカ? サクリファイス・ティッツ? ユーギオー的な? 俺はこのたわわな双乳を生贄に捧げて、胸の貧しいアーク・ペドフィリアを召喚するゼ?
 そもそもイングリッシュ・ワードではなく、ライスを畑に植える作業、ソー・コールド「作付け」のことにリファーしていた可能性さえ否定できマセン! フロム・エンシェント・タイムス、古来よりジャパンではライスのアマウントが非常にインポータントなミーニングを持ち続けマシタ! コミケトーのバックドアーを使うには、イーチ・ファミリーのガーデンで栽培しているライスを持ってくる必要があったのかもしれまセーン! オーッ、日本の常識世界の非常識! 働かざるもの食う寝る遊ぶ! さすがはワールドに冠たるニート大国デース! ミーは文化の違いにソー・インプレスト、強い感銘を受けつつも、今回のミッションが想像以上に困難なものになることを感じていマシタ(弊社のプレジデントはシディアス卿そっくりのいけすかない野郎デス! アンリミテッド・パワー!)!
 ほどなくして、ギークスのウェイブはミーを建物のインサイドへと運んでいきマシタ! ビッグ・サイトの中は、イグザクトリー、ステイツのスラム街を思わせるアウト・ローぶりデス! 壁際でシットダウン(sit down)しているものもいれば、壁際でシットダウン(shit down)しているものもいマス! コミケトーへ参加するために仕事をジャックイン(jack in)したことを公然と自慢するものもいれば、土人誌を片手に公然とジャックオフ(jack off)するものもいマス! 各ブースに掲げられたポスターはクリスタニティをビリーブ・インしているなら、ビッグ・サイトごとヘルファイアに焼き尽くされることを望むほど冒涜的な図画で彩られていマス!
 その、サタニズム的な祝祭を体現する見かけとは裏腹に、ギークスたちはキューを乱さずに整然とならんでいるのデス! パスポートを持たないステイツのファンダメンタリストがこの会場を見たならば、あらゆるホーリーとアンホーリーが混在するありさまに、地上へヨハネのアポカリプスがアピアーしたと感じるかもしれマセン!
 ハウエバー、フランス系移民の息子であるミーにとってこの程度のエンタルテテ・クンスト(祖父はドイツ系移民デス! ラブ・グランパ!)、退廃芸術はパリの路地裏でエッフェル・タワーの先端を見ながらアルジェリアンにアヌスを突き出して言うファック・シルブプレ、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものデース! ミーはギークスどもを持ち前の体格でオーバーフェルムしながら、サメン・アッジーフのブースを目指しマシタ!
 バット、なかなか目的のブースを見つけることができマセン! シック・イン・ベッド、病床のリカが手を握るミーへ息も絶え絶えに、「これ……ダコバちゃんの……おっきなポスターにして……はってくれるって、そう、約そくしてくれたの……」と言いながらあずけてくれたイラストを元にブースを探すのデスガ、いっこうに見当たりマセン! ダコバのサークルはウォール・サークル(ウォール・マート? ウォール・ストリート? 意味不明デース!)なのでアット・ワンス、すぐに見つかると聞いていたのデスガ……
 イヤ、見つかりマシタ! 会場のウォール沿いへセグリゲートされたエリアに、リカからもらったイラストを発見したのデス! どうりで見つけにくかったはずデス! なぜなら――
 二枚の大判のポスターの下に、ひと回り以上小さなサイズで掲示されていたからだ。加えてテーブルの奥、山積みになった在庫の裏側へすっぽりと隠れてしまっており、よほど近くから注意深く見なければ気づかないだろう。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。地元のだんじり会を軽蔑し、地域の夏祭りを嫌悪する私も、コミケという場でならば祭りの一員になれるかもしれないと信じていた。しかし、待ち望んだ祭りの只中にあって私の胸を満たしているのは、一種の諦念と虚無感である。結局、私はこの人生において「いま」「この場所」に実在することを忌避し続けてきただけのことだったのか――
 オオップス! あぶなかったデース! あやうくオサム・ダザイ的なノー・イグジット、出口の無いデプレッションに引きこまれるところデシタ! 気を取り直していつものようにチアフルにいきマース! ハーイ、ディス・イズ・パイソン・ゲイ! ホエア・イズ・サメンサン?C80-1.jpg
 呼びかけに応じて、ウォールを背にしたテーブルの向こうから、ミドル・イースト風の容貌をした男が不機嫌そうにミーをギロリとゲイズしマシタ! その瞬間、ミーの背筋にはハイスクールでの理由なきヒエラルキーの感じと同じ種類の悪寒が走ったことを認めなくてはなりマセン! 口髭にターバン、イエローのアロハという正気をダウトするいでたちのこの男が、リカの言っていたサメン・アッジーフなのデス!
 サメンはショルダーズをアングリーさせて隣のブースを占拠するロトン・ガールズ、腐女子ども(これは注釈が必要デショウ! ステイツのゾンビムービーのように身体が腐っているわけではありマセン! 腐っているのはその性根の部分でアリ、精神そのものなのデス! 魯鈍ガールズ、デース!)を押しのけて出てくると、ミーに向けて両手をあわせマシタ! アンドゼン、「あら、アクバル?」みたいなことを言ったのデス!
 オーッ! ソレ、知ってマス、知っていマース! ミーはたちまちマイセルフがフルフェイスの笑顔になるのがわかりマシタ! ソウ、これはファースト・ガンダムからの引用に間違いありマセン! ミーはギークスとして試され、合格したのデース! ハートのボトムからハッピーな気持ちになったミーは、サメンのショルダーをバンバンどやしながら「アックバル兄サーン! アックバル兄サーン!」と連呼しマシタ! すると、サメンのフェイスはなぜかたちまち険しさをインクリースし、ミーはハイスクールでの理由なきヒエラルキーの感じをアゲイン、思い出しマシタ!
 サメンは再びロトン・ガールズをかきわけテーブルの裏側へと戻っていきマス! ミーは両手でアス・ホールをカバーしながら、サメンとミーを見てウケとかセメとか(ハレとかケのような民俗学用語に違いありマセン!)ひそひそ話をする魯鈍ガールズと視線を合わさないようにしてブースに入りマシタ!
 インサイドから見るとスーサイダルな狭さで、在庫のバレーに二人の売り子がひしめいていマス! 一人はエクストリーム猫背のヤングマンで、リアルをゲイズする時間よりもスマートフォンの画面をゲイズする時間の方が明らかに上回っていマシタ! 聞けば、このヤングマンもサメンのブースを間借りして土人誌を販売しているとのことデス! オーッ、フェローシップ・オブ・ザ・コミケトー! ホワッツ・ユア・ネイム?
 ミーの問いかけに、ヤングマンはコリア製のペドフィリアだかセクスフォビアだかいうスマートフォンから一秒も目を離さないまま、リプライしマシタ! そのボイスにはミュートとブラーがかかっており、ジャパン在住歴三十余年のミーにとって久しぶりにリスニング力を試される良いオポチュニティーとなったのデス! ヤングマンの名前はオットマン・ゲイリー、栄枯盛衰みたいな名前のマガズィーンに、ソワカ反吐みたいなタイトルのカートゥーンを連載しているとのことデス! ジャパンのコミック・アーティストの多さはルーモア、噂には聞いていマシタが、すでにこのシット狭いブースだけで漫画家占有率は50%を越えていマス! オーッ、まさに「狂うジャパン(ギーク・カルチャーを推進するガバメントの標語)」デスネ!
 そしてもう一人はシャドーの薄いカレッジ・ステューデントで、ティピカル・ジャパニーズがオーフンするところのネックをチルトさせるだけのインギン・ブレイなおじぎでレスポンドしてくれマシタ! 苦虫をイートしたような顔でサメンが言うには、このカレッジ・ステューデントがリカとダコバの土人誌をエディット、編集したとのことデス! オーッ、アナタが――
 漫画と小説の余白設定を勘違いし、文字密度の高い、極めて読みにくい紙面を作り上げた張本人なのか。生涯に一度とまで思い詰め、本業に影響を生じるほど睡眠時間を削った校正の一部を反映させないまま製本に出した張本人なのか。売れるほどに赤が膨らむ、採算度外視の同人誌を、家人に使途を明かせぬまま土下座して捻出した虎の子の金子による同人誌を、不満の残る形で世に出さざるを得ない状況を作った張本人なのか。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。一瞬、板垣恵介の格闘漫画の如く顔面の中央が陥没するほど右拳をねじこんでやりたい衝動にかられたが、そうしなかったのは単純に怒りを諦念が上回っただけのこと。私の人生に馴染み深い、消極的な惰性による問題の回避だった。
 オオオップス! ステイツ・オブ・デプレッション・アゲイン! いまのは本当に危なかったデース! 気を取り直していつも通りチアフルにいきマショウ! ミーはエクストリーム愛想よくシャイシャイとハンドクラップしながら、「ヘイ、ボーイズ! ミーが来たからにはもうダイジョブヨー! 売って、売って、売りまくるネー!」とシャウトしマシタ! ハウエバー、返ってきたのはジャージャー・ビンクスを見るときの古参スターウォーズマニアと同じ中身の視線デシタ! ミーはたちまちマイセルフのフェイスがシリアスになるのを感じマシタ!
 オーッ、アウェイ! すさまじいアウェイ感デース! ミーはヘルプを求めてサメンを見マシタが、「オイ、ボサット突ッ立ッテンジャネエヨ。狭イブースニデクノボーヲ入レテオクスペースハネエンダ」とアンチ・ソーシャルなピクチャーの土人誌が山積みされているテーブルへとミーを激しくプッシュしたのデス!
 確かに、ミーに売り子の経験はありまセン! ハウエバー、ミーはガイシ(骸死)系企業にふきあれたリストラクチャリング・ストームを生来のチアフルネスのみで切り抜けたほどのガイなのデス! 売り子? プロバブリー、売女の親戚みたいなものに違いありまセン! ミーは肩幅に足を開くと、アスホールをワイドに構えマシタ! サア、ムカイ、どこからでもかかってきなサーイ! ミーの耳元では「帝王V!」の連呼が実際に聞こえるようデシタ!
 バット、マイセルフのチークにキアイの平手を打ちつけながら顔を上げると、そこには生気の欠落した目をしたリビングデッドの群れが、内臓疾患を疑わせる土気色をした無表情で棒立ちにスタンドしていたのデス! そして、ケイオスそのものの見かけといでたちをしたギークスが、整然とした二列のキューでコスモスそのものを体現するかのように並んでいるのデス! サド性向を持つデブ専ホモのネクロフィリアならば、あるいは両手をクラップして大喜びするかもしれない光景デス! ハウエバー、いずれの性癖にも該当しないミーはそのとき、ベジタリアンが人食い族の村をヴィジットしたとき感じるだろうディープでマッシブなカルチャー・ギャップに、マイセルフのアスホールがきゅっとシュリンクするのを感じていたのデシタ……!!


To be continued...







MMGF!~見て、みごとなガテン系のファックよ!~(在庫駄駄余解消祈念C80漫遊記・中編)

前回までのあらすじ:亀頭と包皮を結ぶ紐状の生体組織で、別名を陰茎小帯と言う。ボブは敏感なその部分を嫌がるマギーの口元へあてがった。「ウッ、むグッ」、キッと一文字に結ばれたピンクの唇をボブのうらすじが強引に割って――


 ミーがアスホールのイグジット(ロトン・ガールズにとってはエントランスでショウカ?lol)を引き締めると同時に、テーブル越しに立つ土気色をしたリビングデッドが、「なかいいですか?」と発話したのデス! ミーは一瞬、ソー・コンフューズド、何を尋ねられているのかわからず、ひどく混乱してしまいマシタ! 言語には文化的なギャップによって、シンプルなワードがまったく別の意味を持ってしまうケースがありマス! フォー・イグザンポー、例えばエクストリーム一般的な「持つ」という他動詞さえ、ジャパニーズとイングリッシュの間には違いがあるのデス! オブジェクトをラック、目的語を欠落させて自動詞的に用いた場合がソレに当たりマス! ジャパニーズで「持ってる」と表現すれば、それは運か才能を持っていることを意味しマス! オン・ジ・アザー・ハンド、一方イングリッシュで「ドゥー・ユー・ハブ?」と表現すれば、それはレリジャス、信仰の有無を訊いているのデス! 異国の地の、さらにコミケトーという異境では「なかいいですか?」という単純な問いかけにイエスと答えることが、実は肛門性愛へのアグリーメント、合意を表してしまう場合さえテイク・イントゥ・コンシダレーション、考慮に入れなくてはなりマセン! ミーのチークに緊張のあまり一筋のスウェット、汗が伝い落ちマス! 小売業のセラーがバイヤーにここまで追い詰められるなんて、ステイツでは考えられない事態デス!
 「カスタマー・イズ・ゴッド」が持つ真の意味をミーがペインフルに体感していると、隣にスタンドしていたサメンが「ア、ドゾドゾー、遠慮ナク見テッテ下サーイ」と陽気に返答しマシタ! そのアブノーマルなまでのインギンさは先ほどまでミーにスクール・カーストの存在をリマインド・オブさせていたのと同一人物とは思われないほどデス! ギークス風にエクスプレスするなら、「コイツら、自在にインギン力を変化させやがる」デス!
 サメンの言葉に応じて、眼前の土気色リビングデッドはゾンビらしからぬクイックネスで土人誌のパイルから一冊を取り上げると、しばしパラパラとコンテンツを確認しマシタ! アンドゼン、「ありがとうございました」 の言葉とともに、元のパイル上へ無造作に土人誌をスロー・バック、投げ戻したのデス!
 エクストリームリー・ショックト、ミーはデルビッシュ有、この悪魔的な慣習にひどく衝撃を受けマシタ! ミーは土人誌のオーサー、作者がファンへダイレクトに販売を行うという手弁当感がコミケトーの魅力だと考えていたのデスガ、いまミーの眼前で生じたフェノメノン、現象にはミーが想像していたようなハートフルさは少しも含まれていませんデシタ! 作り手のすぐ目の前で作品を品定めした後、その購入を好きにリジェクトできるというシステムは、ミーが奈良のカントリー・サイドで日々エクスペリエンスしているジャパニーズのバーチュ、美徳とはほど遠いものデス! フォー・インスタンス、例えるならばストリートにスタンディングする売女に、「膣内(なか)いいですか?」とアスクした後、背後で休憩中のオットマンがコリアのセクスペリアへしきりとするフィンガー・ジェスチャーで公衆の面前にその膣口をクパチーノしてからやはり買春しないことを大声で宣言するような、人倫を外れた背徳の仕組みデス!
 「他人のために最も怒れ」――ミーのファーザーは家訓としてそう言い続けてきマシタ! このときミーは、土人作家に与えられる侮辱に対して行き場の無い怒りを感じていたのデス! ところが義憤にかられるミーの隣でサメンはヘラヘラと愛想をふりまいていマス! ミドル・イーストではこのくらいのことは屈辱でも何でもないのかもしれマセン! 絶え間なく噴出するオイルに比べれば、しぼり出す妄想の価値など何ほどでも無いと思っているのかもしれマセン! イフ・ユー・ゴー・イントゥ・ゴー・オベイ・ゴー、郷に入っては郷に従え、ミーはとっさにジャパニーズ特有のベイグネスに満ちたスマイルを浮かべマシタ! その瞬間、これまでの三十余年で見てきたジャパニーズの曖昧な微笑みの裏にはサポージング、もしかしすると活火山のような憤怒があったのではないかと思い至って戦慄を覚えたのデス!
 ミーのインサイドでうずまく葛藤をよそに、土人誌のパイルはその高さをデクリースさせてゆきマス! アット・ラスト、ついにリカの土人誌のラスト・イシュー、最後の一冊が売れマシタ! ワオーッ! ソールド・アウト、ソールド・アウトデース! ミーは病室で言を左右し続けたリカがファイナリー、「あの……わたしは10さつくらいって言ったんだけど……ダコバちゃんが……ぜったいだいじょうぶだからって……あの……500さつ……」と大粒の涙をポロポロと流して告白したのを思い出していマシタ!
 「リカ、ダイジョーブ! ぜんぶミーにまかせるネー! ガイシ(骸死)系の営業部長の肩書きはダテじゃないヨー!」
 ミーの空約束に泣き笑いでうなずいたリカの消え入りそうな表情! リカの墓前にようやくいい報告ができマース!
 「オイ、ボサット突立ッテネエデ、ホンヲ追加シネエカ! マダ何箱モアルンダ! 早ク積マネエト、客ガ逃ゲチマウゼ!」
 両手を突き上げてディライトネス、歓喜の中にいるミーの背中へ険しい声が飛びマシタ! サメンがカッターで切り裂いた大きな箱の中には、みっしりとリカの土人誌が詰め込まれていたのデス! ダヨネー! ミーの鼻段ボールが湿気を増し、一瞬のデプレッションがとばりのように心へ降りかけマシタガ、ミーは一流選手が強い自己暗示によって失敗をノーマルの状態としてとらえるメンタル・スイッチング技術を利用しマシタ! ダヨネー、ミーやリカみたいにネットでの声は大きいくせにリアルではチキンで何の知名度も無い連中の土人誌が、いきなり500冊も売れるワケないヨネー! 鼻段ボールは乾き、両のマナコは濡れ、ミーはたちまち平常心を取り戻していマシタ!
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 ソウソウ! ミーのコミケトー来訪は、本社へのジャパニーズ・カルチャーに関するレポートを兼ねていたのデス! 土人誌の販売はゲストとしての片手間に過ぎないのデシタ! ケアフリー、注意深く観察を重ねると土人誌がうず高く積まれたテーブルには大きなビニル袋が貼りつけられていマス! リビングデッドが支払った紙幣はゴミクズをダストビンへするときと同じ所作で次々に放り込まれていきマス! ステイツにいた頃ならその様子を見ても何も感じなかったデショウ! それはジャパン在住歴三十余年でなければ感じなかったようなかすかな違和感デシタ! サドンリー、突然ミーのインサイド・ブレイン、脳内にいる栗色の髪をした新聞記者の女性が寿司屋のカウンターでいきおいよく立ち上がり、「お金なのにもらって捨てる動作が汚らしいのよ!」とシャウトし、ミーの違和感はアイスメルティング、氷解しマシタ! こんなふうにマネーが扱われるのを見たのは釜ヶ崎のチンチロ賭場でコンビニ袋へ紙くずのように丸められた札が詰め込まれるのを見たとき以来デス!
 「勝負が終わるまでァ、こんなナァ鼻ッ紙でもネェのサ」
 ミーは勝ち頭の労務者が酒焼けした鼻を手のひらですすりながらボヤく場面をまざまざと思いだしていマシタ! ジャパンではアニメはシーズン毎に大量生産されマス! それは本当にサプライジングなクアンティティで生産され、この国ではアニメは湯水以下の価値でマーケットに供給され続けるのデス! ジャパニーズのブルーワーカーにとってアニメは日常の退屈をまぎらわすための、ハシシより安価で手軽なドラッグの一種なのデス! ジャパンの土人誌オーサーたちは無数のアニメからそのシーズンのヘゲモニー・アニメ(訳者註:ヘゲモニーとは覇権の意味だが、アニメを修飾する語としては不適切。誤字か?)がどれになるかをチョイスしマス! そのチョイス次第で土人誌の売上は一桁ほど変わってくるのデス! 土人誌オーサーたちにとって土人誌メイクは、釜ヶ崎の労務者と同じギャンブルなのかもしれマセン! だとすれば、売上の確定するコミケ三日目の終了時まではマネーを紙クズのように扱うのは至極当然と言えマース!
 サドンリー、ミーは土人誌のプライス設定が五百円刻みであることをファインドしマシタ! ジャパンは生活必需品にまでタックスを課すことで有名なエコノミック・アニマル・ガバメントを有していマス! フォリナーにとっては、コンビニでスモール・チェンジを要求されるのは実にイリテイティング、イライラさせられる体験デス! 土人誌のコンサンプション・タックスはどこで課されるのデショウカ?
 「ヘイ、サメン! 土人誌のタックスの仕組みはどうなっていマスカ? それともコミケはエアポートのようにデューティ・フリーなのデスカ?」
 ミーが持ち前のボトムレス、底抜けな素朴さで尋ねると、とたんにサメンは満面の笑顔を浮かべマシタ! 次の瞬間、眉間で火花がスパークし、ミーの意識はダークネスへとフォールしていったのデス! 
 テン・ミニッツ・レイター、鼻に血のにじんだティッシュを挿し込み、すべての疑問をオブリビオン、忘却の彼方へと消し去ったミーの元気な青タン姿がそこにありマシタ!
 疑問を封じるというのはブレイン・ウォッシュのファースト・ステップ、第一歩デス! ミーはいまや1984年のようなマナコで売り子ワークへ従事していマシタ!
 「ヘイ、テメエニ客ガ来テルゼ」
 苦虫を噛み潰したようなフェイスでサメンがミーに言いマス! まるで日雇い労働者にトイレ休憩さえやりたくない現場監督みたいデス! ロトン・ガールズの間へ身をねじこんでブースの外へ出ると、そこにはニット帽を目深にウェアした青年が思いつめた表情でスタンディングしていマシタ!
 「小鳥猊下ですよね! ぼくです、ポロリです!」
 フー・アー・ユー? バット、ザ・モーメント・ヒー・セッド、言うや否や、青年は抱きつかんばかりのディスタンスにまで間合いを詰めてきマシタ! ステイツやヨーロッパに在住する狩猟ピープルは他人と世界に対して深い猜疑心を抱いていマス! 初対面での過剰になれなれしいビヘイビアーはジャパニーズ特有で、それは基本的に他人と世界が自分に危害を加えないことを信頼する農耕ピープルのものデス! ミーはたちまち警戒心をマキシマム・レベルにインクリースさせマス!
 エスペシャリー、特にミーの出身であるステイツでは、パブリック・プレイスでニット帽をかぶったりマスクをしたりするのは、心に後ろ暗い部分を持っていることの表明、変質者の証デス! 公然とニット帽をかぶりマスクをするのは、ステイツではマイケル・ジャクソンくらいしかいマセン!
 「本当に感激です、猊下とお会いできて」
 クネクネと両腕をもみしぼりながら熱狂に目を潤ませるポロリの様子は、インギンな語り口とあいまって、ノンケでも喰っちまう、決してヘテロではない感じを濃く醸しだしていマス! バット、セクシャルなテンデンシーだけではない、メンタルに潜むディズィーズを、ミーはこの青年のうちに見出していマシタ!
 「オーッ、イグザクトリー、その通りヨー! ミーが小鳥猊下ネー!」
 ミーは内面に生じたさざなみをハイドするスマイルを浮かべて大げさに青年の問いかけを肯定しマシタ! トゥ・テル・ザ・トゥルース、小鳥猊下はミーとリカとのユニット名なのでいささかアキュレイシー、正確さをラックした返答デシタガ、この種のメンタルヘルス青年はいったん思い込んだ情報を外部からコレクトされると途端にアプセット、逆上するという傾向がありマス! ミーは適当にあいづちをうつことで穏便にこの場を切り抜けることにしマシタ! バット、メンタルポロリはミーにアクセプトされたと思ったのか、とたんに饒舌に語り始めマシタ!
 「猊下の文章すごい好きなんですけど、今回のMMGF!ですか、あれはぜんぜん感心しなかったな。なんか説明がくどくて、八十年代のラノベみたいで。もっともっと説明を減らさなくちゃ。物語なんだから」
 同心円状のクレイジーを記号化した目で一方的にまくしたてながら、メンタルポロリはじりじりとミーとの間合いを詰めてきマシタ! それぞれの民族は、適正な文化的距離というものを持っていマス! どこまで接近されると不安感や不快感をいだくかというのは、イーチ・カルチャー、文化ごとに異なっているのデス! ジェネラリー・スピーキング、一般的に言って北米出身のミーは日本出身のメンタルポロリより近い位置までのアプローチをアラウ、許容できるはずデス! ハウエバー、メンタルポロリのアプローチはミーを不安にさせるほど近かったのデス!
 不安感に耐えかねてミーがわずかに下がると、メンタルポロリはミーが下がった分だけ間合いを詰めてきマス! ミーは長大なコリダー、廊下をラテン民族に握手を求められた北欧民族が延々とリトリート、後退していくというあのジョークを思い出していマシタ! ファイナリー、気がつけばミーは壁ぎわへと追いつめられていマシタ! メンタルポロリはスティル、まだじりじりと間合いを詰めることをやめマセン!
 「あ、でもこないだのオフレポはすごい面白かったです。ジュブナイルやるなら、あの文体で書けばいいのに。なんでああいうふうに書かないんですか」
 内容のルードさを除けば穏やかな語り口デスガ、狂気と正気の間にあるのはア・シート・オブ・ペイパーだと言いマス! ミーのアスホールが恐怖にきゅっとシュリンクしマシタ! 北米出身のビッグなミーが、日本出身のスモールゲイ(訳者註:ガイの誤字か?)に追いつめられ、いまや貞操の危機さえ感じているのデス!
 「あの、小鳥猊下でいらっしゃいますか?」
 ミーの危機をレスキューしたのは、やはりインギンな口調の声かけデシタ! 中肉中背でグラッスィーズをウェアしたその男は、ティピカルなジャパニーズビジネスマンといった様子デス! カンパニーにエンプロイされているという事実は一定のサニティを保証しマス! ミーは不自然にならないよう注意しながらメンタルポロリをかわして、ビジネスマンにシェイクハンドの右手を差し出しマシタ!
 「オー、イエス! アイアムゲイカコトリ、ネー! ウェルカム・トゥ・マイブース!」
 ジャパン在住暦三十余年のミーはフルーエントなイングリッシュでリプライしながらネームカードを取り出しマス!
 「わ、わたくし、キムラと申します。えっと、あの、そ、そうだったんですか」
 アルファベットの並んだネームカードとミーの鼻段ボールへ交互に視線をやりながら、キムラはあきらかな挙動不審のステイトに陥っていきマシタ! 知ってマス、これ知ってマース! ジャパニーズに特有のフォリナー、外人に対するこのレスポンスは実は珍しいことではありマセン! ワールド・ウォー・トゥーで連合軍へノー・パーフェクト・スキン、完膚なきまでにたたきのめされてからこちら、ジャパンは深刻なフォリナー・フォビア、ガイジン恐怖症に罹患しているのデス! エンド・オブ・ウォーからモアザン半世紀、ノウ、時間が経過すればするほどオールモスト遺伝的な情報としてジャパニーズのインサイドにフォリナー・フォビアは書き込まれていっているようデス! そのモスト典型的な症状が、いまのキムラが見せている状態デス! ゴールデン・ヘアー・グリーン・アイのイングリッシュ・ユーザーであるミーに、理由もなくあからさまな気後れを表していマス! もはやこれは高所やコックローチへの恐怖にも似て、本能のレベルにまで昇華されていると言っても過言ではないデショウ! アンド、ジャパニーズのこのフォビアはジャパンに学歴も能力も低いフォリナーがライク・モス、蛾のように集まってくる理由にもなっていマス! なぜって、マザー・タン、母国語の読み書きができるだけで現人神のように崇められ、本国で従事する単純労働よりはるかにましなペイメントが期待できるカラデス! ジャパンは実のところ、不良ガイジンの格好のプール、溜まり場になっていマス! ジャパニーズだけがそれに気づいていマセン! オフ・コース、ミーはエグゼクティブなので違いますヨー!
 「ヘーイ、キムラ! ウェイク・アップ! ソレはジョーク名刺ネー!」
 フォリナー・フォビアに思考を奪われた状態になっているキムラの目の前でミーは親指と人差し指を数回スナップさせマシタ! イン・ファクト、キムラに渡したネームカードはジャパンの商習慣にあわせたカムフラージュ、記載された情報はすべてデタラメなものデス! ステイツ生まれでパリ育ちのミーは、コミケトーのような反社会的プレイスでマイセルフのプライベート・インフォメーションを開示するほどピース・ボケしてはいないのデス! 路上でチュニジアンに話しかけられてもインギンな返答をしながらも決して足は止めないといったような生得の警戒心、ワールドへのディープな猜疑心を処世のネセシティ、必須として持ちあわせているのデス!
 ハウエバー、ミーのような毛唐ピープルに特有のディフェンシブなスマイルも、ベーシカリー異質の存在しないジャパニーズ・カルチャーで生育してきたキムラにとって、緊張をメルトさせるに充分なものだったようデス! キムラはオールレディ、すでにリカの土人誌を購入しており、ミーは会話の糸口として感想を尋ねることにしマシタ! ミーはそれをすぐに後悔することになりマス! なぜなら――
 木村裕之は私の問いかけに対して、購入したばかりなのでまだ読んでいないと答えたからだ。今回の同人誌はネットで大部分を先行して公開し、その完結編を収録するという手順を経ている。初めての同人誌販売であるから、少しでも売上を伸ばしたいという苦肉の策だ。その旨を伝え、さらに木村裕之に問い詰めると、わざとらしくページを繰りながら「え」とか「あ」とか母音を繰り返すだけの状態になった。夏のコミケを目指して一月から更新を行なっていたから、木村裕之は少なくとも半年は私のホームページを閲覧していない計算になる。十年来のファンと称し、わざわざコミケのブースに足を運ぼうと思う人間でさえ、こうなのだ。最も熱心なファン層でさえ、この程度の執着なのだ。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。いつまで経っても商業に回収されない最古参のテキストサイト運営者が、完全な持ち出しで苦手分野に媚びた同人誌を作成したところで、彼が望む深さの受け手は世界中のどこにもいないのだ――
 オオオオオップス! ワーニング、ワーニング! 我、まさにフォール・イントゥ・デプレッションせんとス! コミケトーはフル・オブ・トラップ、罠がいっぱいデス!
 「ヘーイ、ポロリー、キムラハヒドイヤツネー! ナントカ言ッテヤッテヨー!」
 深刻なアンガーをジョークにまぎらわせようとして話をふると、ミーとキムラのチアフル・トークの横でメンタルポロリはそわそわと、あからさまに挙動不審のステイトに陥っていマシタ!
 「ヘーイ、ポロリサーン、ドウシタノ? 顔色悪イヨ?」
 ミーのジェントルな声かけにメンタルポロリはビクリと肩を震わせると、深夜の空き地でのレイプ未遂を通行人にファインドされたような顔をしマシタ! 「じ、じゃあ、ボクはこのへんで」と小声の早口で言い、さっきまでの執拗なインファイトぶりはどこへやら、アウトボクサーのステップで会場の人ごみへまぎれ去っていこうとしマス!
 ホワット・ア・カワード! これはジャパニーズに特有の神経症、タイジン・キョウフショウ・シンプトムの表れデショウカ! ミーは持ち前のヒロイック、英雄的な気質を前面にプッシュして、メンタルポロリを引き止めると、ふたりにセルフ・イントロデュースをうながしマシタ!
 「ヘイ、ポロリ、キムラ! キムラ、ポロリ!」
 ミーのジェネラスなスマイルにうながされて、ふたりはようやく鏡あわせのように後頭部へ手をやりながら互いに会釈をしマシタ! 人間関係こそが仕事にとって最大のキャピタル、資本であることをモットーとするミーはその様子にグラティフィケーション、強い満足感を得ていマシタ! バット、このときのディシィジョン、決断をミーは後になって死ぬほどにレグレット、後悔することになるのデス! なぜなら――
 後日、仲介者である私を抜きにして、この二人が急速に親交を深める様をツイッター上で発見することになるからだ。二人で飲みに行き、すっかり意気投合したらしい。おまけに、互いのビジネスにとって互いが有益な関係であることを確認したようだ。もちろんコミケ後、この二人から私への音信は全く途絶えていた。私はそのやりとりを半ば呆然と眺めながら、分厚いガラス越しにヒロインが悪漢にレイプされるのを見せつけられている主人公のような気持ちになった。エッフェル塔を見ながらのファック・シルブプレにチュニジア人が乱入し、下半身を露出した私を差し置いてアルジェリア人とよろしく始めてしまったのを指をくわえて眺めるような感じ。正に、慟哭ゲーである。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが――
 ウオァァァァァッ! レポートのくせにクロノロジカル・オーダー、時系列がめちゃくちゃデス! そんな未来のことを現在のミーが知る由もありマセン! イフ知っていたらいま気弱げに会釈を交わすふたりの後頭部をわしづかみにして二つの頭が一つになるほど打ちつけた後、持ち前の体格を利用した地獄レスリングで金輪際アリアケでコミケトーが開催できなくなるほどの陰惨な流血ショーを演じたに違いありマセンカラ!
 ふたりが作成したという土人ソフト(訳者註:softの表記。土人誌の一種か)をスーベニア、みやげに受け取りながら、このときのミーの胸中はブッディズムのハイプリーストほどかくやというほどに穏やかデシタ!
 グリーティングを済ませた後も二人はサプライジングリー寡弁で、ミーの提供するトピックが少しもデベロップしマセン! これはさらなるアイスブレイキングが必要デス! インファントとさえ小一時間はカンバセーションを継続できるコミュニケーション力を使って、ミーは場をウォームしていきマス! 人と人との間に通底するのは不信だと考えているミーのようなフォリナーが、人と人との間に通底するのは信頼だと考えているジャパニーズより、こういった際のスキルに長けているのは実に示唆的デスネ!
 グラデュアリー、次第に緊張がほどけると、二人ともミーのことを絶賛しはじめマシタ! アンド、どちらがより多く小鳥猊下を褒め称えることができるかのコンテストの如き様相を場は呈していきマス! 知らぬがブッダ、やがて訪れる未来を未だ知らない愚かなミーは、まんざらでもないとスモール・ノーズ、小鼻を膨らませて悦に入っていたのデス!
 二人に関する断片化したインフォメーションをミーの高機能ブレインでデフラグしたところ、ポロリは年齢制限の必要なダウンロード専売ゲームのシナリオを、キムラはソーシャル・ゲーム(奇妙なネーミングデス! ソーシャル・ウィンドウ?lol)の製作をプロフェッション、生業にしているとのことデス! オーッ、これはリカを売り込むチャンスデース! キムラサーン、ポロリサーン、ユーたちがスロートからハンドが出るほど欲しがっている人材をミーは知っているネー!
 「え、いや、それはちょっと」
 先ほどまでの調子のいいほめ殺しぶりはどこへやら、キムラはとたんに口ごもりマシタ! アンドゼン、メンタルポロリが目深にかぶったニット帽の下からジットリとミーを見上げながら、唇の端を歪めて言いマシタ!
 「いや、そこはほら、わかりましょうよ。キムラさん、困ってるじゃないですか。仕事なんだから、やっぱり実績が無い人にはお願いしにくいですよ」
 アウッ、ポロリのインギンな低姿勢はオール子羊のパフォーマンスだったのデス! その表情には、既得権を持つ者の優越が隠しようもなくにじんでいマシタ! 先ほどまでのぎくしゃくとした関係はどこへやら、キムラとポロリは互いに顔を見あわせてニヤリと、長年の共犯者のスマイルを笑ったのデス!
 オーッ、ジャパニーズ・コマーシャル・カスタム、日本の商習慣は文筆のようなエリアにまで及んでいたのデス! ミーはデザインのフィールドに関わるガイシ(骸死)系企業にいマスガ、過去の実績の有無がデザイナーの採用に最も大きく影響を与える日本の商習慣がリセッション、不況によりエンフォースされて新人の食いこむ隙間が無くなっているのデス! 実績によるリスクの回避というエントリー・バリアー、参入障壁がデザイナーの平均年齢を高齢化させた結果、既得権の維持がいまや業界そのもののシュリンクへとつながっていマス! シリアスな不況による相対的な発注量のリダクションが、最もクリエイティブの必要とされるはずのフィールドでカンパニーとそのデザイナーたちにビューロクラティック、官僚的なふるまいをさせている状況に、営業担当のミーはいささかの滑稽さを感じていたところデシタ!
 アンドゼン、高い識字率を誇るジャパンにおいては同じ理由がファー・レス・クリエイティブな文筆産業に従事する者たちにさえ、アンコンシャス、無意識のうちに官僚的なアグリー・スマイルを浮かべさせているのデス! 高度成長のみを前提にしてきた日本経済の歪みを目の当たりにし、そのダーク・アビス、薄暗い深淵にミーは心底からスケアード、ゾッとさせられたのデシタ!
 ミーはサドンリー、突然ふたりにフェアウェルを告げなければならない気分になりマシタ! オフ・コース、ブース越しにミーたちへ向けられるサメンの視線が中東でテラーのプランニングをしていたときのように険しくなり始めたこととは全く関係がありマセン! ミーに対する先ほどまでの陰湿な共謀ぶりはどこへやら、ミーとのカンバセーションが終わってしまうことを二人はひどく残念がりマシタ! ポロリが熱に浮かされたように言いマス!
 「ボク、実家が関西なんです。猊下も関西に住んでらっしゃるんですよね。年内は仕事で難しいですけど、年明けに帰省する予定なんで、そのときは必ず連絡します!」
 「オーッ、モチロンネー! マタ会エルノヲ楽シミニシテルヨー!」
 イメディエットリー、即座にミーはその申し出を快諾しマシタ! ネット上では気難しいキャラ作りデスガ、その様をフィクショナル・ダイアリー、虚構日記と称しているのだからリアルのミーが話し好きで気さくなパーソナリティであることは容易に推測できるデショウ! このとき、ミーは求められる快楽にすっかり上機嫌デシタ! ビコーズ、この段階では桜が散り始める時期になってもアポイントどころか連絡のひとつも無いなんて思いもよらなかったカラデス!
 ポロリに負けじと、リーマンヘアーのキムラが新人研修で秋葉原の通行人に自己紹介をしていたときのようなシャウトをしマス!
 「必ず感想書きますから! 必ず!」
 この男、失地を挽回しようと必死デース! コミケトー終了からワン・ウィーク・アフター、サラリーマンらしいデッドラインへの誠実さでキムラはリカの土人誌の感想を送ってきマシタ! この男のビジネスが成功することをミーは確信していマス! リーセントリー、ツイッターをななめ読みするに、最近のキムラはシェアハウスとやらにハマッているようデス! 独身のヤングマンが集まり、地縁的つながりのロストしたアーバンシティで新たなコミュニティをクリエイトする試みデス! ハウエバー、それを読んだとき、ミーのヘッドにはクエスチョンマークが乱舞しマシタ! 婚姻と育児を前提とせずにそれは持続的なコミュニティと呼べるのデショウカ? 宗教を前提としないコミュニティにはジャパン在住歴三十余年でようやく慣れたつもりデシタガ、あいかわらずジャパニーズ・カルチャーは世界の最先端を独走していマスネ!


 ブースに戻ったミーがシット暑いブースで土人誌をリビングデッドに手渡すライン工に再び従事していると「オイ、マタオマエニ客ダ」、サメンが実に苦々しげな表情を浮かべて、ブースの外へ出るようミーをアゴで促しマシタ! ゲストとして来場したはずなのにサメンはミーのことを時間給のレイバー、労働者としてとらえ始めているようデス! ミーをブースの外へやることで時間あたりの労働対価がインクリースすると本気で考えているキャピタリスト、資本家のように見えマシタ!
 ミーは生来のオプティミストなので先ほどの憂鬱な自称ファンどもとのやりとりはオールレディ意識のアウトサイドにあり、オールモストうきうきとした気持ちデシタ! ガイシ(骸死)系企業の営業部長であるミーは、人と会って話をすることがスリー・ミールズ・ア・デイ、三度の飯より大好きなのデス! イン・アディション、リカのファンには女性が多いと聞いていマシタ! 野郎が二回も続いたのデス! スタティスティクス、統計的に判断して、今度こそ女性に違いありマセン!
 シュア・イナフ、まるで白魚で作った魚肉ソーセージのような指にリカの土人誌を抱えて立っていたのは、はたしてジャパン・ギークスの完全なる中央値で形成されたティピカルなおたく野郎デシタ! シィット、アゲイン! ミーは心の底からのディスアポイントメントを完全にシール、秘し隠して「アー、ヨク来テクレマシタネー、アリガトー、スゴイウレシイナー、ヨロシクネー」と張りのあるバリトンボイスで歓待しマシタ!
 「いやー、これは思いつかなかったなー。すごいデブの中年おたくか、すごい引きこもりのウラナリか、すごい深窓の美少女かのどれかとは思ってたけど、こんな人を殴りそうなタイプだとは夢にも思わなかったなー」
 視聴中のアニメをタイムラインで実況するときのような、出すべきではない心の声をあらわにしてそのギークは自己完結的に発話しマシタ! エスペシャリー、美少女の下りでは言いながら自分の言葉に失笑しやがったのデス! ミーは表面上、あくまでポライトネスをキープしましたが、こめかみには血管のクロスが青く浮かんでいたはずデス!
 「あ、いや、わたしですか。ゴトウと申します。いやー、それにしてもほんと意外だったなー、これは」
 そう、このギークスのティピカル中央値こそあの、独身おたくの自虐ネタで一世を風靡し、いまや数千万のアクセス数を叩きだす有名人気ホームページの管理人なのデス! ミーはシェイクハンドのために右手を差し出しながら、「十年前、ホームページを開設したばかりのユーからリンクの依頼をされたことをリメンバーしてマス! あれをアクセプトしなかったのは、ミーのネット人生の中でも最大のリグレットのひとつネー!」 努めて陽気な社交辞令として発話したつもりデシタ! しかし――
 いったん口にすると改めて自分がそのことをひどく後悔している事実に気付かされてしまった。聞けば、ゴトウ氏はパソコン関連の商業誌に愉快なおたく4コマ漫画を連載しており、近々単行本化される見込みだと言う。それに引き換え、我が身がひねり出す文章は未だに一文にもならない、誰からも顧みられない、ネット上のアーカイブにのみしんしんと蓄積されていくクラップに過ぎないのだ。
 あのとき、この男と相互リンクの関係を築いておきさえすれば、こんな惨めな現在ではなかったかもしれないのに! 深刻な後悔が後から後からやってきて、私のひざがしらをふるわせた。
 「いやー、あの頃のテキストサイトの管理人たち、みんな有名になっちゃいましたからねー。☓☓☓さんとか、○○○さんとか……」
 そう、一見は平等な参加を約束しておきながら、本当に才覚のある者たちはネットの外から見出され、あるいは自分の力でテキストサイトという過渡期的なカテゴリを離れていった。
 この十年というもの、私は現実での立場を作るために時間を使いすぎた。小鳥猊下という名前のもう一人の私は、日々の生活の中でより重要ではない一隅へ追いやられ、その存在を希薄化していった。
 自分のことを「透明な存在」と評したのは、いったい誰だったろう。いま、小鳥猊下としてここに立っている私は、本当に何者でもない、透明な存在だった。
 「いやー、ぼくなんか全然っすよ。△△△さんとか覚えてます? あの人、もう成功しすぎちゃって……」
 どの業界でも、成功者ほど腰が低い。ゴトウ氏が低姿勢でへりくだればへりくだるほど、傲慢を売りにしてきた私は結局のところ、自分の非才を認められないがゆえにそうしてきたことへ気づかされる。私はネットに出自を持つ偉大な成功者の一人を前にして、恥ずかしさに耳朶が染まるのを感じた。
 「でも、本当に書いてないんですか? どこにも?」
 商業誌など、金銭の発生する場で文章を発表しているかどうかという意味の問いだろう。もちろん、書いていない。もし書いていれば、コミケで持ち出しの同人誌を販売などするはずがない。本当に他意なく、不思議そうに聞いてくるその様子がかえってグサリと胸に刺さった。私は視線をそらしながら、口元をひきつらせて「書いてません」とだけ答えた。声がかすれないようにするのに必死だった。耳に届いた自分の言葉が、自分の心を切り裂く音を確かに聞いた。
 「いやー、信じられないなー。本当かなー」
 腕組みをしながら、愛嬌のあるいたずらっぽい視線で見つめてくる。悪意はないのだろう。しかしいまや私は動揺を見透かされないよう、わずかに首を横へ振るのが精一杯だった。
 ゴトウ氏と私の間に横たわっている目に見えない何か。これが、これこそが、格なのだ。十年経っても数十万ヒットそこそこのサイトと、数千万ヒットを軽々と越えていくサイトの違いなのだ。一流ホームページと二流ホームページの違いなのだ。誰が見ても明らかな、圧倒的ヒエラルキーなのだ。
 ずたずたの自尊心は、私に思わぬ言葉を口走らせた。
 「あの、百万ヒットを達成したら、サイトを閉鎖しようと思ってます」
 この瞬間ゴトウ氏の顔に浮かんだ、困惑と嘲笑と憐憫が入り混じった表情を私は一生忘れないだろう。きちがいを見る視線と、あざけりに半笑いの口元を、とまどいが結びつけた表情だった。
 「はあ? いまは2011年ですよ? まだアクセス数とか言ってんですか?」
 それは童貞を捨てた者が、童貞にコンプレックスを抱く誰かにかける言葉と似た響きを持っていた。手に入れば、価値を無くしてしまう何か。そして、それを焦げるように求める誰かがいることへの想像力は永久に失われる。
 私はもう恥ずかしさに死にそうになって、ゴトウ氏から自分の同人誌を取り上げて、有明の海へ投げ捨ててしまいたいような気持ちに駆られた。ただ、表紙に描かれたイラストがそれを止めた。自分を貶めるのはいい。だが、このイラストを描いてくれた人を貶めてはいけない。
 それが、私にかろうじて矜持を保たせた。


 そこからどうやってブースに戻ったのかはよく覚えていない。
 何度も出入りしてんじゃねえよ。ブースに戻る際、フリルのついた服を着た三十がらみの女性たちが嫌悪に満ちた視線を私へ投げたのはわかった。
 「おう、遅かったじゃねえか」
 中東出身の――いや、この男は服装こそ少々奇抜だが、ただ彫りの深いだけで外人ではない。猫背の青年と眼鏡をかけた大学生がちらりとこちらを見る。特に何の感情も伴っていない視線だった。コミケが終わりさえすれば二度と会うこともない人物に、どんな気持ちも抱きようがない。たとえば、旅先の電車で隣に座った誰か。人の中にいるがゆえのあの孤独が、胸へ迫る。私は曖昧に微笑むと二人に、 「売り子、かわりますよ」と言ってテーブルの前に立った。
 「なかいいですか」「ええ、どうぞ」――それにしても暑い。
 単調なやりとりを繰り返すうち、昔なじんだあの感覚が身内に戻ってくるのがわかった。背後から、もうひとりの私が私を見下ろしている感じ。機械のように日常のルーチンを繰り返すうち、自分という主体が消えてなくなる、あの感じ。
 頭皮から伝い落ちた汗が、鼻に貼りつけた段ボールへ浸潤していく。頭の芯がぼうっとして、天と地の場所ももうわからないのに、釣り銭をわたす作業が少しも滞らないのを不思議な気持ちで眺めた。
 周囲で歓声が上がり、拍手の音が鳴り響く。その騒ぎで、私はようやく我に帰った。どうやら終了の時間が来たらしい。待ち構えていたかのように会場に小さなトラックが入って来、椅子と長机を積み込んでいく。
 はやくも祭りの後の寂しさが漂いはじめ、鼻の奥がつんとする。
 ああ、まただ。いまを楽しむということを拒否し続けてきた私は、終わりの瞬間にいつもそれを後悔する。楽しむことで、愛することでより大きくなる喪失が怖いのだ。
 こうして、私のコミケ初参加は幕を閉じた。


 鼻腔をくすぐる風に塩気を感じるのは、海が近いせいか。縁石に腰掛け、来場者たちが三々五々、帰路につく様子を眺める。同人誌のたくさん詰まった荷物を手に、彼らの表情からは幸福感と満足感が伝わってくる。
 結局のところ、私はあちら側の人間でもこちら側の人間でもないのだ。残ったのは疲労感と、在庫の山。私は両手に顔をうずめた。家人にどう借金の言い訳をしよう。私の心には、明日から再びはじまる終わりのない日常がすでに忍びよっていた。
 「ここにいたのかよ」
 彫りの深い男が座っている私に声をかけた。
 「知り合いの編集にもおまえのホン、何冊かさばいといたぜ。まあ、ヤツら、読みゃしねえんだがな」
 言いながら、豪放に笑う。やめてくれ。鼻に貼りつけた段ボールは汗と湿気を含んで変色し重くなり、セロテープは端から剥がれ始めている。
 返事もしないまま力なくうつむく私に、男はあきれたふうだ。
 「なんだ、在庫のこと気にしてんのかよ。ハハ、尻に敷かれてやがんな。俺も人のことは言えねえがよ」
 ペットボトルを傾けながらの優しい軽口。もう、やめてくれ。私にそんな価値は無いんだ。
 「心配すんな。俺たちのコミケはまだ終わっちゃいないぜ。あれを見ろよ」
 私はのろのろと顔を上げる。そのとき、一陣の海風が強く吹き、濡れた鼻段ボールを一瞬のうちに乾かした。そこには果たして――
 グルーサム、陰惨な風貌の男たちが五人、ロード・オブ・ザ・リングに登場するナズグルのようなたたずまいで路上にギャザリング、蝟集していマシタ!
 「オレノ知リ合イノエロ漫画家連中ダヨ。コノ後、コミケノ“打チ上ゲ”ニ“ヤカタブネ”デナイトクルージングッテ趣向ダ」
 打チ上ゲ? 割礼済みの下半身をエクスポーズしながらロケット状のサムシングに縛られたミーの周囲を、黒い肌をした土人がファイヤーダンスで取り巻くビジュアルが一瞬脳裏をよぎりマシタ! コミケトーの終了後に行われるセレモニーの一種らしいことは理解できマシタガ、それにしても、ヤカタブゥネとは何デショウカ? ジャパンにおいてヤカタとは血縁関係で結ばれた集団のリーダーを表していマス! そしてブゥネとはオフコース、あの大悪魔にして地獄の軍団を率いるデューク、ソロモンの魔神の一柱を示しているのに違いありマセン!
 「イッタン乗セチマエバ、二時間ハ逃ゲラレネエ。アトハオマエノウデ次第ジャネエカ。サバイチマエヨ……在庫ヲ……アイツラニナ……!!」
 中東出身のサメンの顔には、偃月刀を片手に洞窟で仲間とテラーの計画を練っていたときにそうだったろうと思わせる、歯を剥き出しにした凄絶な笑みが浮かんでいマシタ! ファウストを誘惑するメフィストフェレスが如く、ミーが破滅を宣言するのを待っているかのようデス! エターニティとイコールのサイレンスが流れ、ミーはスローリー、ゆっくりと、それがディステニーだったかのようにサメンへうなづき返しマシタ! 
 「ソウ来ルト思ッタゼ。売リ子ダケヤッテ、トットト帰ロウナンテタマジャネエッテナ! ココカラガ本当ノコミケッテワケダ!」
 夏の夕空に響き渡るサメンの哄笑を聞きながら、ミーは武者震いにマイセルフのアスホールがきゅっとシュリンクする音を確かに聞いたのデシタ……!!


To be continued...







痴人への愛(3)

 痛んだ傘を折りたたむのにてまどって、ちょっとぬれてしまう。舗装の悪い道路には、雨が何か所も水たまりを作っていて、いくども足をとられかけた。
 その店は、目ぬき通りからすこし路地裏へ入ったところにあった。どぎつく明滅するネオンサインを水たまりが照りかえし、コーデリアはなんだか異国の地に迷いこんでしまったような気がして、かるいめまいをおぼえた。
 やせぎすのからだをあずけるようにして重いスチールの扉を開けると、手すりのないひどく急な階段が地下へとつづいている。
 せまいおどり場にあるさびた傘たてには、すでに傘が何本か入れられている。そのうちのひとつに、見おぼえがあった。「背の高い人用」と書かれた購入時のラベルがそのまま柄に貼られている。
 コーデリアが、小鳥尻の誕生日に贈ったものだった。
 小鳥尻は傘を持つことをきらっていた。どんな大ぶりでも、コートひとつで出かけていき、海の底を散歩してきたみたいになって帰ってくる。
「なんか雨にうたれてると、すこしだけ気もちが楽になるの」
 なぜ傘を持たないのか、いちどたずねたことがある。さいしょ、小鳥尻はじっと黙ったままだった。その反応はとくだん珍しいことではなかったので、コーデリアもそれきり黙ったまま、つくろいものをはじめた。
 ゆうに五分は経ったろうか、そう小鳥尻が答えたのである。
「どうして楽になるの?」
 小鳥尻の両目が一瞬、遠くを見るようにさまよって、やさしくゆるんだ。
「私ね、子どものころ、悪いことをするとよくお母さんに家の外へ追いだされてね。そんなときはなぜか決まって雨が降ってたわ」
 コーデリアはいちど、小鳥尻の母親に会ったことがある。
 このたびは、うちの娘がたいへんなご迷惑をおかけしまして――
 病室の敷居にきっちりとつま先をそろえ、定規をあてたような深いお辞儀をする姿をおぼえている。示談の話しあいにきたのらしかった。ぜんぶ両親が対応したので、コーデリアは二言三言を交わすきりだった。
 印象は悪くなかった。すこしやせすぎのきらいはあったけれど、品のいい、知的な女性だったと思う。
 いっしょに暮らすようになったさいしょのころ、小鳥尻が母親のことを悪しざまに言うのを何度か聞いたことがある。それはあまりに病室での印象とちがっていて、コーデリアが「冗談でしょう」とか「思いちがいじゃないの」とか相づちをうつうちに、いつしか小鳥尻は母親の話をもちださなくなった。
「雨の音ってやさしいでしょ。知ってる? 雨ってね、あったかいのよ。家のなかはうるさくて冷たくて、雨にうたれてるほうが、ずっとよかったわ」
 コーデリアには、小鳥尻がなにを言っているのかわからなかった。それどころか、すこし意地わるく、「ちょっと悲劇ぶってるわ」と考えたりもした。
「でも、雨にぬれると風邪をひくでしょ。もう子どもじゃないんだから、雨の日は傘をさしてね。こんど、プレゼントしてあげるから」
 コーデリアの言葉に、小鳥尻は悲しそうにほほえむきりだった。
 玄関の傘が二本になり、この話題はそれきりとなった。


 壁に手をつきながら、すべらないように一段一段をふみしめる。階段のつきたすぐ右手が、喫茶店のようになっていた。できるだけめだたないよう、すみのテーブルに腰をおろす。
 すわったことにホッとすると、人心地がもどってくる。
 コーデリアは、前かけにサンダルをつっかけているじぶんに気づいた。大またに前を行く背なかを見うしなわないようにするあまり、気がまわらなかった。はずかしさに顔があつくなる。
 いすの背もたれは毛羽がたっていて、なにかの液体がかわいたようにゴワゴワしていた。手をふれたテーブルの表面はわずかにねばっている。いまさらながら、ひどく場ちがいなところにいる気がした。
 口ひげをはやした小太りの店員が、水をもって近づいてくる。コーデリアは手ぐしに髪をなでつけた。
「ご注文は?」
 あわてて前かけのかくしをさぐると、がまぐちに指がふれる。すっかり紙のくたびれたメニューをひらくと、よくわからないカタカナがならんでいた。アルコールのたぐいらしい。
「あの、ウーロン茶をください」
 一週間分の食費と同じ値段だった。店員が失笑めいた鼻息をもらしたような気がして、コーデリアは思わずうつむいた。
 それでも注文をすませてしまうと、居場所をえたような気もちになった。
 まわりには、すでに何人かの客がすわっている。奥にひとつ高くなったところがあり、左右にカーテンのようなものが下げてあって、どうやらかんたんな舞台になっているらしい。
 ウーロン茶がはこばれてくると照明がさらにしぼられ、カーテンのそでからだれかがあらわれた。かん高い声の、ふたり組の女性だった。
 すぐにかけあいがはじまる。漫才のようだ。言葉が多すぎて、どんな内容なのかコーデリアの頭にはまったくはいってこなかった。あたりを見まわしても、客たちはだれも舞台を見ていない。どういうお店なのだろう。
 すぐ目の前のテーブルに、若い男がひとりですわっている。ゲーム機なのか携帯電話なのかよくわからないもので、アニメを見ていた。画面の中では、馬に乗った制服姿の少女が刀をふりまわしている。場面が変わるたび、ちがった色の光が横がおにうつりこむ。
 なんだかコーデリアは、ひどく正しくない、ふつうではないことが行われているような気がした。
 まばらな拍手に、はっと我へかえる。ふたり組の女性は大きく一礼して、舞台のそでへとひっこんでいった。
 入れかわりに、セーターに巻きスカートの女性が、グラスとビンを片手でひっつかみ、小さなテーブルをひきひきあらわれる。
 とたん、コーデリアの心臓ははねあがり、あたまの芯にはしゃきっとしたものがもどってきた。小鳥尻だ。
 すでにひどく酔っているようで、足もとはふらつき、目は赤く充血している。
「飲めば飲むほどおもしろく、ってわけにはいかないけど、しらふでできる芸でもないのよね」
 卓上にグラスを置き、こはく色の液体をそそぐ。
「とりあえず、きょうの出会いに乾杯」
 客たちへむけてグラスをかかげると、いっきにあおった。とたんせきこんで、ほとんどを床にこぼしてしまう。長身をおりまげてせきこみ続けるようすに、コーデリアはそばへかけよりたい衝動にかられる。
 やがて口もとをぬぐいながら、
「それじゃあ、はじめましょうか」
 小鳥尻が巻きスカートをはぎとり、客席へと投げる。それはだれにも触れられることなく床に落ちた。肌色のタイツには、股間のところに亀の子タワシがはりつけられていた。
 「わたしのタワシ、気持ちいーでー、わたしのタワシ、気持ちいーでー」
 芸をはじめたとたん、酔いに正体をうしなっていた小鳥尻の声がぴんと張った。家でのぼそぼそと聞きとりにくい話し方とはまったく違っていて、コーデリアはファンとして観客席にいた昔を思い出して、胸がつまるような気もちになった。
 「なーなー、わたしのタワシ、気持ちいーでー、わたしのタワシ、気持ちいーでー」
 がにまたで上半身をそらせ、いくどもタワシをこすりあげる。やはりだれも舞台を見ようとはしない。ただひとり、目の前のテーブルの若い男だけが、アニメから目を離し、食い入るように小鳥尻を見つめていた。
「うるせえぞ!」
 さけび声とともに、客席から舞台へグラスがとぶ。酔っぱらい相手の舞台には、よくあることなのだろう。
 けれどこのとき、運の悪いことにそのグラスは小鳥尻のこめかみを直撃した。たまらず長身を折りまげ、卓に手をつく。こめかみを押さえた手のすきまから赤いものがしたたり、小鳥尻の両目はむきだしの、凄惨なものをたたえていた。
 思わず、コーデリアは席を蹴って立ちあがった。椅子の背もたれが床にたたきつけられて、大きな音をたてる。まわりの客から、いぶかしげな視線が向けられた。
「いってーなー、おい! いってーなー、おい!」
 ことさらな大声が、みなの視線を舞台へともどす。小鳥尻は背中で床をそうじするみたいなオーバーアクションでおどけて、のたうちまわっていた。その表情は、すでに芸人のそれにもどっている。
 観客から笑い声があがる。たちの悪い笑い声だった。
 コーデリアはもう見ていられなくなって、狭い階段をかけあがるようにして店を出た。


「傘、忘れてるわよ」
 看板のネオンが消えると、背の高い人かげが細い路地から出てくる。傘をさしだすコーデリアを肩ごしにちらりと見ると、そのまま何も言わず歩きだす。
「ねえ、傷はだいじょうぶなの」
 うしろをついていきながら、声をかける。小鳥尻は、猫背に首をうめるように両肩をもちあげて、話しかけられるのをこばんでいる。コーデリアは一瞬、ひどく悲しくなった。しかしすぐにそれは、むかむかとした怒りにとってかわられた。
「こんなに心配してるのに、その態度はなによ!」
 じぶんでもびっくりするほど大きな声だった。
 その剣幕におどろいたのか、小鳥尻は足をとめてふりかえる。こめかみにはガーゼが雑にはりつけてあった。
「仕事のときはくるなって言ったじゃない。それに、あんなのいつものことだから、心配なんていらないわ」
 先ほどの舞台とは別人のように、ぼそぼそとした言いわけだった。それがますます、コーデリアをいらだたせる。
「わたしをなんだと思ってるのよ! 猫のせわ係じゃないんだから! わたしにだって、心配する権利くらいあるんだから! こわいんだからね! わたし、怒ったらこわいんだから!」
 むちゃくちゃを言っているなと思ったが、もうとまらなかった。
 体はおおきいくせに、小鳥尻にはひどく気のよわいところがある。このときもうろたえたふうにコーデリアから目をそらして、「これはわたしのことだから」とつぶやいた。「ぜんぶ、わたしひとりで証明しなくちゃいけないのよ」
「だれに証明するのよ! なにを証明したいのよ! だれも見てない舞台で、みんなわすれた芸をして、どうやって証明できるのよ!」
 小鳥尻が大またに近よってきて、手をふりあげた。これだけ言われれば、そうするしかないのはわかっていた。山のように大きくてまっ黒なものがおおいかぶさってくる。
 わたしは逃げない。逃げてたまるもんか。
 コーデリアは小鳥尻を受けとめるように、両手をいっぱいに広げた。いつかまえにもこんなことがあった、と考えながら。
 のけぞるあまり、ふんばった足がぬれた地面にすべった。
 ネオンにふちどられた空が見えたかと思うと、すぐにあたりはまっくらになった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」
 目をあけるとコーデリアのかたわらに、ぬれるのもかまわずすわりこんで、小鳥尻がすすり泣いていた。
「私、きょうね、本当はね、すごくうれしかったの。はじめて、家族が舞台を見にきてくれたから」
 体には力がはいらず、頭のうしろは割れるように痛んだ。小鳥尻を心配させまいと、コーデリアはなんとかあいづちをうつ。
「昔、なんども行ったじゃないの」
「あれはファンとしてでしょ!」
 口をとがらせるようすがひどく幼く見え、コーデリアの胸はしめつけられるように苦しくなった。視界がじわりとにじむ。
「どっか痛むの?」
 具合のわるい親を心配するときの子どものような、あどけない表情。コーデリアはなぜか、カッコウの托卵のはなしを思いだした。
「ううん、だいじょうぶよ。ねえ、さっきの話、くわしく聞かせてくれる? だれに証明したかったの?」
 恋人どうしのはずなのに、対等ではない気がしていた。ずっと一方通行なかんじがしていた。それはきっと、小鳥尻の想いが、親を求める子の想いと同じものだったからだ。
 のどの奥にうまれた氷のような嗚咽のかたまりを飲みくだすと、コーデリアはやさしくたずねた。
 小鳥尻は視線をさまよわせて、しばらく考えるそぶりをみせた。
「やっぱり、パパ、かな」
「お父さん?」
 意外な答えだった。父親のことを聞くのは、これがはじめてかもしれない。
「うん。わたしのパパ、すごいのよ。……の社長でね」
 だれでも聞いたことのある、少し大きな会社の名前だった。
 小鳥尻はどこか浮世ばなれしていて、芸人なのに、生活によごれた感じがなかった。良くも悪くも、お金に頓着がない。それは裕福な家庭に育ったことが理由なのかもしれないと、コーデリアは思った。
「小さいころからずっと、パパのこと、自慢だったなあ。でもね、わたし、勘当されちゃったの」
 小鳥尻の口もとが、泣くのをがまんする子どもみたいに、への字にまがった。
「お母さんが、わたしがこうなのは、こころの病気のせいだって。育て方とかじゃなくて、病気なのが悪いんだって。プロだから、わかるんだって。わたしのことでパパとケンカするとき、いつもそう言ってた。病気なんかじゃないのに」
 頭は熱いのに、手足が冷えてきて、みぞおちのあたりには吐き気があった。小鳥尻は気づいたふうもない。
「プロって、なんのプロ?」
 かろうじて、そううながす。わたしはいつでも聞き役だわ、とコーデリアは思った。
「私のお母さん、こころのお医者さんだったの。パパと結婚してから、働くのはやめたみたいだけど。じぶんの生まれた家はケッソンカテイだったって、いつも言ってた。ねえ、知ってる? そういう壊れた家庭にそだつと、子どものころの失敗をとりかえそうとして、大きくなってからも同じ環境を作ろうとするんだって。絶対にうまくいかない人間関係を、のぞんで作ろうとするんだって」
 ああ――
 小鳥尻は、いまじぶんが話していることがどういう意味なのか、わかっているのだろうか。
「わたしずっとヘンだなって。子どもだったから、言葉にできなかったけど、病気の人が病気の人の病気をみるってすごいヘンだなあ、って思ってた。お医者さんになるために病気になるみたいで、すごいヘン」
 小鳥尻の母親はきっと、成功しないことに成功したのだ。呪いを、次へと手わたして。
「わかったわ。お母さんの言ってたことがまちがいだったって、お父さんに証明したいのね」
「そうそう!」
 うまく伝えられない話を大人が先回りしてくれたときの子どものような、とびきりの笑顔だった。
「ねえ」
「なあに?」
 コーデリアはあらためて、この一方通行な関係を悲しく思いながら、言った。
「これだけは信じてほしいの。わたしはあなたを本当に助けたいと思っている。しあわせになってほしいと思っている」
 小鳥尻をまっすぐに見つめる。
「わたしは、あなたのことが好き。でもね、すこしだけ、つかれちゃった」
 まぶたを閉じると、とたんに全身が重くなって、背中から地面にすいこまれるような感じがした。小鳥尻の泣き声が遠のいていくのを心地よく思うじぶんにぞっとしながら、コーデリアは意識を手ばなした。

MMGF!~もう時効だろ?滅法愚劣なフッカーめ!~(在庫駄駄余解消断念C80漫遊記・後編)

前回までのあらすじ:同人誌ゎ売れなかった……こわぃ家人がまってる……でも……もぅっかれちゃった……でも……ぁきらめるのゎょくなぃって……パィソンゎ……ぉもって……ゃかたぶねで……がんばる……でも……原価……われて……ィタィょ……ゴメン……200冊もぁまった……でも……パィソンとサメンゎ……ズッ友だょ……!!


 夕闇にリングレイスと映ったものは、ギャザーするロトン・ガールズの見間違いデシタ! ソー・コールド戦利品をロードにブチまけてエンジョイしているところを「通行の邪魔になりますからー」とガードマンに追い払われていマシタ! アヌス・スキピオ・魯鈍・ガールズどもめ、ルック・アット・ザマ、ざまを見ろデス!
 アンド、サプラーイズ! バック・ドアー・チケットのプロバイドを渋ったサメンが、ミーにホテル・ルームをプリペアーしていたことをコンフェス、告白してきマシタ!
 「ジツハヨウ、オマエノ名前デ、ホテルノ部屋ヲ用意シテルンダ。ヤカタブネノ出航マデマダ時間ガアル。少シソコデ休憩シヨウゼ」
 ミーが感激のあまりサメンにハグしようとすると「ヨセヤイ、男ト抱キアウ趣味ハネーゼ。モチロン、払イハ全部オマエダカラヨ」と鼻の頭をかきながら頬を染めて言いマシタ! ホワット・ア・ツンデレ・イラキ・パーソン・ヒー・イズ! そのプリティな仕草にミーはキュン死しそうになりマシタガ、ロトン・ガールズが付近に潜んでいるポシビリティをビッグサイト周辺ではオールウェイズ疑っておく必要がありマス! ミーは努めてビューロクラティックに「サンキュー・フォー・ユア・カインドネス」と述べるにとどめマシタ!
 ホテルにアライブ・アットし、サメンと二人でラブラブ・ファッキン・チェッキンを済ませてルーム・ドアーをオープンすると、突如ノーウェア、どこからともなくアピアーした異臭(isyuu)を放つギークスどもが土人誌のイシュー(issue)を抱えて室内に続々と蝟集(isyuu)し、フロアーへダイレクトにシット(shit)しはじめたのデス! こましなスイートだったミーのホテル・ルームは、たちまちガレー船のボトムのようになりマシタ!
 驚きと臭気にゴールデンフィッシュの如くマウスをパクパクさせるミーに向かってサメンは、「コイツラハ、今日ノ打チ上ゲノ参加者タチダ。悪イガ、シバラク居サセテヤッテクレ。ソレジャ、俺ハシャワーヲアビテクルゼ」とワン・ウェイに言い残して去っていきマシタ! オフコース、ミーはこのギークスどもとノーバディ面識がありマセン! オーッ、サメンサーン、それジャパニーズ・コメディアンが言うところのムチャ振りネー!
 ミーは借りてきたキャットのようにベッドの端にそっと腰掛けると、うつむいたままワンハンドレッド・エイトあるフェイバリット遊戯のうちのひとつ、手の皺カウントを始めマシタ! サドンリー、突然ワンノブゼム、ギークスどものひとりが「あー、あちーな」とアター、発話しマシタ! ボスのフェイス・カラーをうかがうアビリティのみで社内ポリティクスを泳ぎきり、あの壮絶なリストラクチャリング・ウェイブを乗り切ったミーは、そのフォー・レター・ワーズ(イッツ・ホット・イズント・イット?)から、ギークスどもがドリンクを婉曲的に所望しているアトモスフィアーを察知したのデス! ミーはバックヘッド、後頭部へライト・ハンドを当てることで敵意の無さをインディケイトしながら、「オー、それじゃ、ミーがドリンクを買ってくるネー!」とベッグされてもいないのに勢い良くアピールしマシタ! それもこれも、エクストラ土人誌ズをソールド・アウトにリードするためデス! 営業のベースはプライドをダストビンにスロー・アウェイするところから始まると教わりマシタ!
 ゼン、そのうちのエクストリーム・ギーク・ルッキングをしたベガー(後にシャアウフプとターンアウトする男デス!)が「なんや、案外ホームページよりは腰が低いやないか」とツイーティングしたのを、ミーはオーバーヒアーしませんデシタ!
 段ボール製のつけ鼻を貼りつけたセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。十数年来の人間関係がすでに出来上がった面々の中にひとり部外者として座っている事実に、喉元へ孤独感が痛いほどこみあげた。続けて、エロ同人を制作しているぐらいの情報しかない連中を一切紹介することなく、いきなりの放置プレイへ至ったことに対して、憤りにも近い感情が芽生えた。先ほどのつぶやきから察するに、このうちの一人はどうやら私の運営しているホームページの正体を知っているようだ。だが、連中全員が私を誰と認識しているのかは、わからない。本当は、話題に入れない気まずさ、嘲りを含んだ値踏みの視線から一時でも逃れるために、私は飲み物を買いに出ることを志願したのだ――
 ドント・レット・ミー・ダウン! ノーバディ・エバー・ディスレスペクト・ミー・ライク・ユー、デース! ドント・リック・ミー、ミーをナメんなデース!
 ベッドから腰を浮かせたミーは、親指と人差し指をすりあわせるジェスチャーでギークス・アズ・ベガーどもへドリンクを購入するためのマネーを要求しマシタ! バット、連中はミーをイグノア―しながら「おれ、晴海時代からコミケ参加してるからさー」などと内輪のトピックで盛り上がってやがりマス! カインド・オブ・敗北感を味わいながらルームを出ようとすると、アット・ザ・セイム・タイム、ベガーどもは異口異音にそれぞれが所望するドリンクの銘柄をミーに告げマシタ! さっきまではアイコンタクトさえなかった連中がナウ、ミーを見てニヤニヤ笑っていマス! 知ってマス、これ知ってマース! 自分のマネーでドリンクを買いに行かされたあげく、銘柄がひとつでも間違っていたらナックルでボコられるやつデース! スクール・カーストの頂点のオポジットに君臨していたミーには、この手のブリイングの手法はワン・ハンドレッドも承知なのデース! ミーを苛烈な受験ウォーズにウィンさせた膨大な暗記力をナメてもらっては困りマース! オーケー、ミーにまかせておいてヨー!
 「ダイエット・コーク、十六茶、午後の紅茶、ミネラル・ウォーター」などと小声で繰り返しながらエレベーターの中を小走りにローリングしていると、後から入ってきた一般ピープルがぶしつけにミーをルック・アットしてきマシタ! 闘拳コミックを愛好していた頃の激しいゲイズでにらみ返すと、たちまち目をそらして見なかったふりデス! ホワット・ア・カワード! ミーの胸中をたちまちプライドが満たしマシタ! スクール・カーストはブリーするサイドとブリーされるサイドに分かれマス! ニーザ―・サイド、そのどちらにも加担しない、ある意味もっともクルーエルなヘラヘラ笑いのトーテム像だっただろう一般ステューデンツに、ミーがキアイで負けるわけがないのデス!
 みんなー、お待たセー! ダブル・アーム・スープレックス、両腕いっぱいにドリンクを抱えてリターンすると、ミーはベガーどもに所望のドリンクを手渡していきマス! すると、ブリイング・ギークスどもは互いに顔を見合わせると小さく舌打ちをしマシタ! ミーの買い物がパーフェクトだったことを確認したようデス! ゼン、ギークスのうちの一人がミーに婦女子のイラストが描かれたネーム・カードを差し出しマシタ! オーッ、ジャパンのフェイマス・コマーシャル・トラディションであるところのメイシ・ゴウカンネー! ミーは腰を90度に折り曲げてカンパニー・ネームの入ったメイシを差し出しマシタ! このときミーはアクセプトされる喜びにうちふるえたのデス!
 そこへステテコ一丁で首にタオルを巻きつけたサメンが、ソープの香りを発しながらアピアーしマシタ! 「フッ、コノ気ムズカシイ連中ヲハヤクモ手ナヅケチマウトハ……ヤハリ、俺ガ見込ンダトオリノ漢ダッタヨウダナ……」とツイーティングし、先ほどのサメンの行動が一刻も早くスウェットを流したいからではなく、ミーの実力をイグザミンするためにしたことがわかったのデス! ヤッパリネー、サメンのこと信じてたヨー!
 「ソウソウ、オマエラニ言イ忘レテイタガ……」
 ふいにボイス・トーンをチェンジすると、サメンは人差し指と中指の間に親指をはさみこんだジェスチャーを誇示しながらギークスどもにデクレアー、宣言したのデス!
 「今日ハ来ルゼ、ナヲンガ! ソレモ、二人ダ……!!」
 とたんにルーム内のギークスたちは色めき立ちマシタ! オブ・ゾウズ・ギークス、中でも晴海からコミケトーに参加しているという古強者ギークがエスペシャリー大きなリアクションを見せたのデス!
 「な、何? いまお前はナヲンって言ったのか? そ、それはまさかヲンナ、女のことか? もしかして、本物の女のことを言っているのか? 二次元じゃない方の女のことを言っているのか? 本物の女ってそれ、都市伝説じゃなかったのか? やばいだろー、それ、やばいだろー」
 トゥー・ショックト、ベテラン・ギークはよほど衝撃を受けたのか、アフター・ズィス、しばらくの間「やばいだろー」を連呼するだけのステイトに陥ってしまいマシタ! サメンのアクウェインタンスの土人オーサーが売り子ヘルパー(マネーでタイムとボディを提供する売女みたいなものデス!)を帯同してくるとのことデス! 知ってマス、それ知ってマース! プライベートな場からパブリックな場へ売女とやってくるコト、ソー・コールド、同伴出勤ネー! ミーが大きな声で「カッパン・インサツ、ドウハン・シュッキン!」と言うと同時に、サメンのナックルがミーの眉間に火花を散らしマシタ!
 コンシャスネスがバックすると、ミーはタクシーのインサイドでドアーにリーン・アゲインストしていマシタ! 同乗者はサメンとオットマンのようデス! サメンがまとうバイオレンスな気配へのフィアーから、ミーはこのヤングマンをカンバセーションの相手に選ぶことにしマシタ! ヘイ、ボーイ、しばらくミーとお話ししようヨー! オットマンはここで初めて、セクスペリアから視線を上げたのデス! ゃだ……このコ……すごぃきれぃな目……してる……!!
 クリエイター・フェローズとルームを共有して住んでいるコト(今日はシェアハウス・レートが高いデスネ!)、少年誌の連載をフィニッシュしたが(ソワカ反吐、とかいうタイトルデシタ!)持ち出しばかりでエロ・カートゥン時代のセービングを逆にデクリースさせてしまったコト、トウキョウ・ステーションでクソビッチ(ビチグソの聞き間違いだったかもしれマセン!)のメタル・アクセサリーに商売道具のフィンガーをデストロイされたコト、アンド・ソー・オン、いろいろなトピックをフランクに語ってくれマス! 話しぶりも好印象でセクスペリアを愛撫するだけの感じ悪い青年かと思っていたマイセルフが恥ずかしくなりマシタ! 聞けば今回のコミケトー参加にもサメンが尽力してくれたとのことデス! オットマンがサメンへの感謝を口にし始めると、助手席で黙っていたサメンが口を開きマシタ!
 「俺タチハ究極、アウトサイダーナンダ。国ナンザ少シモ頼ミニナラネエ、組織ナンザ元ヨリドウ搾取シヨウカバカリ考エテヤガル。困ッタ時ニハ互イヲ助ケ合ウ、ソレガ俺タチニトッテ唯一守ルベキJINGIナノサ」
 ゃだ……すごぃ……ぉとこまぇ……! オットマンがインプレスト、感じいったように深くうなづきマス! メイビー、もしかするとエロ・カートゥン業界の出稼ぎフォリナーにとって、このサメン・アッジーフという男は元締め的な存在なのかもしれマセン! バイ・ザ・ウェイ、ミーは二人のリレーションにア・リトル、すこしセクシャルなものを嗅ぎ取りマシタ! ロトン・ガールズならばウケ・オア・セメという言葉で表現したことデショウ!
 タクシーを降りた先のバス乗り場でサドンリー、突然、土人誌の配給が始まりマシタ! 
 「――体調が悪くて今日来れないから、××さんがみんなによろしくって、これ」
 もしかするとトウキョウではサルベーション・アーミーの炊き出しぐらいの、当たり前の光景なのかもしれマセン! ミーはそのアブセント・パーソンにとってパーフェクト・ストレンジャーだったのデスガ、ものほしげな上目遣いフェイスで人差し指の第二関節までをマウスに突っ込んでチュパチュパいわせていると、土人誌をゲットすることができマシタ! イン・アディション、しかもページ数に比してトゥー・エクスペンシブな冊子をフォー・フリーでデース! ワーイ、ヤッター! キョウト・プリフェクチャーならイメディエットリーお縄を頂戴(荒縄で全身をキッコー縛りすることデス!)するような年齢のポルノグラフィが満載ダヨー!
 バスを降りるとそこがヤカタブネの乗り場デシタ! 生粋のパリジャンであるミーは、セーヌ・フラーヴをバトービュスでクルーズするのが日常だったのデス! ジャパンのバトービュスはどんな外観をしているのデショウカ? ワクワクしながらバージをルックするとジャパニーズ・ヒラヤ・ハウスを木造のシップにアッドしただけという、ベリーいい加減な乗り物が頼りなげにフロートしていマシタ! オオサカ・キャッスルの上にデビルがまたがっているビジュアルのメイフラワー、豪華客船を想像していたミーはベリー・ディスアポインティッド、たいそうガックリさせられたのデス!
 ヤカタブネの中は少しでも平方メートル辺りの利益率を上げたいのデショウ、陸地ならば消防法にタッチ、抵触するほどのデンスリー・ポピュレイティッド、人口過密ぶりデシタ! オーッ、これがかの有名なジャパニーズ・トラディション、スシ詰めネー! ミーとサメンを含めた6人の野郎どもがフェイス・トゥ・フェイスになり、通路を挟んだテーブルに細面の優男とルーモア、うわさの売り子ガールズどもが座りマシタ!
 ヘイヘイ、初対面のウタゲ・フェスティバルではテレコに座るのがコモン・センス、常識デショウ! ファースト・ハンド、初手から知り合いだけ固まってどうするんデスカ! セールス・マネジャーのスピリットが一瞬ネックをもたげマシタガ、ミーはここではパーフェクト・ストレンジャーなのデス! コンパニオン的ビヘイビアーとは遠く、ケータイ遊びにアブソーブド・インするフィーメイルたちにはベテラン・ギークもガックリきたようで、あからさまなディスアポイントメントにショルダーズをドロップさせていマス! シンパサイズ・ユー、その気持ち、痛いほどわかるヨー!
 それにしても、ブルブル! 夜のリバーからウィンドウを吹き抜けるウインドはサマーだというのに冷たく、スキニーなミーはガタガタとふるえだしマシタ! イッツ・ソー・コールド! ヘイ、クルーのブラザー! こっちにアツカン、ジャパニーズ・サキをアツカンでプリーズ!
 「えー、申し訳ありません。本船には缶ビールと缶チューハイしか積んでおりません」
 ワ、ワット? 寒風ふきすさぶ中、よく冷えたビアーしか置いていないというのデスカ? 加えて重度のアルコール・アディクションであるミーにとって、ビアーぐらいで酔うことなんてできマセン! ミーのハンドがブルブルとふるえだしたのは、寒さではなく離脱症状によるものデス! 赤ら顔のロシア人なら「シュトービスカザーリ? ビールはアルコールじゃないだろ? コストコでも清涼飲料水のコーナーで売ってるぜ? コストコはロシア資本だろ? なんたって値札がぜんぶロシア語で書いてあるからな! ハラショー、サンボ!」と答えて四十過ぎで死ぬところデス!
 オーケー、アルコールの種類が少ないことにはクローズ・マイ・アイズ、目をつぶりマショウ! こと酒類のフィールドでジャパンは二等国なのデスカラ! ハウエバー、食材への深い造詣とUMAMIに精通した日本食は、舌の肥えた欧米の食通をもうならせると聞きマス! アンド、生ガキとフォワグラ・ソバージュを常食としてたミーの舌は、生半可の食通に劣らないと自負していマス!
 バット、出てきたディッシュはミーの想像をはるかに越えていマシタ! それはボールいっぱいのゲロ状のゲル、あるいはゲル状のゲロだったのデス! ヒロシマ焼きだかドテ焼きだか言うそうデスガ、なんでトウキョウくんだりまで来てヒロシマの名物を食わなあかんネン! オフコース・ユー・ドゥー、利益率を高めるためデース! シップに食わせるギャスが値上がりし続ける中、客に食わせるミールの単価をボールいっぱいのゲロで抑えるのは理の必然デス! ホワット・アン・エコノミック・アニマル・ゼイ・アー! 慄然たるエコノミック・アニマルどもデス!
 オールライト、オールライト! アルコールや食事のクオリティはこのウタゲ・フェスティバルには全く関係ありまセン! 今日はタレントあふれる土人オーサーたちとのカンバセーションのクオリティを楽しむために、ミーは来たのデスカラ!
 はしけを離れてからほどなくして、テーブルを満たすのは土手焼きの具材がジリジリと鉄板の上に焦げる音だけになった。携帯電話の画面を見つめ続ける者、腕組みをして虚空を眺める者、手持ちぶさたに具材をコテでつつき回す者――私は気まずさに耐えられなくなって、早くも3本目の缶ビールを注文した。背後では浴衣を着た若い女子が嬌声をあげている。合コンだろうか、実に楽しそうだ。ひるがえって、誰も話題を振りさえしないこの会合は何なのか。宴席の幹事としての活躍だけで社内の地位を固めた身にとって、実に気をもむ状況だ。まさか、ゲスト未満の部外者が場を仕切るわけにもいくまい。鉄板のジリジリいう音が内心の焦燥の擬音化のように聞こえ始めたそのとき――
 「マア、ネットジャ良ク話ヲスル面々ダガヨ、コウヤッテリアルデ会ウノハ初メテッテ連中モイルダロウ。コイツガ焼ケチマウマデ、マダ時間モアルコトダ。ドウダイ、堅ッ苦シイノハ申シ訳ネエガ、ヒトツ自己紹介ッテノハ」
 サメン・アッジーフ! アウア・セイビアーはやはりこの男デシタ! 気まずさをリムーブすると同時に、アウトサイダーであるミーが発言するのに自然なシチュエーションを作ってくれたのデス! ハーイ、ハイ、ハーイ! ミーはエナジェティックにハンズ・アップしマシタ! ミーが最初にセルフ・イントロデュースするネー! ミーはナラ・プリフェクチャーから来たパイソン・ゲイだヨー! ニュー・ワールド・オーダー・フォー・グッド・メンっていうテキストサイトを十年ほど前から運営してるんだケド、みんな知ってるかナー?
 「知ってる」
 女のうちのひとりがケータイの画面から目を離さないままボソッと、吐き捨てるように私の言葉へかぶせてくるのが耳に入り、無理にも奮い立たせていた感情は一気に冷えた。 アタシたちは優男のファンなんだから、おまえの暑苦しい自己紹介なんざどうでもいいんだよ。そう言っているように聞こえた。この女は、私がこの瞬間に川へ飛びこんだとしても、携帯の画面から顔さえ上げないだろうと確信できた。女を連れてきた色白の優男は涼しげな微笑を浮かべたまま、ツレの無礼をたしなめることも、私の方へ視線をやることもしなかった。愛情の反対は憎悪ではなく無関心――マザー・テレサの有名な言葉がふと浮かんだ。
 ほとんど泣きそうになりながら、しどろもどろで尻すぼみの自己紹介を終える。伏せた顔から涙がこぼれ、鉄板の上でジュッと音を立てた。C80-3.JPG
 ウオァァァァッ! これ、テキストサイトのオフレポやねんで! 現実に負けてどうすんのや! もっとウソ・エイト・ハンドレッドで、狂い踊らなアカンがな!
 ライク・ア・ローリング・ストーン、さすがコミケトーで一枚看板を張る烈士たちの集まり、ただのセルフ・イントロデュースにさえ緊張で思わずハンド・スウェットを握りマス! この後の人物紹介は、グラップラー刃牙最強トーナメントのイットを思い出してもらえば、ピッタリのシチュエーションをインサイド・ブレインに再現できると思いマス!
 ミーの隣に座るのはセクスペリアのオットマン、その隣りがイラク人のサメン・アッジーフ、この二人についてはもうエクスプラネーションは不要デショウ!
 ミーのトイメンにいる「俺って典型的な酒の飲めない日本人だな」という風貌をした、このソース&オイリーなメンツの中でオールモスト・ゲット・ロストしている青年は、コウヤヒジリだかシモツキ(ミーはウエツキの方が好みですケドネ!lol)だかいうペンネームでイラストを描いたり、アニメの絵を動かす(大道芸の類デショウカ? よくわかりマセン!)ことをプロフェッションにしているそうデス! ホワット? ゲンガー? ポキモンの一種デショウカ? ウェル、どんなアニメの絵を動かして(?)いるんデスカー?
 「あの、有名なとこでいうと電脳コイルとか」
 とたん、エブリバディがどよめくのがわかりマシタ! どうやらビッグ・ネームのようデス! だとすればジャパンのギーク・カルチャーに造詣のディープなミーが知らないはずはありマセン! ウォーッ、思い出せ、思い出すのデース! 思い出しマシタ、ライトナウ、ソレ思い出しマシタ! ミーはうれしくなって叫びマス!
 「ワーオ、裸神活殺拳ネ! 脱げば脱ぐほど強くなるネー!」
 アイ・ドン・ノウ・ワイ、なぜかエブリバディのリアクションは悪かったデスガ、それはきっとミーがジャパニーズ・エモーションの起伏を読み取れなかっただけのことデショウ!
 シモツキの隣にいるのがハルミ・エラからコミケトーでブイブイゆわせていたという古参ギークデス! ホワッツ・ユア・ネイム? アー、どうもイングリッシュ・ワードのようですがヒアリングできマセン! ジャパニーズのプロナウンスは平板すぎマス! 何度か聞きかえして、この古強者のペンネームがシャアウフプであることがわかりマシタ! シュアリー、ハンターハンターのトガシ先生をリスペクトしているに違いアリマセン! 「手淫すげえよ!」(これも元はイングリッシュ・ワードのようデス!)みたいなタイトルのゲームでアクセサリーとかのデザインをしていたそうデス! スリー・ディメンションへの絶望のせいかメディケーションのせいか、なかなかテンションが上がりマセン! ホテルではミーへのブリイングの火種となった人物デシタガ、このウタゲ・フェスティバルで小学生が大好きと知りマシタ! ミーがビリーブするセイイングは「子ども好きに悪人はいない」デース! 見直したヨー! オウ、これがシャアウフプの作成した土人誌デスカ? レット・ミー・ハブ・ア・ルック! ガッ、マイガッ! ユー・アー・アンダー・アレスト! ゴー・トゥー・ジェイル、ユー・ブラッディ・アス・ホール!
 ソリー、思わず取り乱してしまいマシタ、スイマセン! クリミナルの隣には、「ナントカ村」という名字の人がよくやる、カタカナのムを突き出た鼻、ラを開いた口に見立てた自画像のようなフェイスのパーソンが座っていマス! トゥ・テル・ザ・トゥルース、実のところこの人物に関してわかっていることはあまり多くありマセン! ジェネラリー・スピーキング、一般的に言って俯角に設定されることの多いウェブカメラを仰角に設置しているということだけデス! なぜ俯角ではなく仰角なのデショウカ……オオップス、コレ以上は勘弁してくだサイ! ア・フュー・モア・ワーズ、アイ・ウィル・ビー・キルド! ペンネームを聞きそびれたので個人的にホニャ村と呼ぶことにしマス! どうやらホニャ村はマス・オーヤリなる人物をレスペクトしているようデシタ! フー・イズ・ヒー? キョクシン・カラテのファウンダー、創始者のことデショウカ? ミーがザ・疑問を口にすると「マア、オマエハ、飲ンデロヨ」とサメンがミーに新しい缶ビールをプッシュしてきマシタ! 「違うんデスカ? ビッグ・ファック先生じゃないんデスカ?」と重ねてアスクするとホニャ村の表情マッスルがひきつり、サメンはシリアス・フェイスで「バカ、ヤメロ」とミーをたしなめたのデス! 実在の人物かどうかさえわかりませんデシタガ、マス・オーヤリの話はどうもこの席ではビッグ・タブーのようデシタ! フォックスにつままれるとは正にこのことデス! エロ・カートゥン業界ではヤスタカ・ツツイの小説に登場するフーマンチュウ博士みたいな位置づけのパーソンなのかもしれマセン!
 アンド、通路をアクロスしたテーブルでハーレムを形成しているのはファインド・ウォーリーかカズオ・ウメズのようなストライプト・奇抜・ファッションをした優男デース! ヘイ、レット・ミー・リマインド・オブ・ユア・ネイム! ボーボボボ・ボボーボボボ? 何回聞いても、ボの回数がわかりマセーン! 少年ジャンプ愛読者からキヨシ・ヤマシタをレスペクトしている可能性までありマース! ジャパンのカルチャーは多様すぎるネー! ミーは個人的にズィス・ガイをウォーリーと呼ぶことにしマシタ! オウ、これがウォーリーの作成した土人誌デスカ? レット・ミー・ハブ・ア・ルック! ガッ、マイガッ! ファティ・メルティ・ウェイスト・ウィズ・ボミッティング・ストレンジ・ヒュージ・ティッツ! 人を見た目でジャッジしてはいけないとよくマムはミーに言いマシタガ、このときほどマムの言葉が実感を伴ったことはありマセン!
 ザッツ・イット、これだけの多士済々なのデスカラ、ドッカンドッカンおもしろトークが次から次へエクスプロードしそうデス! これぞトウキョウまで出張してきたかいがあるというモノ、エクストリームリー楽しみデース!
 鉄板の周囲には幾たびかの沈黙が降りている。ホニャ村がスッと挙手する。皆の視線が集まる。「今まで隠していたことがあります。私、サメンさんと同じ雑誌で描いていたことがあります」と発言する。誰も拾えないボールだった。話を振られた当の本人も「アア、ソウナノ?」と困惑気味の応対で話題の種火はたちまち消滅した。船上ではトイレを理由に中座して、そのままフケることもできない。窓から川に飛び込むことを本気で思案し始めたとき――
 「アア、コノ土手ハ素晴ラシイモリマンダネー、恥丘ノ神秘ヲ表シテイルンダネー」
 パーハプス、もしかしてレオ・モリモトが乗船しているのデスカ? ノー・ヒー・ダズント、やはりこれもサメン・アッジーフの仕業だったのデス! 土手の外壁をコテで成形しながら、サメンはさらに続けマス!
 「柔ラカナ土手ノ内側ニ満タサレテイルノハ愛ノジュースナンダネー。緑ノ滓ヲ浮キ沈ミサセナガラ白ク泡ダッテ、ホラ、今ニモコボレソウダネー。剥キ海老ノ白サハ、ソウ、包皮ヲ剥イタアノ甘イ豆ノヨウダネー」
 サハラの熱い風を意味する族長名・アッジーフを冠したサメンの語りは、冷え切ったプレイスをたちまちウォームしていきマス! ホワット・ア・シェイム! ミーはアウェイを理由に保身に満ちたサイレンスのインサイドで自己憐憫にひたっていたことを恥ずかしく思いマシタ! ポジションなんて関係ありマセン! ワン・ミーティング・ア・ライフ、一度の出会いがハウ・レアかを思い、そのミーティングに全力をかけられるかがインポータントなのデス! ミーはマイセルフをおおっていたエッグシェルがクラックするサウンドを確かに聞きマシタ! サンキュー、サメン! 今こそプライドのセルからレスキューしてくれたユーへのJINGIを、ミーが果たすときデス!
 「ヘーイ、みんな知ってマスカー? ナラの仏像さんはめっちゃエロいのネー! それを証拠に頭はケマン、喘ぎはアハン、左手はテマン、居るのはネハン、股間はたちまち濡れそぼり、ニルヌルニルヌル、ニルヴァーナ!」
 ミーは大ハッスルでサメンの暖めたステージにとびこみマシタ! ホワット・ア・ミステリー! なんということデショウ! 場の空気が急激にクール・ダウンしていくのを感じマス! オットマンだけがミーの隣で、「サメンさんとパイソンさんのやりとり、すごい面白いです」と両手をクラップして大喜びデシタ! ジャパンの若者の中央値としては考えにくい青年のチアフルネスにエンカレッジされ、ミーは最後のデンジャーなギャンブルにうって出マシタ!
 「ダイインシン、チュウインシン、ショウインシーン! チュウナゴンはいるのに、なぜチュウインシンだけありマセンカー? チュウのインシン王にカツレイされたからデスカー? カツカレーイ!」
 絶叫が虚空に消えると、テーブルにはしんとした静寂が残された。そして、いつの間にか背後の席からは一切の声が聞こえなくなっていた。はしけに船体が当たり、船全体が少し揺れた。日本人の顔になったサメンが伝票を取り上げながら、「えー、三千円通しでお願いします。端数はいいっすよ」と言った。三々五々、船を降りてゆき、私はテーブルにひとり残された。
 「あーっ、だれか携帯電話忘れてるよー」
 黄色い声にふりかえると、私のアイフォンを浴衣姿の可愛らしいお嬢さんがひろいあげるところだった。
 「あ、それ、ぼくのです」
 言うや否やあからさまに怯えた表情になり、汚いものにでも触ったかのように私にアイフォンを投げよこした。グループの他の女子が集まってきて「だいじょうぶー?」「なにもされてないー?」と口々に声をかける。私は黙って船を降りた。
 帰りのバスは混み合っていたが、私の隣には誰も座らなかった。頭の芯まで恐ろしいほどにシラフで覚醒しきっていたが、酔ったフリで目を閉じた。
 またやってしまった。ふだん社会性でがんじがらめにさせられている誰かにとって、酒の席は反社会的な部分を少し解放してやることで、共感を得られる場になる。勝手な推測に過ぎないが、たぶん今日の酒席はその逆だったのだ。私は貯蓄とか、住宅ローンとか、フィットネスとかの話をするべきだったのだ。
 しかし、すべてはもう遅かった。宴席で関係を築き、大量に余った在庫を押し付けよう、あわよくば彼らの知り合いに同人誌を紹介してもらおうという甘い見通しは、粉々に砕け散ったのだ。
 ホテルのロビーに戻ると、なぜかホニャ村が話しかけてきた。自分は三十歳を過ぎてから絵を描き始めてここまできた、頑張れば遅すぎるということはない、などとアドバイスを受けた。サメンの弟子か何かと勘違いし、たぶん、私を励まそうとしたのだろう。先ほどの宴席で自ら話題をふったことといい、実はかなりいいヤツなのかもしれない。しかし、私の望みはイラストのスキルを向上させることではない。己のテキストをより広範な形で世に問いたいという一点なのだ。ホニャ村の励ましに心温まるものを感じながらも、このディスコミュニケーションこそが今回のすべてを象徴しているな、と思った。
 互いに名残を惜しむサメンとその同人仲間たちを尻目に、私は黙って自室へと引き返した。いろいろな意味で、終わったな、と感じながら。一刻も早くひとりになりたかった。
 灯りもつけず、服も着替えないままベッドに倒れこむ。空調か何かのぶーんという音が部屋の中に充満していた。何も考えずただ頭を空っぽにしていたかった私は、そのぶーんという音に意識を同調させていった。最後まで読み通すと発狂するというあの小説のことが、ふと頭に浮かんだ。
 どのくらいそうしていただろうか。ふいに部屋のドアがノックされる。ルームサービスは頼んでいない。しばらくすると、再びノック。ノロノロと立ち上がり、覗き穴も見ずに部屋のドアを開ける。そこにははたして――
 「アンナンジャ、オマエハ飲ミ足リネエダロ? サシデ飲ミ直シトイコウヤ」
 なんとノックの主はサメンだったのデス! ホワイト・ワインのビンをかかげながら、ルームに入ってきマス! ミーは人差し指でノーズの下をこする仕草で涙を隠しながら「も、もちろんネー!」とアンサーしマシタ! そしてミーとサメンのセカンド・ウタゲ・フェスティバルが始まったのデス!
 ムーディな間接照明の下に洗面所のグラスでイーチ・アザー、差しつ差されつを繰り返していると、ジャパンにエロ・カートゥン・オーサーとして生きるアフガニスタン人の苦しみを、サメンはポツリポツリと吐露し始めマス! 浅黒いフェイス・カラーに濃いヒゲで、酔っているのかどうかはわからなかったデスガ、ホワット・イズ・コールド、ガイジンとしてのシンパシーが互いを満たしていることだけは確信できたのデシタ!
 今日一日のエブリシングはオールライト、ウォーターに流そう、そう考えているところへサメンが言ったのデス!
 「マァ、ホレ、今回ハサ、オマエニ気ヲツカイスギチマッタトコロガアルカラヨ」
 ノーズの頭をかきながら照れくさそうにサメンは言いマシタ! ホワット・ディド・ユー・セイ? 気をつかう? ユーズ・気・オーラ? ライク・太極拳? ミーのヘッドにはクエスチョン・マークが乱舞していマシタ! サメンの様子をうかがうと、どうやら日本語ディクショナリーのデフィニション通りの意味で言ったようデス! ミーのブレイン・バック、脳裏には今日一日のベアリアスなシーンがクロッシング、よぎりマシタ! 罵倒、殴打、ネグレクト――どれひとつとしてミーの中では気をつかうの定義に当てはまりマセン! プロバブリー、おそらくバズーカをミーの顔面にブチかまさなかったり、ロケットランチャーをミーのアス・ホールにブチかまさなかったり、売り子をヘルプしているミーのスロートを背後からサバイバルナイフで掻き切らなかったことを指しているのデショウ! おそろしいまでの彼我の認識の差異、カルチャー・ギャップに、ミーは世界から戦争が無くならないリーズンの深淵をのぞきこんだ気がしたのデシタ! サメンはそんなミーの動揺にも気づかず、コミック・オーサーとは思えぬほどゴツゴツしたナックルをミーの眼前へヌッと突き出して、「モシ次ガアッタラ、今度ハ手加減無シダゼ?」と言ったのデス!
 シュアリー、間違いなくサメンの本気とはSATUGAIした後、生命を失ったボディを前に、死体こそアイドルであり偶像崇拝のタブーに値すると絶叫しながら、エー・ケー・ビー・フォーティ・エイトならぬエー・ケー・フォーティ・セブンで原型を留めぬほどミンチにするようなタイプのものに違いありマセン! 犬歯を剥き出しにしたその笑顔は、クルセイダーを血塗れの偃月刀で殺害しながら性的絶頂に達する獣たちの末裔、正に快楽天ビーストの凄惨さをエクスプレスしており、ミーのキドニー、腎臓はシティング・ピー、座り小便を危うくマイセルフにアラウしてしまうところデシタ! でも……ミーとサメンゎ……ヌッ友だょ……!!
 「オット、モウコンナ時間ジャネエカ。俺ハ、一足先ニ寝カセテモラウゼ」
 ミーのレスポンスを待つワン・モーメントの隙間も無く、サメンは大あくびをしながら大股にルームを出ていきマシタ! クロックを見ればまだ0時を回ったところデス! 昼夜のリバースしたコミック・オーサーをノーマルなものとして想定していたミーにとって、そのヘルシーすぎるライフ・スタイルはデルビッシュ有な風貌を裏切っているように思えマシタ! マーダラーのイノセンスという言葉をミーはなぜか思い出したのデス!
 ボトルに半分以上残ったホワイト・ワインをMOTTAINAIのスピリットでラッパ・ドリンクしたライト・アフター、ミーの意識はバニッシュしマシタ! 体感にしてフュー・セカンズ、数秒したぐらいでルームのテレフォンがけたたましい音をたてたのデス!
 「オウ、ナンダ。マダ寝テタノカ。アンマリ遅エカラ、ビッグサイトノ回リヲ5周ホド走ッテキチマッタゼ」
 なんというビガー、精力デショウ! ミーはこれを聞いて、サメンの創作パワーのソース、源泉をディスカバーする思いがしたのデス! このミドル・イーストからの出稼ぎコミック・オーサーはネバー、決して夢見がちなチェリー・ボーイどもの妄想をフルフィルするためにエロ・カートゥンを描いているのではありマセン! ローカル・タウンをジョギングし、バイスィクルで数十キロを走破し、リアル・ワイフにカムショットし、ベッド・メイトにカムショットし、フッカーにカムショットし、まだカムショットし足りない分でペイメントの発じるマガズィーンのマヌスクリプトを描き、それでも余っているビガーを発散するために土人誌にエロ・カートゥンを描いているのデス! これぐらいのパワーを持ったパーソナリティで無ければペンニス1本(訳注:当該部分が何かで汚れており、penかpenisか判読不能なため、このように表記した)でチンチン代謝(訳注:原文はshinchinの表記。タイプミスか)の早いエロ業界でサバイブしていくことなどインポッシブルなのデス!
 階下のダイナーでブレックファストを共にした後、サメンがミーをアキハバラまで送ってくれることになりマシタ! オーッ、知ってマース、ソコ知ってマース! アニマ・ムンディがアポカリプティックにサクガ・ホウカイしたところデスネー! サメンはミーのワーズを完全にイグノア―すると、荒々しくアクセルをフロアーまで踏みこんでホテルのパーキングをリーブしたのデス!
 オーッ、レインボー・ブリッジ、レインボー・ブリッジデース! ホワイ・ノット、今日はなぜか封鎖されていまセーン! ウィンドウにフェイスを押しつけてチャイルドのようにユージ・オダを探すミーをサメンがネグレクトし続ける最中、事件はカンファレンス・ルームではない場所で起こりマシタ! 大型のゴミ収集車がスピルバーグ監督の「激突!」を思わせる動きでヌッと車線変更してきたのデス! サメン・アッジーフは今こそ中東でテラーを行使してきた凶悪なネイチャーをエクスプロードさせ、「アオッテンジャネエ! コノEdda避妊ドモガ!」と大声でイェルしながらナックルでクラクションをガンガン殴りましたマシタ! ミーゎしょうじきびびった……でも……こわがるのょくなぃって……ミーゎ……ぉもって……がんばった……ミーとサメンゎ……ヌッ友だょ……!!
 ウェル、ところで、エッダ? エンシェント・ノルドのポエムのことデショウカ? Edda避妊というシャウトはどうもフォー・レター・ワーズ、ののしり言葉のようデシタが、アンダーグラウンド・カルチャーにうといミーにはその意味がよくわかりませんデシタ! フィアーに満たされながら横目で隣を見ると、サメンは目を真っ赤にしてさめざめ(lol)と泣いていマス!
 「アイツラ、午前中ダケ三時間ホドゴミヲ集メテ、午後ハ飲ンダクレテル。ソレナノニ、オレノ倍以上ハ金ヲモラッテルンダ。コナイダ役所ニ行ッテアノ仕事ヲ回シテ欲シイッテ言ッタラ、『申シ訳アリマセンガ、アレハ生マレツキノ権利ナノデ……トコロデ、外国人登録証明書ヲゴ提示イタダケマスカ?』、ダトサ! 知ッテタカ? インディア並ミノカースト制度ガ、コノ日本ニハ実在シテルンダヨ! アンナヤツラガイル一方デ、オレハ一日十六時間エロマンガヲ描イテ、国ニ残シテキタボウズトカカアヲ養ッテルンダ! ナア、ヒドイ話ダト思ワネエカ! コレジャ、現地妻ヲ作ルヒマモネエ! 現地妻ヲ作ルヒマサエネエンダヨ……!!」
 サメンはハンドルへ身をあずけるようにして、いまや滂沱と涙を流していた。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。俺たちは現実から逃げ出して、二次元の安らぎにやってきた。だが、俺はその場所からも逃げた。結局また現実へと戻ってきて、もうどこへも逃げられない中で、日々の鬱屈をなんとか無知と酒でしのいでいる。
 だが、この男は違う。俺は二度も逃げたが、この男は一度しか逃げなかった。そして己の居場所を維持するために、未だに最前線で戦い続けている。私は鼻につけた段ボールに手をかけると、一息に引き剥がした。何がパイソン・ゲイだ。おまえはいい年をした、何者にもなれなかった凡人じゃないか。本当に好きなものなんて何ひとつない、日々を空費するだけの凡人じゃないか。
 古書のまちをぬけると、大きなビルの林立する電気街に到着した。降りるときに、ふたりで握手を交わした。励ましでもなく、友情でもなく、約束でもない、そんな握手だった。車が走り去るのを見送ると、近くのゴミ箱に握っていた段ボール片を放りこんだ。
 もはや早朝とは呼べない時間なのに、店のシャッターの多くは下りたままだった。街全体がまだ、昨日の夢をまどろんでいるように見えた。
 さあ、これからどうしようか。ゲーセンで時間でもつぶしてから、同人ショップにでも寄ってみようか。メイド喫茶に入ってみてもいいし、たしかAKB劇場もこのあたりにあったはずだ――
 だが、私はそのどれに対しても心が平たく閉じているのを感じた。
 まっすぐ駅にむかい、東京までの切符を買う。改札の前でふりかえり、秋葉原の街にむかって深々と頭を下げた。それはおたくを象徴する場所への、この十余年の謝罪をこめた一礼だった。
 ぼくはずっと、君たちおたくがうらやましかった。ぼくはずっと、おたくになりたかった。ぼくにとってのおたくは、身を包むブランドのようなものにすぎない。他人に自分をどう見せたいかの飾りで、なくして困るようなものでは全然なかった。
 もう一度言う。ぼくは、おたくになりたかった。骨がらみの、それを引き剥がせば失血して死んでしまうような、ひどいおたくになりたかった。いまや現実のぼくは、君たちを断罪し、粛清する側に立ってさえいる。君たちをとりまく人々のいちばん外側から、石を投げるふりさえしている。
 どうか、こんなぼくをゆるしてくれ。ぼくはずっと、君たちみたいに純粋に生きたかった。ぼくは、本当は、おたくになりたかったんだ。


よい大人のnWo 第一部完







平成最後のテキストサイト100人オフ顛末書

 レースのカーテンごしから注がれる暖かな午後の陽の光で目を覚ます。
 意識が覚醒し、自分がだれであるかが戻ってくるまでの、一秒にも満たない瞬間――
 その一瞬だけが、いまのわたしにとってのやすらぎだった。
 インストールされるみたいに自我がおりてきて、そして、あの日の光景がフラッシュバックする。
 やすらぎはたちまちに去り、わたしは寄る辺ない幼子のように両肩をかきいだくと、さめざめと泣いた。
 どうして、あんな場所に行こうと思ってしまったんだろう。
 あの日以来、まるで浜辺に寄せる波のように、後悔が尽きることはない。
 わたしはいけないとわかっていながら、舌でふれてしまう口内炎のように、もう幾度目だろう、あの日の記憶を反すうしはじめた……


 わたしの名まえは、琴理香(こと・りか)。どこにでもいるふつうの女の子。
 でも、わたしにはヒミツがある。小鳥猊下(ことり・げいか)ってハンドルネームで、「ねこをおこさないように」っていう名まえのちょっといけないホームページを運えいしているの。ともだちも知らない、お父さんとお母さんにも言ってない、わたしと、そしてあなただけのヒミツ。
 いま、わたしは東京にむかう新かん線にのっている。新じゅくでおこなわれる、テキストサイト100人オフ会に参かするためだ。
 ながいあいだ会っていない管り人、はじめて会う管り人、そしてなんてったってわたしのアイドル、ウガニクのホームページがやってくる!
 これからおこるだろうできごとを想ぞうするだけで、自ぜんと笑みがこぼれた。
 わたしがほほ笑むと、新かんせんの窓ガラスにうつった気もちわるいオッサンの顔も楽しそうに笑った。
 でも、ここまでくるのは本とうに大へんだった――
 わたしはかん西の中小きぎょうの営ぎょうたん当で、オフ会の当じつ、大きなプレゼンをまかされていた。でも、プレゼンが終わってすぐに出ぱつすれば、いち時かんくらいの遅こくでまにあうはず。
 鉄どう検さくで何ども「かくにん!よかった」して、一かげつまえから同りょうにおかしをくばったり、何ども何どもこの日は早たいするって、根まわしした。ブラックきぎょうのへい社では、半きゅうをとるだけでも大へんなのだ。
 でも、いちばん大へんだったのは――
 「ハア? このクソいそがしい時期に、こともあろうか私用で有給申請ってどういうこと?」
 こめかみにしっ布のカケラをはりつけたおんな上しの大ごえに、ビクッとなる。
 「あの、でも、有きゅうは理ゆうを書かなくてもいいって……労どう基じゅん法にかいて……」
 「なに、アンタ! まさか労基にでも駆けこむつもりなの!」
 おんな上しがヒステリックにさけぶ。
 「あの、そんなつもりは……」
 土よう日なのに……本とうは、休じつ出きんなのに……。しゅう職氷が期のせいで、こんなブラックきぎょうにしかじぶんのい場しょがないことに、なみだがジワッとでてきた。
 「私用とやらのせいでプレゼン失敗したら、アンタのクビくらいじゃすまないからね!」
 強れつなば倒に身がちぢんだけど、労どう基じゅん法という単ごがきいたのか、有きゅう届けはなんとか受りされた。
 当じつのプレゼンは、大せいこうだった。満じょうのはく手を受けながら、わたしははや足で会じょう出ぐちへむかう。おんな上しは出ぐちで腕ぐみして、こちらをにらみつけてきた。業むに感じょうをゆう先させるタイプで、きょうも会しゃのそん失よりも、わたしの失ぱいをねがっていたにちがいない。
 「失れいします」
 かるく会しゃくすると、小ばしりにかの女の前を通りすぎた。
 せ中にことばがとんでくる。
 「いいご身分ねえ! みんなはまだ働いてるっていうのにさあ!」
 なみだがジワッとでてきた。けれど、ふりかえらずに駅まではしった。
 電しゃを2つのりついで、新大さか駅にとう着する。駅のこう内をい動するとき、券ばい機できっぷをかうとき、何ども、何ども、うしろをふりかえった。バカげているかもしれないけど、おんな上しがわたしをつれもどすために、鬼のぎょうそうで追いかけてくるような気がして、しょうがなかった。
 発しゃのアナウンスがあって、新かん線のとびらがはい後でしまったとき、とうとう逃げきれたことに、本とうに心のそこからホッとした。このしゅん間まで、オフ会に参加できると自ぶんでもしんじていなかったみたい。
 自ゆう席の窓がわに腰をおろすと、ずいぶんかんじたことのなかった、うきうき、ワクワクする気もちが全しんをみたしているのに気づいた。ブラック労どうでよく圧されていた、心の自ゆうをとりもどせた気ぶんがした。
 どう中、ずっとそのしあわせな気ぶんはつづいた。とつ然シンナーしゅうがするとおもったら、となりの席のじょ性がネイルをはじめていたりとか、「シューマイ臭せェ」「あ、ホント……」「だれか温めるシューマイやったんじゃないのォ」「うおォン」とか、自ゆう席なので、じょう客の民どはさい悪だったけど、ぜんぶゆるせた。
 でも、新よこ浜をすぎたあたりで、ひさしぶりのオフ会だし、ちょっと身なりを気にしてみようかな……なんて思ったのがよくなかった。
 連けつ部の洗めん台で、髪の毛にディップをつけてアッパーな印しょうをつくろうとしたら、うまくいかない。何どもくりかえすうちに、顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな、絶ぼうてきなし上がりになった。
 ほどなく、乗りかえ駅の品がわにとう着し、顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたで、新かん線のかい札をでた。
 奈良の田なか者には広すぎる駅で、山手せんのホームがわからずウロウロとしばらく歩きまわるはめになった。顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたのこともあって、とおりすぎるみんながわたしを笑っているような気がして、なみだがジワッとでてきた。
 しょうがなく駅いんさんに、顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたのまま、「やまてせんはどこですか」とたずねた。そうしたら駅いんさんは、田なか者への軽べつがふくまれた表じょうで、「やまてせん? やまのてせんなら、50メートルほど行ったところですね」と答えた。
 電しゃにのったあとも、みんなが顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたを笑っている気がして、わたしはずっと下をむいていた。
 新じゅく駅のホームにおりると、突ぜん知らない人が、「これからどこに行くんですか?(髪の毛に精液がついていますよ)」と話しかけてきた。あれふ?みたいな、こわいしゅう教のかんゆうかもしれない。わたしは首をちぢめて、し線をあわさないようして、足ばやにその場をはなれた。
 東ぐちをでると、外はどしゃぶりの雨だった。おかげで髪の毛についたディップ(せい液)は流れおちたけど、気ぶんはもうさい悪だった。
 オフ会の会じょうダーツビー・バー? ダーツバー・ビー? バーツビー・ダー?は予そうもしてなかった、地下のお店だった。わたしは幼しょう期に段ボールで施せつのまえにおかれていたトラウマから、へい所恐ふしょうだった。
 わたしはごくりとつばをのみこむ。最しょの一だんに足をかけようとしても、黒ぐろとした四かくいやみが、段ボールの中から見あげたくもり空を思いださせて、ほんの一ぽをふみだすことができない。
 そうこうするうち、気もちが急そくにさめていくのがわかった。
 もう帰っちゃおうかな。わたしひとり来なくても、だれも気がつかないんじゃないかな。
 ううん、わたしがいたら、むしろみんな迷わくかも。
 子ども時だいの気もちがよみがえって、ジワッとなみだがでてくる。
 そのとき――
 わたしの内がわで大きなこ動がきこえた。実さいに、血のながれがはやくなって、視かいが大きくゆれた。
 だめ、パイソン、いま出てきちゃ。わたしは、琴理香としてみんなに会いたいの……!!
 ねがいもむなしく、わたしは意しきを手ばなしてしまう。


*これより先は、弊社のスタッフであるロシアクォーターの米国人パイソン・ゲイのレポートを、シリア人スタッフがアラビア語を経由して日本語に再翻訳し、それをメガネのチ……もとい、視野および垂直方向にチャレンジされているボランティアスタッフが雨だれ式のタイピングでネット用に整形したものです。一部文意の通らない部分、政治的・倫理的に不適切な部分、タイプミスおよびミススペル等がありますが、当時の瞋恚状況を考慮してそのまま掲載させていただいております。あらかじめご理解賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。Sorry, this page is Japanese only!
(切り忘れたマイクから響く怒号)いいご身分よねえ! 日本語しか話せないくせに上級市民きどりなんだからさあ!


 ウォアアアアーーッ! しみったれたネット界隈のギークどもになんでオレサマが気を使う、ユーズ・キ・オーラせなアカンねん! ワンハンドレッドミーター先で御幸のようすを察知して、入り口まで全員でお迎えに上がるのがサブジェクツ・マナー、臣下の礼儀やろガ! リカのウィーク・イナフ、脆弱なセルフ・コンシャスネスからパーフェクトリィにメタモルフォーゼしたミーは、フェイスカラーをよく見せるスカーレットの勝負ネクタイを締め、アズール色をしたイタリアン生地の高級スーツに身を包み、メイド・イン・ブリテンの革靴でステアー、階段を音高くカツカツいわせながら、ビーツバー・ダーにエンター、入場したのデス! 後からこのパーリィにはミズショウバイ・ステイトのフィーメイルが何人か参加していたと知りマシタ! ハウエバー、ナン・オブ・ゼム、だれからも 声をかけられることはありませんデシタ!  ミーのフェイスとイデタチを見てビッグ・スペンダー、太い客だとわからぬようなクモリ・ステイトのマナコ・アイズではさぞかしメイク・リビングにディフィカリティを感じているだろうコト、ご推察申し上げマス!
 レセプション、受付にはトゥー・メイルズ・アンド・ワン・フィーメイルがスタンド・バイしていまシタ! ヘイ・ユー・ガイズ、ゲイカ・コトリがいじましいネット・スカムどものミーティングにアッド・グレイス、花を添えに来てやったヨー! ミーが勢いよくオドオド・ステイト(状態)でそう告げると、イイチコ・キングダムのエクス・マネジャーであるイワクラと、名も知らぬフィーメイルは、
 「本当に実在したんですね」
 「猊下はテキストサイト界のレジェンドだから」
 「何人か、猊下が来ているか受付で聞いていきましたよ」
 などどオール・アウト、全力でミーをフラッタリング、褒めまくりマシタ! 先ほどまでのデプレッションはどこへやら、すっかり気をよくしたミーは、ファイブ・サウザンド・イェンというトゥー・エクスペンシブなエントランス・フィーをイワクラのフェイスに「テイク・ザット・ユー・フィーンド!」とアターしながら叩きつけると、「よい大人のnWo(猫を起こさないように)小鳥猊下」と書かれたドッグタグ、犬の鑑札をぶらさげてイキヨウヨウ・ステイトでステップ・イン、会場に足を踏み入れたのデス!
 ハウエバー、イイチコ・キングダムの言葉をビトレイアル、裏切るようにノー・ワン・カムズ・ニアー、だれもミーのことにアウェアー、気がつきマセン! メイド・イン・スイスの高級クロックをグランスアットすると、オールレディ開会からワン・ナワー、一時間が経過していマシタ! ダンス・フロアーのスメリー・ギーク・ルッキング・ガイどもは、ノー・ソバー・オール・ドランクン、すっかり出来上がっていたのデス!
 段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。会場はすでにいくつかのグループに分かれ、互いに旧知の面々が談笑するという状況が出来上がっていた。無理もない。開始から、一時間も経過しているのだ。手もち無沙汰にツイッターでテキストサイト100人オフを検索すると、「テレホーダイ!」という乾杯の音頭でオフ会が始まった旨が楽しそうに書かれていた。私は、またもや自分が遅れてきたことを知ったのだ。私の人生はいつでも間に合わない。最適の瞬間を逃し続け、チャンスの後ろ姿を見送る後悔ばかりだ。もうだれとも話さずに会場を去ってしまおうかと考え始めたそのとき――
「小鳥猊下じゃないですか! お久しぶりです、テルです」
 ルックバック、声の主をふりかえると、グラッスィーズのスリムマン、優男がミーにシェイクハンズを求めてきていたのデス! ミーはモア・エクスペンシブなミーのグラッスィーズを誇示しながら言いマシタ! オーッ、テルさーん、ロング・タイム・ノー・シー、久しぶりなのネー!
 できる限りのチアフルネスでグリーティング、挨拶を交わしマシタガ、マイ・メモリーをいくらサーチしても、ミーにはこのスリムマンと会った記憶がありマセン! アンビギュアス、曖昧な気配を察知したのデショウ、「やだなー、前に大阪で会ってるじゃないですかー」とテルを名乗るキティ・ガイ、子猫ちゃんは言葉をかぶせてきマス! アルコールでブレイン・セルのロング・ターム・メモリー、長期記憶がデストロイされているボケ・ステイトのミーには、フロム・タイム・トゥ・タイム、ときどきこういうことがありマス!
 バット、テルを名乗るスリムマンにもミーのバッド・メモリーに対するレスポンシビリティ、責任はあるのデス! とかく古いテキストサイト界隈のハビタット、住人どものうち、特にスカしたテキストをディスクライブする連中は、テルとかニゴとかゴレとか、書いたテキストの方がリーディング・ロール、主役であると言わんばかりに、トゥー・シンプル、簡潔すぎるハンドル・ネームをつけるテンデンシー、傾向がありマス! イッツ・トゥー・ハード・トゥ・リメンバー、ジャパニーズ非ネイティブのラシアン・ハーフのミーには覚えにくいことこの上なしデス! イン・アディション、加えてネット・サーチにはアット・オール、まったく引っかかりマセン! ミーとリカのユニット名「小鳥猊下」はモア・ザン・エニシング、何よりもエゴ・サーチに特化したネーミングなのデス! アプルーバル・デザイアー、承認欲求をフルフィルするためのエゴサにつぐエゴサへ耐える強度を持ったハンドル・ネーム、それが小鳥猊下なのデス! イン・ザット・レスペクト、その点でウガニクというハンドル・ネームはオールモスト・パーフェクト、ほぼ完璧デス! この珍奇なイントネーションはワンス・ユー・ヒアー、一度聞いたらネバー・フォーゲット、忘れることがありマセン!
 オーッ、アイ・オールモスト・ファーゴット・アバウト・イット、あやうく忘れるところデシタ! このオフ会に参加したパーパス、目的はウガニクのホームページに会うことデス! ミーはテルにホエア・ウガニク・イズ、ウガニクがどこにいるか息まいてアスクしマシタ!
 「ああ、ウガニクさんならあちらの隅におられますよ」
 テルがポイント・アウト、指さした先にはワイアードなアトモスフィアーをかもすグループがいマシタ! サンクス、テル! ミーはテルに腰の引けた熱いハグをギブすると、ハート・ビート・ファスト、胸が高鳴るのを感じながら、トゥエニイ・イアーズ、二十年をかけてたどりついたラスト・フュー・ステップス・トゥ・ウガニク、ウガニクに向けた最後の数歩を歩いたのデス! ライク・エターニティ、それは周囲の光景がスロー・ダウンするような、長い長い一瞬デシタ!
 ヘイ、ウガニク・サン、ミーが小鳥猊下ヨー! ミーはできる限りのポライトネス、慇懃さでベンド・ダウン、腰をフォーティ・ファイブ・デグリーに曲げながらビジネスカード(ジョーク)を差し出しマシタ!
 「ああ、貴方が小鳥猊下ですか。ようやく会えましたね。ウガニクです」
 言いながら、そのジェントルマンはビジネスカード(リアル)をミーとエクスチェンジ、交換したのデス! そこにはマネージング・ディレクターの肩書と、ウガニクのリアル・ネームが書かれていマシタ!
 「実はね、猊下の質問箱にウガニクが来るって書きこんだの、私なんです」
 なんというソウシソウアイ・ステイトでショウカ! ミスチービアスリー、いたずらっぽく告げるその言葉に、ミーの目頭はゲットホット、熱くなりマシタ! そしてボウダ・ステイトの涙を流しながらマイ・ヒーローとシェイク・ハンズ、握手を交わしたのデス!
 「小鳥猊下のことは、スヰスの川井俊夫さんの周辺だと思っていたので、私のファンだというのには、正直びっくりしました」
 出た、出マシタ、トシオ・カワイ! ミーはス・ステイトにリターン、戻りマシタ! これを言われる・オア・言われているのを見るのはもう何度目かわかりマセン! なぜテキストサイト・ギョウカイのクロウラーどもは、ミーとトシオ・カワイをセイム・カテゴリに入れたがるのデショウ! トシオ・カワイは書くテキストとヒズ人生が不可分に融合した、深海魚のようなモノホンのモンスター、別格デス! トシオ・カワイに比べれば、ミーはニセアカギにすぎマセン! ナラ・プリフェクチャー在住のミーにとってライク・ディス、このようなトキオでのオフ会参加よりはるかに会うハードルは低いはずデスガ、フィルド・ウィズ・フィアー、怖くて偶然にも会いたいとはワン・ミリミーター、1ミリも思いマセン!
 レッツ・リターン・トゥ・メイン・サブジェクト、話題をウガニクに戻しマショウ! アンド・モア・サプライジングリー、さらに驚くことにウガニクはトゥー・ラスカルズ、二人の実ジャリをアカンパニイング、連れてきていたのデス! オーッ、キッズの相手は得意デース! ミーはサイトが示すように根っからの子ども好きなのネー! ノット・アンダーハート・バット・ピュアハートなミーは、ロウアー・エレメンタリー・ステューデントの方のジョージィ(女児の意か?)へチアフルに話しかけマシタ!
 ヘイ、ミーはユア・ファーザーのビッグ・ファンなのヨー! ユーはユア・ファーザーが本当はフーか知っていマスカ? ユーはユーのファーザーが書いたテキストをプロナウンス、音読したことがありマスカ? 我ながらひどい質問デス! バット、ジョージィはカバンから「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」を取り出し、「これ読んだ」と言うのデス! プリティーなその仕草を眺めるウガニクの表情は確かにファーザーのイットであり、モア・オーバー、さらに言えばドーターを持つプレイボーイのファーザーのメランコリー、憂悶をたたえていマシタ! フィーメイルに向けたかつてのマイ・バリューズ、価値観が他のメイルよりドーターにも向けられるポシビリティ、可能性をイマジンするときに訪れるペインフルネスはミーにも覚えがありマス! ミーはナラ・プリフェクチャーでドカチンをする身デスガ、ステイツにはトゥー・ドーターズ、二人の娘を残してきているファーザーでもあるのデスカラ! イン・アザー・ワーズ、すなわちウガニクのサファリングはミーのサファリングと同じイットなのデス! ゃだ……ぁたし……すごぃゎかる……ゎかりみ……すごぃょ……!!
 ミーの感慨をプリベント、さえぎるようにジョージィを不審なミドル・エイジ・パーソンが抱き上げマシタ! すわ、キッドナッピング・ユース、未成年略取誘拐の現行犯デショウカ! ミーはヒズ・フェイスへのボクサー仕込みのパンチングでウガニクズ・ドーターを救出せねばと身構えマシタガ、トーのウガニクは気に留めた様子もありマセン! 聞けばこの男、ワールド・ナイン・ワンのナガタという人物で、ウガニクのアクウェインタンス、知り合いのようデシタ! ミーはふりあげたフィストをダウンしマシタガ、ベリー・ハードなジョージィへのタッチングを見るにつけ、ナガタへのエル・ジー・ビー・ティー・ピー・ゼット・エヌ疑惑は深まりマス! ミーのフィアー、危惧をよそに酸による回転数増加?みたいな名前のサイト・マネジャーであるトモミチが、いつでも通報できる程度の距離感でウォームリィ、生暖かくそのクンズホグレツ・ステイトを見守っていマシタ! さすが、ヤンオデ周辺デス!
 オフ・レポート・ベガー、安全圏からゲンバのスィート・シズル感をデザイアー、渇望するオフレポ乞食どもはテキストサイト界のレジェンドであるウガニクのさらなるインフォメーション、情報を求めているのデショウ! オーケー、イットにアンサーするにはアッパー・エレメンタリー・ステューデントのウガニクズ・サンの容姿をディスクライブすればグッド・イナフ、よろしいデショウ! スツールに腰かけたこのボーイ、ユキオ・ミシマに見初められていた頃のアキヒロ・ミワをシリアスリー彷彿とさせるグッド・ルッキング・チャイルドなのデス! ゃだ……もぅ、みっめなぃで……ぁたし、ぬれちゃぅ……!
 「ほめられてるんだよ、わかる?」
 ホワット・ア・グッド・ファーザー・ヒー・イズ! なんというよい父親ぶりデショウ! ジェントルなその眼差しと横顔からは、ノー・アソシエイション・オブ・ギコハハ・アンド・ヒギィなのデス!
 サドンリー、ミーはウガニクのネイムカードにパブリッシャー、出版社の名前が書かれていることにノーティス、気づいたのデス! ミーのビジネス・バッグには7年前にリカと作った同人誌――SMD虎蛮へのひどいドゲザ歓待で数枚のイラストレーション、挿し絵を描いてもらいマシタ!――が忍ばせてありマス! ソウシソウアイ・ステイトをテイク・アドバンテージ、利用してエクスプロージョン・アンド・デス、大爆死をとげた同人小説をリアル・パブリッシングにつなげる布石をストライクするのデス! アザワイズ、でなければリカがノット・フロート、浮かばれマセン!
 ヘイ、ウガニク・サン、ミーはトゥエニイ・イアーズ、二十年間ミーをイグノアし続けてきたリアル・パブリッシャーどもに恨みがあるのヨー! バイ・ザ・ウェイ、ところでここにミーがセブン・イアーズ・アゴーにメイクした同人誌が――
 言いかけて、静かな圧に息を呑む。柔和な父親の印象をそのままに、目だけが笑っていなかった。それは、生き馬の目を抜く厳しい業界で三十五年を生き延びてきた出版社の、常務取締役の目だった。私は言いかけた言葉を引っ込め、不自然にならぬよう別の話題へと移った。逆の立場を考えれば、当たり前のことだ。実力も素性もわからないだれかが突然、売り込みに社を訪れたとして、私は内心の軽蔑を抑え、表面上は飽くまで慇懃に追い返すだろう。岡田は、そんな私の内面を知らぬふうで会話を続ける。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。コミュニケーション能力がおありですね――少しも褒められている気がせず、背筋に冷たい汗が流れる。フェイスブック、やってらっしゃらないんですか――やっていない。そもそも関西の中小企業に務める一営業に、開帳に足る恥ずかしくない個人情報などあるわけがない。また、ネットでもからんできてくださいね?――私は二十年ほど前、カナダに短期留学したとき、ホストマザーが別れ際につぶやいた言葉を思い出していた。必ずまた帰ってくると言った私に、ホストマザーは寂しげにこう言ったのだ、”It never happens.”と。
 「すいません、ちょっと飲み物を取ってきます」
 私は逃げるようにバーカウンターへ向かうと手酌でビールをつぎ、二杯、三杯と飲み干した。サフランライスと鶏肉の煮込みをガツガツと嚥下し、四杯、五杯と手酌のビールを飲み干す。酩酊という救いが脳を満たし、例えようのない負の感情はやがて虚空へと消えた。
 ウォアアアアーーッ! なんでトーキョーまで来てワークプレイス、職場と同じ気持ちをテイスト、味わわなアカンねん! ミーはシチュエーションを仕切り直すべく、グラスを片手にパーティシパント、参加者どものドッグタグをゲイズしはじめマシタ! アンドゼン、フロアーにいるヒューマンどものトゥー・サーズ、下手をするとフォー・フィフスのサイト名をまったく知らないことに気づいたのデス! これはタクティクス、作戦を練らなければなりマセン!
 サドンリー、突如ミーの頭上にライトバルブ、電球がピコーンと光りマシタ! ジャパンはエンシェント・チャイナから儒教精神を道徳としてヘリテッジ、受け継いだカントリーなのデス! 儒教精神をリプレゼントするフェイマス・ワーズがありマス! チャイルド・キャント・ギブ・バース・トゥ・ペアレント、「子は親を産めない」デス! イット・ミーンズ・ザット、それはつまり、マザーズ・チツ、母親の膣から一秒でも早くアウトサイドへ這いずり出たほうがよりグレートであるという思想デス! ミーのエヌ・ダブユ・オーは1999年のジャニュアリーに開設されマシタ! かのノトーリアス、悪名高いツー・チャンネル(現在ではファイブ・チャンネル)よりも早くインターネットにイグジスト、存在したのデス! 1997年開設のウガニクのホームページをのぞけば、この会場にミーのエヌ・ダブユ・オーに勝てるテキストサイトはいないのデス! なんというマーベラスな気づきなのデショウ! ムーブ・ウィズ・ヘイスト、善は急げ、暑苦しいポジティブネス、積極性で就職アイス・エイジ・エラ以降をサバイブしてきたミーは、このスプレンディドなアイデアをすぐさま実行に移しマシタ!
 ヘーイ、ミーのサイトは1999年にオープンしマシタガ、ユーのサイトは何年に開設したのデスカ? 効果はテキメン、ミーに話しかけられたボーイズ・アンド・ガールズ、エスペシャリー、ガールズはミーからオウイツするアウラに気圧されたのデショウ、半笑いでミーから遠ざかっていきマス! 次々とジャクショウ・ステイトのザコ・マネジャーどもがキックト・アウト、蹴散らされていく中、ひとり悠然とグラスをチルト、傾けるシュッとした金髪がいマシタ! ウィズ・ノー・フィアー、恐れを知らぬヤング・ルッキング・マンのドッグタグをゲイズするとロジカル・パライソと書かれていマス! パライソ・サ・イクダ……!! ミーはインサイド・ブレインのテキストサイト名鑑を高速でサーチしマシタ! ロジカル・パライソの開設年月日は1999年1月20日、エヌ・ダブユ・オーは同年1月17日……!! 男子スリー・デイズ会わざれば汝刮目アイズ、きわどい勝負デシタガ、残念だったなカイバ! ミーの勝ちデス!
 ヘーイ、ワタナベ・サン! ミーよ、ミーがエヌ・ダブユ・オーのゲイカ・コトリなのヨー!
 「ああ、知ってますよ」
 オーッ、オールモスト・トゥー・ハンドレッド・ミリオン・ヒットのテキストサイトに、ゼロ・ポイント・セブン・ミリオン・ヒットのミーがリコジナイズド、認識されていマシタ! テキストサイトにとってモスト・インポータントなのがバース・イヤー、開設年なのはゆらぎませんが、セカンド・モスト? サード・モスト? ノンノン、フォース・モストぐらいにはアクセス数にも意味はありマス! ミーはうれしくなって、たたみかけマシタ! エヌ・ダブユ・オー、読んでマスカ? どの更新がモスト・フェイバリットなのデショウカ? ミーの問いかけにワタナベはリップを侮蔑的にディストート、歪めマシタ! 
 「アハハ、読んでません」
 一瞬のためらいもない即答だった。満面の笑顔の中で、目だけが笑っていなかった。本当に、心の底から目の前の人間をどうでもいいと考える人間にだけ可能な、殺人鬼の目だった。この男は、私が目の前で生きたまま解体されたとして、何の痛痒も感じずに私の臓物を肴にグラスを傾け続けることだろう。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。沈黙のうちに渡辺のファンを称する女性が現れ、彼の意識はそちらへ移った。そして、眼前のいじましい存在は、彼の人生の中から永久に葬り去られたのである。
 私はグラスを持ったまま、フラフラと壁際まで歩いていき、背中を預けた。すっかり気持ちが萎えて、立っていられないような状態だったからだ。
 そんな私のすぐ目の前をどこかで見覚えのある、白いTシャツにジーンズの大男が勢いよく通り過ぎていった。後ろ姿が会場の奥へ消えるのを見送って、思い出す。テキストサイトの商業化に成功した会社のメンバーだった。マリオのペットみたいなハンドル・ネームの男で、ネットで見かける柔和で剽軽な印象とかけ離れた、やぶにらみの恐ろしい凶相だった。かつてムラの住人だった土建屋社長の久しぶりの帰郷に、村人たちは寂れたムラへの投資を求める。彼は言い放つ。このムラ出身であることはどうしようもない事実だが、お前たちに俺のカネはいっさいやらない。やがて、おのれのアイデンティティに苦悩する彼は、ついに生家ごとムラをダムの底へと沈める決断を下す――そういった性質の凶相だったのに違いない。
 気づくと隣には、グラス片手の巨漢が私と同じく所在なげに、呆然と立ち尽くしていた(ように見えた)。犬の鑑札を提示しながら期待せずに弱々しく「知っていますか」と聞くと、勢いよく「知っています!」という。
 オーッ、エヌ・ダブユ・オーの威光はこんなバスエ・サイトのマネジャーにまで及んでいたのデスネ! ミーはすっかりうれしくなって喜びの歓声をスクリームしマシタ! 観測できないけれど宇宙の大半を占めるエレメント?みたいな名前のサイトを運営していたダク(またカタカナ2文字デス!)であるとのセルフ・イントロデュース、自己紹介デシタ! 確かザンテツケン?的なやつデスヨネ! ミーの言葉にダクは曖昧な表情を浮かべマシタ!
 リザレクション、復活した自意識をフルフィル、満たすために一方的なマシンガン・トークをダクに浴びせているとミーは突如サースティ、喉の渇きを覚えマシタ! ミーはダクとのカンバセーションをカット・アップ、切り上げると、アナザー・パイント・オブ・ビアーを求めてバー・カウンターへとリターンしマシタ! アゲイン・アンド・アゲイン、またまた手酌のビールを勢いよく飲み干してルックバック、振り返るとそこにはダクがいるのデス! ミーはマイセルフのアヌス、ツーケのナーアがきゅっとシュリンクするのを感じマシタ! クラスの冴えない男子にグリーティングしたらザ・ネクスト・デイ、翌日からストーキングが始まった美少女のディスガスティングな気持ちデス!
 イフ・マイ・フレンド・シー・ミー・ウィズ・ユー・イッツ・クワイト・ア・シェイム・フォー・ミー、ミーはダクにアヌスを、すぐ近くのブラック・ティー・シャート・マンにピーニスを向けマシタ! イフ・ボイン・ルック・アット・ウエスト・ヒップ・ウィル・ルック・アット・イースト作戦デス!
 ヘイ、ユー! ミーは1999年オープンのエヌ・ダブユ・オーというレジェンドなのデスガ、フー・アー・ユー? フードをテンコ・マウンテン、てんこ盛りにしたマン・イン・ブラックは、マンガみたいに食べカスを口元につけたまま、「ああ、小鳥猊下ですよね、知ってますよ」と朗らかにアンサーしマシタ! ワンサイズ小さいパツパツ・ステイトのティー・シャートに身を包んだこのメイルはブラザーズ・マンションズ・ブラザー、アニキの館のアニキとかいう回文みたいな名前のパーソン、人物デシタ! ストレンジリー、奇妙に親しみやすいアトモスフィアーのグッド・ガイなのデス!  ミーはその心の壁の低い有様にアマエ・ステイトで話かけマス! ネー、聞いてヨー、みんなドイヒーなのヨー! わざわざ関西ディストリクトからイキヨウヨウ・ステイトでトキオまでクンダリ来たのに、だれもミーに会いたいと思っていないのヨー!
 「いやあ、猊下なら会いたい人はたくさんいると思いますよ。それに比べてうちなんか、背景筋肉だったし、ホモゲームの紹介とかひどい企画ばっかりやってたし」
 ミーはこのセリフを聞いてアヌス、ツーケのナーアをきゅっとシュリンクさせマシタ! シリコダマ・ボールが大腸の奥へと後退していくのをフィール、感じながらミーはガタイのわりに異様にジェントリーなこの男のジェントルネスの正体にガテンがいった(ダブルミーニングデス!)のデス! ゲイ・ステイトのパーソンはたぎるセクシャル・デザイアー、性欲とそれに伴うデストラクション・インパルス、破壊衝動をノンケ・ステイトの好みのメイルに悟られぬよう、オン・ザ・サーフィス、表面上は異様に人当たりのよいホトケ・ステイトをキープすることがありマス! ミーゎ……すっかりこゎくなて……ぃしゅくしたちんぽぉ……りょぉまたにまきこんで……はんゎらぃでそのばぉはなれた……ゃだ、ぁのひとずっとこっちみてる……とぅきょぅ……こゎぃょ……!!
 アヌスをガードするためのザリガニ・ムーブメントで会場を後退していくとミーのピーチ、臀部がサムシング、何かと接触しマシタ! ひゃあん! 思わず漏れたミーの本来のシー・ブイであるところのクギミヤ・ボイスをごまかすために、ミーはことさらストロング、強くそのガイのドッグタグをねじりあげマシタ! オウオウ、貴様ナニしてバイト・マイ・アス、ケツカットンネン! ホワット・アイランド、どこのシマのもんジャイ! ンン、外見への影響があるハンディキャップを持って生まれた赤ン坊みたいな名前のサイトのサイト・マネジャーじゃネエカ? テメエ、エヌ・ダブユ・オーとイヤゴト・サンから影響を受けてエクストリーム・アンナチュラル、極めて不自然な日本語を書くヤツだろう、エエ! ミーが問い詰めると黒づくめのその男は、「えっ、ぼくのこと知ってるんですか!」と嬉しそうに言いマシタ! アドレッセンス、思春期がまだ継続中のようなイデタチのこのパーソンはどうやらエヌ・ダブユ・オー・フォロワーのようデス! オーッ、キケイジ・サン、カンボジア人が辞書を引きながらハシシきめて書いたみたいな不自然な日本語をディスクライブしていたカラ、てっきりジャパニーズじゃないと思ってたヨー! これだけワン・ウェイ、一方的なアビュース、罵倒を受けながらニヤニヤと妙に嬉しそうなのは根っからのエム・ステイトなのに違いありマセン! 「猊下、おひとつ!」なんて言いながら、同席のフィーメイルと争うようにして顔射モノのアダルトビデオで我先にペニスをグイグイ押し付ける男優もかくやという勢いで、ミーのグラスに2本のビール瓶の口を突っ込んできマシタ! ゃだ……ぁふれちゃぅ……ミーゎりぃさらなので……らべるゎぅぇにしてそそぃでほしかたょ……!!
 ミーとキケイジとワン・フィーメイルのクンズホグレツ・ステイトをエンヴィアスリー、フィンガーをシグルイみたいにチュパチュパいわせて見ている男がいマシタ! ドッグタグを見ると百から一を引いた髪みたいなサイト名のミヤモトと書かれていマシタ! ミーはインサイド・ブレインのテキストサイト開設年名鑑をわずかゼロ・コンマ・ゼロ・ファイブ・セカンドでサーチしマス! ミヤモトのサイトは2000年にオープンしており、エヌ・ダブユ・オーには遠く及ばぬシンザンモノ・ステイトであることが判明しマシタ! ミーはハマキをくゆらすプレジデント・ステイトでミヤモトに応対しマス! イヤー、ミヤモト・クン、最近調子はどうナノ? ミヤモトは「じつはまだサイト更新してるんですよねー」なんて言うのでミーはカッとなってイエロー乱杭歯をむき出しにして「ミーも2016年までは更新してマシタ!」とパツイチ、カウンターを食らわせてやりマシタ!
 「みなさん、ご無沙汰しています」
 オール・オブ・ア・サドン、突如アフロにサングラスをかけた男が一段高いところからマイクで会場に語りかけはじめたのデス! ディス・イズ・ザ・ファースト・タイム・アイ・メット・ヒム! 初対面なのにご無沙汰と話しかけてくるのはエクスペンシブ・ツボの販売か宗教勧誘しかありマセン! ミーは臀部に力をいれてアヌスをシュリンクさせマシタ! ウェイト、ウェイト! このガイ、ネットで見覚えがありマス! ブシドーソウルみたいな名前のサイトを2001年に開設した、アクセス数だのみの新参者デス! ミーやウガニクをさしおいて、エム・シーを行うとはいったいどういう了見デショウ!
 「えー、実家に先行者のフィギュアが余ってまして、今日はこれをかけてジャンケン大会をしたいと思います。先行者フィギュア欲しい人、手をあげて!」
 特に企画は行わないアナウンスメントのあったオフ・ミーティングにおいて、なんというロウゼキ・ステイトなのデショウ! ミーのアンガー、憤りをよそに会場のほとんど全員がプット・アップ・ゼア・ハンズ、手をあげているのデス! キコツ・ステイトのサイト・マネジャーたちのミーティングだったはずの会場は、もはや新興宗教がバックについた有機野菜販売にむらがるチホウ・ステイトのオールド・ガイズと同レベルの群れへとフォール、堕しマシタ! ミーはディスプリーズド、渋面のまま会場の隅に移動するとジャンケン・トーナメントを拒絶するためにフォールド・マイ・アームズ、腕組みをしマシタ! ウガニクの方を見るとグラサンアフロに背中を向けて、このケンソウ・ステイトとは何の関係もないといった風情でキッズをあやしていマス! この会場においてミーとウガニクの二人だけがアクセス数だのみの新参テキストサイト運営者によるセンオウ・ステイトを拒絶していたのデス! 俯瞰したカメラから見れば、それはまるでミーとウガニクにだけセレスティアル、天上のスポットライトがあたっているような光景だったことデショウ!
 健によるジャンケン大会はほどなくして終わり、会場は元のようなグループに分かれての歓談の場へと戻った。しかし、先ほどの輪に入れなかったことで、テキストサイト系と呼ばれるこの集団を構成する要素に、おのれが含まれていないことを私は痛感していた。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。どうして臆面もなく現実の知り合いが一人もいないオフ会に顔を出そうなどと思ってしまったのか。終了までまだ少しあるが、こっそり抜けだしてもだれも気づくまい。出口へと足を向かわせようとしたそのとき――
 「まさか、小鳥猊下ですよね」
 「いやー、ほんとにいたんだ」
 ルックバック、振り返るとそこには背格好も異なり年齢も離れているハズなのにストレンジリー、奇妙に似通ったトゥー・ガイズがスタンドしていマス! ミーはたちまちキショクマンメン・ステイトになってスマイリー、笑顔で応対しマシタ! イエス、イエス! ミーがゲイカ・コトリなのヨー! ユーたちはエヌ・ダブユ・オーのこと知っているのデスカ?
 「猫を起こさないように、超有名じゃないっすか。読んでましたよ、レジェンドっすよ」
 「いやー、でもこんな人だったとはなー、てっきりデブか美少女だと思ってましたよ」
 サカイとカズヤと名乗った二人はコメディアンのようにチアフルで、ミーへのフラッタリングも息ピッタリデス!
 「それにしても、本とか出してないんですか」
 「そうそう、どっかで書いてないんですか」
 オフ会のたびにワン・ハンドレッド・タイムスほど聞かれるこのクエスチョンにアバウト・トゥ・クライ、ミーは泣きそうになりマシタ! オーッ、ショウギョウ・ステイトでは出してマセンガ、ドウジン・ステイトでは一冊出してマスヨー! セブン・イヤーズ・アゴー、7年前にコミケトーで販売もしマシタガ、テキストサイト・ムラで買いにきてくれたのはファースト・クラス・ホームページだけだったヨー!
 「ああ、ゴトウ来てますよ、一流ホームページ。呼んできますよ」
 アス・スーン・アズ・ヒー・セッド、言うやいなやサカイはゴトウをひっぱってきマシタ! ゴトウは7年前と同じく匂いたつようなオタク野郎デシタガ、この会場でただ一人ビー・アクウェインテッド、面識のある(テル? ソリー、アイ・ディドント・リメンバー・ヒム!)パーソンなのデス! ミーはマイ・テキストにこの会場で唯一カネを払ってくれたゴトウへのタイコモチ・ステイトから、オサム・ダザイばりの我が身をカット・アップする決死のサービスをエグゼキュート、実行しマシタ!
 ネー、サカイ、カズヤ、聞いてヨー! トゥエニイ・イアーズ・アゴー、ミーはクリラバに相互リンクを断られた腹いせに、ゴトウからの相互リンク依頼をイグノアー、無視したのヨー! そうしたら、ゴトウのホームページはどんどん一流になっていってエヌ・ダブユ・オーのアクセス数をあれよあれよと追い越していったのヨー! エヌ・ダブユ・オーは閉鎖したケド、ミーのサイト・マネジャー・ライフの大きな後悔はゴトウと相互リンクしなかったことデス!
 感心しながらミーのテキストサイトサイト・ヒストリーを聞くサカイとカズヤに対して、ミーと面識のあるゴトウは「またその話ですか」といったあからさまに迷惑そうなアトモスフィアーをかもしていマシタ! いまやゴトウがベジータならミーはサイバイマンみたいなものヨー! 得意のオドケ・ステイト、道化状態でゴトウをフラッタリングしていると、いつの間にかブシドーブレード?のケンが同じテーブルにいマシタ! ノー・アフロ・アンド・グラサン・ステイトだったのでドッグタグがなければ見逃すところデシタ!
 ウォアアアアーーッ! この新参者の先行者にテキストサイト界のビック・パイセンとしてパツイチ・モノ申しておかなければなりマセン! ヘイ、ケン! ユーのご職業は何か、もし差し支えなけれな教えていただけませんデショウカ? ビック・パイセンからの強烈なストライク、一撃にケンはドウドウ・ステイトで答えマス!
 「いまは実家の稼業を継いでまして。業種は勘弁して下さい」
 イット・ミーンズ・ザット、ユーはプレジデント、社長ということデスネ! ヨッ、シャチョー、にくいネ! ミーのタイコモチ・ステイトにもケンはゆらぐ様子がありマセン!
 「いやいや。社長っていっても中小企業ですし、何人かの徒競走で選ばれたみたいなもので――」
 穏やかに話すこのガイからは少しもダークネス、闇を感じマセン! なんらかのフグ・ステイトを抱えた人々の群れにパーフェクトリィ、完全に健やかな人物がやってくれば勝負はスタートラインにスタンドする前から決まっていマス! サムライスピリッツ?の正体は、係員に歯痛を申告したらなぜかパラリンピアンと競技をさせられたオリンピアンだったのデス! ひるがえってゴトウに目をやると、全身からオタク・ダークネスがオウイツしてイマス! ミーとケンのカンバセーション、会話を聞いていたゴトウが突然、スットンキョウ・ボイスをあげマシタ!
 「え、猊下、結婚してるんですか? 子どもまでいる? 今日いちばんのショックだー!」
 どういう意味やネン! 前回のオフレポに登場しながら、ステイツにトゥー・ドーターズを残してナラ・プリフェクチャーへドカチンに来た米国人というミーの設定が頭に入ってないゴトウに、ミーはシンイ・ステイトになりマシタ!
 「でも、ぼくもちゃんと婚活してるんですよ。ホラ」
 ゴトウが見せてくれたスマホ・ディスプレイにはスノウやらの画像加工ソフトでモリモリ・ステイトになったアヒル・マウスのヤング・フィーメイルが映っていマシタ! ミーはその写真を見てス・ステイト、真顔になりマシタ! ゃだ……ゴトウ……っっもたせ……きぉっけて……!!
 「猊下でも結婚できるのに、ショックだー!」
 言いながらテーブルにお道化て倒れこむというオサム・ダザイばりのサービスを演じるゴトウの両目は、インシデンタリー・トンチンカンのヌケサク・ティーチャーのようなシェイプと剽軽さをタタエながらバット、黒目は少しも笑っていないのデス! ベリード・アライブ・イン・ザ・モエゲーを書いたミーにはゴトウの気持ちがわかりマス! この男は二次元のグラビティにソウルを引かれた本物のオタク、自涜による単体生殖ですべてを完結できるモンスターであり、三次元のフィーメイルなどその深奥のダークネスをハイド、隠すためのアクセサリーに過ぎないのデス!
 ゴトウをイン、ケンをヤンとした陰陽ドー・ステイト状態のそのテーブルには、他にもスリー・フィーメイルズ、3人の女性がいマシタガ、オール・オブ・ゼム、全員が「もっとケンさんと話したいのに、一方的にしゃべってるこのデカイのは何? どっか行ってほしいけど、何か言ってからまれてもうっとおしいな」とでも言いたげなアイマイ・ステイトの微笑を浮かべ続けていマシタ! フォー・レター・ワーズ! 呪殺、貴様らあとで呪殺デス!
 ソウコウしているうちに、ドナルド・トランプとシージンピンを足して2で割ったようなルッキングの人物によるクロージング・ステートメントが始まりマシタ! フー・イズ・ヒー? だれか尋ねると今回のオフ会を企画した一人であるカンチョウ(浣腸? 間諜?)とのことデシタ! ミーは初めて見るそのフェイスに向けて、客席からゆっくりとサムズ・アップしたのデス! サンキュー・フォー・ディス・プレシャス・タイム、カンチョウ!
 ワンハンドレッド・サイト・マネジャーズはスリー・スリー・ファイブ・ファイブ、三々五々帰りはじめマシタ! ミーはミーをこのバスエ・バーにキャリー、運んだ原因であるところのウガニクにフェアウェル、別れのアイサツをするために近寄りマシタ! ワールド・ナイン・ワンのナガタがウガニクズ・ドーターにピーまがいのタッチングをリピートするカタワラで、アキヒロ・ミワのフェイスをしたヒズ・サンに見守られながら、ラスト・ワード、最後の言葉を交わしたのデス!
 「猊下のエヴァQ評を読んで、見なくちゃと思ってエヴァQ見ましたよ。私は楽しめましたけど」
 オーッ、ミーはウガニクにエヴァー・キューを視聴させたという一点においてヒストリー、歴史に名を残す可能性がありマス! テキストサイト・レジェンドのウガニクが認めたとしてもエヴァー・キューがタワーリング・シット、そびえたつクソであることに変わりはありマセン! シン・エヴァが破の続きから作られたら、ミーのシビア・クリティシズムを撤回しマスと伝えマシタ!
 「ほんと、またネットでもからんできてくださいね」
 オフコース、イエス! アフター・ディス・パーティ、ミーとユーはアナ・キョウダイヨー!
 アイ・ウィル・マリー・ハー・イフ・アイ・キャン・ゴー・ホーム・アライブと同じレベルのデス・フラグに目頭をゲット・ホットさせながらミーとウガニクはエターナル・フェアウェル、永久の別れを別れたのデシタ!
 ハウエバー、ウガニク、くれぐれもナガタには気をつけてクダサイ! シー・エス・エーのモア・ザン・ナインティ・パーセントはキッズに近づくことがナチュラルな身内によるものなのデスカラ……!!
 人であふれていた会場は次第に閑散とし始め、私は自分の過ちを知る。このオフ会は旧知の仲が、その旧交を温めるためのものであって、これまで一度も現実に姿を表さなかっただれかが新しい人間関係を作るような場では、決して無かったのだ。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。この場にいた全員は一国の主、王様だった。絶対君主が他の僭王の支配を認めるはずもない。つまり私の行為は、すべて逆逆だったのである。常に正しくない方を選択し続けてきた私は、小鳥猊下としての最後の舞台でもまた間違ってしまったのかーー
 ノオオオオオオーーーーッ! ドント・レット・ミー・ダウン! ミーにオウイツするダース・ベイダーもかくやというフォース・パワーはバーカウンターにならぶビール瓶をガタガタはさせませんデシタ! モア・オーバー、ビア・サーバーの蛇口をねじ切り、大量のビアーをブラッドのように噴出させたという事実も決して観測はされなかったのデス!
 ウガニクズ・ファミリーを見送ったミーはアフター・パーティ、二次会に向かういくつかのグループをイグザミン、吟味しはじめマシタ! ミーのブランド・バッグに忍ばせたリカの同人誌をリアル・パブリッシングにつなげるべく現世のオーソリティに押し付けねばなりマセン! サドンリー、スリー・フィーメイルズがミーをサラウンド、取り囲みマシタ!
 「猊下! あたしタカハシ! 同人誌送ってもらった!」
 ワン・オブ・ザ・フィーメイルズがブレイン・ランゲージ・センターへのダメージを疑わせるスモール・ボキャブラリーでミーに話しかけてきマシタ! あまりに距離感が近くミーはのけぞりぎみに「アア、ソウナノ?」とレスポンス、応答しマシタ! 
 「ほら、猊下の同人誌も持ってきてる!」
 言いながらミーに文庫本を提示してきマス! ブックカバーの下にあるSMD虎蛮のイラストレーションはシュアリー、ミーとリカの同人誌デシタ! アプルーバル・デザイアー、承認欲求を満たされることに弱いミーはたちまちソウゴウを崩しマシタ! オーッ、ユーがディー・エム経由で同人誌のフリー送付をウィッシュした、関西ゴリラガラスみたいなサイト・マネジャーのワイフであるタカハシなのデスネ! アンドゼン、ショウワ・エラのイデタチをしたアナザー・フィーメイルがミーにオズオズ・ステイトで話しかけてきマス!
 「あの、ずっとファンでした。DJフッドがすごい好きで」
 ホ、ホワッツ? アー・ユー・リアル・ファン・オブ・ミー? ミーはDJフードを書きマシタガ、DJフッドは書いた覚えがありマセン! そもそもFOODのスペリングはフードとしか読めマセン! フッドと読むならならHOODとスペリングするはずデショウ! ミーがオズオズ・ステイトで指摘するとトマホーク・ブーメランみたいなサイトのマネジャーであったフィーメイルはターン・レッド、赤面しマシタ!
 ウェイト・ア・ミニット! アー・ユー・ゴレ・サン? オーッ、いまインターネットでレイテスト、最も新しい小鳥猊下へのリファー、言及はユーのツイーティングによるものデス!
 「あの、それ違う人……」
 アリガトオッ、アリガトオッ! ミーはゴレの両手をにぎってブンまわしましたが、なぜかゴレはアンビギュス、曖昧な微笑で反応が悪いのデス! ジャパニーズのエモーションは読みとりにくいこと、この上ありマセン!
 「ええっと、こちらの方は漫画家なんですよ」
 サドンリー、ゴレはミーとはまったく関係のない、脚本に書かれていないことを即興でやる?みたいな名前のカートゥニストを紹介してきマシタ! パブリッシング・バージンのミーに対するマウンティングなのデショウカ! ミーはそのフィーメイル・カートゥニストに対してイエロー乱杭歯をむき出しにしてキャメルの如く唾液を撒き散らしながら、「ミーは1999年オープンのテキストサイト運営者デシタ! いまはただのリーサラデス! リーサラ・ウェポン!」とシャウト・アットしマシタ! そのカートゥニストはあからさまに怯えた表情になり、不思議なことにアフター・パーティではミーの前に姿を現しませんデシタ!
 「猊下、このあとどうするの? 二次会いく?」
 タカハシがウワメヅカイ・ステイトでミーをセデュース、ユウワクしてきマス! ここはゴー・トゥ・フォーティーン・オア・アライブ、重要な分岐点かもしれマセン! 聞いたこともない弱小サイトの運営者バット、ミーの同人誌を持参するほどのビッグ・ファンを選ぶべきデショウカ? オア、現世のオーソリティに近いアクセス数を持ったビッグ・サイトのアフター・パーティに参加すべきデショウカ? 聞けばこのフィーメイルたちが向かうイザカヤ・ストアにはゴトウをはじめとしたミリオン・アクセスのビッグ・サイト・マネジャーたちもギャザー、集結するとのことデス! これはキル・トゥ・バーズ・ウィズ・ワン・ストーン、一石二鳥デス! タカハシ、キミに決メタ! この決断をミーはレイター、後悔することになるのデスガ、それはまだア・リトル先の話デス! シラヌガホトケ・ステイトのミーはタカハシとショウワ・エラのゴレに挟まれるようにして、ダーバツー・ビー?をゲット・アウト、後にしたのデス!


 「いやあ、楽しいオフ会でしたねえ」
 店の外に出るとミーの隣にスタンドしたミーと視線がホライゾンタル、水平に合うほどのビッグ・ガイがシミジミ・ステイトで言いマシタ! ミーは本当にこの男と同じミーティングに参加していたのか疑わしい気持ちになりマシタ! ミーと同じく仕事帰りなのデショウ、ミーとはテン・タイムスほど値段が違うだろうノット・オーダーメイド・バット・ツルシ・ステイトのスーツに身を包んだこの男からは、テキストサイト・マネジャーが否応に抱えるイービルネス、邪気がありマセン!
 「ほんと、わざわざ福岡から来たかいがありましたよー」
 ワ、ワッツ? ディッド・ユー・セイ・フクオカ? パーハップス、おそらくミーの聞き間違い・オア・トキオにあるまったく同じ地名のシティから来たに違いありマセン! こんなバスエ・ステイトのいじましい会合にわざわざフクオカ・プリフェクチャーから参加するなんて、スロー・ユア・マネー・イントゥ・ザ・ドレイン、カネをドブに捨てるようなものデス! ユーはそのエア代を使ってもっといいスーツを買うべきデス!
 ミーとビッグ・ガイのビーエル・ステイトに嫉妬を感じたのデショウ、タカハシが割りこんできマシタ!
 「猊下、本当に本とか出してないの? 編集者の知り合いいるけど、猊下の同人誌送っていい?」
 オーッ、ラブリー・クレバー・タカハシ! ホワット・ア・テキカク・ワード・ユー・セッド! なんという的確なくすぐり文句デショウ! こんなア・グッド・フォー・ナッシング・フェローの人生を気にかけている場合ではありませんデシタ! ヘイ、タカハシ、センド・イット・アサップ、いますぐそこのレッド・ポストに放り込んでクダサイ!
 「ねえ、本当にどこにも書いてないの? 賞とか出さないの?」
 ホワット・ア・クルーエル・ワーズ・ユー・セッド! オフ会のたびに聞かれるワン・ハンドレッド・ワン・タイム目のこのクエスチョンにアバウト・トゥ・クライ・アゲイン、ミーはまたまた泣きそうになりマシタ!
 ショートリィ・アフター、ミーとトゥー・フィーメイルズのいるグループは、ゴトウのいるグループからはぐれてしまったのデス! ちょうどゴールデン街のサインが見えるあたりの、ディープ・イン・シンジュクで道に迷うという恐怖体験にミーのニーはガクガク・ステイトになりマシタ! サイドにアダルト・アドバタイズメントがデカデカ・ステイトで掲載されたトレーラーが道路を走っていきマス! ミーたちのアラウンドには明らかにカタギ・ステイトとは遠いイデタチの呼び込みが距離を詰めてきていマス! ミーはフランスでフォリナーをねらった窃盗団とおぼしきグループが背後から獲物を追い込むウルフ・パックのように迫ってきたときのことをマザマザ・ステイトでリメンバー、思い出していマシタ! ミーにとってトキオの知識はメインリー、主にメガミテンセイとリュウガゴトクでラーンしたものでしかありマセン! インセキュアー、高まるミーの不安をよそにアラウンドのトウの立ったボーイズ・アンド・ガールズはまったく動じた様子がありマセン! ユウゼン・ステイトでポキモン・ゴーをプレイしたり、ミーたちのグループにデジカメを向けたりしていマス! ワッツ! ミーはリップス、唇からシュッと息を吐くとカメラのフラッシュを危機一髪、ジョジョ・ステイトの上半身でアヴォイド、かわしマシタ!
 ヘイ、ユー! テイク・ピクチャーは相手の許可をとってカラというオフ会ルールを読んでいないのデスカ! ミーはリゼントメント、憤慨してカマキリ顔の男につめよりマシタ!
 「ネットに上げたりしませんよ……」
 ミーのケンマクに男はモゴモゴ・ステイトでエクスキューズ、言い訳をしマシタガ、テキストサイトを運営しているようなストレンジャーにパーソナル・インフォメーション、個人情報を渡せるはずがありマセン! イン・アディション、おまけにスマートフォン全盛のこの時代にわざわざデジカメを使うようなフシン・パーソンをどうして信用できマショウカ!
 ミーたちのグループはすでにア・フュー・ミニッツ、数分はセイム・プレイス、同じ場所にとどまり続けていマス! ヤクザ・ステイトの呼び込みがジリジリと近寄ってきマス! ヘルプを求めてタカハシを見ると、息子のクラム・スクール・ティーチャーと電話をしている最中デス! ヘルプを求めてショウワ・エラのフィーメイル(ゴレ?ニゴ?)を見ると、濡れ濡れとした子鹿の目でミーを見つめかえしてきマシタ! ゃだ……このこ……すごぃめきれぃ……!!
 「とりあえずツイッターでつぶやいてみますねー」
 アウチ! エス・エヌ・エスのこれほど間違えた使い方は聞いたことがありマセン! ほどなくしてアフター・パーティの会場はミーたちのプレイスからほんの数メートル先にあることがターン・アウト、判明したのデス! テイウカ、すぐ目の前に見えとるガナ!  ユー・ドント・ハブ・パワー・トゥ・リブ・アト・オール! 生きづらさにメイビー、ノーティスさえしていない頭ハピネスのセカンド・グループは、ファースト・グループから遅れることトゥエニィ・ミニッツ、セイリュウにアライブ・アット、到着したのデス!


 オフレポの舞台は新宿ゴールデン街の側、テキストサイト管理人行きつけであるところの清瀧に移った。突然だが、弟の話をしなければいけない気持ちになった。なぜ、突然そんな気持ちになったのかはわからない。弟は私とまったく似ていない。眉目秀麗、長身痩躯の私とちがって、弟は短躯で小太り、最近では前髪の後退によりゴツゴツと形の悪い額があらわになって、見苦しいことこの上ない。結婚はしているが、長く子宝に恵まれず、三十も半ばを過ぎてから第一子を授かった。子育ては体力勝負だ。四十を越え、衰えるばかりの体力で、はたして息子が成人するまでの十年以上を耐えることができるのか。インターネット黎明期を知る私にとって、十年は人々の考え方や生活の仕組みが根こそぎ変わるのに充分な時間だという実感がある。弟の幸せを望みながらも、彼の抱えていくだろう不確かさと苦しみについて思いをはせずにはおれない。弟の話を終える。
 後藤を含めた大手テキストサイト運営者たちは、すでに奥座敷に陣取って飲み始めているようだった。アクセス数に劣る出がらしのようなこの集団こそが、私に残された居場所なのだった。なぜ私を含めた彼らがアクセス数に劣るのか。その理由はここまでの道中で、痛いほど感じることができた。場をしきる者はだれもおらず、全員がなんとなく空いている席に腰を下ろす。
 私の目の前にはゴレを名乗る昭和の風情を漂わせた女性、ハンサミストを自称する松本なる男性、そしてナフ周辺を名乗るベネディクト・カンバーバッチと同じアゴの輪郭をした男性が座っていた。私たちには何の共通点もない。明日には街で出会っても、互いのことを認識することさえできないだろう。
 隣のテーブルに座ったグループには、しかし共通点があるようだ。カンバーバッチに言わせるとあの集団もナフの竹田周辺なのだという。ナフ? イナフのナフだろうか? ナーフのナフだろうか? カンバーバッチの説明に、私はすっかり混乱してしまった。しばらく隣のグループとカンバーバッチを交互に観察すると、外見に共通点を発見することができた。ディップ(精液?)で無造作に固めた髪型に、カマキリのような細面がそれだ。ナフ周辺の咬合力を天内悠だとするなら、私はジャック・ハンマーとさえ言えるだろう。聞こえてくる話し声に耳を傾けるが、私には彼らの話題どころか、文法からして全くわからない。
 理解をあきらめ、昭和の風情をした女性に声をかける。nWoのファンを自称するくらいだから、二十年の孤独を慰撫する言葉が聞けるかもしれない。
 「あの、カルメン伊藤さんにお会いしたことがあります」
 意外な共通の知り合い。FGOつながりですかと尋ねると、ニンジャスレイヤーつながりだという。なぜか、九十九式の宮本の顔が浮かんだ。しばらく会話をしてから、私はニンジャスレイヤーについての理解をあきらめた。そして、nWoについての質問をする。どの更新が一番好きですか。印象に残っている文章は何ですか。ファンなら当たり前に答られるだろう質問を投げかけるが、何ひとつとしてはっきりとした回答は無かった。
 「ねえ、二年も前に閉鎖したサイトなんでしょ? そんなの覚えてるわけないじゃないですか」
 助け舟をと考えたのか、ハンサミストの松本が会話に割り込んでくる。その通りだ。莫大な情報が日々流れ続ける近代のインターネットで二年という年月は、ほとんど言語そのものが変質するような気の遠くなる時間だ。
 聞けば松本は、ナタリーだかナンシーだかルーシーだかいう漫画批評サイトの編集者なのだという。
 漫画、か。私は内心密かに落胆する。小説批評サイトなら私の同人誌を預けるのだが、そんなサイトが商業的に成り立つわけもない。松本はパトレンジャーについて書いた文章が五万人以上に読まれた話をしてくれたり、森田まさのりに送った荒木飛呂彦のメールの写真を見せてくれたり、いつの間にかいなくなったカンバーバッチと、ボーイズ・ラブの話題――といっても、真夜中の天使を知らなかった――以外は黙りがちなゴレの隙間を埋めるかのように、淡々と場をつないだ。マウンティングのつもりがないのは口調でわかったが、華やかな彼の現在に私の心は沈んだ。
 途中、マトリックスのセラフを少し太らせたみたいな外見の男が、進行方向だけをにらみつけるようにそばを通り過ぎていった。聞けば、テキストサイトの商業化に成功した会社の管理職なのだという。確かに俺たちはテキストサイト出身かもしれないが、お前たちに俺たちの金は一切やらない――通り過ぎる彼の後ろ姿からは、その強い意思を感じた。
 「猊下の横にはあたしが座るから!」
 突然、長く席を外していた高橋が現れ、だれも私の隣に座ろうとはしないのに、なぜか周囲に宣言してから通路への出口をふさぐ形で私の真横に陣取った。女性と二人きりで話すときは部屋の扉を開けておくよう教育されてきた私は、男女の性別は真逆ながらおのれの置かれている状況にかすかな恐怖を感じた。
 「ねえ、猊下。さっきの編集者の知り合いに同人誌を送る話だけど、ほんとに送っていいの?」
 オーッ、ラブリー・スゥィート・タカハシ! ナフもタケダもオモコロもトゥ・テル・ザ・トゥルース、正直なところファッキンどうでもいいデス! オフコース・イエス、モチのロンに決まってマス! さっきからミーは繰り返しそう言ってるじゃないデスカ! センド・イット・ライト・アウェイ!
 「どこがいいの? シンチョウ? カドカワ? どのくらい編集の言うこと聞けるの?」
 オーッ、ノット・トゥー・ビッグ・ディール、ミーの同人誌をシュアリー、確実に印刷してくれるサイズのカンパニーがベストなのデス! アンド、ジ・アンサー・イズ、オール・オブ・イット、リアル・パブリッシングのためならなんでも言うこと聞きマスヨー! バイ・ザ・ウェイ、ところでミーの同人誌のどこが良かったデスカ?
 アイ・ドント・ノウ・ホワイ、ディス・シンプル・クエスチョンに熱くミーを見つめていたタカハシの目はなぜかスイム、泳ぎマシタ! アイ・ハブ・ア・バッド・フィーリング・アバウト・ディス! ユーはミーのツイートを読んでいマスカ?
 「あたし、猊下のツイッターアカウントなんて知らないし」
 オーケー、ならどうやってミーにディー・エムを送ったのデスカ?
 「え、あれ? そうそう、――の管理人が亡くなったの知らなかったってホント?」
 ミーに少しでも関心があるならば、エヌ・ダブユ・オーにとって最も重要なできごとを知らなかったのかなどと、インセンシティブに問いかけられるハズはありマセン! ミーは垂れこめるブラック・クラウドのようなギシンアンキ・ステイトにおちいっていきマシタ! エディターにイントロデュース、紹介しようと思うくらいナラ、必ず気に入ったポイントがあるはずデス! ユーはミーの同人誌のホエア、どこが良いと思ったのデスカ?
 ディーズ・ピュア・クエスチョンズに、いよいよタカハシは目をそらしマシタ! ミーはさらに問い詰めマス! どの場面が気に入りマシタカ? どのキャラクターが好きデスカ? どの文章に感銘を覚えマシタカ? アンサーズ、返事のすべてが要領を得マセン! グラデュアリー、次第にタカハシは黒目の内側にうずまきを浮かべたアウアウ・ステイトにドロップ、陥りはじめマシタ! ファイナリー、しまいには素のステイトをネイキッド、丸出しで本音をトークし始めたのデス!
 「あのさ、なんか全体的にむずかしくない? 単語とか表現とか。なんか伝わらないっていうか、感情移入しにくいっていうか。あたしカポーティとか読むけど、冒頭におじさんの話とかあって入りやすいっていうか。あとマルケスとかも読むけど、百年の孤独も家族の話でわかりやすいっていうか」
 ビー・トラップト、ミーはここにいたってワナにハメられたことにノーティス、気づきマシタ! ヘンシュウ、シュッパンというマジカル・ワードをダシに、ウブなパブリッシング・バージンのミーはフィーメイル・アント・ライオン、女蟻地獄のすり鉢のボトム、底へとキャプチャード、とらえられてしまっていたのデス! ホワット・ア・海外ブンガク系サブカルクソ女・シー・イズ! 血と汗と涙でひねりだしたテキストたちを気軽なジュエリー・オーナメントぐらいに考え、トッカエヒッカエ・ステイトでウブ・ステイトのサイト・マネジャーどもをカント(もちろん、哲学者の名前ですよ、やだなあ)・バイト、九郎判官してきたに違いありマセン!
 「あとこれ、センセイの話だよね? ちがう? あたしセンセイなんかしたことないから何のことかよくわかんない。やっぱ家族の話とかのほうがフツウは入りやすいっていうか」
 シャット・アップ・ユア・フェイス・アンクル・ファッカー! このアマ、フィクションを全否定しやがりマシタ! アット・ザット・タイム、ミーのこめかみには血管のクロスが浮いていたに違いありマセン! この発言をサイエンス・フィクションのビッグ・ファンであるという関西ゴリラガラスのサイト・マネジャーが聞いたらどう感じるデショウカ! デフィニットリー、間違いなく「エデュケーション(教育)!」とシャウトしながらヒズ・ナックルをハー・ノーズが高さを失うほどねじこむに違いありマセン!
 ミーはタカハシ・アズ・ノウン・アズ海外文学系サブカルクソ女の話をペイシェントリー、我慢強く聞きながら(シュッパンというニンジンのためデス)現存する最古のテキストサイト・マネジャーであるキョウト・ユニバーシティのプロフェッサー・モチヅキが、ボン・ユニバーシティのプロフェッサー・ショルツから宇宙際タイヒミュラー理論へのクリティシズムを聞いているときのようなイライラ・ステイトにおちいっていきマシタ!
 イエス! イエス! オフコース、アイ・コンプリートリー・アグリー・ザット・ザ・ノベル・ユー・アー・ディスカッシング・イズ・コンプリートリー・アブサード・アンド・ミーニングレス、バット・ザット・ノベル・イズ・コンプリートリー・ディファレント・フロム・エムエムジーエフ!
 タカハシによる明確なハラスメント・ステイトに対して、目の前に座る子鹿の目をしたゴレ?ニゴ?はフェイスをわずかにチルト、傾けてスマイルするだけで何の援護もしようとしマセン! その頭蓋のインサイド、内側ではミーとマツモトのビー・エル妄想が膨らんでいるのデショウカ! そのマツモトはと言えば、スマホにディスプレイされたマッスルマン?のコミックに対してピーを思わせるシツヨウ・ステイトのタッチングを繰り返すばかりデス!
 段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。高橋の弁明を聞きながら、改めてぼんやりと周囲を眺める。参加者の多くは四十の声を聞いているだろう。なのにだれ一人として、こんなプライバシーも守られない、接客もなっていない、言わば大学生向けの居酒屋で飲食をすることに抵抗を感じている様子はない。私は、就職氷河期が私たちに失わせたものへ思いをはせた。いつまでも二十くらいの精神状態で、大人になることもなく、社会へ責任を果たすこともなく、みんな昆虫みたいに死んでいくのだ。
 ねえ、高橋。出版社や編集者に紹介したいほど、私の同人誌を気に入ってくれたのなら、何か理由があって然るべきではないですか。答えを得られないまま繰り返される、虚しく宙空に消えていくその問いは、たぶん、私にとって切実なものだった。二十年間、ずっと言葉が欲しかった。私の更新は下劣だったかもしれない。私の更新は拙かったかもしれない。ただ、その時々に必死だった私の生き方を肯定してくれる言葉が欲しかったのだ。
 もはや目を合わせようとしない高橋の横顔をじっと見つめたまま、私は壊れたレコードのように同じ問いを問いかけ続ける。
 やがて高橋は大きなため息をつくと、あきれたように言った。
 「ねえ、なんでそんなにほめてほしいの?」
 ほめてほしいわけじゃない。ただ理解が欲しい。肉親にだけ可能なような、濃密な理解が。
 「悪いけど、あたしはアンタの母親じゃない」
 しかし、小鳥猊下としての二十年をまさに終えようとするこの瞬間にも、求めていた答えが返ってくることはなかった。
 「ごめん、少しだけトイレ行ってくるね」
 白けた様子でそう言いおくと、高橋は席を立ち、そうして二度と戻ってくることはなかった。
 出版の話と、たぶんnWoは、こうして終わったのだった。新宿の場末の酒場で、だれにも看取られることなく、ひっそりと。
 沈黙が降りた。私が口を閉じれば、もはやだれも自分から話そうとする者はいなかった。
 「このテーブル、なんなんすかね?」
 やがて、松本がため息とともに吐き出す。
 「小鳥猊下周辺、かな?」
 女は視線をさまよわせながら、聞こえるか聞こえないかの声で言う。
 狂騒的なおしゃべりが途絶えたあとに残る、いつもの気まずい沈黙。
 眼の前に座る、もはや名前を思い出すことさえできない昭和のいでたちをした女は、濡れた子鹿のような目で私を見るばかりで、何もしゃべろうとはしない。
 二十年近くを思い続けてきたと自称するファンが、私の書いたテキストの一行さえそらんじることなく、ほんの半時間を感想や称賛でもたせることができない。この状況こそが、nWoの二十年間を象徴的に表していた。
 「――さん!」
 突然、その昭和の女を後ろから抱きすくめるようにして、別の女が現れる。私のファンだと名乗った女は、別の女にひっぱられるようにして、席を立った。行きかけて、気づいたように自分のグラスを取りにもどる。瞬間、上目遣いにこちらを見た彼女の視線が忘れられない。
 そこには、二度と戻ってくることがないという意思がたたえられていた。
 そして、私は松本とふたり取り残される。松本は沈黙を気まずいと思っているふうもなく、スマホを触り続けている。
 当然だ。酒席におとなしいサルやチンパンジーが同席していたとして、彼らに気まずさを感じることはないだろう。
 私はひさしぶりに、大学のゼミの飲み会を思い出していた。最初のひと騒ぎが終わると、だれもこちらに興味を残さない。ビールのジョッキに浮いた水滴をながめる他はなく、ただぽつねんと、からっぽのままひとりで座っている感じ。
 あのときのように、私はだれにも気づかれないようカバンを取り上げ、ひっそりと店を出ようとした。ワリカンの際にだって、だれも私がいたことには気がつくまい。
 「松本さん、ひさしぶり」
 しかし、突然あらわれた大男が通路をふさぐようにとなりへ無遠慮に座り、私の計画は妨げられたのだった。
 どうやら、松本の古い知り合いのようだった。オッパッピーみたいなハンドル・ネームの男で、ずいぶん昔からネット界隈に棲息する古株らしかった。
 この男には、オフ会での唯一の拠り所であった開設年マウントは通じない。私はおのれの席でますます小さくなった。
 「1994年はパソコン通信が始まった頃で、自分が立ち上げたサーバーに掲載した情報が、数日かけて全国に広まっていくのを見るのが面白かった。ぼくたちのひとつ上の世代は筒井康隆さんで、ASAHIネットの大騒ぎを横目に見てて――」
 どういう素性だろうか、すべての話題を時系列に話すクセがあった。
 男がよどみなく昔話をし、松本がそれにうなづく。この場で確かなことは、男も松本も私の書いたテキスト、私の来歴、私の存在にまったく興味がないということだ。
 後藤がいるだろう奥座敷から楽しそうな笑い声が聞こえる。
 ぶぅん、ぶぅん。
 頭の中にドグラ・マグラのような羽音が響きはじめ、自分の体が自分のものではないような、離人症の感覚が私を満たしはじめた。水のようにせり上がってくるこの感覚は、やがて喉元へと達し、私を窒息させるだろう。
 「松本さん、最近なんか面白い漫画ないの?」
 「ありますよ。この一コマを見ただけで、絶対に続きが読みたくなります」
 「え、どんなの? ……ハハハ、ベンキマンとカレクックだ」
 意味を持つことを否定した、底なしの、徹底的な虚無のような会話。
 ぶーん、ぶーん、ぶーん。
 脳髄を満たした羽音はますます高まり、この瞬間にも頭蓋を破壊して、外にあふれだしそうだ。
 たまらず席を立とうと腰を浮かしたところで、私は気づいた。
 天井と壁の間にある薄い薄い隙間から、少年の体躯をした全裸の美輪明宏がじっとこちらを見ていることに。
 ウガニクだ!
 私は泣き出したいような気持ちになった。この二十年間、私が気づかないときにも、ウガニクはああやって、ずっと私を見守ってくれていたのだ。
 感極まって声をあげようとする私を、ウガニクは唇に人差し指を当てて制した。
 ウガニクは人差し指と親指をピストルの形にすると、松本の後頭部へ向けた。
 「ばぁん」
 小さな囁き声とともに、松本の顔面に穴が空いた。
 「ハハハ、ブラックホールだ」
 だ、の発声と同時に、男の頭部が内側からはぜる。
 天井にまで届く真っ赤なその噴水を浴びながら、私は立ち上がり、ウガニクに心からの喝采を送っていた。
 そうだ、ウガニク。いまのインターネットはすべて偽物の、まがい物だ。テキストが魔法として機能した神代のインターネットは1999年まで、それ以降はただの言葉の下水道じゃないか。
 きみの汚い言葉は最高にきれいだった。ぼくの下劣な言葉は最高に美しかった。ぼくたちのテキストサイトには、確かなキュレーションがあった、審美眼があった。
 それがどうだ。回線は馬鹿みたいに速く安くなったけれど、いまや恐ろしい分量の美しい言葉ばかりが下品に乱雑に、かつて美術館であり博物館であった場所の床へ足の踏み場もないほどに、ただ放置されている。
 さあ、ウガニク。君のあとから来たまがい物どもを、ぜんぶ、ぜんぶ殺しつくしてくれ。
 ウガニクをさしおいて、アクセス数だのみのアフログラサンの先行者も。
 「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、テキストサイト最長更新記録を標榜する金髪も。
 「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、ホームページ作成が一流だと誇るオタク野郎も。
 「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、テキストサイトをマネタイズする拝金主義者も。
 「ばぁん」「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、小鳥猊下の御幸を晒し上げした不敬の輩どもも。
 「ばぁん」「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、他の運営者たちに色目を遣うロンパリ女どもも。
 「ばぁん」「ばぁん」「ばぁん」「ばぁん」
 「ひぎぃ」「ひぎぃ」「ひぎぃ」「ひぎぃ」
 あとに残されたのは、清瀧とは名ばかりの血と汚濁の残骸だった。
 天井にはりついていた美輪明宏そっくりのウガニクは、きょとんとした表情で頭部をくるりと一回転させると「ギコハハ……」と鳴いて、そのまま煙のように消えてしまった。
 ありがとう、ウガニク。あなたはいつでもテキストサイトを守護ってくれる、永遠のチャンピオンだ。
 すっかり満足した私は、ネジで締める式の入口扉をタックルにて破壊し、店外へとまろび出た。
 先端に鎌のついた弁髪を振り回して、夜の新宿をひと通り飛翔したあと、両足で屋根を突き破る方法にてタクシーへ乗車する。
 「お客さん、どこまで?」
 魔界都市・新宿のドライバーは、アバンギャルドな乗車方法を気に留める風もない。
 「そうだな、とりあえず半蔵門までやってもらおうか」
 車が走り出すと、やわらかなGが体を押す。それに抵抗せず、腹を満たされた肉食獣の笑みでシートに身を預けた。
 ああ、ウガニク、いまなら何だってできそうだ。
 ポケットからおもむろに黒電話を取り出すと――
 おんな上しからの着しんがびっしりと画めんをうめていて、わたしは一しゅんビクッとなった。かい外では、休み中のぶ下にでん話をすることはきん止されているのに……そう考えると、なさけなさでジワッとなみだがでてきた。あ、ごめんね、現じつなんてつまんないよね。虚こうで現じつをぬりかえるのが、虚こう日記の主しだったよね。わたし、ひっこむね。
 ――ポケットからおもむろに黒電話を取り出すと、ジーコッ、ジーコッとダイヤルを回す。
 トゥルルルッ、トゥルルルッ。数回のコールで電話がつながる。
 「ヘイ、総理大臣官邸かい。今から一時間後、首相をブチ殺しにいくぜ」


 よい大人のnWo 第二部~めぐりあい・邂逅編~完