夢の終わり。

美少女への黙祷(1)

 それは言わば、おたくたちの火葬だった。
 生きながら炎に焼かれ、地面を転げ回るおたくたち。
 やがて、おたくたちに向けて放水が始まった。放水をする者の表情に人を助ける崇高さはなくて、ただ隠しがたい嫌悪がうかがえる。それは火を消すというより、彼らを自分たちの方へ近づけないためのようにも見えた。
 炎が消え、路上にくぐもったうめき声だけが残される。人々はただ遠巻きに見つめるだけで、あるいはお互いの顔を見合わすだけで、誰も近づこうとはしない。
 焼けこげた衣類の残骸をひきずりながら、おたくたちの一人がよろめきながら立ち上がった。炎に焼かれながらも手放さなかったエロゲーの美少女が描かれたビニル製の手さげ袋は、熱で変形してしまっている。美少女の巨大な瞳は溶けて黒い眼窩となり、その頭蓋は異様なデッサンを更に大きく誇張するように歪み、口元に貼りつくその微笑は戯画的なまでに変形し、周りを囲む者たちを嘲弄している。
 赤黒くただれた皮膚をつらせて、哀願にも見える表情で、そのおたくは一歩を踏み出す。
 画面の外から、女性が悲鳴を上げるのが聞こえた。
 無理もない。普段は秘し隠している、人間とは違う悪魔的な本質をそのおたくは白日の下にさらしているのだから。
 何をもっておたくを定義するのか?
 それは内側から発した、自己定義の問いなのだ。
 おたくを定義しようと試みる者は、すべておたくなのである。
 その異常な精神性は、おたくたちの外観をあなたたちとは違うものにしていて、あなたは見ればすぐにそれとわかる。あなたがおたくを見ておたくとわからないならば、あなたがおたくなのだ。牛は牛であることに疑問を感じ、苦悩しているのかもしれないが、人間から見れば、彼らは牛だというに過ぎない。言葉は一切必要ない。
 取り巻く人々の群れから、一本のペットボトルがよろめき歩くおたくに向かって投げつけられる。よけることもできず、それをまともに顔面に受けたおたくはもんどりうって倒れこみ、動かなくなる。
 あの事件の直後、ネットをかけめぐったホームビデオによるこの映像は多くの議論を巻き起こしたが、それはぼくに言わせればおたく同士の言葉の交換と、形を変えた自己擁護に過ぎなかった。


 高天原を紹介する司会者の声とそれに対するコメンテーターたちの反応に、わずかに軽蔑の調子が含まれているような気がしてならない。ブラウン管に浮かぶ高天原の姿はいつもの絶対性から遠く、ひどく薄っぺらに見え、周囲を取り巻く負の感情に浸食させないだけの圧力を感じなかった。
 「今日ここに呼ばれた理由はよくわかっています。欠席裁判を行わないため、あるいは安価の国選弁護人として、私はここに座らされているのでしょう」
 加えて、高天原の話す言葉がスピーカーを通じることであまりに客観的に聞こえすぎてしまったので、ぼくは不安になってテレビを取り囲む男たちの表情を横目でちらりと確認した。彼らはいつもと同じような熱を帯びた視線で高天原を見ている。だとすれば、すべてはぼくの感じ方の問題であるのだろう。
 昨日と今日は同じ日なのに、ぼくだけがいつも安定しない。あの日々の繰り返しのうちに、ぼくは自分の感じ方を世界へのものさしとして利用するのを放棄した。ぼくの中を満たす曖昧さは、現実を包むことはできても、測ることはできない。
 だから、高天原はきっといつものように完全なのだ。

 昨日、プログラム上の不具合がのぞかれ、高天原のエロゲー”甲虫の牢獄”は完成した。
 ぼくの書いたシナリオはアイデアはそのままに、高天原の手よって大幅に改稿された。それでもぼくは満足だった。ぼくがずっと感じてきたことが、高天原の手によって完全な形に昇華されたのだから。ぼくは自分自身が高められたような気さえしていたのだ。
 高天原は全員を呼び集めると、いつものように話し始めた。
 「この一年間、私のわがままを受け入れる形での共同生活に耐えてくれて、本当に感謝している。君たちに家族のような関係を持ってもらうことが、私のねらいだった。それはきっと、直接的な形ではないかもしれないが、このゲームの持つ雰囲気になんらかの影響を与えているはずだ。実は、君たちのうちのひとりでもいやだと言えば、私はこの制作形態を断念するつもりだった。それもこれも、君たちが金銭上の契約関係を越えた何かを私に感じてくれたからだろうと、嬉しく思っている」
 高天原は、”甲虫の牢獄”のプログラムが入った円盤を眼前へ掲げた。
 「これからこのデータは小型ハードディスクへと無数にコピーされ、日本全国へと発送されることだろう。しかし、これは象徴にすぎない。私の革命は、この中には無い」
 拍手がまばらに起こった。かすかなざわめきが続く。ぼくの後ろに立っていた男たちが、小型ハードディスクを配布メディアに使うことについての疑義を小声で囁きあっているのが聞こえた。高天原の発言に対し、誰かが直接ではないにせよ疑いを露わにする。それは異常なことのようにぼくには感じられた。そこにいた誰もが高天原の意図をはかりかねていたのだ。
 高天原は部屋の隅にひっそりと控えていた小太りの男に円盤を手渡した。はげ上がった頭頂部に手をやりながら、男は部屋を出てゆく。本質的にrebellionが不可能である苛立ち。彼はあの言葉で何を意味していたのだろう。
 「最後に、君たちに言っておきたいことがある」
 ざわめきは消え、しんとした静寂が落ちた。
 それはおそらく期待、だったのだろう。いよいよ、高天原はぼくたちに最後の言葉を言う。その言葉によって、ぼくたちの生は新たな段階へと革命されるのに違いない。
 しかし、高天原は軽く下唇を噛んだまま、何かをためらっているように見えた。
 不自然な沈黙の後にようやく発された言葉は、ぼくたちを失望させるに足るものだった。
 「一週間以内に、ここを出ていって欲しい。この家の賃貸の契約が今月末で切れることになっている。それから、これまでの製作期間中と同じように、今後もこのゲームの制作に関わったことは口外しないようにしてくれると助かる。強制はできないが、少なくとも発売から一ヶ月、つまり」
 誰もが困惑していた。高天原がまるで対等に、ぼくたちをどこへも誘導しないようにしゃべっているからだ。ぼくは自分の動悸が早まるのがわかった。
 「このゲームの正当な評価が下されるまで、じっと見守って欲しいということだ。革命前夜の密告で、すべてが水泡に帰した例は、歴史上いくらでもあるからね」
 高天原らしい警句に、ようやく安堵の笑い声が上がり、軽口が飛ぶ。
 「発売日までの間、私は自ら広報活動に出ようと思っている。作品が私の手を離れて世に出る最後の瞬間、私は自分の能力への強い信頼に関わらず、この世で一番気の弱い人間になってしまうんだよ」
 何人かが協力させてほしいと申し出たが、高天原は片手をあげて笑顔でそれを制した。
 それから、奇妙にきっぱりとした調子で、こう告げた。
 「私と君たちは、今日ここでお別れだ」

 その晩遅く、ぼくは寝つけずに起き出した。台所で水を飲んでいると、かすかに誰かの話し声が聞こえた気がした。
 土間をのぞき込むと、ボストンバッグをかたわらに腰掛ける高天原の姿があった。話している相手は、どうやら元山宵子らしい。高天原が厚みのある封筒を元山宵子に手渡しながら、何ごとか言う。ぼくのいる位置から、その内容は聞こえない。交わされた契約はわからない。元山宵子は、小さくうなずいたように見えた。高天原はバッグを手にすると、玄関から音もなく出ていった。
 その場に立ちつくして、高天原の後ろ姿をいつまでも見送るようだった元山宵子は、やがてゆっくりと振り向いた。開け放たれた引き戸から土間へと差し込む月明かりを映して、元山宵子の両目はまるで意志疎通の不可能な動物のように輝いている。そこに立っているのが本人であることを疑う要素は全く無かったにも関わらず、ぼくの感情はそれが元山宵子ではないと告げていた。それがこちらへと歩いてくる。
 ぼくはあわてて身を翻すと、皆が寝ている部屋へと駆け戻り、寝床に潜り込んだ。
 二人はいったい、何を話していたのだろう。
 あふれだす下衆な想像を振り払うと、ぼくは頭まで深々と布団をかぶり、眠った。
 そして、夢を見た。その夢を見るのは、実に一年ぶりだった。

 細長い岬を多くの人間たちが一列になって、粛々と歩いてゆく。
 その左右は崖になっていて、底は見えない。
 周囲を白いもやが取り巻いていて、見通しはほとんどない。
 列を乱す者はいない。列を乱せば、墜落するしかないからだ。
 進むにつれて、足下はどんどん狭くなってゆく。
 ときどき、谷底へと落ちてゆくものがいる。
 黙って落ちてゆくものもいれば、泣き叫びながら落ちてゆくものもいる。
 しかしどちらも、ただ落ちてゆくのだ。
 次第に、周囲を取り巻いていた白いもやが晴れてゆく。
 岬は先細りの果てに、ついにその先端へと収束している。
 もうその先に道はない。
 ひとり、またひとり、岬の先端から落ちてゆく。
 黙って落ちてゆくものもいれば、泣き叫びながら落ちてゆくものもいる。
 しかしどちらも、ただ落ちてゆくのだ。
 やがて、ぼくは自分がその緩慢な行進の最突端にいることを知る。
 ぼくは大きく後ろを振り返り――

 そこで目が覚めた。全身が寝汗に濡れていた。
 午前中に運送業者がやってきて、すべての機材を引き上げていった。トラックを見送ってまばらに室内へと戻ると、そこには早くも空漠とした雰囲気が広がっていた。
 午後になると、元山宵子がいつものように制服姿で現れた。ワゴンを運転してきたのはあの男ではなく、知らない誰かだった。高天原さんにそうじを頼まれて、と彼女は皆に言ったが、一向に何かする様子もなく、相変わらず縁側で両足をぶらぶらさせていた。いくつか高天原の動向について質問があったが、彼女は曖昧な返事をするのみだった。ぼくは気づかれないようその横顔をちらりとうかがうが、それは昨晩のようではない、ぼくの知っている元山宵子だった。
 日も傾き始めた頃、彼女は大きく伸びをすると、そのまま後ろ向きにのけぞるような格好で柱時計を見た。
 黒い髪の先端が流れて畳に触れる。制服の下に長く伸びた細い肢体と、白い喉。
 ぼくはあわてて目をそらした。
 元山宵子はよつんばいにテレビまでいざってゆくと、スイッチを引いた。つまらなさそうにガチャガチャとチャンネルを回し、ある番組で手を止める。
 「これって、もしかして高天原さんじゃないかしら」
 元山宵子の声に、気の抜けたようにぼんやりとそれぞれのことをしていた男たちが、ぞろぞろとテレビの前へ集まった。
 そしてぼくたちはいま、高天原を見ている。
 「私はちょうど、みなさんの日常に不穏な影として再び現れはじめたにも関わらず、みなさんが生理的な拒絶以上の理解をできない人々とみなさんとの中間地点に立っているという自覚があります。どちらの、こういってよろしければ文化も理解し、それをある程度までなら通訳することもできる。ただ、私はいずれの利害にも与していないという点から、どちらにとっても積極的な外交官とは言えないかもしれませんが! さて、みなさんが好んで使われるあの呼称で呼んでしまうと、その単語の持つ負のイメージが私の説明を、あるいは私の説明へのみなさんの理解を歪めてしまう恐れがあります。ここでは、彼ら、とだけ呼ぶことにしましょう。みなさんは、できるだけ、彼らへの偏見を捨ててお聞きいただければと思います。私は、彼らとの関わりを考えずに、この時代を生きることの危険性をみなさんに理解していただきたいのです」
 カメラが引いた際に映し出された他のコメンテーターたちが、明らかに鼻白んだ様子を見せている。きっと彼らが期待していた言葉とは遠いのだろう。再び高天原へと映像が寄る寸前、司会者の男が助けを求めるような視線をスタジオへ向けるのが見えた。
 「彼らが求めているものを一言で表すとするなら、”自己憐憫を注入するための虚無の器”と言えるでしょう。彼らには思想も信条もありません。ほんの些細な日常での決断に、それを決定することが自分の人生へ深甚な影響を与えるのではないかと恐れて、巨大な課題と挑戦を感じて、彼らは判断を停止してしまう。選ばなかったものへの後悔に耐えきれず、永遠を立ち往生しているのです。彼らに唯一あるのは、意外に響くかも知れませんが、感情そのものです。彼らはその無感動の様相とは裏腹に、荒波のような内面の葛藤に常に揺さぶられています。全身の激しい痙攣が昂じて、それが周囲には全くの硬直にしか映らなくなっている、と言えばおわかりいただけるでしょうか。コマの回転が静止を生み出すようなものです。ですが、その感情は日常で私たちに選択を促す、物事に対する好悪の段階には達していません。好悪に基づく選択は思想の発端ですが、彼らの内側に他者へと向かう感情は存在しないのです。自己憐憫を中心にして、それを囲む衛星のごとく喜怒哀楽が旋回している。彼らの精神生活は人間のベースにある動物的衝動と言うよりも、外部刺激に向けての昆虫的反射の連続で成立しています。彼らの興味は自分以外には向かず、それゆえ外的な反応はすべて心を伴わない反射の段階に留まるのです。根本的に、みなさんとはその心の構造が異なっているのだと考えて下さい。外見の無感動さと、その応答の無機質さ、あるいはみなさんの仲間を装おうとしながら好悪を持たないゆえにいつも失敗する、あの奇妙奇怪な演劇的応答から推測できる以上の内面の差異が、みなさんと彼らの間に存在すると言っていいでしょう。昆虫的な反射と申しましたが、昆虫と違いますのは、これが問題をやっかいにしているのですが、人には境界があります。自分と他人を区別する境界です。皮膚や肉体のことではありません。我々の精神のことです。昆虫や動物の持つ個の境界というのは、例えば腹具合であるとか、発情期などの時期であるとかに影響を受けて伸縮する。ときに消えたりさえする。しかし、人間の持つ精神の枠組みは、決して消滅しません。この枠組みの強固さは我々の自己同一性への希求を保証しますが、同時にあらゆる感情の澱を逃がさないという意味合いも含んでしまうことになる」
 高天原は淡々と話し続ける。その調子はあまりにも淀みがなく、誰も口を挟むことができない。彼の言葉は正しいからというよりは、ただ単純に他者を必要としていないので誰も後から言葉を加えることができないのではないかと、ぼくは思う。
 「枠を破壊する、破壊しないまでも穴を空けて中身を抜き取る、それは一般の人間には極めて難しいことです。なぜなら自己同一性の否定と死への怖れ、両者は全く同じものだからです。つまり、いったん歪んだものを湛えてしまったなら、二度と美しく変わることはできないのです。不可逆ですから、どういう原因がその歪みを招いたのかを推測するのは無意味でしょう。みなさんが好悪に発する欲望を溜めているその枠組みの中に、彼らはそれぞれの所与条件に対応する反射を溜めこんでいる。昆虫的指光性でもって、尊大な自己憐憫を注入できる対象を求め続けている。彼らが執着できるのは、自己憐憫の投影を許してくれるものだけなのです。意志を剥奪されたゲームの美少女であるとか、社会的自我の形成途上にある少女などが彼らにとっての器となり得る。その意味で、私が私の生業として彼らに提供しているものは、闇夜に明滅する街灯のようなものでしかないのかもしれません」
 室内は薄暗くなり始めていたが、誰も灯りをつけようとはしなかった。
 「もしかすると」
 腕組みをしたまま画面から目を離さず、プログラム担当の男がつぶやいた。
 「高天原さんは、俺たちを裏切ったのかもしれない」
 沈黙が降りた。その場にいる誰ひとりとして、その言葉に反応を示さなかった。しかし、それはその言葉を聞いていないというのではなく、全く反対の沈黙だった。その言葉は、あまりに皆の不安に答え、あまりに皆の腑に落ちてしまった。
 ぼくは、こんな光景を一度見たことがある。
 細く長く続いた呼気の後、掛け布団が上下することをやめる。眼前に冷えていく祖父の身体を前に、集まった親族は誰ひとりとして言葉を発さない。死んだ、と言うことができない。現実は言葉と離れた場所にあるはずなのに、言葉が現実をそこへ規定してしまうような、しんと静まった畏れを全員が共有していた。世界には、誰もがそれぞれの属する場所を越えて否応なく和してしまう特異点が存在する。
 ぼくたちはそのとき、たぶんそこにいた。
 ブラウン管の中で高天原勃津矢の演説は続いている。
 「心を使わず、すべての事象にただ昆虫的反射でもって応答する。少し前の時代までは、そんなことは全くの不可能事だったでしょう。つまり、彼らにも多少の同情の余地はあるのです。けれどそれは、どんな大量殺人者であっても必ず弁護人はつくという意味合いでの同情でしかありません。心の傷、トラウマなどという観点から見れば、すべての人間はそれこそ何らかの理由から同情に値してしまうものなのですから。私が言うのは、みなさんを取り巻いているこの現実が、彼らにとっては心という名前の聖性を踏まえない行動ですべて足りてしまうという意味なのです。聖性という言葉を使いましたが、よりわかりやすく表現するならば、自分という存在が重要で無くなる瞬間を持てるかどうか、ということです。彼らにとって、そんな瞬間は絵空事のようにあり得ないのです」
 高天原は言いながら、ゆっくりと右手を持ち上げると、自分の胸に当てた。
 カメラがぐっと寄り、その姿が画面に大うつしになる。サングラスに照明が映りこんで、高天原の表情を読み取ることはできなかった。その顔は、無機質なデスマスクのようにも見えた。
 室内の誰も、まだ一言も発することができないままでいる。みんな一縷の希望を捨てきれないでいるのだ。
 しかし希望というのは、常に絶望への準備動作に過ぎない。
 「誤解を恐れずに表現するならば、彼らはことごとく、圧倒的な何かに平伏する必要があるのです。暴力的に、無惨に、原型を止めぬほどに、引き裂かれる必要があるのです。彼らはもう、そんなところまで来てしまっている。彼らはみんな、不可逆なまでに破壊されたいと願っているのです。メディアに踊る陰惨な事件を見て、人間のまねごとで眉をひそめながら、その実うまくやりとげたその犯人と、もしかするとその被害者にさえ嫉妬を感じて、隣人の有り様を横目でチラとうかがいながら、自身の悪魔的な思考を悟られまいと声高な批判へ同じ調子でもって彼らは唱和しているだけなのです。自分が本当に死ぬのかどうかすら確かめることのできないほど孤絶した彼らは、もう飽き飽きしている尊大な自己憐憫と不滅性への確信の限界を見たがっているのです。カミソリの刃を手首に埋める深夜の少女たちのように勇敢ではない彼らは、湖の水面に立つ”波紋”のような現実からの穏やかな干渉へ昆虫的な反射を繰り返しながら、ほとんど新聞的言説でしかない人間の尊重という茶番を、完膚なきまでに蹂躙されたいと願っているのです……」
 スタジオがざわめき始め、司会者のとってつけたようなコメントの後、画面はCMへと転じた。
 気づかぬうちに、口蓋に張りついてしまった舌を引き剥がす。
 高天原は、いったい何のことをしゃべっているのだろう? それは少なくとも、ぼくたちが作り上げた作品のことではない気がした。ぼくはテレビから視線を外すと、周囲を見回した。
 「元山さんがいない」
 沈黙を破った最初の言葉は、ぼくによるものだった。それは誰の絶望をも救わない、個人的な違和感の確認に過ぎなかった。誰もぼくの発言に答えようとはしない。その空虚さは、もう高天原はいないのだと強く感じさせるに充分なものだった。
 元山宵子は、ぼくたちが高天原の演説へ釘付けになっているうちに、いつのまにかいなくなってしまっていた。
 次の日になっても、彼女は帰ってこなかった。もう高天原との契約は終わったのだから、それは当たり前のことだった。ただ、最初に帰ってこなくなったのが、元山宵子だったというだけだ。
 日が経つにつれ、ひとり、またひとりと出ていった。律儀にみなへ挨拶をする者もいれば、朝起きるといなくなっている者もいた。お互いに何の関係も無いぼくたちをつなぎあわせていたのは、高天原という絶対的な家長だったのだ。テレビ番組はひとつのきっかけに過ぎなかった。高天原がいよいよこの家に戻ってくることはないらしいと、残った者たちも気づき始めていた。
 ぼくはと言えば、元山宵子がいなくなった日に高天原が二度と戻ってこないことを確信したにも関わらず、なんとなくぐずぐずしていた。高天原がずっとぼくの人生の面倒をみてくれるような、甘い錯覚が最初にあったせいだろう。だがそれ以上に、ひとつの大きな不安がぼくをとどめていた。
 それは、言葉にすればこういうことだった。
 あの場所に戻ったらもう二度と、出てこられなくなるのではないか。
 そしてその果てに、今度こそ、殺してしまうのではないか。

美少女への黙祷(2)

 ”甲虫の牢獄”の発売日から二週間後のあの日、ぼくは電気街の量販店にいた。
 高天原の家を出た後、ぼくは転々と路上生活を続けていた。もちろん、本当の路上生活者のようにというわけではない。ぼくにそんな覚悟があるわけはなかった。コンビニで食料を買い、公園のベンチで荷物を枕に眠る。常に自分が薄汚れているように感じたあの頃とは正反対に、ぼくは自分の清潔さをいやというほど思い知らされた。砂埃にまみれたベンチに身を横たえるのに躊躇し、手の甲を這う蟻に悲鳴を上げて飛び起き、深夜の高架下で酒盛りをする黒いぼろ布たちが優しくぼくを手招きするのに全身が泡立つような嫌悪を感じて逃げ去る。
 理屈はない、ぼくが上等だと思うわけでもない。ぼくの中で感情の選択は常に自動的に行われ、いつだってぼくは意志を持たないかのように、ただそれに身体を従わせるしかなかった。公衆トイレの個室にこもり、水道水に湿したハンカチで身体の汚れをぬぐう。ぼくが関わりたかった現実とはこれのことではないと思いながら。
 雨戸を閉め切り、ブラインドを下ろし、モニターの明滅だけが光源の牢獄で、ぼくは自分からそうしているなんて気持ちはまるでなくて、いつも誰かがぼくを閉じこめているのだと感じてきた。そして、ずっと現実と関わりたいと思い続けてきたはずだった。現実とは観念のことであり、最大公約数の側の観念に同化できさえすれば、その事実はぼくを救うはずだった。誰に教えてもらうまでもなく、解答はわかっていた。
 個人の観念ではない現実が存在するのか。きっとぼくはあのとき、それを高天原の中に見たのだ。しかし、彼はぼくを去った。それを考えると、なぜか涙がこぼれる。高天原との生活を失ったぼくに、もう戻る以外の方法は残されていない。それはわかっていた。みんなが、両親がぼくを馬鹿のように扱うのとは別に、いつだって何でもわかっていた。ただ、行動できなかっただけ。
 ぼくは戻ることをいつまでも先延ばしにしていたかった。なぜってあの牢獄に戻れば、高天原がぼくを迎えに来たいと気持ちを変えても、ぼくを見つけることができないではないか。しかし、そのはかない希望は日々に薄れた。黒いぼろ布たちの手招きに含まれる優しさと、その理由に壊された。
 ぼくの足が電気街の量販店へと向かったのは、高天原の作品をこの目で見ることで彼と過ごした日々が決して虚空に消えたのではなく、何かに結晶するための時間だったのだということを確認したかったからだと思う。
 子どもの頃に読んだ漫画の一ページ、激流が飛翔するような、視覚化された時間の恐怖。
 ぼくに人生を積み上げることはできない。なぜなら、それはあらかじめ過不足なく与えられている。ぼくにできるのは、与えられた人生が秒刻みにほどけてゆく取り返しのつかなさに身悶えること。その取り返しのつかなさにわずかの抵抗を示すために、高天原は時間を作品へと結晶させるのだろう。彼にシナリオを書くことを強制され、ぼくには彼がなぜエロゲーを作り続けるのか理解できたように思えた。最初に出会ったときよりも、彼に近づけたように感じた。この一年間は決して無駄ではなかった。それを確信したくて、ぼくは電気街の量販店へと向かったのだ。例え、曳かれていく子牛が見上げる青空ほどの気休めに過ぎないとしても、あのときのぼくにはその行為が必要だったのだろう。
 案内板に従い、人の密集するエレベーターをなんとなく避ける気持ちになって、階段をつかって三階へ上がる。
 目の前に広がったのは、ひとつの階全体が美少女たちに占拠されている光景だった。
 一枚一枚を取りだしてみると非常に鮮やかで奇抜だが、全体として眺めると逆に没個性的に見えてしまうポスター群で周囲の壁面は埋められていた。ポスターに描かれている美少女たちは、ぼくに向けて穏やかに微笑みかけていた。なぜか元山宵子のことを思い出す。ぼくはあわてて頭の中に浮かんだその映像を振り払った。
 最初、何年ぶりかの人混みに感じた窒息か過呼吸のような胸苦しさは、次第に薄れた。やがてほとんど安逸さえ感じている自分に気づく。その場を往来する人々は、まるでお互いがいないかのように振る舞っていたことが理由だろう。いつもならば誰かがぼくの横を通り過ぎたあとに背後から向けられる意識の破片のようなもの――ぼくのあずかり知らぬ場所で決定され、ごわごわした肌触りでぼくを規定するあの見えない拘束を全く感じないですんだ。ここにいるのは、ぼくと同じ種類の人間ばかりだからなのかもしれない。ひとかたまりになって声高に話し合う一団からさえ、高天原の家で感じたような予期せぬ混沌を孕んではおらず、同一の個人を拡大した複数に過ぎなかった。
 フロアーの中央には、切り出した石塊としてひとつひとつのパッケージを積み上げたピラミッドがそびえていた。しばらくその周囲をぐるぐると回った後で、ぼくは”甲虫の牢獄”を見つけることができた。ゲームの本数と置かれている場所から、ぼくは高天原へ寄せられる暗黙の評価が理解できたような気がした。高天原の家でパッケージの見本を見せられたことはあったが、こうして外で目にするのは奇妙な感覚だった。あるはずのない物が、あるはずのない場所に存在するという違和感が原因だったのだろう。ぼくの中でそれは、あの家の風景や雰囲気と分かちがたく結びついていた。
 ぼくに覚悟を決めさせるのに充分なほど感慨が染み渡るのを待ってから、”甲虫の牢獄”を元の場所へと戻す。目的はすでに果たされており、すぐに立ち去っていいはずだった。結果的に、ぼくの好奇心がぼくをそこへ致命的なほど長く留めてしまったことになる。ぼくは、誰が高天原のエロゲーを購入するのか知りたいと思ったのだ。彼と出会ったことすらない他人が、彼によって結晶化させられた時間に接触し、そしてその事実で高天原を祝福する。ぼくは切実に、その瞬間を見たいと思った。周囲を取り囲む同族たちとのぼくを分けるものがあるとすれば、それは曲がりなりにも高天原と時間を共有したという自負――彼に手を引かれて、世界の真実へとつながる数少ないの道のうちの一つをたどり、その奥にあるものを垣間見たという自負だった。
 あまりにも多くの人間が”甲虫の牢獄”の前をただ通り過ぎてゆく。このピラミッドの裡で、高天原のエロゲーは唯一輝きを放つキーストーンのようにぼくの目には映った。パッケージを一瞥しただけで立ち去る者、何の確認もしないまま無造作にいくつもの箱を積み上げてレジに向かう者、周囲の様子を気にしながらうろうろと歩き回りためらいを露わにする者――ぼくと同様の視力を持つ人間は存外に少ないようだった。しかし、売場に立ちつくす長い無為の時間は、ぼくを失望させなかった。それはむしろ、ぼくの自負と選別の意識をいっそう強める役割を果たしていたように思う。
 やがて、歳月にくすんだ青いリュックサックを背負い、ほとんど黒ずくめの上下に度の強い眼鏡をかけた男が、”甲虫の牢獄”を手に取った。パッケージの絵を眺め、裏面のゲーム内容説明を読むことを幾度か繰り返すと、その男はレジへと向かった。ぼくは緊張と落胆が入り交じったような気持ちで、気づかれないようにその後ろを追いかける。
 男は無言のまま、無造作にパッケージをカウンターへ置く。それを取り上げた店員は、客の顔を見ないまま無表情でレジを打ち、機械的な声音で金額を告げながら購入特典のポスターを商品の入ったビニル袋に挿入した。男は自分が購入しようとしているものに全く興味を残していないといったふうに、何か別のものを探すような仕草で店員の動作から視線を逸らせた。
 ぼくと目が合う。男の顔が何かの感情に歪む。
 かけている眼鏡が外れ、ほとんど床と水平に滑空してゆく。
 次第にその表情は、随意筋が作り出せる範囲を越えた歪みを見せはじめる。
 頬に押し上げられるようにして、男の左の眼球がせり出してきて、ついには眼窩からまるで漫画のように外れて飛び出してゆく。
 いっしょに引っぱり出された視神経が見え、与えられた力学的動きに従って飛び去ろうとする眼球を一瞬間、空中に静止させる。
 さきほど押し上げられてきていた男の頬の皮膚が、このときその張力の限界を迎えて布のように裂ける。
 赤い血の飛沫がわずかに空中へ散る。
 男の身体が後方へ、まるで走り幅跳びの跳躍を逆回しにしたような動きで飛ばされていく。
 同時に、空中で完全な静止状態にあった眼球は、ついに視神経の束縛から解き放たれる。
 それは黒目の部分の移動でゆっくりと回転していることを示しながら、レジ正面の商品棚に並べられた雑誌に描かれている美少女にぶつかり、その胸の谷間を汚した。
 この一連の様子を、ぼくはまるでビデオのコマ送りのように認識する。
 脳の中心で何かが炸裂した。
 そう感じた瞬間、重力は消失し、ぼくの両足は床から浮き上がる。
 天井と床を幾度か交互に見たと思うと、背中に強い衝撃を受ける。
 静止する視界。物理法則は取り戻され、ぼくは地球へと墜落する。
 肺から空気がすべて絞り出され、吸い込もうとする努力を背中の痛みが妨げる。
 混乱した意識の中で身体の前面に触れているのが床なのか壁なのか、全くわからない。
 その滑らかな平面を両手で押し返そうとするが、わずかの力を込めることもかなわない。
 そこですべてが暗転し、ぼくは自失した。

 鼓膜をやられていたのかもしれない。
 ぼくが再び目を覚ましたのは周囲の騒動というよりも、耐え難い熱気が理由だった。
 うつぶせから身を返して息をすると、灼けるような熱さが流れ込んできてむせかえる。天井は黒い羽虫のような動きで満ちている。背中の痛みに耐えながら上半身を起こすと、そこには果たしてゆらめく真っ赤な柱がそびえていた。その柱はうねるように天井へ向けて上ってゆき、その頂点で黒い羽虫を吐き出し続けている。
 まばたきを二回した後、それが炎であることがわかった。エロゲーを積み上げた、あのピラミッドが炎上しているのだった。
 炎は天井をなめ、床を這って、みるみる壁面へとのりうつってゆく。
 壁面のポスターに描かれた美少女たちの顔は、笑顔から泣き笑いへ、泣き笑いから黒いあばたを生じ、そして最後に嫉妬の赤い炎を吹いて、別のポスターの美少女へと浸食してゆく。
 熱気に宙を舞う、美少女の裸体、愉悦の表情。肉と人格を汚されるために作り出された究極の奴隷である彼女たちが、自らの存在の消滅に対して見せる、心からの快楽の乱舞。
 ぼくは両足に力を込めて、歩けることを確認する。
 炎の柱の中に未だ燃え残り、哀願の表情を浮かべる美少女キャラたちは、自分たちが本当は何をされているのか、死ぬに及んでなお気づくことのできない無数の白痴だ。心を剥奪された彼女たちには、自分を憐れむことすら許されてはいない。
 なぜか高天原の言葉が思い浮かんだ。この世で最も重い罪は、赤ん坊の信頼を裏切ることだと。ぼくは彼女たちを見ないようにしながら、この地獄から逃げ出すための出口を探した。
 非常口へと続く床には白痴の性を、赤ん坊の生を買春するためにやってきた無数の人買いたちの肉の残骸が累々と続いていた。名状しがたい感情に促され、ぼくはそれらを意識的に踏みつけ、蹴散らしながら進む。煙に咳き込み、涙と鼻水を流して、ぼくは「死ね! みんな死ね!」と絶叫した。これまでのようではなく、心と言葉は完全に一致していた。祖父の死と全く違う死を、ぼくは彼らの上に望んだ。その言葉によって世界の全員が本当に死に絶えたとしても、全く後悔を感じなかったはずだ。
 足下に抵抗を感じたと思った次の瞬間、足ばらいを喰わされた格好で、ぼくは肉の中へ頭から倒れ込んだ。べっとりと顔についた液体を手のひらでぬぐいとる。立ち上がろうとしてかなわず、背後へ目をやると、顔の左半分が真っ黒く焼けただれた太ったおたくが、ぼくの足をつかんでいた。そのおたくは残された右半分の顔で、泣き笑いのような温情を乞う表情を浮かべていた。
 ぼくの人生の中で視界がくらむような、他人に対する本当の怒りを感じたのはこのときが初めてだった。つかまれていない方の足を振り上げると、小太りの男の顔面の右半分を力任せに蹴りつけた。おたくは、ひゅう、と呼吸音ともつかないような細い悲鳴を上げた。その悲鳴に怒りをあおりたてられて、ぼくは何度も何度も繰り返しおたくの顔面を蹴りつける。だが、そのおたくは、万力のような決死の力でつかんだ足を離そうとしない。
 ぼくはもう完全に我を失った怒りで、その手首を蹴りつけた。渾身の力を込めた三度目の蹴りで、木の枝が折れるような感触が伝わる。そのおたくはたまらず手首を押さえてもんどりうって、ぼくは解放された。
 そこに至ってまだ、ぼくの中の怒りは燃えさかっていた。Tシャツとジーンズの間から、白い腹がのぞいている。ぼくは全体重を込めた踵で、その白い腹を踏みつけた。そのおたくの口から、鮮血と胃の内容物が入り混じった液体が、瞬間おどろくほど高く噴射する。両目を見開き、両手両足を真上に伸ばしてぶるぶると痙攣し、そして、ぐったりと四肢を投げ出した。
 ぼくは動かなくなったおたくを見て獣のように絶叫しながら、非常口へと突進する。
 誰かを殺してしまったかもしれないことを恐れたわけではない。相手の生死は気にならなかった。その肉が生命を伴っていようがいまいが、この炎の平等さはその内側にすべてを消滅させるだろう。自分の中に生まれた初めての激情が急速に冷えてゆくのが実感されたから、絶叫したのだ。右手を大きく伸ばし、遠のいていくその感覚を実際につかまえることができると信じているかのように、ぼくは追いかけた。
 人の死さえ、ぼくに影響を与えないのか! 人を殺してさえ、この心は何も無かったように復元するのか! ぼくはこの世界の中で、自分の死以外のすべてを全く重要だと感じていないのか!
 ぼくは叫びながら涙を流した。底の知れない人の孤独へ絶望して泣いたのだと思っていたが、その絶望はすぐに自分自身への愛情とあのおたくへの疑う余地のない嫌悪感に上書きされた。自分の生を求めて階段を駆け下りるうち、ぼくが関わった一人のおたくの死は、多くのおたくの死を道連れにして、完全にぼくの内側で無化された。
 店の入り口にはすでに消防車が到着しており、多くの野次馬たちが集まっている。
 衣服に火のついたまま転がりでてきたぼくを、消防隊員が手に持った布で抱きかかえるようにして包みこむ。布の下に限定された視界に、ビルの壁面から巨大な美少女が見下ろしているのが見えた。
 無防備な微笑みで、頬を染めた恍惚で。特別な誰かへしか見せるはずのない無上の信頼の表情を、尊厳を、愛情を、すべての人間の前へさらしているのだ。彼女はどんな醜いおたくたちをも、心の底から信頼して、愛しているのだ。
 ぼくは絶叫した。それはまるで気の違ったような叫びだった。
 拘束がゆるむ。これまでぼくの人生を長く強く抱きしめていた力が、このときゆるんだのだ。
 ぼくは赤ん坊のように身をよじって消防隊員の手の内から逃げ出すと、サッと遠巻きになる野次馬たちの間を両手を振り回して絶叫しながら走り抜けた。
 眼前に見下ろす巨大な美少女の慈愛の微笑みをただ避けるように、ぼくは野路裏の闇へと遁走した。

美少女への黙祷(3)

 その日、全国各地で爆発事件が起こった。
 マンションの一室、住宅街にある一戸建ての二階、環状線の車内、大学構内のサークル棟――何のつながりもないように思える様々な場所で、連鎖的に爆発が起こったのだ。
 ニュース速報のテロップはやがて緊急特番へと変わり、カメラはめまぐるしく次から次へと炎上する現場を映した。被害の状況はとぎれることなく画面上へ更新されてゆき、時間の経過につれて死傷者の数は等比級的に増えていった。
 最も被害が大きかったのは秋葉原や日本橋など、全国各地に存在する巨大電気街だった。爆発の現場となった店舗では、例外なくアダルトゲームが販売されていた。多少の時間のずれや規模の大小はあったようだが、無数のおたくたちが集うその場所は阿鼻叫喚の巷となった。
 悲鳴を上げる血濡れのおたくたちの様子が、巨大美少女の垂れ幕や看板と共に画面へと映し出される。それを見た人々は、いったい何を感じただろう。同情や憐れみでは決してない。その異様な光景は、この事件の主謀者への憤りをすらかき立てない。人々が感じた最初の気持ちはあらゆる良識的な感情を圧倒して、嫌悪だったはずだ。
 ある番組で一人のコメンテーターが、今回のおたくたちへの災禍はむしろ当たり前の罰のようなものだと発言した。爆発が起きたのは平日の昼間であり、そんな時間帯に年齢制限のある異常なゲームを買いにいくようなおぞましい人種に同情の余地は無いという内容である。CM明け、すぐに謝罪とともに発言は撤回されたが、それはきっとこの事件に関しての大多数の気分を正確に代弁していたのだと思う。
 調査が進められてゆく中、小型ハードディスクを供給メディアとして販売していたアダルトゲームから、セムテックスと呼ばれる爆弾と電気信管が発見された。
 そのゲームのタイトルは、”甲虫の牢獄”といった。
 すべての番組が、同じ一つの事件に言及していた。自室のテレビの前でリモコンを操作しながら、ぼくは何が起こっているのかほとんど正確に把握できていなかった。新聞やニュースは外国人グループによる同時テロの可能性を示唆する報道を繰り返し、ぼくは結局のところ自我と知性をこの寛容な社会に無理矢理広げられてしまっただけの凡人で、思想もなく現実へ対処する手段もなく、ただただこの事件が行き着く先に脅えるだけだった。自分の巻き込まれてしまっている現実を俯瞰するのに、ぼくはあまりに何も持っていなかった。ある日、ぼくの部屋の扉が踏みやぶられ、荒々しい現実がぼくを蹂躙してゆく――あんなに待ち望んでいたはずのその破滅を、ぼくはひたすらに恐れていた。
 高天原の元に集まった人たちと連絡を取ることを考えたが、彼らの本名や素性を全く知らないことに気づく。実際、ぼくは何も知らされていなかった。高天原は彼の計画の詳細について、ぼくに何も話していなかった。ぼくはずっと、高天原がぼくにささやいた革命とはゲームの中身によるものだと無邪気に思いこんでいた。
 高天原はこれを意味していたのか。これは革命どころではない。これはただのテロルではないか。高天原はぼくにそれを暗示しながら、最後の一線では言葉による変革を信じていなかったのか。
 テレビ画面にはもう幾度目だろう、炎上して黒い煙を吐き出す量販店の入り口から、悲鳴を上げながらおたくたちが転がりだしてくる様子が映し出されている。そして、それを見下ろす巨大美少女の恍惚の表情。
 事件から一週間後、高天原は自身の生家で身柄を拘束された。彼の生家は近隣では名前の知れた素封家であるとのことだった。高天原には重度の脳性麻痺のために寝たきりの妹がおり、警察が踏み込んだとき、彼はその枕元に正座して妹の顔を見つめていたそうだ。
 見慣れぬ彼の本名と顔写真があらゆる手段で世間に晒された。女性週刊誌に掲載された記事のタイトルに荒い粒子の下から無表情で見返してくるその人物は、ぼくの知っている誰かではなかった。
 高天原はずっと見つめていた。ぼくたちではなく、彼自身の虚無を。

 ぼくには結局、戻る以外の選択肢は無かった。
 一年ぶりの帰宅。玄関先で靴を脱ぎながら、押さえようもなくこみ上げる懐かしさへぼくはほとんど絶望を感じた。その感覚を前にして、これまでぼくを束縛し続けたものは嫌悪や憎しみでは無いことを認める他はない。それは、我が身に痛みが無いことへの依存と、罹患した豚が元の無菌室に戻されたときに感じるだろう安堵と。
 自室へ戻る前にトイレを使おうとして、家人とはちあわせする。
 もしかしたら捜索願のひとつも出ているのではないか、と思っていた。ぼくは現実を常に甘い夢想と重ね合わせようとする。表面では拒絶するような素振りで、心のずっと深い底では幻想と現実が一致する瞬間がやがて訪れるだろうことを塵ほども疑うことがない。
 「コンビニに行ったのかとばかり……」寝間着の上に半纏を着込んだその人影は、ぼくと目を合わせないようにして言った。
 ぼくは笑った。笑いながら涙を流した。
 この人たちにはぼくがいようがいまいが、何の違いもないのだ。
 夜の淡い空気の底でにぶい光を放つ五百円硬貨。
 その硬貨に背を向けるという選択肢が無くなっていることにぼくは気づく。
 何がいけなかったのか、ぼくのどの行動が選択肢を消してしまったのだろうか。高天原は、ぼくの生を革命したはずではなかったのか。
 いや、わかっている。高天原の言葉に身を預けるだけで、ぼくは自分が何かに変わることができるような気がしていた。自動車の速度と自分の速さを同じだと考える愚かさならば、誰にでもすぐにわかるというのに。
 自室のベッドに横たわり、考える。もう時間は無限にあった。
 高天原はぼくの弱さに、ぼくの立ち往生に、自分が責任を負っていると言った。高天原がぼくに求めていたのは、きっとぼくのつたない言葉ではなかった。きっとそれは、ぼくが属している人たちが作り出している時代の雰囲気そのものだったのだ。高天原はただそれを身近において、観察するためだけにぼくを選んだのだろうか。もしかすると、高天原はぼくが変わっていくことを望んでいたのではないか。いまになって考えれば、高天原のすべての言葉はこの事件と符号する。彼は気づいて欲しかったのか。
 引き金を引いたのは誰だ。高天原を踏みとどまらせる方法が、選択肢があったのではないか。
 いったん思いついてしまうと、その問いがずっと頭を離れなくなった。
 ぼくの生活パターンに加わったのは、ネットで高天原とその事件の情報を集めることだった。
 過激派どころではない、アダルトゲームの制作者が犯人であるとわかると、その動機についての様々な憶測が乱れ飛んだ。ひとりの犯罪者のせいで我々全体がその予備軍のように言われるのは心外であるという、おたくの側からのおきまりの反論もあった。だが共通するのは、誰も高天原勃津矢という人間の真意をはかりかねていたということだ。裁判の傍聴を求めて、抽選には長蛇の列ができた。
 この事件において被害者本人はもとより、その家族や関係者から提出された被害届は到底爆発での死傷者の数に見合うものではなかったという。誰も自分や自分の子が”エロゲー”を愛好していることを世間に知られ、異常な嗜好を持った所謂”おたく”の住処と同定されることを望まなかったのだろうとぼくは思った。高天原の言った”二度と復帰のかなわない場所”に、彼らはいたのだ。
 2002年3月某日、高天原事件の初公判が行われた。「動機として極めて不可解」とされた罪状認否での彼の発言だが、ぼくには理解できるような気がしたものだ。例えそれが高天原との関係を肯定したいがゆえの、一方的な思いこみによるものだとしても。
 「すべて私ひとりでやったことですが、それは誰も私の計画に荷担しなかったということではありません。共犯者は確かにいます。みなさんは、おたくたちを許してはいけないのです。おたくというものはガン細胞のように自己増殖を繰り返して、いつかこの社会を根本から別の何かへ置換してしまうでしょう。みなさんの知る現実の、究極的な死です。いまのような寛容さでおたくたちを許していれば、みなさんの築き上げてきた尊厳はついには死に絶えてしまうでしょう。話し合いによる懐柔や、支援によるみなさんへの同化は、ガン細胞のメタファーがそのまま示すように不可能なのです。ガン細胞は正常な細胞を上書きできますが、その逆はかなわないのと同じことです。おたくたちと対話してはなりません。おたくたちの応答はすべて刺激に対する反射であって、人間の真情に根ざすものではないのです。私がおたくたちをここで悪しざまに申し上げるのは、他ならぬ私がこの致命的な文化活動により染め上げられた存在であるからです。私は自分の内面の無機質さと荒涼を知っているのです。私は人間について書かれた過去の書物を読み、この二十年をかけて私が人間と定義される存在ではないことを理解しました。私はそう、甲虫なのです。ただ反射を繰り返すだけの、殻を伴った感情の乗り物なのです。他人を傷つけない限り、と人道派のみなさんはおっしゃいます。多くの人たちを傷つけ殺しさえした私はここへ引き出されていますが、おたくたちはみんな私と同じなのだと考えて下さい。犯罪的行為と犯罪的思考の間にある無限の距離をみなさんはおっしゃいますが、爆弾は爆発せずともやはり爆弾でしょう。日常の側に置いて安楽とできるものではないはずです。この社会では私たちを人道派の”他人を傷つけない限り”を守ってさえいれば、ただ無いもののように扱ってくれますが、私たちはこれまでみなさんが積み上げてきた人間の尊厳を、ただそこにいるだけで深く傷つけているではありませんか。みなさんの側にいる私たちを少しの時間を割いて観察していただければ、それは自然と理解されるはずなのです。……私は、自分自身が憎いのです。憎いという表現は正確ではないかもしれません。多くの人間についての記述に当たり、そのどこにも私たちの中身を正確に言い表す言葉が無いことを発見しました。つまり、人類の過去を見て、現在を生きるみなさんを見て、そして人類の向かう未来を見て、私たちの存在は必要無い以上にむしろ害悪であることが、客観的に理解できてしまったということです。おたくたちはそれを意識するにせよしないにせよ、地球上で”客観的な自己憎悪”を得た初めての存在なのです。私をこうしてしまったおたくたちの文化の有り様が、私は心底恐ろしいのです。私はずっと、おたくたちがなぜ誰ひとりとしてこの自己憎悪を表明しないのか、不思議で仕方ありませんでした。声高な自己肯定や上目づかいの温情哀願、みなさんの、人間の言葉を使っての自己定義の試み――これらはすべて違うのです。従来的な方法では説明のつかない、人間と甲虫の中間のような異質の自己憐憫が、外殻で覆われた心の中に核としてあって、それが私たちに衝動を与えてみなさんに害をなしているのです。少女を誘拐して弄ばせたり、実の両親を殺害させたりしているのです。私たちがしているのは、言ってみれば人間の真似事に過ぎません。ですから、批判したり、論評したり、理解したりする時期はもう終えて、ただ私たちをみなさんの社会から排除して欲しいのです。真剣に考えてください。例えば私たちが人間の配偶者とつがい、子をなす可能性は極めて低いと言わなければならないでしょう。私たちは、エロゲーに書かれている現実のものではない美少女キャラクターを愛好します。もしかすると、生殖能力を持つ以前の現実の少女にその執着を転移させることもあるでしょう。なぜなら私たちの自己憎悪はあまりに深刻すぎて、その無意識は私たちから自己の再生産の可能性を注意深く取り除かせているのです。憎悪を我のみに留めて心中する気概があるならばそれはやがて聖者となりましょうが、私たちは他者へつながりを求める歪な欲望を抑えることができない。生物でありながら次世代へつながらない生殖のみを求める私たちの異様な感受性を想像して下さい。みなさんの中に私たちを容認する気分があるとすれば、それはまだ私たちの文化が百年を存続していないからだと警告します。一組の男女から一人の子しか生まれてこなければ百年で人口は半減する計算になります。もし誰も子をなさないのなら、この社会は百年で消えてなくなるでしょう。この社会の全員がエロゲー内の美少女キャラクターへ本当にまぎれもない心の底からの恋心を抱くような冒涜的日常にかかりきりだとしたら! そうなってから後悔しても遅いのです。こういう極論でこそ私たちのしている人間なるものへの侮辱、救済の無い真の悪徳がよりよく理解されるはずです。おたくが増殖してゆけば、みなさんの社会は形を変えるどころか早晩滅んでしまうことが、おわかりいただけるでしょうか。盲目なガン細胞が母体をも殺して自滅するように、私たちはみなさんのことを考えてなどいません。みなさんのお子さんを誘拐し殺害する、一線を越えてしまった同胞に対してさえ、おたくたちはこんなふうに言うのです――やれやれ、馬鹿なことをしたものだ。ぼくはモニターに映った美少女キャラクターだけを陵辱することにしよう――この異様な言動ですら、私たちにとっては甲虫の雄が雌の背中に背後から舞い降りる気軽さでしかありません。私たちは何の意識もせずに、呼吸をするように人間性の本質を貶めることができるのです。ガン細胞のように、生きるために宿主を痛めつけねばならないという切迫感にいつも促されている。私はみなさんが私たちの言動に対して憤りを感じることを知っていますが、どうして憤りを感じるのかを実感することはできません。なぜなら私たちの中身はみなさんとは完全に異なっているからです。甲虫に人間の倫理を説いたところで理解できないし、たとえ理解したところで実感やまして実行は不可能なことはおわかりいただけるでしょう。……十五年前のあの事件のとき、私は安堵したんです。これでようやくみなさんが私たちをつかまえて自分たちとは違うと指さして非難し、私たちをかわるがわる殴打し、私たちのいるべき場所へ連れていってくれると思っていたのです。しかしあの事件は個人へと集約していき、みなさんはその記憶を風化させ、また別の生贄を私たちに捧げるはめになってしまった。いまや私たちは、あろうことか自分たちをみなさんに肯定させるための何人かの腕ききの外交官まで作り出して、みなさんの社会の中へ再び版図を盛り返しつつあるのです。本当に、これが最後のチャンスなんです。私の共犯者は、この社会に存在するおたくたち全員です。あなたの息子はおたくじゃありませんか。あなたの隣人は、あなたの友人は。さあ、探し出して下さい。人間のふりをする、あなたの側にひそむおたくたちを! どうか、どうか私を最後のチャンスだと思って下さい……」
 ぼくは想像する。高天原はきっと、あの瞳に明確な意志を浮かべながら言ったのだろう。しかし、モニターの明滅に浮かぶ文字列から高天原の姿は見えなかった。
 では、高天原の革命とは断絶された究極の個人であるおたくたちを巨大な災厄で一様化することだったのか。おたくたちはまず無惨に踏みにじられる必要があると彼は言った。生の澱のよどみから再生するために、一度ばらばらに解体される必要があると。例えそれが死の危険と背中あわせだったとしてもおたくたちはそれだけの荒療治を、祖父の人生を規定したような圧倒的な破滅を必要とするところまで来てしまっていると高天原は考えたのかもしれない。しかし、高天原の問いかけにおたくたちはただひたすらに沈黙するばかりだ。
 本質的にrebellionが不可能である苛立ち。
 それはつまり、何をしようとも痛手を与えることはできないという無力感であり――どんなに泣こうとも誰も自分を振り向かないということと同質の哀しみだろう。
 象に触れる群盲のように、自分たちが触れているものの正体はわからないまま、手の当たった箇所を肉ごとむしりとって饗する。眉をしかめ、痛ましい表情でする娯楽の数々。高天原が報道される。ありとあらゆる形で、高天原が報道される。彼が目の前でバラバラに解体され殺されていくのを、ぼくはただ腕をもみしぼって見守るしかなかった。
 何よりも恐ろしかったのは、高天原について書かれた記事にある人物の評伝から言葉が引かれているのを見つけたときだ。その言葉はあまりに的確に高天原を言い表し、相対化し、無化しており、ぼくは読んだ瞬間に寒気を感じた。すべての熱情に相当する言葉がこの世にはすでにあり、言い当てられてしまった熱情は即座に冷えて死骸となる。
 そこにはこう書かれていた。「自分が迫害されていると思うことを彼は好んだ。現実から異端者として疎外されることは、彼の孤高を賞賛することであり、自分が選ばれて磔刑にされている荒ぶる神であることを証明することであった」
 しばらくして、多くの人々が死傷する別の大きな事件が起きた。途端に高天原の扱いは新聞紙面の隅に追いやられ、ニュース番組で言及されることも少なくなった。世界の優先順位は時間軸の先端にあり、堆積によって上書きされた現在の表面に見えるものだけが人々の関心を得る。もし見知らぬ他人の意識に留まり続けることを望むならば、それは行為の連続によってのみ可能となるのかもしれない。しかし、高天原がそれに気づいていなかったはずはない。だとすれば、ぼくが高天原に加えるべき言葉は何も無い。世界は日々新しい出来事へと上書きされてゆく。その速度は驚くほど速く、社会そのものがあらゆる事件に本質的な痛痒を感じていないことの証拠のようにも思える。象の如き蚤をまとわりつかせる恐ろしく巨大な生物としてただ悠然と存続し、象のひと暴れも象の死も、そこには何の影響もない。すべては瞬時に移り変わり、誰も追いつき続けることはできない。バケツリレーのように、次の手へバケツを渡してしまうと、後は取り残されたままそこに突っ立っている他はない。動き回るバケツの速度に皆が関与しながら、その実、誰もそこに関係がないのだ。
 高天原勃津矢の後でさえ――ぼくは思う。
 きっとおたくたちは許され、いつまでも変わらず在り続けるだろう。

 夢を見た。あの夢だ。
 細長い岬を多くの人間たちが一列になって、粛々と歩いてゆく。
 その左右は崖になっていて、底は見えない。
 周囲を白いもやが取り巻いていて、見通しはほとんどない。
 列を乱す者はいない。列を乱せば、墜落するしかないからだ。
 進むにつれて、足下はどんどん狭くなってゆく。
 ときどき、谷底へと落ちてゆくものがいる。
 黙って落ちてゆくものもいれば、泣き叫びながら落ちてゆくものもいる。
 しかしどちらも、ただ落ちてゆくのだ。
 次第に、周囲を取り巻いていた白いもやが晴れてゆく。
 岬は先細りの果てに、ついにその先端へと収束している。
 もうその先に道はない。
 ひとり、またひとり、岬の先端から落ちてゆく。
 黙って落ちてゆくものもいれば、泣き叫びながら落ちてゆくものもいる。
 しかしどちらも、ただ落ちてゆくのだ。
 やがて、ぼくは自分がその緩慢な行進の最突端にいることを知る。
 ぼくは大きく後ろを振り返り――
 そこで目が覚める。半身を起こすと、全身が寝汗でびっしょりと濡れている。

 人類の緩慢な死への行進の最突端で、大きく後ろを振り返ったぼくは――


 そこに誰もいないことを見た。


 人類の積み上げてきたすべての尊厳が、ぼくと共に死ぬのを知ったのだ。

美少女への黙祷(4)

 高天原と一年を過ごした家をもう一度訪れようと考えたのは、元山宵子の存在の他にはない。
 ぼくは高天原を理解したかった。存在したのかもしれない、別の結末を確かめたかった。元山宵子は、きっとそれを知っているに違いない。
 電車に乗り込んであの無人駅へ向かうのは、思っていたよりもずっと簡単だった。消し忘れられた鉛筆の線を上からなぞるように、ぼくはそれを何の決断もなく繰り返すことができた。人生は、きっとこういうふうに広がっていくのに違いなかった。思考ではなくただ行為により世界はその境界を外側へ広げて、広がった境界がまた新たな行為を可能にする。しかし、その理解はぼくにとってあまりに遅すぎた。
 改札出口の長い階段を降りてからあの家にたどりつくまで、丸二日かかった。記憶を頼りに幹線道路沿いを行き、山道を延々と徒歩で登った。
 ぼくに欠けていたのは、物事の連続性を理解する能力だった。昨日と今日に違いのない生活を続けていると、人の行動によって現実が変わるということ、変わった現実はそのままに固定して二度と元へは戻らないということ、この当たり前の実感が薄れてゆく。これまでのすべては無かったようにあそこにはまだ高天原と元山宵子がいて、籐椅子に腰かけたり、縁側で足をぶらぶらさせたりしているのではないかと、ぼくは半ば本気で期待していた。
 どれくらい登ったろう。進むにつれ、周囲を取り巻いていた白いもやが薄れてゆくのがわかる。ぼくの足は次第に速度を速め、ついには駆けだしていた。
 白いもやと陽光の境目を駆け抜けるとそこには――
 雨戸を閉め切られたわらぶき屋根の家があった。
 前庭へと下ってゆくが、もう鶏はどこにもいなかった。玄関は固く施錠されており、雨戸を引こうとするがわずかも動かない。家の周りを歩いても、人の気配は感じられなかった。
 ここではすべてがもう終わっていた。わかっていたはずだったが、ぼくはその理解に呆然となって座り込んでしまう。
 どのくらいそうしていたのか、気がつけば周囲は暗くなり始めていた。振り返ると、わらぶき屋根の輪郭が闇の深さに滲んでゆくのが見えた。それは、冷厳たる現実がぼくの夢想を浸食してゆくさまを表しているようだった。現実は常に不可逆なのだという実感が、急速に胸の底に降りてくる。
 ぼくは怖くなって立ち上がり、元来た道を逃げ帰った。
 一睡もせずに駅前へとたどりつくと、何か食べるものを買うためによろめきながらコンビニの自動ドアをくぐる。すると、思いもかけない温もりが全身を包むのがわかった。それは懐かしい、記号に守られたあの安らぎだった。
 コンビニの前の駐車場に座り込み、弁当を口にしながら考える。元山宵子はいつも制服を着てぼくの前に現れた。ということは、この周辺に彼女の通う高校があるのではないか。
 駅の周辺を捜索し、公立高校を見つけた。女生徒は元山宵子と同じ制服を着ていた。生徒たちの登下校時に、校門の前に立った。けれど一向に彼女は姿を見せなかった。
 何日かが無為のまま過ぎた。食事はコンビニで済ませ、夜は路傍で眠った。それ以外の時間は、校門を遠くから眺めた。一度、教員らしき男たちがやってきて、警察を呼ぶぞとぼくを怒鳴りつけたからだ。
 ぼくには思いだけがあり、何の準備も計画もなかった。だから、ぼくが元山宵子に再会できたのは、本当に偶然であるとしか言いようがない。コンビニの窓越しを歩いてゆく元山宵子を、最初ほとんど見過ごしてしまうところだった。彼女は制服を着ていなかったからだ。ぼくはあわてて店を出て、その後ろを追いかけた。見間違いようもなく、元山宵子だった。
 彼女の後ろをしばらくついて歩きながら、どう話しかければよいのかぼくには全く見当もつかなかった。ぼくは彼女の本当の名前すら知らないのだ。ぼくと元山宵子との接点は、高天原の他には何も無かった。
 「高天原とあなたの関係について、教えてくれませんか」
 ぼくがようやく発した言葉に、元山宵子が振り返る。
 彼女は眉根を寄せて、こちらを見た。眼鏡はかけていなかった。彼女の瞳の奥にあるかぎろいを、ぼくは不思議な既視感をもって眺めた。ぼくはその正体を知っているはずなのに、ずっと思い出せない。
 「ここでは人目がありますから」
 そう言うと、元山宵子は身をひるがえして再び歩き出した。その大股な歩き方は、ぼくの知っている元山宵子に似つかわしくなかった。
 彼女はズボンをはいていた。
 実在する他人にはそれだけで強制力がある。何を命じられたわけでもないのに、ぼくには黙って後ろをついていくしかできなかった。
 やがて、元山宵子はぼくたちが最初に出会った空き地へと入っていった。ぼくは待ちかまえる彼女とちょうど対面する形になる。
 「どうして戻ってきたんですか」
 そう問いかける元山宵子は全くの無表情だった。
 ぼくはいよいようろたえてしまって、もごもごと高天原について考えてきたことを言ったが、口に出してしまうとそれはまとまりも説得力もない、ただの薄っぺらな妄言だった。こんな馬鹿げた考えにずっと執着している自分が、ひどい間抜けに思えた。
 どうして口にされた言葉はいつもすぐに冷えるのだろう。離れてゆく言葉はアルコールのように気化して、心の中の熱を奪い去って、ぼくを空っぽにしてしまう。
 高天原さえいてくれたら! ぼくは切望する。高天原さえいてくれたら、こんな間抜けな場面で立ち往生させられずにすむのに!
 ぼくはもう元山宵子の目を見ていることができなくなって、うつむいてしまう。
 「私――」
 長い沈黙の後、元山宵子が口を開く。ぼくはつま先からはじかれたように顔をあげて、彼女を見る。
 そのときのぼくの顔はどんな期待に、そして希望に濁っていたことだろう。
 「母が亡くなって、大学に入るお金が必要だったんです。一年間ゲームの制作につきあってくれたら、四年分の学費は出してやるからって誘われて。予定より少し早く終わってしまったけれど、私、この一年間本当に――」
 元山宵子の唇が動き、音が発された。
 大気が揺れ、ぼくの鼓膜を揺らし、ぼくの脳に音像を結んだが、最初その意味が理解できなかった。高天原はぼくの予想が追いつかない言葉で話し、それがぼくに不安と驚きを与えたものだったが、元山宵子の話す言葉に予想がくつがえされるのはこのときが初めてだった。
 「気持ち悪かった。友だちがクラスのおたくっぽい子を指さして、気持ち悪いって言うのを聞いたことはあったけど、それは外見のことだとずっと思ってました。でも、そうじゃなかったんですね。どうして私についてきたんですか。どうして私に声をかけることができたんですか。いったい私の何に勘違いしたんですか。どうして私が高天原との関係を、例えそれがどんなものであれ、あなたに告白するだなんて、とんでもない妄想を少しでも信じることができたんですか。まるであなたたちの好きなゲームのように、私と何も話さなかったことで私との間に”フラグが立った”とでも思ったんじゃないでしょうね。”フラグが立つ”、なんて汚らしい言葉なんでしょう。おたくの欲情をそのまま連想させる、いやらしい語感!」
 ぼくはまるで記憶喪失の人間が記憶を取り戻すかのように、突然思い出していた。
 元山宵子の瞳の底に、いつもあったかぎろい。
 ずっとずっと昔、ぼくが他人の瞳の中にいつも見慣れていたその感情。
 それは、”敵意”だった。
 「なぜ私をずっと無視し続けてきたあなたに、あなたの尻の座りが悪いからという理由で、私にとって大切なことを教えなくちゃならないんですか。私、あなたのことずっと、しゃべれないかわいそうな人だと思ってました。いまさっき、そのくぐもった気持ちの悪い声で話しかけられるまで。なんで一言もしゃべらなかったんですか。何を言っても黙って薄く笑ってるだけで、いつも私の目を見ることができなくて、そのくせいつも私の方をちらちら盗み見てて――本当に、あなたのことがずっと気持ち悪くてしょうがなかった! 高天原にあなたの書いた文章を見せてもらいましたけど、自分のことを繊細で傷つきやすいって思ってるんですよね。世界って言葉をたくさん使うくせに、誰ひとりあなた以外の人間が出てこない、本当に気味の悪い文章だった。『人は自分以外の人間を苦悩者とは認めたがらない』、小説からの引用ですけど、あなたは世界っていう言葉で表現したすべての他人を、自分が苦しむための書き割りぐらいに考えているんじゃないですか。あなたは、その在り方の根っこの部分がすごく気持ち悪いんですよ。誰よりも他人に甘えていろんな侮辱を許してもらっているくせに、それに気づかない」
 頬が熱くなり、何かを言わねばと口を開くが、喉の奥ですべては固まっていて、老人が痰をきるような濁った音がわずかに響くだけだった。そんなぼくの様子を見てか、元山宵子の表情はいっそうの敵意と嫌悪に満たされてゆく。
 「高天原があなたの焦燥を代弁してくれていると思っていたんじゃないでしょうね。あそこにいた全員が彼の話す言葉に心服してカリスマ扱いしてましたけど、あの人はあなたたちおたくの群れの中でただひとり、ふつうの人間だったというだけじゃないですか。高天原は自分のことを話していただけで、それが一般化に耐えるほどの強度を持ち合わせていたというだけで、一度だってあなたたちのために話したことなんてなかったですよ。それなのにあなたたちは勝手な感情移入で御輿にかつぎあげて、彼を追いつめていった。ああ、可哀想な高天原! 際限なく広がる妄念と、井戸の底から見上げる空のような狭い人間理解、自分の才能が他人を変えることを信じられるほど傲慢で、自分が関わった人たちの人生をそのまま抱え込んでしまうほど真摯だった高天原! こんなつまらない人たちのために、愚かな計画に我が身を捧げるなんて! あなたたちは井戸にはまりこんだ高天原を助けあげることもせずに、ときどきのぞき込んでは彼の必死の悲鳴を聞くことを楽しんでいた。高天原は彼の理解した人間に絶望しながら、あの手この手で声をあげ続けた。ただ、あなたたちを自分のはまりこんだ井戸の周囲に呼び集めるためだけにですよ。高天原がとびきり滑稽な、あるいは悽愴な悲鳴をあげたときだけ億劫そうに立ち上がり、無言の薄ら笑顔でのぞきこんで、なぜ彼がそうするのか理解しようとさえしなかった。あなたたちにとって彼の言葉は自分たちの無気力を格好良く飾るための手軽なファッション、社会に関わらないための膨大な時間を潰す片手間のエンターテイメントでしかなかったんでしょう。だから、この結末は当然だった。高天原は引きこもりや少女略取や親族殺害や、そういった現代的な病のすべてに自分と自分が代表するものの影を見てとって、わずかにせよ自分が責任を負っていると思い続けてきたんでしょう。ただ自分が救われたいために紡いだ言葉が誰かの人生に取り返しのつかない影響を与えてしまったことを悔いて、何とかしなければと思い詰めていったんでしょう。こんな人間以前の存在のことを心からの真摯さで考え続けるなんて、高天原の愛情と共感はいったいどれほど深かったんだろう。あなたたちはそれが一人の個人にとってどんなに重い信頼であるわかっていたんですか。わかっていて、彼の真意を無視し続けていたんですか」
 何かが致命的に間違っていた。どうしてぼくは元山宵子と会うことで解決が得られるように錯覚したのか。
 爛々と燃え上がる彼女の瞳は魔のようにぼくを呪縛し、ぼくはここから半歩身を離すことすらかなわない。
 「あなたは一度、夕食のときにご飯を食べながら泣いてましたよね。私はそれを見ていて本当に、身もだえするほど恥ずかしかった。自分の恥ずかしさが誰かへの憎しみに変わることがあるなんて初めて知りました。泣ける自分が可愛いかったんですか。ただ自分のことだけですべてを理解したような気で、自分の感情だけを高みへと捧げもって、何もかもあなたの都合のいいように当てはめて――飽食なおたくが怠惰に時代を流れされてきただけのことなのに、摩耗した感性を世界的な苦悩に高めるために、あの状況にわざわざ涙を流してみせたんですか。あなたの抱えてきた家庭や生活の状況がどんなものかは知りませんけれど、あなたは引きこもりのおたくに陥ることができるほど恵まれているんだから、別にそんな涙に値するような、世界という言葉で普遍化して鑑賞に耐えるような美しいものを持っているわけじゃないでしょう」
 ぼくがおたくだって? ぼくがおたくだっていうのか!
 元山宵子の、いや、その女の瞳がまるで鏡のようにぼくの姿を映し出しているのが見えた。
 そこにいたのは、おたくだった。
 これまでの遍歴の中でぼくが出会ったすべてのおたくたちのどれとも似ている、まぎれもないおたくだったのだ。
 「繊細な感受性が時代の過酷さに打ち負かされたんじゃありません。時代の豊かさのおめこぼしを授かっているだけなんですよ。社会から無視されているだけのことを、自分たちからの積極的な拒絶と読み替えるその特異な能力にだけは、感心しますけれど! 上の世代の価値観のゆらぎを出歯亀の陋劣さで盗み見をして、つまり人の弱みをにぎってのゆすりたかりの類、みんなが困った顔をして見ないふりをしてくれているのをただ調子にのって増長してるだけじゃないですか。誰かが自分の無為にそれらしい名前をつけてくれれば、それで満足なんでしょう。あなたの書いた文章に頻繁に登場した、あなたを縛りつける目に見えない”波紋”という考え方、私には気持ち悪くてしょうがない。それはあなたを”時代にあらがえないほど繊細な苦悩者”として位置づけるための装置なんでしょうが、苦しんでいるふりで両手で我が身を抱きかかえて愛撫して、横目でちらりと他人の反応を気にしている。あなたは自分の境遇を哀れむことに執着するあまり、他人に同じような苦しみが存在するのを認めようとしないんです。あなたにとって他人の苦しみを認めることは、それが自分の苦しみを相対化して、価値を無くしてしまうのを認めることなんですものね。自分の唯一の持ち物を、他人ぐらいに無いようにされてはたまりませんからね! あなたたちおたくは、外見はそんなに薄汚くしているのにいつだって周りの干渉を拒否して、気持ち悪いほどに心の清潔さを保とうとするんです。あなたたちに比べれば、私は商売でゆきずりの異性と寝たり、子どもを虐待して死なせたりする人たちの方がずっと好ましいと思える。少なくとも、自分たちの血を流していますもの! 私は本当に心の底から、こうでも例えなければ言い尽くせないほどあなたたちのことが頭にきて、気持ち悪くてならないんです。自分の心を清潔に保つためなら、重荷に押し潰されそうな涙を溜める老婆の背中へ、顔をのぞき込むことも声をかけることもなしにこっそりと新しい藁束を加えたりする行為にあなたたちはきっと何の痛みも感じないでしょう。あなたたちは自分の吐き出した汚物を処理するのに、相手の顔にそれをなすりつけるんです。しかも、自分では内面の繊細さを表していると思っている、お得意の弱々しい苦悩の微笑を浮かべながら! 自分の繊細さをこの世の中で一番上の価値に置いているから、そんなことができるんですよ。他人の価値観を自分のものとすりかえて肯定するくせに他人を認めない。どんな傲慢さと鈍感さがそれをさせているんですか。その様子だと、私が次に何を話しだすのか、さっぱりわからないでいるんでしょう。罵られる屈辱に、せめて激昂して殴りかかる素振りぐらいみせてはいかがですか。無理でしょうね。なぜって、私は美少女キャラクターじゃないから。あなたたちおたくにとって私はすでに不要と切り捨てた存在で、決して手の届かない、触れられない場所にいるも同然なんですから。あなたたちは高天原の至って個人的な幼少期の体験に自分たちの有り様を重ねていましたよね、”自我は知性の牢獄”だって。高天原にとってその言葉は彼の人生のテーゼだったけど、あなたたちにとっては単なる癖に過ぎないでしょう。強い決意があればやめられる類の悪癖を、神棚に上げて奉っているんです、それ以外に持ち物が無いから。自分たちの無為に格好良い名付けをしてくれた高天原に、心底やられてしまったんですよね。高天原の言葉が格好良く響いたとすればそれは高天原が話したからであって、あなたたちが同じ音を発して自分の薄ぺらな人生を補強できるなんて、妄想ですよ。可哀想に、言葉そのものに価値は無くて行動がそこに意味の裏付けをすることを知らないんですね。もっとも私があの家にいて、突然演説を始める高天原とそれに聞きいるあなたたちの姿を見て考えたのは、『ツルツルした顔でしゃべるこの高天原とその追従者たちは、小難しい言葉遊びの途中の絶頂で突如闖入してきた誰かに無言で顔面をぶん殴られたら、いったいどういうふうな反応をするんだろう』ということばかりでしたけど! 自我は知性の牢獄――本当に、格好良いですよね。でも自我はあなたの中には無いんですよ。それは自分以外の誰かとの関係性を指しているんです。あなたが心酔する高天原の影響を受けたシナリオで示していたのとは真反対で、関わる相手が多ければ多いほど、関わる相手が自分と異なっていればいるほど、自我はより強靱に柔軟になってゆくんです。これくらいのことはみんな当たり前に実感として持っていますよ。誰もわざわざ、高見の見物で無視をきめこむあなたたちおたくには話してくれないだけで。あなたは自分のことを、この社会の中で異質な存在だと考えていたんでしょう。そしてその勝手な思い込みが、いつのまにか生きていくための拠り所としてすり替わってしまった。私に言わせれば、あなたはただバランスを喪失してしまっただけの凡人です。あなたは異質どころではなくて、同質なものにしか耐えられないから同質なものだけをかきあつめている、ただの凡人なんです。私が一番あなたたちのことを汚らしいと思う点は、愛情を繰り返すところです。誰かとの関係において自分が確かに変わっていくのを相手に理解させ、相手が変わってゆくことも受け入れるのが本当の関わりだと、その変化の連続が人生を形づくっているんだと私はずっと考えてきました。あなたたちのやり方は逆なんです。あなたたちはいつも屈辱を感じないためだけに自分がいる現在の瞬間までのことは無かったふりで、状況と自分自身にリセットを繰り返している。人と交わることの蓄積を拒否し続けている。例えばひとつのゲームが終わってしまえば、その愛情は全く無かったふりで別のゲームを取りだして、まっさらの無垢な自分で別の愛情に没頭することができる。異常です。異常ですよ。ただの性欲のはけ口ならまだ理解できます。でも、あなたたちはそれぞれのキャラクターに与えられた明らかな人格を弄んでいるんですよ。罪悪感は無いんですか。冒涜を感じないんですか。ほんの少し昔までなら議論の俎上にものぼらず、その不適応の果てに誰にも看取られることのないまま野垂れ死んでいた人々が、あなたたちおたくなんです。つまり、あなたたちの苦悩とやらはどこまでいっても人間の本質の埒外で旋回しているだけで、この世で唯一の純然たる不要物なんです。あなたたちおたくが主張しているのは、弱者の市民権運動どころの控えめさではない、どこにも欠損のない五体満足の大人が自分たちの気持ち悪い趣味やら性癖を人類全体のスタンダードにしてくれと願い出ている、あきれ果てた暴挙なんです。健常者が『実は不倶なので、どうか差別して欲しい』とにやにや笑いながら申し出ているような、人道に外れた露悪趣味なんです。鏡写しの近親憎悪からお互いに目を反らしたまま、個々のおたくが好き勝手に自分の違和感を表明するだけの、数だけは集まりながら社会集団の兆しさえ無い人々の群れの、妄言なんですよ。もうこれ以上何かおたくの独自性への主張をするのをやめて下さい。道をふさぐ岩を持ち上げて別の場所へ移動させるように、ただその臭いのする口を閉じて身体を動かせばいいんですよ。ただそれだけで、あなたの中のおたくはすべて解決するんですから。さあ、これで話はおしまいです。いつまでそこに突っ立っているつもりですか。本当に、気持ち悪い!」
 ばかに大きな声がするなと思ったら、それは自分がわあわあ泣いているその泣き声だった。ぼくはその女の話が終わるのを待たずに、もう身も世もなくわあわあ泣きじゃくっていた。その女がぼくに寄越している生理的な嫌悪に満ちた視線に、敵意に、これまでのその女へのぼくの一方的な入力はすべて吹き飛んでしまっていた。その女はぼくにとっての虚無の器ではなくなったのだ。こんなに泣いてみせるのに、ぼくの感情はその女に一切の影響を与えないのだ。
 そう気づくと、心が一瞬で冷えた。感情がぼくを取り巻く環境とは干渉し合わないというのは、ぼくの人生の中での一番はじめの気づきだった。ぼくは全くの無感動でその女にさよならと言おうとしたが、嗚咽でつっかえて「さよ、なら」と言うはめになってしまった。ぼくの心はもう全く冷えてしまっているのに、まだ喉に嗚咽が残っているのが不思議でならなかった。いつだって、感情と肉体は同期を外しているのだ。
 見知らぬその女に背を向けた次の瞬間、もうこれまでのすべてはぼくの中で無いのと同じになっていた。
 ぼくはいくぶん長く人の間にいすぎたのかもしれない。
 最初の一歩を踏み出す頃には、ぼくは暖かい、ぼくだけしかいないあの場所のことをただひたすらに切望していた。
 ぼくはそこで眠るのだ。
 いつか、少女と両親を殺す日を待ちながら。


 もうこのあたりでとめてよかろう、と諸兄は考えているだろう。私もそれに同意するところである。結局、おたくたちの精神とは、高天原に見いだされたおたくがその生の革命を我々にほのめかしながら最後の最後で翻心したように、この種のループ構造に他ならない。おたくは語り手たりえても、主体であることはかなわない。諸兄が最後に見たように、おたくが他人の真相にたどりつくことはない。
 高天原勃津矢は、この後に続くだろう長い長い裁判の中ですべての虚飾を剥がれ、ただの狂人であることを世界に証明されるはずだ。彼がエロゲー制作という、自身の空想の完全さの中で遊ぶだけに満足できなくなったとき、すでにこの破局は予言されていた。
 言葉のすべては後づけに過ぎず、そして後づけに過ぎない以上、どんなふうにある個人や事象が表現されたとしても、あらゆる矛盾を呑み込んで、あますところなくどれもが正しい。つまり言葉の究極とは多数決であり、おたくたちが望んだ自己定義を受け入れてもらうことは、その意味で不可能である。おたくたちの抱く虚無や諦観も結局のところ、そんな不確かさ、あるいは確かさによるものなのかも知れないが、この推測さえ多数を得られぬ言葉のひとつに過ぎない。


 「地獄では、蛆は永遠に死なず、火は消えない」(マルコ 9:48)

One more final

 二階から数時間ほど聞こえてきていたかすかなうめき声が途絶える。
 テレビを消してソファから立ち上がると、洗面所に向かった。
 ぼくは手を洗うのが好きだ。清潔な泡に汚れが溶けてゆくのを見ると、その当たり前の正しさにいつだって胸がつまるような思いになる。
 流れ出る水に両手をこすりあわせながら、なぜかずっと昔に読んだ漫画の一場面が浮かんだ。
 自分の両手に血がこびりついている幻影から逃れられず、真夜中にひとり手を洗い続けるボクサーの話。なぜその男は両手を洗い続けていたのだったか。
 理由を思い出す前に、ぼくの両手はすっかりきれいになった。
 窓から差し込む陽光に手のひらを透かしてみる。
 昔、祖母がぼくの手をとって、苦労の無いきれいな手だと言ったことがあった。
 ゆっくりと両手に顔を近づけてみるが、ただ石鹸の香りがするばかりだった。

 久しぶりに玄関の扉を開いて、外に出る。
 目映いばかりの陽光に、ぼくは一瞬世界の上下が無くなったような錯覚を覚える。
 しかし目が慣れてしまえば、微睡むような昼間の住宅街が広がっているばかりだった。
 門扉に身体をあずけ、誰かが通り過ぎるのを待つ。
 しばらくして、よく太った婦人が痩せた犬を散歩させて来るのが見えた。ぼくはとびきり大きな声で婦人に挨拶をする。
 婦人は驚いたような、奇妙なものを見るような空白の後、作り笑顔で会釈をする。ぼくの噂はきっと界隈に知れわたっているに違いない。
 足早に通り過ぎようとするところへ、さらに他愛のない話題を投げかけて引きとめる。
 居心地の悪そうな表情をして早くこの場を離れたがっていることがわかったが、ぼくはことさらにもったいつけて話を長引かせた。
 ぼくの話が途切れるのに、ほっとした様子で立ち去る後ろ姿を見送りながら、あの婦人はこれから何度も今日の会話を誰かに吹聴することになるに違いないと思った。繰り返すうちに勘所をつかみ、彼女の話術が次第に長けてゆく様を想像すると、自然と微笑みがこぼれる。
 ここ数日分の新聞や広告を取り出そうと、中身に押されて蓋の浮いた郵便受けを開けた。
 足元に政党の広報誌や町内誌が散らばる。かがみこんで、そこに白い封筒がまじっているのに気がつく。
 切手は貼られておらず、表書きにぼくの名前だけが書かれている。動悸が速まるのを感じながら、封を切る。
 古風にも青いインクで手書きされた二枚の便箋が入っていた。

 「私の作り出してきたものが所属する文化は、精神の死を前提としていない。だが、肉体は死ぬ。君の苦しみの正体はそこにある。だから、死を選ぶことは間違いではない。死を生涯の前提としない文化に所属する以上、いつどこで精神を終えるかを選択することは、全く個人の決断によっている。肉体の死と精神の死が乖離している以上、生物としての終焉を君自身に追いつかせることは、醜悪な結末を見ることになるだろう。我々では、肉体的な死を許容する精神の在り方を完成させることができないからだ。少なくとも私には方法を見つけ出すことができなかった。君ならできると思うわけでもない。しかし、可能性は常に残されている。決断を下す前に、君はまず考えるべきだ。
  私は、私以外の思考がこの世に存在することをただ許せなかった」

 差出人の名前はどこにも書いていなかった。
 懺悔の聴聞僧の条件は、告白の相手と最も遠くにいること、そしてうなずきをしか知らないこと。
 ぼくは泣き笑いのように顔を歪めるが、それは手紙に書かれている文字を滲ませるには至らなかった。
 便箋を丸めて、庭の灌木へ向けて投げる。それは湿った日陰の土の上に落ちた。
 「――」
 家の中へ戻ろうとして、名前を呼ばれるのを聞いたように思った。
 振り返っても誰もいない。
 しかし、今度は確かに聞こえた。
 段差に足をとられて片方のサンダルがぬげたが、ぼくは構わず通りへ飛び出した。
 辺りを見回しても、真昼の住宅街に人気はない。
 「――」
 また。
 ぼくは声のする方へ身体を向ける。
 はたして、そこにあるのはぼくの家だった。
 玄関の扉が、内側からゆっくりと開いていく――
 姿を現したのは、母だった。
 こみあげる恍惚に耐えるように瞳は潤み、頬は薄く紅潮している。その姿は若々しく、ただ輝くばかりに美しかった。
 脳の裏側に刺さるかすかな違和感。
 絵の具のような質感で塗られた彼女の肌はまるで――ではないか。
 瞬間、目の前を光の粒子の群れがよぎった。ぼくはよろめくように数歩後退する。
 砂嵐のようなそのノイズがやがて視界から消えると、後頭部にあった棘のような違和感は完全に消失した。
 長くぼくの頭蓋を占め、人生そのものと同義になっていた綿のような苦痛は無くなっていた。
 全身が脱力するようにゆるみ、これまで経験したことのない多幸感に圧倒され、目頭が熱くなる。
 グラマラスな姿態を蠱惑的に揺らしながら、母がぼくに歩み寄ってくるのが見えた。
 そのとき、水面に急浮上するダイバーのような唐突さで、なぜか”現実感”という単語がぼくの認識を乱した。
 しかしそれは刹那のうちに消え、心は元のように凪いだ水面を取り戻す。
 これ以上ないほど優しい仕草で、母がぼくの肩に手を回す。その指先から全身に温もりが広がって、胸の内は喜びに満ちる。美しい母と仲良く寄り添うぼくの姿を、誰かに見て欲しかった。いまや何の言葉も必要なくぼくは認められ、愛されていた。
 ずっと何を勘違いしていたんだろう。まるで青い鳥の逸話のようだ。待ち望んでいた幸福は、ぼくが気がつかなかっただけですぐそばにあったのだ。
 明日からは何をしよう。ああ、明日が待ち遠しい! 明日のことを考えるだけで胸がわくわくする。この感覚こそが、自由な人間の喜びなのだ。
 そうだ。子どもの頃、毎夜布団に入る前はいつもこんな喜びに満ちていた。ずいぶんと長い間、ぼくは人としての喜びを忘れていた。しかし、これから時間はたくさんある。これまでの不幸を取り返す時間はいくらでもある。
 最愛の人に肩を抱かれて期待と希望に胸をおどらせながら、ぼくは背後に扉の閉まる音を聞いたのだった。  <了>