三月はひな祭りで酒が飲めるぞ。酒が酒が飲めるぞ、酒が飲めるぞ。

テレコンワールド

 「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
 「どうだい、ゼル! ドローシステムの威力は? 本を読んでいて両手がふさがっているようなときにも、すぐさまチャックを開かずにチンポをひっぱりだせるんだぜ!」
 「ああ、すげえや! 俺はもう無防備に男の劣情を計算に入れないやり方で窓辺に陳列されている婦女子のメンスの汚れが付着した下着を100枚もドローしちまったよ! これはもうまさに…」
 「ドローしたモン勝ちだね!」「ドローしたモン勝ちだな!」
 「(互いに顔を見合わせて爆笑しながら)だがな、ゼル、ドローシステムを応用すればもっとデカいことができるんだぜ…ちょうどおあつらえむきの婦女子が通りかかったな。見てろよ…」
 「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
 「ああっ。日々の肉体労働で得た血の出るようなゼニを貢いだりカラスの愛好する類のぴかぴかする金属を与えたりプライドを捨てて土下座したり布の表面積に反比例して高価な衣類をひっちゃぶかずに脱がせることに腐心したりする非文化的・非生産的な形骸化した男女間の儀式を一気にはぶいて、婦女子のボインちゃんをいきなりダイレクトにドローしたぞ! すげえ、すげえよ猊下!」
 「いつでも、どこでも! これが創設以来変わらぬドローシステムのモットーなのさ!」
 「しかし、おふ。たくさんドローできるのは嬉しいんだけど、俺ァもうこれ以上ストックできないよ」
 「安心しな、ゼル。そういうときは慌てず騒がず、”はなつ”してやればいいのさ!」
 「(後ろめたそうな表情で)でもいいのかい、公衆の面前でそんなことして」
 「当たり前じゃないか! やつら婦女子がいま男の劣情を考慮に入れない薄布一枚でお天道さまの下に平気で闊歩できるのも、俺たち男が表面上壮麗とすましてとりおこなわれる歴史の舞台裏で夜な夜なこっそり惨めに”はなつ”してきたおかげだろ、ゼル? 今こそドローシステムがその恐ろしい数千年の欺瞞を白日の下に暴いてくれるのさ! さぁ、おあつらえむきの婦女子が歩いて来たぞ。ほら、勇気を出すんだ」
 「う、うん」
 「まずしっかりと狙いを定めるんだ…よし、いいぞ。そしてターゲットを指定してやり……今だ、”はなつ”だ!」
 「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
 「ビンゴォ! やればできるじゃないか、ゼル!」
 「(指さしてゲラゲラ笑いながら)見てくれ、見てくれよ、猊下! 突然飛来した粘着質の毒液に目潰しを喰わされた暴行罪に情状酌量を与えるような布ッきれ一枚をわずかに装着した偏差値の低そうなツラの婦女子が状況を把握できず、折れたハイヒールで何度もスッ転びながら1メートル毎に電柱に顔面から激突しながらその精神性の低さに真にふさわしい獣のような悲鳴をあげて逃げていくよ! なんで俺はこれまでこんな痛快さを知らずに人生を楽しい場所だなんて言ってこれたんだろう! これはもうまさに…」
 「ドローシステム万歳だね!」「ドローシステム万歳だな!」
 「(互いに顔を見合わせて爆笑しながら)どうだい、ゼル、”はなつ”とすっきりするだろう?」
 「ああ! もし、たったいま婦女の百個連隊が津波のように光にむらがる蛾のように俺のチンポに押し寄せてきたとしても、彼女らすべてのボインちゃんを残らずドローしてやれるくらいさ! すげえ、すげえよ猊下!」
 「そうともさ、ゼル! 婦女子の上半身だけをとってもこの威力なんだ、いわんや下半身をやだ! ドローシステムさえあれば俺たちは無敵なんだ! はは、はは、ははははは」
 「ぴゅぴゅぴゅ~ん」

もう頬づえはつかない

 「れ。ちょっと狭くてカメラ入らないッスからベランダに。あ。もう流れてるんスか。(裏返った声で)にょ、にょにょにょ~んス。これ流行らせようと思ってるんスよ。かなりユニークじゃないスか。うん。あ、名前は勘弁して欲しいッス。ハンドル名ってことでいいスか。ケチ野ケチ兵衛。うん。…え、由来ッスか。よく言われるんスよ、おまえはケチだなぁって。だから。節約家だっていつも言い返すんスけど。うん。例えばッスか。出かけるときとか電気器具類のコンセント抜いて行くッス。あんま出かけないッスけど。いや、変わるッスよ。ほら、これ明細。一ヶ月で120円ほども違うッス。一年で、ええと、千円くらいッスか。千円くらい得するんス。大きいッスよ。うん。大きいッス。あ、それとぼく劇団やってるんスよ。うん。と言っても二人だけなんスけど。座長のぼくと、高校のときの同級生の西野くん。うん。代表作ッスか。まだ一度も公演したこと無いんスよ。ネタはあるんスけど。うん。見てくれますか。この男性器を模した巨大なハリカタ。魚河岸から拾ってきた発砲スチロールを削りだして作ったんスよ。ちょっと生臭いッスけど。ちょっと臭うほうがリアリティがあるッスよね。あ。臭覚にまでうったえる演劇って今まで無かったんじゃないッスか。無いッスよね。うん。そしてこれをね、劇の主役の亀清水くんが、こう、股間に装着するんス。あ、この名前はぼくの好きな漫画へのおおおまおまおまん。オマージュ。オマージュなんスよ。うん。見て下さいよ。真ん中にプラスチックの管が通してあるんス。劇のクライマックスでここから小麦粉をゆるく溶いた白い液体をまき散らしながら客席に飛び込んで劇場から逃走するんス。これはまさにああおまおまおまん。アンチ・テアトル。アンチ・テアトルでしょう。うん。あ、ここでしゃべっちゃマズいッスね。パクられちゃうから。今の部分放送のときカットしてもらえますか。あ、生放送。今このまま流れてるんスか。あ、でもこの放送がそのままぼくのオリジナルの証明になるッスよね。うん。お金さえあればすぐにもやりたいんスけど。西野くん、最近仕事が忙しいみたいで連絡つかないんスよ。二年くらい。うん。あ、これ見てたら連絡下さい。古い電話番号しか知らないんス。うん。…え、パソコン。拾ったんスよ。粗大ゴミで。動くッスよ。ぼくホームページ持ってるんス。うん。言い忘れるとこッス。すごいッスよ。一年で50人も来てくれたんス。50人っていったら高校のときのクラスの人数より多いじゃないスか。うん。ぼくの言葉をこんな大勢の人間が聞いてくれるなんて、緊張するッスよ。…え、コンテンツ。コンテンツ。あ、内容スか。メインは時事問題をからめた日記ッス。オナニーじゃ意味無いッスから。社会性が重要ッスから。…え、最近ではッスか。あ。え。ふ。フランスの核実験とか。うん。あと小説なんかも。近未来を舞台にした。豆清水くんっていう主人公が大活躍するんス。あ、この名前はぼくの好きな漫画へのおおおまおまおまん。オマージュ。オマージュなんスよ。うん。あと絵とか。目次のこの絵、ぼくが描いたんス。可愛いって女の子に評判なんスよ。鮫清水くんっていう。あ、この名前はぼくの好きな漫画へのおおおまおまおまん。オマージュ。オマージュなんスよ。…え、仕事ッスか。今はアルバイトしてるッスよ。ボールペン組み立てたりとか。うん。繊細ぶるつもりは無いんスけど、人と話したりするの苦手なんス。生々しくて。うん。…え、大学ッスか。大学。大学。(宙を目で追いながら何かを思い出すように棒読みで)あんな閉鎖された場所で現実と関わりのない学問をいくら勉強したところで夢には近づけないと思うんですよ。行こうと思えば行けたんスけど。やっぱ夢だし。うん。…え、ぼくの夢ッスか。あ。ふ。え。演劇。ああ、そう演劇ッス。さっき話したッスよね。ああいう創造的な。うん。創造的なことならなんでもいいんスけど。小説とか。絵とか。音楽とか。うん。お金あれば一番いいんスけど。お金」

 「(テレビの前でぼんやりと頬づえをついて)戦前に存在したような、それに従わないことが即座に社会的な死を意味するシステムは、戦後日本において自由や権利の名の下に消滅してしまったと誰もが教えられ、そう思ってきているけれど、本当は違うの。それまでに在ったシステムの上に行われたのは、それ自体の解体ではなく、不可視化と曖昧化であったと言えるわ。現在我々は我々を拘束するシステムの存在を意識することは非常にまれだけれど、それは目に見えなくなり、それに逆らうことがかつてのように直截に実際的な生き死にに直結しないから気がつかないだけで、システムは厳然として存在するの。ケチ兵衛、貴方はこのシステムが貴方を常に取り巻いていることに気がつかないほど何も見えていなかったというその事実だけで、致命的な反逆者としてすでに殺されてしまっているのよ。資本主義社会というシステムの与えてくれる恩恵に授かれないまま、夢だなんていまどきの小学生の作文にも出てこないような繰り言にすがって、貴方は自分がすでにこの世とは何のつながりも無くなってしまった亡霊だということに気づいていないのかしら。そう、そうよね、社会的敗北者、社会的弱者の発言の場であるところの――実際自分の声が何か現実を動かし得るという実感を持つ人間はこんなところで自分と同じ亡霊に向かって何かをしゃべったりはしないわ――ネットワークが、あなたの何の役にも立たないむしろ悪徳とも言うべき繊細さを脅かす苛烈さを持たないこの現実の脆弱な写しが、貴方はまだ社会的に殺されていないと、貴方はまだ生きているのだと錯覚させてしまっているのね――まるで急な交通事故で死んだ者の霊が、自分が死んだという事実に気がつけないまま永遠にその場に地縛してしまうように。貴方はもうこの資本主義社会において完全に抹殺されてしまっているのよ、ケチ兵衛。偏差値60前後の私大に入学するといったような、自身の性格の根幹を揺るがさずにすむ程度の努力を怠ったという怠惰の罪に、現代社会という目に見えないシステムは聞こえない裁きの槌を鳴らしたのよ――汝、ケチ兵衛よ、お前の無知と背きの罪は重い、よって死刑である。だが簡単には殺さぬ。我々は馬鹿者にする慈悲を持ち合わせてはいない。我々は豊かだが、お前には少しの分け前もやらぬ。砂漠で乾いた者が見るオアシスの幻影のように、お前を取り巻く実際に触れることのできぬ富に永遠と囲まれながら、生物学的な死がお前の上に落ちるその瞬間まで、後悔と絶望と悲嘆のうちに悶え、発狂し、ゆっくりと衰弱していくがいい――。脇の下が黒く変色したTシャツ、何ヶ月も切っていないぼさぼさの髪、こけた頬、栄養不足に浮かぶ黄疸、泣き出す寸前の子供のように大きく見開かれた濡れた瞳。…自分の言葉すべてに自分で”うん”と肯定的にうなずきかけてやらねばならないほど貴方の無意識はすりへり、自信を喪失し、疲れ果ててしまっているわ。なのに貴方の意識はそれに気がつかないふりで――気がつくことは自分の死と敗北を認めることと同義ですものね――今日もホームページを更新するのね。西日の射す四畳一間のアパートで、システムに迎合したものたちが気にもとめないような千円というはしたの富を息を切らせて追いかけながら、才能という宝くじほどにも当てにならない幸運を口を開けてただぼんやりと待ちながら、誰も見ないホームページを。
 (瑠璃色の涙を左目から一滴こぼして)愚かなケチ兵衛。かわいそうな、ケチ兵衛……」

D.J. FOOD(4)

 「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!

 ハ、オリジナリティだって? そりゃテメエが出典を思い出せていないだけのことさ! うぅっぷ、それ以上芸術臭い息を俺に吐きかけるんじゃねえよ! ロックンロール! まァ、今ではハイジャッカーなどに遭遇した際にも騒然となる機内にひとり立ち上がり大きく両手を広げながら狂的とも言える信念に貫かれた瞳をそらさずに”We are the world”を歌いつつ接近することで犯人を投降させてしまい美女のボインちゃんを左手で楽しみながら右手で葉巻をふかす英雄扱いの地方局の一D.J.という枯れた俺の実存なんだが、あの頃は血気盛んなものだったからひとり荒野に立ち山に向かってギターをかきならして一週間ぶっ通しに歌い続けたり、赤く着色した戦闘機にスピーカーを積み込んでしばしば銀河を飛びまわり宇宙人を歌の力だけで撃退したりしたもんさ! …あン、空気がなけりゃ音は伝わらないじゃないですか、だと? バカヤロウ! (殴りつけられたADの一人が無数の折れた歯をまき散らしながら窓ガラスを突き破り13階下の地面へと落下していく。破られた窓はふつうのガラス窓で、何を象徴するものでもないことをあらかじめ付記しておく)細かいことぬかしてんじゃねえよ! ソウルだ、ソウル、熱いかどうかなんだよ! そして宇宙人の婦女子とのロマンスもありだったさ! 穴が開いてなかったんでびっくりして荒ゴミの日に捨てたけどな! ひとつ言っておくがな、宇宙人の婦女子が地球人の婦女子と同じ生殖機構を持ってるなんて幻想でSFやるんじゃねえよ! ロックンロール! さぁて、いつもの犬のようなおしゃべりはこのくらいにして、まず最初のお便りは群馬県にお住まいの斉藤陽介君からだ! 『こんばんは、毎週楽しく聞いています。ぼくは三歳のとき事故に遭ってから目が見えないので、一日じゅうずっとラジオばかり聞いているんですが、その中でもFOODさんはとびきり面白いと思う。FOODさんの番組には本当に勇気づけられます。…来週手術を受けることになったんです。目が見えるようになる手術です。でもぼくには”見える”世界というのがいったいどういうものなのかわからない。怖いんです。『まぶたの夕陽は美しかった』という言葉を知っていますか。半世紀以上を目が見えないまま生きてきた男が、村人たちのおせっかいで手術を受けるんですけど、見えるようになった世界に絶望してもらした言葉なんだそうです。ぼくはずっと見えないままでもかまわないんです。だって、ぼくは十年の間ずっとここしか知らな』 …おい、待て中川、俺のサロンパスを冷蔵庫で冷やすんじゃねえよ! まったく油断も隙もあったもんじゃねえ! ええと、なんだっけか。まぁいいや。忘れるくらいだ、どうせ大したことじゃねえな。ロックンロール! さて、次のお便りは栃木にお住まいの藤野あさみちゃんからだ! 『こんばんは、FOODさん。今日はひな祭りですね。慣れないせいか喉につっかえる白く濁った温かい液体を(甘酒ですよ、やだなぁ、もう。なんでも裏を読もうとするんだから)飲み下すと私も少し』 …おい、待て西島、俺のアロンアルファを冷蔵庫で冷やすんじゃねえよ! 何度言ったらわかんだこの白痴めが! (蹴りつけられたADの一人が無数の折れた歯をまき散らしながら窓ガラスを突き破り13階下の地面へと落下していく。破られた窓はふつうのガラス窓で、何を象徴するものでもないことをあらかじめ付記しておく)まったく油断も隙もあったもんじゃねえ! ええと、なんだっけか。そうそう、あさみちゃん。栃木にお住まいの藤野あさみちゃんからのお便りの途中だったな。ロックンロール! 『大人になれたような気がします。お酒に熱くほてった身体を着物の上からなでてみたり。こんな12歳の私という実存はいけない子でしょうか』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! 中川、栃木行きの高速バスの時間を調べろ、大至急だ! 栃木に住んでる叔父が危篤だという気がなぜかするんだ! 最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからだ! 『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくはじつは』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! 自慰行為は示威行為と同義だ! ロックンロール!

 おっと、もうこんな時間だ! みんなからのお便り待ってるぜ! それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week!」 

なぜなにnWo電話相談室(1)

 身長ほどもあるようなカラーをつけた学ランを着た、身長ほどもあるようなリーゼントの学生が後ろに手を組んで扇形に並んでいる。中央には右目を前髪で隠し生革ムチを片手に足首まで隠れるスカートをはいた婦女子と、顔面が全く左右対称でないせむしの男が立っている。
 「(ムチを打ち鳴らし)さァ、今週もこの時間がやってきたよ。『なぜなにnWo電話相談室』、司会はあたい、血を巻く越前台風・ハリケーン逆巻と」
 「(割れた下唇から終始よだれを垂らしながら)ガルルル。俺様、但馬の狂犬・ガウル伊藤だ。ガルルル」
 「りりんりりん」
 「早速イッパツ目の電話のようだよ。おや、イッパツだなんてあたいとしたことがはしたないね。育ちが悪いんでそこんところは勘弁しておくれよ」
 「ガルルル。勘弁しねえヤツは承知しねえぞ。ガルルル」
 「(ムチでせむし男の背中を打ちつけながら)すごむんじゃないよ! …おや、つながったようだね」
 「(小声で)あ、あの。nWo電話相談室さんでしょうか」
 「ああ、そうだよ。ちょいとオしてるんでね。手短に頼むよ」
 「ガルルル。手短にしねえと取って喰っちまうぞ。ガルルル」
 「(ムチでせむし男の背中を打ちつけながら)すごむんじゃないよ! …さて、話を聞こうじゃないか」
 「あ、あの。ぼく小鳥って言います、あ、小さな鳥って書いて小鳥。子供の鳥じゃないんです。あ、え、なんだっけな。あ、そうです。ぼく最近ホームページっていうの始めたんですけど、なんていうのかな、変なメールをたくさんもらうようになったんです。あ、メールっていうのは電子的な、あの。手紙みたいなものなんですけど、文面が、その」
 「あんたを脅迫してるってわけだ」
 「あ、はい。ぼくこんなのはじめてで、こんなふうにあからさまな悪意っていうのが信じられなくて。会ったこともない人間をここまで憎めるものかなって。すごく、あの、なんていうか、怖くなって、悲しくて」
 「ネットの匿名性を利用したケチな犯罪だね」
 「ガルルル。そんなド畜生は喰い殺しちまうに限るぜ。肉にくいこむ歯の感触、ほとばしる脂と血。ガルルル」
 「(ムチでせむし男の背中を打ちつけながら)こんなところでおっぱじめるんじゃないよ! カタギのみなさんが怯えるだろうが!」
 「ヒィィィッ! もうしません、もうしませんからッ! 姉御に見捨てられたら、俺ァ、俺ァ」
 「(スタジオの床に唾を吐いて)わかりゃいいんだよ、わかりゃ。…さて、小鳥くんだったか、その脅迫メールがどんな内容だったか私たちに教えてくれるかい」
 「あ、はい。今手元にありますから、あの、読み上げます。(涙声で)あ、お『おまえのサイトなんか全然おもしろくねーんだよ!! 調子のってんじゃねえよ!!! この選民思想者め!!! おまえみたいなのがいるから日本がだめになるんだよ!! 死ねチンカス野郎!!!!』…うっ、ふっ、なんで、ぼく、みんなに、楽しんで欲し、それだけ、う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
 「さて、小鳥くんよ。君はどうしたい。ずたずたに引き裂いて殺してやりたいか?」
 「ガルルル。殺す殺す、ひひひ。ガルルル」
 「(血の涙を流しながら)殺すなんて生ぬるいです。両目をほじり、耳を引き裂き、喉を潰し、両手両足を切り落とし、チンポも切り落として、江戸川乱歩の芋虫みたいにして、永遠に生き地獄をさまよわせてやりたい。永遠にぼくという唯一無二の存在の心に与えた傷を後悔させ続けてやりたい…!!」
 「…わかった。nWoが総力を挙げて捜索した結果、君にそのメールを送った犯人を探り出すことができた。それは…こいつだ!(合図とともに学ランの集団が左右に分かれ、奥の暗闇にスポットライトが当たる)」
 「(口に噛まされた猿ぐつわを解かれながら)…ッざけんな、ふざけんなよ、こんなことしてただで済むと思ってんのかよ!」
 「(棘を生やしたムチで男の顔面を打ちつける)おだまり!」
 「びしり」
 「(顔面の肉が裂け左目がグシャグシャに潰れる)ぎゃああああっ」
 「ガルルル。血だ、血だよ、いひひひ。ガルルル」
 「さぁ、小鳥くん、始めるよ。テレビの用意はいいかい」
 「(嬉々として)あ、待って。ビデオ撮らなくちゃ、ビデオ。ハイグレード標準で。何度も見返せるように。いひひひ」
 「さァ、思う存分やりな、伊藤! ただし殺すんじゃないよ!」
 「ガルルル。血、肉、血、肉、血ィィィ!」
 「ぞぶり」
 「(噛みちぎられた右腕のつけ根をおさえながら泣きそうな顔面で)マジ、マジかよ、嘘だろ、法治国家だろ、いいのかよ、こんな、嘘だろ」
 「(恐ろしく長い舌で返り血をなめとりながら)ガルルル。たまらねえよ、この感触、たまらねえ…!!」
 「(スタッフから受け取った紙片に目を通し)おや。名前は知らないし、知りたくもないが、あんたのおかげで視聴率が急激に延びているそうだよ。今60パーセントを越えたらしい…(酷薄な笑みを浮かべながら)あんたのようなのでも誰かの役に立てることはあったんだねぇ」
 「ぞぶり」
 「ガルルル。右足、右足ィィィィ!」
 「あの、ガウル伊藤さん、もっと痛めつけてやって下さい。その顔はまだ反省していない顔ですから。(口の端から涎を垂らしガンガン両手で机を殴りつけながら)足りねえよォ! もっと、もっとだよォ! もっと苦しめてやってくれよォォォォォ!!」
 「マジ、マジかよ、嘘だろ、洒落に、洒落になってねえよ、法治国家だろ、マジかよ、マジ……(血がほとばしり肉の裂ける阿鼻叫喚の様相に音声がかき消える)」

世界の中心で愛を叫んだけもの

  「え、何。募金。ああ、募金ね。(歩道の柵に腰掛けると煙草を取り出し悠然と火をつける)ええと、何だっけか。ああ、そう、募金。名目は何なの。いろいろあるでしょう。え、地球環境の保全。へぇぇ、そんなのまであるんだ、最近は。俺ァ年くってるから募金っていうと赤十字しか思い浮かばなくてよ…(いきなり募金集めの婦女子の頭をひっつかむと近くの電信柱に激しく叩きつける)白痴が! そんなことで本当に地球が救えると思ってやってんのか、アァ? ほら、立てよ。立て。その自己満足で歪んだ顔に血の化粧をしてやるぜ。そうでもしねえとよっぽど見られたもんじゃねえからなァ? おまえらがやってんのは地球のためとか世界のためとかじゃなく、自分の薄汚いプライドのためなんだよ! こんなところでせこせこはした金集めてるより、例えばどこかの省庁に入るとか、年に何百億とか稼ぐ富豪になって匿名で億単位の寄付するとか、そっちのほうがよっぽど効率いいし正解でしょう? 君のやってるボランティアなんていうのは、そういう実利的な成功のできない、社会的弱者の存在理由を求めてのいいわけに過ぎないんですよォ? それにね、本当に地球のことを考えるなら死んだほうがいいじゃないですか。死んで、これから君の何十年あるかわからない人生において無駄に使うだろう資源や、動植物の命を救済したほうがいいじゃないですか。そのほうがよっぽど実際的に効果がありますよ。それをしないのは、おまえはおまえのほうが地球よりも大事だって思ってるからだよ! その認識無しによく今までのうのうと人生やってこられたな、アァ? (急に優しく)これからはこんな街頭に立つ時間を惜しんで勉強なさい、いいね? (いきなり振り向くと取り囲む野次馬連中の中から作業服に安全ヘルメットにマスクにサングラスに鉄パイプにプラカードの男を引きずり出し、ガンガン地面に叩きつける)ヘラヘラ笑ってんじゃねえよ! おまえもこいつの同類だろうが! 大学当局が悪いとか、社会が悪いとか、そんなの外側からいくらやっても同じことだろうが! 例えば教授になって学内での政治力をつけて経営にまで口を出せるようになるとか、東大出て日本の裏社会をのぼりつめて総理を自分の傀儡にするとか、そっちのほうがよっぽど効率いいし正解でしょう? 君のやってる学生運動なんていうのは、そういう実利的な成功のできそうにない、憎しみと怒りの対象を両親から体制にすりかえる操作の上手なモラトリアム青年の存在理由を求めてのいいわけに過ぎないんですよォ? (いきなり振り向くと取り囲む野次馬連中の中から眉をしかめながらも目はワイドショー的な興味にぎらぎらと輝いている老婆を引きずり出す)自分だけは関係ないツラで社会派気取りか、アァ? …落ちてんだよ。俺の給料から勝手に年金ぶんの金が落ちてんだよ! おまえらみたいな何の社会的・文化的生産力も無いしぼりカスみてえな連中のためになんで俺みたいな前途有望な人間が足ひっぱられなくちゃならねえんだよ! うぅっぷ、皺と皺の間にまで化粧塗り込みやがって、テメエは臭すぎる。長く生きすぎて魂まで腐敗が及んじまってるんだ。手遅れだな! (暴れる老婆を軽々と頭上にかつぎあげると、かなりの速度で行き来する車の流れめがけて放り投げる)けけけけ。見ろよ、スッ飛んでったぜ、ホームラン級の当たりじゃねえか! (ゲラゲラ笑いながら取り囲む野次馬連中に近づき、たるんだ靴下を装着した女学生の髪をひっつかみ路上に引きずり出す)何いまさら悲鳴あげてみせてんだよ! おまえは、いや、おまえらは本当はこういうのが見たくて見たくて仕方無かったんだろうが! これから何十年生きても何も生み出さないだろう君にはちょうどいいクライマックスのイベントじゃないか、えぇ? (女学生、男の腕に噛みつく)いてぇ! (激しく頬に平手を喰らわす)おまえらがそんなふうに扇情的でも劣情をそそるふうでもなく、繊細な男たちの自我を浸食するほど高圧的で無神経だから、出生率が低下するんだろうが! どんなまっとうな精神を持った人間がおまえらみたいのとまぐわりたいと思うよ、アァ? (女学生の髪をひっつかんだまま取り囲む野次馬連中に近づき、髪型は203高地、三角メガネの主婦を引きずり出す。激しくその頭を揺さぶりながら)自分だけは関係ありませんかァ、奥さァァァァァん? おまえが息子に自己不全を起こさせるような、自分自身の存在をこの世界でもっともつまらぬものとして憎んでしまうような、そんな脅迫的なやり方で塾やら私学やらにたたきこむから、彼らは母親からこんなに憎まれる、勉強という付加的価値がなければ誰からも愛情を持たれない醜い自分を再生産したくないと思いつめるんでしょォ? それで出産率が低下するんでしょォ? あんたが元凶なんだよォ? 自覚あんのォ? おまえたち二人とも情状酌量の余地無しだァ! (暴れる二人の髪をつかむとぐるぐると空中で鎖がまのようにブン回し、近くを走る線路に向かって放り投げる。ちょうど特急電車がものすごいスピードで通り過ぎる)きゃきゃっきゃっきゃっ。見ろ、見ろよ、雨だ、赤い雨だ! 胸がすくぜぇ! さてと…(取り囲む野次馬連中に向きなおるも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく)おい、待てよ。なんで逃げんだよ。逃げることないじゃねえか! ひで、ひでえよ(泣きそうな顔になる)。待ってくれよ! 俺はこんなにもおまえたちのことを愛しているのに…俺はこんなにもおまえたちのことを愛しているのに! いひ、いひィィィィ!(駆け出す。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる)」

追憶の夕べ

 「(ベランダで海に沈む夕陽を眺めている。目尻を指でぬぐいながら振り返り)いや、失敬。みっともないところをお見せしてしまったようだ。今日はね、いつものような大騒ぎの感じではなく、一度静かに君と話してみたいと思っていたんだ。センチと笑ってくれてもいい。そういう気分なんだ。
 「年に何度か、気力のみなぎる瞬間がある。普段のぼくときたら縦のものを横にもしたがらない無精者で、自分の楽しみであるはずの読書やらゲームやら映像鑑賞やらも、いざやる段になると、急にそれらが何か与えられた愉快でないタスクのように思えてしまい、気がのらないなんてつぶやいて不機嫌に眠ってしまうほどなのさ。そんな僕がね、年に何度か気力のみなぎる瞬間があるんだ。といっても、全然長続きしないんだけどね。一日も続かない、せいぜいが二三時間くらいのものさ。そういうときには何をやるにも、恐ろしいくらいの集中力と根気でもって当たることができる。これがずっと続いたならぼくはどこまで登れるのか、自分で自分が怖くなるくらいさ。世の中のまっとうに社会で活躍している人間というのは、こんな生命そのものの状態がずっと継続しているんだろうね。ぼくはそれを考えると、ちょっと不公平だなって思うんだよ。まァ、そんな考えもすぐに無気力と倦怠の中に埋もれていくんだけどね。
 「自殺、か。それは微妙な問題だね。ぼくはぼくの意見を語ることをするが、それが君にとっても同時に真実であるとは限らない。ただ、同じ時代を生きている仲間どうし、何かしら胸に響くところはあるんじゃないかと、少しうぬぼれさせてくれ。エヴァンゲリオン、という作品があった。これには人間の初源においての精神活動についてあまりに多くの隠喩や直喩が含まれているし、例えばぼくがここで何か臨床的な療法にたずさわっている療法家の名前を唐突に出すよりも、君にとって受け入れやすいと思うからあえて言及するんだ。それの映画の中に、まったく同じ形態をした量産機たちが致命的な傷を受けてなお立ち上がるシーンがあるけれど、あれは人間の初源においてのモデルそのままではないかと思う。我々は我々の心に受けた、その一つ一つがほとんど致死的であるような傷によってはじめて個性化される。はじめてオリジナルな個体として他者と分けられるんだ。人間にとっての個性とは、幼少期に受けた傷の種類・深さ・様相であると言っていい。つるりとした自然の生産物に過ぎなかった我々は、生育の過程でその上に様々の傷を受けることによって、はじめて我々自身になるんだ。知恵は人間に与えられた祝福ではなく呪いであると言ったものがいたが、それは文学的感傷をのぞくならばまったく正しい。より以上の正確さを期すならば、人間の知恵とは壊れてしまった本能の下位互換品・代換物である、と言うべきだろうね。だから我々人間はその存在の初めから、動物たちのように世界に対してゆらぎのない全性というものを手に入れる可能性とほとんど切り離されてしまっている。宿命的な知恵の呪いによってね。だから、その意味において、我々全員はちょうど弾を装填したセーフティーの外れた拳銃を手渡されているようなもので、知恵による個性化の過程で自殺を潜在的に手に入れさせられてしまっているんだ。
 「自殺という行為の本質は世界という位相において自分の位置をその時点で確定させるということだ。この確定させるという作業は、自殺そのものよりは縮小された規模で、誰もが日常的に、無意識的にやっていることなんだけれど。約束に遅れた友人を時間にルーズな頼みにならない人間と思う。これは相手を自分の意識において、ある位置に確定させている。自己は流動的だし、それと全く同レベルにおいて、他者の自己も流動的だ。互いの存在への認識は一秒ごとに改めるのが正解だし、そうしなければならない。だけれども、そうやって確定しない情報を永遠に追いかけ思考し続けるというのは、正直言ってしんどい。それなら、一度でも嘘をついた相手を信用ならない愚か者として、その存在を完結させてしまったほうが、つまり、自分の中で確定させてしまったほうが簡単だ。なぜって、それ以上かれの存在について思考することを放棄できるからね。世界の中において何千億分の一かの、かれという情報は永遠に確定し、君は少しだけ安心する。少しだけ楽になる。自殺というのはそれの拡大だと思う。自殺とは自己存在と、他者との関係性のすべてをその時点において確定させることだ。そうやって、完全に楽になるんだ。終わる先の見えない延々と続く平均台の上で、自己と世界のバランスをとり続けることをやめてしまうんだ。生きていくというのは果てしなく続くバランスゲームに似ている。だから君の思っているような意味では、いくら知ったところで、いくら生きたところで、楽になるということはないと思うね。君が真摯に人間であり続けたいと思うならば、君は苦しまなければならない。ずっとだよ。死ぬまでずっとだ。それはとても難しいことだと思う。事実、生きているのにその平均台から降りてしまっている人間だってたくさんいる。硬直した視点でもって、状況に合わない同じ言葉を繰り返すような連中だ。でも、彼らを非難できたものじゃない。ぼくたちにしたって、知らないうちに生活のかなりの部分を揺るがせないほど確定させてしまっているからね。例えばぼくにとってはプロ野球好きは全体主義者と同義だし、ゴルフ好きの男は男根至上主義者だと考えている。けどね、今みたいな、我々を過食症的にする情報の渦の中で、何にも保留を与えず、何にも確定を与えず生きていくっていうのはほとんど不可能に近い。イエス・キリストの昔とは勝手が違うんだよ。こうやって座っている間にも、時代が我々に次々と情報の確定を要求してくる。時代が自殺を強要してくるんだからしょうがないね。まァ、いろいろこむつかしいふうに言ったが、君が自殺したいと思うときにはどうぞぼくには相談を持ちかけないで欲しい。おざなりに扱って本当に自殺されたら寝覚めが悪いし、懇切に話を聞いてやって自殺をやめさせたとして、あとになってあのとき殺しておけばと思うことはきっとあるだろうからね。
 「(沈む夕陽に目を細めて)なんて光景だろう…長い煉獄のような一日の始まりを実感させる不愉快な朝や、何をやってもさまにならない間の抜けた昼や、寂しさと不安に膝を抱えてただ過ぎ去るのを待つしかない夜のようではなく、一日がずっとこんな豊かな時間ばかりであったなら、ぼくはもっと人生を愛せたろうに。ああ、日が沈む…時よ、お前は美しい、そこにとどまれ…(ゆっくりと閉じられる瞼の間に涙が盛り上がり頬を伝い落ちる)」

今日のこの人

 東京都杉並区にお住まいの小鳥満太郎さんは人間国宝に指定される最後のホームページ職人です。江戸時代から続くホームページ職人の家系に生まれたかれは、同じく高名なホームページ職人であった父親より手ほどきを受け18歳のおりに独立、それ以来ずっとこの職業を生業としています。今日も特にと乞われ、ホームページの調整に出かけます。
 「最近は年のせいか、目が弱くなっちまって。新しい仕事は断ってるんだけど」
 満太郎さんは我々取材班に苦笑いでそう漏らします。
 「工業製品なんかと違って、ホームページってのはいったん作っておしまいってわけにはいかねえから。その後の手入れが大切なんだな。手入れを怠るとすぐにダメになっちまう。今日のホームページは、俺が20代の頃に作ったやつなんだよ。それがいまだに動いて愛されてるっていうのは、ほんと嬉しいことだよ」
 50年来のつれあいだという奥さんが火打ち石を切って満太郎さんを見送ります。
 「え。ああ、そうだねえ。アレとも長いからね。俺がここまでやってこれたのも、アレのおかげだと思ってます。あ、これァ使わないでおくれよ。いまさら照れくさいから」
 それを言う満太郎さんのはにかんだような表情には、愛があふれているように思えます。

 「よくがんばったな。前に来たのがいつだったかな。五年にはなるか」
 満太郎さんはホームページを手に取ると、流れるような手つきでメンテナンスを行います。それはまるで母親が赤ん坊にする愛撫のように、門外漢の私たちにも優しさの波動を感じさせます。
 「JAVAだとなんだとか、近頃はそういうホームページが多いけれど、俺にゃ本質をごまかしちまうような気がするんだよ。時代についていけない古い人間の繰り言に過ぎないと言われればそれまでだけどね」
 話す間も満太郎さんは手を休めることをしません。その芸術的なテキストが次々と積み上げられていきます。

 「これであと十年は大丈夫だよ、ご主人」
 満太郎さんは取り出した煙草に火をつけると、目を細めて深々と煙を吸い込みます。
 「腎臓をイわしちまって食事制限されてから、仕事の後のこれだけが楽しみになっちまった。十年後にまた来れるかねえ……後継者? ホームページってのは、それぞれが独自で、生殖能力に欠けた奇形みたいなもんでねえ。俺が手を加えることができるのは俺が作ったホームページだけなんだよ。後継者っつったって、そいつはそいつにしか手を加えることのできないホームページを新たに作るだけだ。(頭を掻きながら)こういうこと言うから古いって馬鹿にされるんだな。まァ、最近のホームページはそうでもないようだがね。俺みたいな職人はどんどん無用になってくんだろうな。ガキもいないし、俺の代でこの家業は終わりだろうね」
 そう言って笑った満太郎さんの横顔は少し寂しそうです。

 「顔文字、かい。どうなんだろうねえ」
 満太郎さんの顔が少しくもります。
 「最近は特に多いみたいだね。悪感情は無いよ。いや、昔は顔文字が入っているだけで怒りくるってモニターを殴りつけたりしたものだけどね。でも近頃は年をとったせいだろうね、ああ、可哀想だなって思うんだよ。仏さんみたいな透明で清澄な哀れみの感情が湧いてきて、最後には無性に泣けてくるんだ。日本語の本当の豊かさにも触れられず、精の薄い――あっと、よくねえかな。でも古い人間なんだ、勘弁しておくれよ――箇条書きの文章に句読点の代わりに顔文字を頻発する若い連中を見ると、その無知と愚かさとあまりの手に入れて無さのために泣いてやりたくなるんだよ。彼らは自分の貧困な語彙と日本語力で、目に見えない相手に自分を伝えようと必死なんだ。残念なことに俺たち夫婦は子どもを授からなかったけれど、もし自分の息子なりがこんなふうに顔文字を使っているとしたら、どんなにか胸のしめつけられる気持ちになるだろうって想像するんだ。だって、そうだろう。たどりつけないことは、生まれつき知的にチャレンジさせられてしまっていることは、彼らの罪じゃないんだから」
 満太郎さんの目にうっすらと涙が浮かびます。

 「今日実は俺の誕生日なんだよ。確か73になるんだっけかな。お招きはありがたいんだけど、こんな日くらいは家でアレといっしょに過ごしたいと思います。今日はどうもご苦労さんでした」
 私たちクルーに深々と頭を下げると、最後のホームページ職人・小鳥満太郎さんはひょこひょこと飛び跳ねるような足取りで帰っていかれました。
 去り際に彼の残した言葉は、いまだ私たちの耳に残っています。
 「ああ、誰か俺の誕生祝いに春画を送ってくれねえかな。誰か、幼女の春画を送ってくれねえかな…」

(企画・制作 nWoエンタープライズ)

G3(1)

 「(台本を会議室のテーブルに音高くたたきつけながら)どいつだ、脚本を元に戻しやがったヤツは! 融合なんてタルいこと書いてんじゃねえ! 俺が極太マッキーで性交にしろと修正しといたろうが!」
 「緋口さん、私たちはこれ以上あなたの暴走を認めるわけにはいかないんだ。これ以上やったら、G3は怪獣映画じゃなくなっちまう…!!」
 「はァン? なにいまさら眠たいこと言ってんだ、伊東。今回のガメラは怪獣映画の名前を借りたポルノ映画なんだよ! 俺たちは新しいガメラ神話を造ろうってんだぜ? 性的なイメージ無しで神話が成立すると思ってんのかよ!」
 「(吐き捨てるように)あんたのはやりすぎなんだよ」
 「(伊東の襟をひっつかんで)ンだと、この野郎。もういっぺん言ってみろ!」
 「やめてください、二人ともやめてください! もうクランクインしてしまっているんですよ! これ以上方向性の定まらないまま、作品を迷走させてしまっていいと思ってるんですか! ここまできたらもう僕たちだけの問題じゃ済まされないんです! 二人とももっと大人になって下さい!」
 「バカヤロウ! クリエイターが無難な安定を求めてあとに何が残るってんだよ! そんなに納期や世間様が気になるなら、最初からサラリーマンやってりゃいいだろうが! …最初にあった前多愛とイリスとの濃厚な交接シーンが丸々カットされてるのはおまえの仕業だな、兼子。誰がこんな眠たい伝奇話を60分も見たいと思うよ? どんな男も濡れた異生物の触手が前多愛の未発達な身体の上を這いずり回る60分のほうを積極的に過ごしたいと思うに決まってんだろうが!」
 「(悲鳴のように遮って)やめて下さい! 僕の愛ちゃんをそれ以上汚すようなことを言わないで下さい! だいたい幼体イリスのあからさまなチンポみたいなデザインだって、緋口さん、あなたのゴリ押しで無理矢理決定させられてしまったんだ! もうこれ以上僕たちのG3をかき回すのはやめてください! (涙ぐみながら)これじゃ、これじゃ愛ちゃんがあんまり可哀想だ…」
 「お前の勝手な童女趣味から来る私情を仕事に持ち込むんじゃねえよ。幼体イリスが粘着質の液体の大量に付着したチンポ状の頭の先端を前多愛の発達していない胸元にすりつけるシーンや、イリスの繭に取り込まれた前多愛が粘着質の液体まみれでドロドロになるシーンだってそうだ。誰が服着せろってったよ、アァ? 最初に意図した男の淫液の暗喩性が薄れるだろうが! 前多愛が彼女自身の淫水を暗喩する大量の雨に激しく打たれるシーンで、衣服を透けないようにCG処理しやがったのもさてはお前らの差し金だな? あんなあからさまなリアリティの無さを目の肥えた最近の観客が許してくれると思ってんのかよ!」
 「私たちは前多愛陵辱映画を作りたいんじゃないんだ! あなたの言っているのはガメラじゃない! それはガメラじゃないよ!」
 「(煙草の煙を吐いて二秒ほど沈黙。静かに)へぇ、おまえらガメラって何だと思ってたわけ? まさか亀の怪物とか思ってんの? アハハハハ…(急に激昂してテーブルを殴りつける)チンポに決まってんだろうが! ガメラはチンポの化身なんだよ! そうさ、ガメラもチンポ、イリスもチンポ! 二大チンポが前多愛というロリータを巡って欲望を吐きちらすっていうのが今回のテーマなんだよ! 先にツバつけられて怒り狂ったチンポ・ガメラがチンポ・イリスにやる復讐劇なんだよ! クライマックスで巨大なふたつのチンポをブチこまれて破壊される京都駅ビルは前多愛の処女性の崩壊を象徴してんだ! 割れる無数の装飾ガラスは前多愛の処女膜そのものなんだよ! 最後に頭を左右にふりながら――亀の頭、まさに亀頭をさ!――俺たちの欲望の量に正比例する火勢で炎上する京都をねり歩くガメラは、前多愛の処女性という生け贄をもって初めて、新時代の男性性の守護者として、新たな神話として昇華されるんじゃねえか!」
 「狂ってる…狂ってるよアンタ…」
 「こんな脚本を通したら、愛ちゃんの未来を奪うことにもなるんだぞ! 男の欲望に蹂躙されつくして汚れてしまったアイドルなんて、いったいどこのまっとうな番組が使ってくれるっていうんだ……あぁ~んあんあんあん。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん」
 「バカヤロウ! 役者が次回作のことを考えて力をセーブしてどうするんだ! 明日を考えない捨て身こそまっとうな職につけないやくざ者の武器だろうが! 前多愛の未発達な清らかな裸体が無惨に蹂躙される様をこそ、観客は見たいと思ってるんだろうが! そして観客の望みをかなえてやるのが俺たちクリエイターの仕事じゃなかったのか、違うのか!」
 「あんたの強権な理想論はもうたくさんだ…おい(合図を受けて屈強な大道具の人間が緋口を取り囲む)」
 「待てよ、おまえらだって前多愛が異生物のほとばしりを受けて『イリス、熱いよ…』とうわごとのように言うのを聞きたいと思うだろうよ。待てよ。待てったら。ちくしょう、くそったれどもめ、くそった(会議室から引きずるように連れられていく)」
 「あぁ~んあんあんあん。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん」

G3(2)

――今回のガメラですが、作品自体のテーマを巡ってかなり紛糾したと聞きましたが。

 緋口:(苦笑いして)うん、本当に大変でしたね。
 伊東:(緋口を指さしながら)全然ゆずろうとしないんだもん、コイツ(笑)。
 緋口:俺がね、今回のG3はポルノなんだぜって言ったんだよ。そしたらすごい勢いで反駁してきたヤツがいてさぁ(と、兼子のほうを見る)。
 兼子:(憮然と)最初の脚本を見たら誰だってそうしますよ。緋口さん、特撮だけやってりゃいいのに脚本にまで口出すんだもん。
 伊東:あはははは。それは言えてる(笑)。
 緋口:でもよ、そのおかげで有意義なディスカッションができたろ。今回のガメラがあるのは俺の尽力のおかげっても過言じゃないと思うぜ。
 兼子:(顔を真っ赤にして立ち上がり)今回のガメラを成功させたのは愛ちゃんだよ!
 伊東:バカ、やめろよこんなとこで。
 緋口:いや、その通りだと思うぜ。あのイリスの粘液に濡れた前多愛の色っぽさと言ったら。けけけけ。俺、じつは公開できなかったぶんの前多愛の映像とってあるもん。特技監督権限で。
 伊東:(顔を真っ青にして立ち上がり)あんた、まさか! あれはみんなで処分したはずだろうッ!
 緋口:絵画や彫刻じゃねえんだから、映像メディアなんて簡単に複製がとれる。特技監督としてあの白く濁った、粘り、まとわりつき、前多愛を身悶えさせる液体をこのまま闇に葬っちまうのは惜しいなァ、と思ったんだよ。自宅のスクリーンで見返すたび、あまりのエロティックさに電気が走るぜ。特に股間にな!(馬鹿笑いする)
 兼子:(緋口につかみかかる)キサマ、今すぐそのフィルムを渡すんだ! さもないと……
 緋口:(ヘラヘラ笑いながら)どうするってんだよ、お坊ちゃん。よしんば俺に返す気があったとして、もう今頃回収不可能なほど日本全国に広まっちまってるよ。はっきり言ってG3のギャラよりいい金になったね。いひひひ。
 伊東:あんたって人は……やっぱりあのときに降ろしておくべきだったんだ!(天を仰いで慨嘆する)
 兼子:(怒りのあまり鼻血を吹きながら)殺してやる、殺してやる、殺してやるゥ!(緋口に飛びかかろうとするところをスタッフに後ろから羽交い締めにされる)
 緋口:(キレて)なんだよ。おまえだってあのとき楽しんでたじゃねえか。娘ほど年の離れた娘に敬語で謝りながら何度も何度もブッぱなしてたじゃねえかよ。おまえと俺、どっちの罪が重いってんだよ。言ってみろよ!
 兼子:(くずおれて)あぁ~んあんあんあん。ごめんよぅ、愛ちゃん、ごめんよぅ。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん。


――クライマックスの京都駅ビル崩壊のシーンについてうかがいたいのですが。

 伊東:最初あれ、プロットには無かったんだよね。
 緋口:そうなんだよ。京都駅のシーンはあったんだけど、実際あそこまでやることになるとは思わなかった(苦笑)。
 伊東:緋口君のプロ意識が存分に発揮された結果、ああなった(笑)。
 緋口:(椅子にしばりつけられた兼子に向けて大声で)誰かさんの原案では京都駅前で雨に濡れる前多愛の顔に、一輪挿しのつばきの花が首から落ちるって映像が重なるんだったんだよな、確か! (鼻をつまむふりをしながら)臭え、臭え。大正時代のブルーフィルムだってこんな臭い映像は使ってねえだろうぜ。まァ、一周して俺みたいなすれっからしにゃ、逆に新鮮だったけどな!(馬鹿笑いする)
 兼子:(噛まされた猿ぐつわを更に噛みしめながら、縛り付けられた椅子をガタガタ前後に揺らす)
 伊東:やめとけよ!
 緋口:ひひひひ。わかってるって。この坊ちゃんがあんまり面白いからついよォ。何の話してたんだっけか。
 伊東:京都駅ビル。
 緋口:ああ、そうそう。兼子君の貧弱な映像イメージでわかってもらったと思うけど、ありゃ前多愛の処女性の象徴なんだよ。だから二大怪獣に完膚なきまでにブッ壊されなくちゃならなかったんだ。ライブ感覚を反映した、現場そのものの状況の写しとしてな。(兼子に目をやり)象徴としての処女性はガメラとイリスが破壊したわけなんだが、ゲンブツのはってえと…
 伊東:(緋口に厳しい視線を送り)おい!
 緋口:(冗談めかして首をすくめ)おっと、すまねえすまねえ。
 兼子:(顔を真っ赤にして鼻血を吹きながら椅子を激しく揺らしている)


――今回もっとも苦労した部分はどこでしょうか。

 伊東:どこだろうね。渋谷がガメラに襲撃されるところ?
 緋口:いや、違うな。前多愛のラストの台詞だよ。
 伊東:どんなだっけか。
 緋口:おいおい、あんたが書いたんだろうが。イリスの体液に濡れた衣服で放心して、『ガメラ…』ってつぶやくところだよ。
 伊東:ああ(笑)。そういえばあれは本当に苦労したね。
 緋口:八時間もリテイクしたんだからよ。夜中の3時まで。
 伊東:へたな特撮シーン顔負けだね(笑)。
 緋口:最後にはピーピー泣きだしやがるし、やんなっちまうよ。
 伊東:でも君の演技指導で最終的にうまくいったじゃない。ぜんぜん特技監督じゃないね、今回(笑)。
 緋口:まったく(苦笑)。もらってるぶん以上の仕事をしたと思うぜ。
 伊東:ある意味プロとは言えないね(笑)。で、どんな演技指導をしたの。
 緋口:大したことじゃないがね。懇切にあいつの置かれてる状況を説明したんだよ。おまえは暴力でチンポに蹂躙されたばかりなんだぜ、って。それも並大抵のチンポじゃない、身の毛もよだつようなすごい、極太のチンポにさんざんっぱらいいように陵辱された直後なんだぞ、って。
 伊東:(不安そうに)それは……。
 緋口:まァ、最後には彼女も迫真の演技でシメてくれたがね。僕と兼子君ふたりがかりの体当たりの演技指導が功を奏したんだろうぜ。(振り返って)なぁ、兼子!
 兼子:(目に涙をためてゆっくり首を左右に振る)
 伊東:(腰を浮かせて)おまえたち、まさか。
 緋口:けけけけ。こういうまったく嘘っぱちの虚構の中にこそ、最上のリアリティが必要なんだ。彼女にとって脚本の上だけのリアルでない事象を、俺たち二人で現実にしてやったってだけの話じゃねえか。なぁ、兼子!(悪魔のように哄笑する)
 兼子:(血の涙を流しながら噛まされた猿ぐつわを噛みちぎる)あぁ~んあんあんあん。ごめんよぅ、愛ちゃん、ごめんよぅ。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん。


――最後に映画をご覧になるみなさんに一言お願いします。

 伊東:ガメラ三部作の完結編ということもあって、正直こういう結末にしていいものかどうか、さんざん悩みました。その迷いが映像に現れてしまっているかもしれませんが、それも含めて今回のガメラなんです。あとは皆さんに判断をお任せします。周囲の情報に惑わされず、どうぞ自分で感じとって下さい。
 緋口:日本の映画館ってのは高いよなぁ。1800円あったら、AV何本借りれんだって俺いつも計算しちまうんだけど、今回俺はそんじょそこらのAV百本分のエロスは作品に封じ込めることに成功したと思ってる。ぜひ劇場で確かめてくれ。だがな、間違っても劇場でチンポは出すんじゃねえぞ!(馬鹿笑いする)
 兼子:あぁ~んあんあんあん。ごめんよぅ、愛ちゃん、ごめんよぅ。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん。


――今日はどうもお忙しいところをありがとうございました。

(3月9日 スタジオにて)

G3(3)

 「それではG3の完成を祝して」
 「乾杯」「乾杯」「かんぱ~い」

 「(吸いさしの煙草を指に挟んだまま居酒屋内のさざめきに目を細めて)これ終わったら、もうみんなべつべつの仕事に散っちまうんだよなぁ。一本撮るたびに集まって別れて、毎度のことだけど感慨深いよ。こういうのって学生んときの卒業式後の打ち上げを思い出さないか。永遠にこうやってひとところにとどまらずに、自分の腕だけを頼みにジプシーみたいに渡り歩いて…ほんと因果な商売だと思うよ。…こういう席に出るといつも無性に寂しくなって、みんなでこのまま一緒に暮らそうぜって、みんな抱きしめて叫びたい気持ちになるんだ……え、俺? 俺に用かい? うん。きみ名前は。佐上君。バイトで入ってたのか。どうだった、現場の雰囲気は。そう。そりゃ良かった。俺さ、大学で演劇やってたときも思ったんだけど、こうやって大人数で何か一つをつくりあげるって作業は病みつきになるだろう。特にせっぱ詰まったときのみんなの連帯感とかさ。違うことを考える違う存在のはずなのに、互いが同じことを感じていることを互いに何も言わずに知っている瞬間があるんだ。そのときの感じをまた味わいたくて、俺ァ20年近くもここに居座り続けてるんだな……ごめんよ、余計な話だったな。年くうと話が回りくどくなっていけないよ。で、何が聞きたいわけ。そんなしゃちほこばるなよ。…邪神を封じる剣? ああ、あったね、そう言われれば。なんだったっけか、なんとか束の剣。十束? 八束? まぁ、いいや。で、君はあの剣とそれを司る一族の存在意義がシナリオ上で希薄だと思ったわけだ。いいよ、わかるよ、言いたいことは。あそこはちょっと難解にし過ぎたって反省してるんだ。最近の流行りに無意識のうちに当てられちまったんだろうな。確かに一回見ただけじゃ、蛇足だって思われちまうかも知れない。でも、ねらった効果というか、意図はあるんだ。短い、刃こぼれした、どんな現実の脅威に対しても無力そうなあの頼りない剣は、惣領家の息子の自身のチンポに対するコンプレックスの具現なんだよ。先祖代々のほこらから剣を自信なげに取り出すが、前多愛のやってくるのにあわてて元に戻して扉を閉めてしまう場面は、自身のチンポがいったい婦女子に充分な満足を与えることができるほどの代物なのかどうか懐疑的になっている童貞少年にありがちな不安を暗示している。この場合ほこらとその扉は、チンポの余分な皮と解釈するとわかりやすい。次に、京都駅でイリスが前多愛を陵辱しようと迫るのに対して、ひきずりだした剣を投げつけてみせる場面だが、これは前多愛という極上のロリータの貞操の分け前を、イリスという極太チンポにおずおずと要求しているんだ。うん、イリスに少しの打撃も与えることができないままはじき返される剣は、彼自身の性急な若い欲望の達成されなかったことを表していると君は解釈したわけだね。惜しいけれどちょっと違うな。はじき返された剣は前多愛の頬をかすめ、彼女に血を流させるだろう。これは彼女の処女性の一部を、少年が自らの矮小なチンポで切り取ることに成功したことを教えてくれているんだ。最後に、前多愛へ不必要なまでに接近し自らのチンポの象徴である剣を極太チンポの化身であるイリスにつきつける少年は、自分のチンポに生まれてはじめて自信を持ち、自立の道を――チンポだけにね――ようやく歩みだしたと言える。まァ、前多愛の処女性のすべてという分不相応な分け前を要求した罰として、少年は叩きのめされてしまうんだがね。どうだい。ガメラとイリスという二大チンポに圧倒されて見落としがちだが、こんな細部にもちゃんとドラマが挿入されていることに――チンポだけにね――気がついて欲しい。一つも、一カットたりとも無駄なシーンというのは無いんだよ。うん。いや。これからどうするかは知らないけれど、またいっしょに仕事できるといいね。うん。(席に戻っていく小太りの青年の後ろ姿を見送りながら)寂しいよな。本当に寂しいよ。みんなでずっといっしょに、満員電車みたいにして暮らせたらいいのにな……」

エスパー狸(まみ)

 「お~い、狸公(まみこう)」
 「(鼻のつまった声で)なぁに、お父さん」
 「いつものように一般的な社会人ならばこの世に有限の金銭を巡って苛烈な精神そのものをやすりにかけるような苦闘を行っている真っ昼間に無職のものが手持ちぶさたにやるような呑気な金にならないデッサンをしたいんだけれど、中学生のおまえの未成熟な身体でかかせてくれませんか。いや、身体を描かせてくれませんか。おこづかいははずみますから。二時間くらいでいいんです」
 「金銭でもって私の裸を閲覧するということははっきりと性の切り売り・買春と同じ意味合いを持ち、私の女性性に対しての女権論者が聞いたなら発狂するような侮辱であるけれど、男たちの性欲をこの上なく減退させるそんなこざかしい理屈は実のところ地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の知識の埒外にあるので快く、わかったわ」

 「(密集した自身の口髭を舌で執拗に湿しながら)狸公、そんな背中ばかり向けていないで、金をもらっている以上はもっとプロ意識を持って、例えば自らの青い花弁を指でもって押し開くなどし、おまえという存在の上位者であるお父さんの男性性に積極的に奉仕するそぶりを見せなさい」
 「女権論者に糾弾の格好の先鋒を与えるような恐ろしい無神経さで行われる女性性への搾取に私は恥じ入らねばならないのだけれど、そのような高級な感情は地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の認識の埒外にあるので、わかったわ」
 「おお。自分の娘が未だ意識の埒外にある性という概念に対して無神経なやり方で無造作に身体の前面を見せるのに呼応して、私の手の中にあったきつく握りしめられたチューブから多量の油絵の具が飛び出しました。これは芸術を理由に現実の成熟した大人の女性と自我をゆさぶりあうようなまっとうな恋愛のできない情けない自分を秘し隠し、中学生のしかも自分の娘に欲情する男であるところの私の張りつめた自虐的・背徳的欲望が耐えきれず放出を迎えてしまったことを意味しています」
 「ぴるるるるるぴるるるるる」
 「(目はぐるぐる渦巻き、開いた唇からはだらだらとよだれを垂らし、知的にチャレンジされている人間がやるような恍惚とした薄笑いを浮かべながら)電波よ、電波を受信したわ。誰かが私を呼んでる。お父さん、ごめんなさい。(キャンバスの上にかけられた衣服をひっつかんで裸のまま部屋から飛び出していく)」
 「(最初万札数枚を片手にデッサンを要求していたときとは別人のような達成した穏やかな表情で)その開いた唇と垂れる涎は、下の唇と淫水と意味上の相関関係を持つのだね。その恍惚とした表情、同時に達成できた事実でお父さん大満足だよ。行っておいで。もう一度いっておいで」
 「行くわよ、各作品に通底する設定の安直さのひとつの表出であるところの、タヌキと呼ばれることを極度に嫌うタヌキであるところの、チンポコ!」
 「きゃううう」
 「ばば馬鹿っ。女子中学生の無意識に発話する罪のない猥褻語に呼応して欲情した鳴き声をあげるようなロリコン狸に育てた覚えはないよっ」
 「(パイプを吹かしながら)行っておいで、狸公。(椅子を回転させると視聴者に向き直り)ちなみに猥褻タヌキの名付け親は私です。ははは、だって毎日女子中学生が鼻づまりの声でチンポコと呼ばわるのを聞くことができますからね。これぞ娘を持つ男親の役得というものですよ。はは、はははは」


 「(ハート型の発射装置で小さなプラスチックの玉を自身に向かって幾度も幾度も打ち出しながら)打ち出す装置とビーズ玉の関連性に象徴される現実の事象を考えるに、そのような状況に私という実存がおかれた場合素っ裸のまま衆人環視の中へ瞬間移動してしまうのではないかと不安になるけれど、それは集合無意識とも言うべき男性視聴者たちの欲望の余波を受けているだけであって、実際地方の一女子中学生に過ぎない私の知識の範疇外にあることだわ」
 「ぴるるるるるぴるるるるるぴるるるるる」
 「電波が強くなってる。誰、私に救いを求めているのは……あっ。公園で幼稚園入学前の幼女たちがたわむれる様子を眺めながら鉄柵にもたれかかって気むずかしげに眉根を寄せている小太りのおたくは、同級生の高天原さん。(近くに降り立つ)電波を送信していたのはかれ? いったい何を考えているのかしら。よぉし、こんなときこそ無生物を介して相手の心を探る能力の出番だわ。(鉄柵に触れる。次々と現れる映像の断片)幼女の泣き叫ぶ顔……小さな箱……象? アフリカ象だわ……腰布に手製の槍を携えた黒人たち……あっ。地平線の向こうから砂煙をあげて走ってきた象が小さな箱を踏みつぶしたわ。黒人たちが槍を上下に振って大喜びしてる…また象が戻ってきたわ…箱を踏みつぶした…槍を上下に振って大喜びする黒人たち…幼女の泣き叫ぶ顔。(鉄柵から手を離して)いったい今のは何を意味しているのかしら。フロイト的に解釈を与えるならば、箱は一般的にヴァギナを、棒状のものはペニスを象徴しており、これに当てはめると小さな箱は幼女の未発達なヴァギナでありアフリカ象は巨大な他人のペニスであり黒人たちの槍は彼自身のペニスであると解釈することが可能ね。つまり彼の心象映像を総合すると、『幼稚園入学前の幼女のヴァギナが自分以外の男のペニスに蹂躙されることを観察するのに異常な興奮を覚える最悪の出歯亀野郎』という結論になるけれども、一中学生の小娘の私にそんな高度な分析ができるはずも無いわ。
 (濡れた瞳で)頭のいい人の考えることってわからない…きっと私には知れないような高邁な思索に心を馳せているのね…高天原さん…」

D.J. FOOD(5)

 「先週は本当に申し訳ない。関係者のみなさん、番組を聞いてくれているみなさんの感じた憤り、不快感についてD.J.FOODは、いや、私人山田次郎は心から謝罪したい。昔は血気盛んなものだったから人間をビルの高所から蹴落とすどころか、人差し指を根本まで胸にうずめられても唇の端を切った程度の出血で全然平気だったり、最初は優しい激情家だったのがネクロフィリアでダッチワイフ好きの旧友にビルの屋上から飛び降り自殺を強要させたあたりからニヒルな殺戮家に君子豹変し、核で人類が滅びてしまったので拳法でもってというミノフスキー粒子より納得のいかない理由で暴力による世界支配をもくろむ親戚の血のつながらない兄さんを撲殺したり、ついでに婚約者の兄さんも撲殺するようなそんな平均的日本人の生活を1オングストロームほど逸脱してみせる程度の毎日だったんです。そして様々の紆余曲折を経たのちに自分の婚約者が産んだ暴力による世界支配をもくろんでいた親戚の血のつながらない兄さんの子供に屈折した教育指導を施し、ときどき記憶を喪失したりしながら歴史の彼方へと消えていくような凡々たる有様でした。それが今回の不祥事、本当に申し訳ない。収録スタジオから不慮の事故でもって墜落した二人のスタッフのうち一人は偶然マンホールのふたが開いており肉体労働従事者の黄色いヘルメットに運ばれてマンホールから顔を出したところをダンプに轢かれる程度のディズニー的軽傷ですみ、もう一人は金玉をひろげグライダーのように飛翔し土曜の新宿に衆人環視の中着地して猥褻物陳列罪に問われるだけで済んだのは不幸中の幸いと言うべきでしょう。こんなどうしようもない私ですが、みなさまから励ましのお便りを頂いておりますので二三読ませて頂きたく存じます。まず一枚目は住所は書いてありません、チンポ丸出しさんから。『この人殺し!!!おまえみたいなのが金もらってるから俺のとこにまわってこねーんだよ!!死ね!!!』申し訳ございません。全くその通りでございます。あなたがいい大学に入りいい就職口を見つけいいメシを喰うといった度外れの幸運にめぐまれず、いま人生の底の底のゴミ溜めを這って這って這って這いずっていて、ときどき匿名で品性の下劣なハガキを記述し無職の身には身を切るような辛さであろう数十円の切手を貼付しわざわざ投函するというハリウッド的劇的さでもって日常を疾駆なさっているのは何もかも私の不徳の致すところでございます。言葉もありません。次のお便りは板橋区にお住まいのときめきリズムちゃんからです。『私はFOODさんは悪くないと思う。どうかFOODさんを降板させたりしないで下さい。私の通う女子中学校で集めた署名と嘆願書を同封します。また面白いお話を聞かせて下さい』ありがとうございます。涙が出ます。幸い降板という事態はまぬがれそうです。不要になったいい匂いのするこの署名と嘆願書は、ちんちんの先端を包むなどし、積極的に私の私生活において役立てたいと思います。本当にありがとうございます。最後のお便りは大阪府にお住まいの小鳥くんからですが、残念ながらもはや紙数は尽きた。それでは来週のこの時間まで。ごきげんよう」

小鳥猊下その愛

 「『あら、それじゃあなたはとあるVIPと知り合いだと言っていたけれど、今の話だと女性の身体を触ってもちんちんが起立しない男が友達にいるってだけじゃないの』
  『 いや、ぼくは確かにVIPと知り合いなのさ。なぜなら彼はVery Impotent Personだからね!』
  『まぁ! もう、ボブったら本当に憎らしい!』
  『アハハ。君があんまり真面目なんでちょっとからかってみたくなったのさ、メアリー!』」
 「あっ。小鳥猊下が少しも笑えない覚えたてのアメリカンジョークを上に向けた掌をへその付近で小刻みに左右に揺らしながらヒクツな漫才師の笑顔で発話しつつ御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてださおなら面白くないのかしら。思わずあくびとともに大量の涙がまなじりから吹き出したわ。そしてそれは私の淫水を暗喩しており、その量と正比例しているわ」
 「なんや、今日の客はノリが悪いで。舞台は客との共同作業や。よぉ覚えとき。ほなワシは失礼させてもらうで」

 「もう。なんで僕がこんな売れない演歌歌手みたいなことしなきゃいけないわけ。客の質は最悪だしさぁ。だいたいチンポとかオマンコとかしゃべるだけですぐ自我の抑圧から解放された心の一番深い底からの笑いを白痴的に爆笑できるような人間はわざわざぼくの公演を見に来ることないんだよ。幼児期に感情を抑圧せねば今まで生きてこれなかったような人種が、履歴書に記載された情報と二時間ほどの面接で判断されてしまうような人格の表層のやりとりに疲れ果てた人種こそが、そのすさまじいまでの心のくびきを解き放つ時間を持つために、錯覚のような一瞬間だけでも楽になるためにやって来て欲しいんだよ。君もヘラヘラもみ手してないでもっとマシな仕事入れる努力したらどうなのよ。いい加減にしないと温厚なぼくでも怒るよ、ほんと。(ノックの音にいずまいを正しあわてて煙草をもみ消しながら)あ、は~い。どうぞ、開いてますから。あれっ。女の子じゃない。どうしたの。とりあえず中にお入りなさいな。ずぶ濡れじゃない。うん。ぼくに会いたくてわざわざ北海道から出てきたんだ。君もヘラヘラもみ手してないで着替え持ってきてあげなさいよ。こんな場末の盛り場を一人でうろついちゃ危ないよ。明日になったら送ってあげるから、今日のところは泊まっていきなさい。え、帰りたくないの。義理のお父さんが暴力をふるうんだ。泣かないで。お母さんには相談したの。知ってる。世間体のために見ないふりをしているのか。泣かないでよ。…ときに経済力のない子供であるという事実はそれだけで充分に屈辱的だよ。ぼくがここで放り出したらこの子はきっとどんどん身を落としていくんだろうなぁ。…よければ、ぼくといっしょに来ないかい。君に君を喰いものにしない、世間体や打算でない本当の愛情をくれる暖かい午後のようなお父さんとお母さんをあげるよ。保証してやれるわけじゃないけれど、君は今より幸せになれるかもしれない。うん、いい子だね。まだ名前を聞いていなかったね。名前は…」

 「真奈美、どうしたんだ。電気もつけないで」
 「お父さん。うん、ちょっと昔のことを思い出していたの」
 「そうか。(穏やかな顔で手をさしのべながら)さぁ、もう夕御飯の時間だ。今日はステーキだってお母さん言ってたぞ」
 「(目尻をぬぐって明るく)やったぁ。あたし、ステーキだぁい好き!」

風の歌を聴け

 僕たちは店の奥にある薄暗いコーナーで脱衣麻雀を相手に時間を潰した。幾ばくかの小銭を代償に死んだ時間を提供してくれるただのガラクタだ。しかし鼠はどんなものに対しても真剣だった。ゲーム・オーヴァーの赤い文字がお嬢様の真っ白なパンティの上に表示されたとき、僕たちは二人の財布をあわせての全財産、ちょうど50枚の百円玉を投入し終わったところだった。
 「お高くとまりやがって。この売女が!」
 鼠があらあらしく筐体を蹴り上げる。チョッキ姿の店員が人混みをかきわけこちらに向かってくるのに、僕は鼠を後ろから抱えるようにしてゲームセンターの外へと連れ出した。
 冬の夜気は、寄る辺無い人間にとってずいぶん身にこたえる。街灯に群がる蛾の羽音が響きわたる路地裏で、誰も追ってこないのを確認して僕は路上に座り込んだ。鼠はどうにも腹の虫がおさまらないといったふうでコーラの自販機を殴りつけた。ケースの灯りが明滅して、消える。
 「おい。もうよせよ。」
 「5000円だぜ。職も無いのに。何やってんだ、俺たちは?」
 鼠が吐き捨てた唾は、道端に広がる反吐と混じり合って濡れた音をたてた。
 「間延びした時間、ケチな遊び、こんなのはもうたくさんだ! なぁ、あんたはこのままでいいと思ってんのか?」
 「しょうがないだろ。俺たちを受け入れてくれる場所なんて、この社会には無いんだよ。」
 「だからって、」
 「おまえはそうやっていつも、酒や何やの勢いを借りて、問題を声にした時点で満足しちまってるんだよ。俺は本当に、絶望的にどうしようもないのを知ってるのさ。だから俺は、いつも黙ることにしている。」
 とびかかってくるかと思ったが、鼠は急に脱力したようになってその場に座り込んでしまった。
 「わかってるんだよ。でも不安なんだ。俺はあんたみたく大人じゃないから、言わずにはいられないんだ。」
 「俺だって、何かわかってるわけじゃないよ。ただ、自分がわかっていないことをわかっているだけなんだ。」
 沈黙。僕の言ったことが聞こえたのかどうか、鼠は宙を睨んで言った。
 「考えたことないか? このまま、アニメや漫画の二次元の異性だけが興味の対象のまま、二十年経ったらって。定職にもつかず、社会からのかろうじてのお目こぼしをさずかって、稼いだ日銭をLDやらグッズやらにつぎこんで、人づきあいはネットの上しか無くて、ネットでは馬鹿みたいに明るい演技して、外見は年をとるのに失敗して不気味に若々しくて、そんで二十年で技術はすげえ進歩してて、ほとんど人間と変わらないエロゲーキャラの等身大人形とセックスしてんだよ。直結したノートパソコンとマウスでヴァギナの位置や愛液の量を調整したりしながら、その人形を愛撫してんだよ、本当に心からの愛情から。やっぱ純愛ですね、鬼畜系はダメですよ、とか言ってんだよ。ネットで。顔文字つきで。萌え~とか言ってんだよ、本当は何よりも自分のことが一番好きなくせに。それは、正しいのか? もうそれは人間じゃないんじゃないのか? 人間とは呼べないんじゃないのか? …俺たちはどうなっちまうんだろう。俺たちは本当に、どうなっちまうんだろう。」
 鼠は抱えた膝の間に顔をうずめると、すすり泣きはじめた。僕はジーンズの尻から煙草を取り出すと、火をつけた。
 たちのぼる煙に、けばけばしい都会のネオンライトがゆらいだ。だが、それは煙のせいではなく知らず流れ出た涙のせいらしかった。
 たとえそうなることをあらかじめ知っていたとして、僕たちにどうしようがあるというのだろう。僕は鼠の述懐を聞いていて、むしろ心地いいと感じている自分に気がついていた。
 鼠は十分ほど泣き続けていたろうか、顔をあげると照れくさそうにセーターのすそで涙をぬぐった。
 「その携帯ストラップ、いいな。」
 「ああ、いいだろ。おじゃ魔女どれみだよ。見つけるのに苦労したんだぜ。」
 僕たち二人は顔を見合わせると、声をたてて笑った。

the lyrics to fly

   俺はきっとおまえのことだから / 逃げて逃げてたどりついた / この掃き溜めみたいな場所でも /
   きっと長くもたないんだろうなって / ケツを割っちまうんだろうなって / ひそかに思ってたよ /
   でもおまえは危なっかしい足取りで / 無気力の足かせをはめられ /
   まともに動くこともままならないような / 倦怠の重石をのせられ / もうしょうがねえ /
   とうにへばって座り込んで泣き出して / そうしてもおかしくないのに / 少なくとも俺は責めやしないのに /
   何かを運ぶしか知らない牛のように / いらいらするような速度で / よたよたよたよた /
   たどりついちまいやがった / 個人が得る最悪の制限を / その人格の上に受けて /
   なのに同じような何事も無い顔で / いいわけをせず誰かのせいにもせず / とうとうたどりついちまいやがった /
   俺はおまえのことがずっと嫌いだったけれど / ようやく重石を道端に放り投げ / 涙と鼻水で顔を汚し/
   肩であえぐこの瞬間のおまえだけは / とても好きだと言うことができるよ / 愛していると言うことができるよ /
   俺はきっとまた / すぐおまえのことが嫌いになるんだろうが / この愛を感じた一瞬のせいで /
   よりいっそう嫌いになるんだろうが / たとえそうだとしても / 俺は今のおまえを愛しいと思うよ / 尊いと思うよ /
   おめでとう / おめでとう /

福本伸行的クライマックス麻雀劇画

 えんじ色のブルマが宙を舞って卓上に落ちる。
 「ツモ。5200だ」

 積み上げられる現金を手で払いのけ、
 「いらぬ世話だ。すべて幼女同人誌に変えてもらおう」
 金庫から取り出される幼女同人誌20冊。規制のない昭和40年当時の幼女同人誌は、現在の価値に換算すると約200冊分…!
 「少なくとも今までワシが殺してきた、ロリコンを装ってはいるが実は成熟した自我との折衝を恐れているただ自分が好きなだけの人間…そういう輩とは質が違うというわけか…!」
 小鳥巣の口元に浮かぶ笑み。
 「だが、それでも負けるが麻雀だ」

 「悪いな。通らず、だ」
 小鳥巣が白パンティを卓に置くのに反応して倒される手牌。
 「8000」
 テーブルを殴りつける小鳥巣。
 「馬鹿な! もう100時間以上は打ち続けているはずだ! なぜ切れない? なぜ三人で交代して打つワシたちを圧倒できる? 狂ってる、狂ってる、この…最悪の童女愛趣味者め!」

 引いてきた縦笛に間髪入れず左端の網タイツを切りとばす。ざわめく黒服たち。
 「おい、今のでアガりじゃないのか?」
 「まさか、まさかヤツは…!」
 「それ以上の勝ちに何の意味がある!? 多すぎる勝ちは賭けを成立させる世界そのもののバランスを崩してしまう! やめろ、生きて帰りたかったらやめるんだ!」
 流れ始めるブルージーな音楽。
 「俺はただ」
 ツモ山に青白い手がのびる。
 「醒めない夢を見ていたいだけなのさ」
 発光する、骨そのもののような指が牌に触れる。鳴り響く銃声。卓に肉のぶつかるにぶい音。
 「(かすれた声で)和了、です」
 力無く開かれた指の間からこぼれ落ちる黒ランドセル。男の目に白い膜がかかる。

 「殺すことは、なかったのに」
 勝負の終わった麻雀卓を取り囲む三人の黒服たち。冷えていく男の死体。
 「奇跡は起こらなかったな。この男も小鳥巣様を倒すことはできなかったわけだ」
 「いや、見ろ」
 「ああ……!」
 卓上に流れる血が黒ランドセルを赤ランドセルに染めていく。
 「ロリータ大三元完成、か」
 窓を開け、月を見上げる黒服。雲ひとつない夜空に完全な満月。黒服のサングラスから光るものが伝い落ちる。

裸の王様

 上品なバーのさざめき。突然入り口の扉がくの字に折れ曲がり逆方向の壁にスッとんで叩きつけられる。
 「(チンポ丸出しで)デストロォォォォイ! 裸の王様のお出ましだァ! おっと、精薄ども、動くんじゃねえよ! もしぴくりとでも動いてみやがれ、俺様のこいつが火をふくぜ!(ト、人差し指と親指を折り曲げて拳銃の形にした右手を構える)」
 「ジョージ、なんなのあれ。私怖いわ」
 「HAHAHA、春先にはこういうヤツが多いんだよ。すぐにつまみだしてやるから安心しな、ヨーコ……(錨のいれずみが入った上腕を誇示しながら)どうやら入る場所を間違えたみてえだな。俺が病院に送り返してやるよ。ヘッヘッ」
 「(癇癪の青筋をこめかみに浮かせて)動くなっていったでしょおッ! (人差し指を男の頭部に向けて)ばぁん」
 メリケンの頭部がはじけとぶ。飛び出した目玉がシャンパンのグラスに沈み、泡を立てる。
 「きゃああああああっ」
 「(人差し指の先を吹いて)いい? みんなこの男みたくなりたくなかったら動くんじゃないよ…ああ、暑い。何か冷たい飲み物が欲しいなぁ(カウンターに目をやる)」
 バーテン、ひきつった笑いを浮かべながら飲み物を用意しようと後ろの棚に手をのばす。
 「動くなっていったでしょおッ! ばぁんばぁん」
 バーテンの頭部が四分の一吹き飛び、腹に向こう側が見通せる大穴があき、そうして糸の切れた人形のように横倒しに倒れる。開いた蛇口から吹き出す大量のビール。
 「これが心理学で言うところのダブルバインドってヤツよ。試験に出すから覚えておいたほうが利口ですよォ…おい、そこの金髪」
 「(半笑いで)な、なんスか」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「あ…あの(薄ら笑いを浮かべる)」
 「ばぁんばぁんばぁん」
 金髪の身体にみっつ穴があく。金髪、その穴を何度も信じられないという泣きそうな顔で確認し前のめりに倒れる。金髪の死体にのしかかられた老婆が白目をむいて卒倒する。
 「馬鹿。ほんと馬鹿だね。みため通りの馬鹿。オリジナリティのかけらも無いね。民族としてのアイデンティティを放棄してるくせに個人としてのアイデンティティすら確立できてないんだよ。ほんと馬鹿。最低だね…おい、そこの女」
 「(半笑いで)な、なんでしょう」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「ダ、ダブルバインド」
 「せいか~い。かしこ~い。ご褒美たくさんあげなくちゃねえ? ばぁんばぁんばぁんばぁんばぁん」
 一瞬のちに女の身体は肉の破片でしかなくなる。燃え残った灰が崩れるように、数秒おいて彼女だった残骸がその場に濡れた音をたてて崩れる。
 「復習ですよ、復習。けけけっ。さぁて、つまらない遊びはこのへんにしとかないとな。話すことはたくさんあるんだ。まず掲示板のことだが、これは別におまえらとコミュニケーションをとるために設置してんじゃねえんだ。俺の存在が唯一絶対であり、おまえらの意見なんざ一切聞き入れる気はねえってことをおまえたちにも目に見える形でわからせるために置いてあるんだ。その深遠な逆接を読みとりもできずに、ヘラヘラなれなれしく話しかけてくんじゃねえ! おまえがコスプレしようが下痢しようが俺の知ったことか! くだらねえ批判もだ! それは自分のホームページに反映させてろ! 読む時間と書く時間が無駄だ! ただ賛美しろ! 俺を褒めたたえろ! ばぁんばぁん」
 二人の男女が眉間を寸分たがわず打ち抜かれ、びっくりしたような表情のまま吹き出す血の勢いで後ろむきに倒れる。
 「ああ、せいせいした。まったくよォ…ばぁん」
 左脇下から見えない背後を撃つ。若い男性が胸に穴をあけられくるくるコマのように回転して倒れる。
 「クズ、クズ! 批評家きどりめ! 『もう限界ですか?』だと? したり顔め! 死ね死ねっ! ばぁんばぁん」
 もみ手でつくり笑いの男が両足を撃ち抜かれる。噴水のような出血。
 「友だちからだと? 友だち募集だと? おまえが欲しがってるのは友だちなんかじゃなく自分の賛美者だろうが! 不完全で矮小な自らの自我を補償してくれる白痴的な追従者だろうが! 幼少期の濃密な愛情の欠如から自己存在を意味性によって形づくることができなかったので、そんな一時しのぎの、くだらない、間に合わせの品でなんとか応急手当しようと必死ですかァ? おまえがタチ悪いのは、その操作にある程度自覚的なことだ。無理だよ、おまえみたいなのは一生友だちなんてできないね…(向き直り)おまえたちみたいのは何年生きたって意味ないよ、進歩ないよ。死ね死ねっ! おまえたちみんな死んでしまえ! ばぁんばぁんばぁん、ばぁんばぁんばぁんばぁん」
 裸の男が人々の密集した一角に飛び込み、たちまち店内は阿鼻叫喚のちまたとなる。
 すべてが終わった後、立っているのは裸の男だけ。血煙にけぶる店内を大股に横切って最奥のソファに身を投げ出す。
 「(半眼でけだるく)純粋な愛情を手に入れた肉だけが人間になることができるんだ。それ以外? それ以外の肉は人であることを喪失して神になるのさ。いや、もっと正確に言うなら神と全くズレなく重なる自我を手に入れさせられるんだ。その中で神の自我にふさわしい能力を持つものは、圧倒的な賛美者に囲まれ時代の真の神となり、それのかなわなかった肉は――つまり神たる能力を持たなかった肉は、だな――こんな安普請のつくりごとの中で(ト、手をのばし後ろの壁を軽く叩く。薄っぺらなベニヤの壁は倒れてその向こうに虚無をのぞかせる)賛美者をかき集めるために裸で舞い踊るのさ。けけけ。いずれにしても人間じゃない以上人間の幸せは手に入らねえがな。(目をつむる)最初にチンポを舐めさせていたのは俺のほうだったはずなのに、いつのまに俺がチンポを舐める側になっちまったんだろうな…」
 セットの後ろに無数の顔が浮かびあがる。その顔には一様に目・鼻・口がついていない。
 「(跳ね起きて)バカヤロウ! 降りてこい! いつまでそこで眺めてるつもりだ! 舞台に立てよ! こっちに来いよ! ばぁんばぁん(弾はすべて水面に投げた石のようにわずかの波紋を残して吸い込まれていく)。 くそ、くそっ! そっちがそのつもりなら、見てろ、見てやがれ!」
 裸の男、ペニスを握りしめこすりはじめる。
 「どうだ、畜生、こういうのが見たいんだろう、こういうのが見たかったんだろう!」
 虚無に浮かぶのっぺらぼうの顔の筋肉がうごめき、笑いともとれるような感じをかたち作る。男のペニスが勃起しはじめる。
 「(荒い息の下で)あ、やっぱり…喜んでくれてるんだ。あなたたちが喜んでくれると僕はとても嬉しいんだ…あなたたちが喜んでくれないと僕は自分がいないような気持ちになる…だって僕にはあなたたちを笑わせて喜ばせることしかできないから…それ以外の価値なんて僕にはないんだ…知ってるよ、知ってる…ああ…」
 突然のっぺらぼうの笑みが消える。冷たいさげすんだ視線の感じが残る。顔が一つづつ消えはじめる。男のペニスが萎縮していく。
 「あっ…待って、待ってよ! ひどい、ひどいじゃないか! 見ていってよ、最後まで見ていってよ! ひィ、ひィィィィィィ」
 裸の男、誰もいない廃墟につっぷして泣き出す。が、突然身を起こし、
 「なぁんてね。びっくりした? びっくりした? おい、みんな、いつまで寝てんだよ!」
 撃ち抜かれた部位はそのままに、男の声に呼応して死んだ客たちがむくりと起き出す。
 「いやぁ、もう小鳥くんたら迫真の演技なんだもん。私あせっちゃった(^^;」
 「ほんとほんと(笑)。俺、マジでちょっとちびっちゃったよ(TT」
 「メンゴメンゴ(笑)。でもネットって本当にいいよね! たくさん友だちできるし、それに…」
 「それに?」
 「千佳ちゃんにも会えたし…(*^^*)ポッ」
 「きゃあ☆ それってもしかして…告白?(^^;」
 その様をいつのまにかまた空中に現れた無数の顔が見つめている。口元に浮かぶ侮蔑の笑い。
 「あはは、いいなぁ(^^) みんなほんと最高だよ。ネットワーク最高! ずっとここにいたいなぁ(泣)」
 「いいんだよ、ずっとここにいて(^^; 現実はつらいからね(笑) 現実は容赦ないからね(爆笑)」

廣井王子(1)

 「(両手を左右にひらひらさせながら、調子っぱずれな節まわしで)北へ~ゆこうランララン、新しい北へスキップ~…おぉい、みんな喜べよ。新しい企画通してきたぜ。その名もずばり『南へ。』だ。高校三年で受験ノイローゼになった主人公に父親が沖縄行きの往復航空券を手渡してくれるところから物語が始まるんだ。もちろん、米軍基地の兵士であるところの巨乳ホルスタイン娘やら、シーサーに憧れて来邦したベトナム娘やらヒロインたちのバリエーションもばっちりだ。台詞ももういくつか考えてあるんだ、例えばこうさ、『シーサーって、チンポみたいで暖かいですよね』。どうだい、胸がしめつけられるような甘い切なさだろう。あと新システムだが、『北へ。』のCBS(Conversation Break System)を更に進化させたチンポ・バクハツ・システム(Chinpo Bakuhatsu System)を搭載だ。会話の流れをXボタンで中断して『お、おねえさん、ボカァもう』とエロシーンに突入するって寸法さ。もう企画段階であらかじめ売れることが約束されてしまったようなゲームだろう、ええおい?」
 「廣井さん」
 「しかし全くよく思いついたもんよ。取材と接待と慰安が同時にできるんだもんなぁ。そうそう、こいつはシリーズ化することが本決まりになったよ。じつは第三弾ももう決めてきてあんだ。第三弾は大阪を題材にしたずばり、『キタへミナミへ。』だ。こっちのほうはまだ骨格しかできていないんだが、作品のイメージを象徴するシーンをひとつ考えてある。大阪弁の土着の娘が主人公に言うんだ、『通天閣って、チンポみたいやと思わへん?』。どうだい、胸がしめつけられるような甘い切なさだろう。ただ問題はまともな大阪弁をしゃべれる声優がいないってことだな。これは公募するか…いひ、また有名になりたい頭の弱い娘としっぽり仲良くできるチャンスだよ、いひひひひ」
 「廣井さん」
 「(口元のよだれをぬぐいながら)な、なんだよ、雁首そろえて集まっちゃって。やめろよ、そんな辛気くさいツラは。ほら、もっといつもみたく明るくいこうぜ、なぁ」
 「廣井さん、そちらが空いています。席について下さい」
 「なんだよ、今日のおまえたちなんだかおかしいぜ」
 「(強く)席について」
 「なんだよまったく、わけわかんねえよ…(しぶしぶ席につく)」
 「(立ち上がり)さて、みなさまお待たせいたしました。これより本日の議題、総帥・廣井王子の罷免について討議したいと思います。進行は私がつとめさせていただきます」
 「ヒーメン? ヒーメンだって? おまえらみんな正気かよ、勤務時間中だぜ(馬鹿笑いする)」
 「(無視して)それでは第一の被害者である太谷郁江さんに証言をいただきます(会議室の扉が開き、一人の女性がハンカチで顔を押さえながら入ってくる)」
 「(涙声で)あ、あの私、太谷って言います、太谷郁江。このたびこちらのゲームの声優と、主題歌をやらせてもらいました。最初ゲームに使われるっていう女の子の絵を見せてもらって、それがすごく繊細で可愛らしくて、二つ返事でオッケーして、アフレコもすごく熱の入ったいい演技ができたんです、それで、あの、えっと」
 「廣井さんとのことを話してもらえますか?」
 「あ、はい。廣井さんとお会いしたのは主題歌の収録のときのことでした。私、曲も歌詞も気に入ってて、いっしょに歌う子たちともがんばろうねって話してて、それでその日もいい感じで収録が進んでたんです。そしたら歌の途中に廣井さんが入ってきて、しばらく椅子に座って聞いてたんですけど、突然椅子を蹴って立ち上がって、こんな歌じゃダメだって。それで、私たちのところに来て、いやがる私たちから無理矢理歌詞カードを取り上げて、極太マッキーで修正を入れたんです。私、私だけじゃなくてみんなもすごく気に入ってたのに、録音スタジオの人たちもいいねいいねって言ってくれてたのに、それなのに、それなのに、廣井さんは、う(涙ぐむ)」
 「大丈夫ですか。続けられますか?」
 「(ハンカチで涙をふいて)はい、もう大丈夫です。廣井さんは、いえ、あの男は、修正した歌詞カードを返して、面白そうに、本当に悪魔のように愉快そうに私たちの顔をのぞきこんで、『ちゃんと歌えよ、本当におまえたちのホタテが蟹で充満しているようにな』って。馬鹿笑いして。私たち何のことだか最初わからなくて、顔をみあわせてきょとんとしてたんですけど、返された歌詞カードに書いてあったのは、か、『蟹がいっぱい、ホタテいっぱい』…う、うふ、うっく、うわぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
 「ざわざわ」「いやがるのに無理矢理」「ひどい」「妙齢の女性にホタテを強要するとは」
 「(列席者を見渡して)今の証言をご記憶下さい。それでは第二の被害者である阪本真亜矢さんに証言をいただきます(会議室の扉が開き、一人の女性がハンカチで顔を押さえながら入ってくる)」
 「(涙声で)あ、あの私、阪本って言います、阪本真亜矢。このたびこちらのゲームで声優をやらせてもらって、あ、ロシア人の役だったんです。彼女、ガラス工芸に憧れて日本に住んでるって設定で、私、台本読んで、すごく感情移入して、がんばろうって思ってて。アフレコが進むにつれてますます彼女のことが好きになって、それで、あの、えっと」
 「廣井さんとのことを話してもらえますか?」
 「あ、はい。あれは、あの、収録も中盤にさしかかったころで、アフレコ現場にいらっしゃったんです、廣井さん。私、この作品のプロデューサーの方だよって紹介されて、すごい緊張しちゃって、何回もリテイク出しちゃって、そしたら、あの、う(涙ぐむ)」
 「廣井さんに言われたことをすべておっしゃって下さい。おつらいでしょうが」
 「(ハンカチで涙をふいて)わ、わかりました。廣井さん、みるみる不機嫌になって、スタジオの壁を蹴りつけたりして、最後に大声でこう言ったんです、(ふるえる声で)お、『おい、そこのトウの立ったねえちゃん、何年この業界やってんだよ。ただでさえ下手くそなんだから余計な手間ぐらい取らせないでおこうとは思わねえのかよ』…う、うふ、うっく、うわぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
 「ざわざわ」「ひどい」「正直すぎる」「なにもそこまで言わなくても」
 「…ありがとうございます。それだけでしょうか」
 「(小さくしゃくりあげながら身を起こし)いえ、まだあります。まだあります」
 「お願いします」
 「それから廣井さん、しばらく現場を見てたんですけど、退屈になったらしくてうろうろしだして、私のほうに近づいてくるといやがる私から無理矢理台本を取り上げて、これじゃ臨場感が足りないな、みたいなことを言って、ポケットから取り出した極太マッキーで修正を入れたんです。私、その部分の台詞がすごく好きで、家でも何度も練習して、あの、こんな台詞です、『ガラスって、人肌みたいで暖かいよね』、すごくいいと思いませんか、彼女の優しさや心の豊かさがとてもよく表れていると思うんです、それなのに、それなのに、廣井さんは、う(涙ぐむ)」
 「阪本さん、もう結構です」
 「いえ、いえ、言わせて下さい。廣井さんは、いえ、あの男は、修正した台本を返して、面白そうに、本当に悪魔のように愉快そうに私の顔をのぞきこんで、『言ってみろよ、なぁに、いつもの調子でやりゃいいんだ』って。そこに書いてあったのは、そこに書いてあったのは(蒼白で倒れそうになる。支えようとする左右の人間を手で制して)…『ガラスって、チンポみたいで暖かいよね』…地獄に、地獄に落ちればいい! 私も、あの男も! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう…(付き人に支えられながら会議室を出ていく)」
 「ざわざわ」「いやがるのを無理矢理」「ひどい」「妙齢の女性にチンポを強要するとは」
 「以上が総帥・廣井王子の罪状に関する証言です。(向き直り)さて、廣井さん。何か反論はありますか?」
 「バカヤロウ、反論も何も、こんな」
 「(さえぎって)無いようですね。それでは総帥・廣井王子の罷免に賛成の方、挙手を願います(全員の手があがる)。賛成多数。数えるまでもありませんね。本日ただいまの時刻をもって、廣井王子の罷免を決定致します」
 「おい、待てよ、冗談だろ? いったい誰がこの会社をここまでに育てあげたと思ってんだ? すべて俺のおかげだろうが!」
 「廣井さん、貴方は少々やりすぎたんですよ。天外魔境2に携わっていたころの貴方は輝いていた…(目をつむる)」
 「(低く)このインポ野郎め。俺は俺の間違いに気がついたんだよ。俺は本道に立ち返ったんだ」
 「今どきエロばかりでゲーム会社が成り立つと本気で思っているんですか?」
 「(噛みつくように)じゃあ、テメエはエロぬきでゲーム会社が成り立つと本気で思ってんだな?」
 「(肩をすくめて)廣井さんにはそろそろご退場願いましょうか。(慇懃に)あなたの今後の人生がやすからんことを」
 「(引きずり出されながら)三年だ! 三年後をみていろ! 俺が正しかったことが証明される三年後を! そのときこそおまえたちは俺の足下にひざまずき、戻ってきて下さいと哀願するんだ! はは、ははは、ははははははは」

D.J. FOOD(6)

 「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、 Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!

  まァ、今でこそ地方局の一D.J.に専属でおさまりいただくわずかのサラリーで細々と二人の娘を養う、地域振興券に非常な喜びを感じるような、お釣りの出ないことに憤りを感じるような、娘二人の現世の様々の欲からもっとも遠い清らかな寝顔に現世の様々の欲の中でもっとも浅ましい欲を抱いて自己嫌悪に陥るような、そんな小市民的な飼い慣らされた日常を堅実に歩んでいるわけだけれど、あの頃は血気盛んなものだったからMOO・念平などというペンネームで子供だましの薄っぺらい熱血学園ガキ大将漫画をしこしこと記述して小金を稼ぎ、安い焼酎などを購入して悪酔いし、抑圧の外れた意識でもって意味の通じない奇声を発しながら外へ駆け出し、電柱に激突して横転、二万人の足に被害を出すほどの荒くれ者っぷりでした。小学館漫画賞をいただいたこともあるんですよ。下から読んだらペンネーム。さて、いつもの犬のようなおしゃべりはこれくらいにして、まず最初のお便りは静岡にお住まいのバルダーズ・ゲート最高!さんからです。『こんばんは、FOODさん、いつも楽しく聞いています。楽しく聞いているんですけど、FOODさんって嘘つきだと思う。だってFOODさんの昔の話って毎回めちゃくちゃだし、全部本当なんてことありえないと思う。全然整合性がないもん。それだけです。あとはいいと思う』 うん、いい指摘だと思うな。現代ほど現実の虚構化が進んでいる時代は過去なかったと言っていい。人間の知恵がある現実を、例えば誰かに伝えるために、言葉でもって確定させようとすること、それ自体がすでに虚構をつくりだしているんだ。家を出て、見上げた空が君にとってとても気持ちのいい様子だったとする。それを、出会った友人なりに伝えるために『抜けるような青空』という言葉でもって説明したとしよう。そのとき、君の目の前の空は確かに青かったが、東のほうから黒い雲がやってきつつあったことや、飛行機が横切ったことや、月がうっすらと見えていたことなんかは省略されている。なぜならそれらは君が感じた『とても気持ちのいい』感情と反する、あるいは全く関係ない事項であるから、省略してしまったほうが相手に誤解なく君の感じが伝わるだろうと君は無意識に思ったからだ。たったこれだけの操作だけれど、それは現実を虚構化していると言える。会話だってそうだ。現代には間をきらい、声を張って、演劇的にしゃべる人間のなんて多いことだろう。そしてみんながみんな、一語の無駄もない”意味のある”やりとりをしようとしている。すべての言葉に意味性を与えようとしている。まるでそれぞれが推理小説の中の登場人物でもあるかのようじゃないか。ネット上なんかもうそれ以外は無いって感じだね。会話の即時的で無さに現実の言語化から更にキーボードやらの装置で打ち出すという段階が加わって、意味の無さは極限まで削られ、必然だけが場を支配する。ときおり見受けられる無意味性でさえ、意味性へコントラストを与えるための役割を受けている。つまり意味が与えられている。要するにね、君の感じている整合性の無さっていうのは、君の周囲をとりまいている、君が知らずならされ適応してしまった虚構内感覚での違和感なんだよ。現実にもともと整合性なんてありはしないんだ。だから君が僕の話に感じるような、もっともあり得なく思えることも、それは虚構内でのありえなさ、おさまりの悪さに過ぎないってことさ。それに、もしかしたら僕自身、虚構の中の人間かも知れないじゃないか。長くなってしまった。さて、次のお便りは栃木にお住まいの片山春美ちゃんからのお便り。『FOODさんひどい。こないだ栃木に来るって言ってたのに、来なかったじゃないですか。ずっと待ってたんですよ。藤野さんは私の友だちです。今度はぜったい来て下さい』 ごめんごめん。本当に行くつもりだったんだよ。死ぬ予定だった叔父が持ち直してね。それもこれも間違って小麦粉を送ってしまったスタッフの中川君のせいだよ。恨むなら彼を恨んでください。本当に今度行きたいと思います。ごめんね。最後のお便りは大阪府にお住まいの小鳥くんからです。『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくは最近ホームページを作ったんですが、なんだかダメなんです。最初のうちはいろいろみんな褒めてくれて嬉しかったんですけど、最近はもう全然なんです。どうしたらいいでしょう。気持ちに張りが無くなってしまって。このままじゃ僕はダメになってしまうような気がする』 小鳥くん、どんな劇的な革命も変革も、最後には日常に吸い込まれていくんだ。若い頃は、Life is a carnival、ただお祭りのように大騒ぎで毎日が過ぎて、こんなふうに死ぬまで過ごせたらとよく思ったものだ。いろいろと無茶なこともやったよ。でもこんな僕も、最近わかってきた。当たり前の毎日を積み重ねることの尊さを。人の親として大地に身を横たえ、次の世代の肥やしとして朽ちていく喜びを。カストロ議長っているだろう。あの人も自分を取り巻く現実を打破するために革命を求めたはずなのに、その熱狂は死体のように冷えてゆき、いつのまにか自分がかつて自分を取り巻いていた打破すべき現実とまったく重なっていることに気がついてしまったんだ。かれの演壇に立つ疲れた年老いた顔を見たとき、僕はそんなことを思った。だから君も失われていくものを嘆かずにゆっくりと前へ進んでくれ。そして時期が来たら、次に来る者たちのために身を横たえ、彼らに我が身を喰わせるといい。そうやって、人類は歩んできたんだ。今日はなんだか最後に少しセンチになってしまった。来週はまたいつものように大騒ぎでいきたい。Life is a carnival。

 それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week」

聖アヌス衆道院

 ここは神の子羊たちが集う人里離れた衆道院。今日の彼らはどんな騒ぎを巻き起こしてくれるやら。
 「おはようございます、ブラザー山本」
 「おはようございます、ブラザー橋本。あら、今日のあなたの弁髪、とても素敵だわ」
 「(頬を赤らめながら)おわかりになるのね。少し今までと結いかたを変えてみたの」
 「うらやましいわ。あなたはお顔の形が良いから弁髪がとてもお似合いになる。私なんて、ほら、こんな馬ヅラでしょう? どんなに工夫してもおさまりが悪くって」
 「ええ、本当ね」
 「(低いドスのきいた声で)なんだと、この野郎」
 「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
 「おほほほほ。冗談よ、冗談。ブラザー橋本ったらすぐ本気にお取りになるんだから」
 「まぁ! ブラザー山本ったらにくらしい! おほほほほ…あらっ。(食堂の入り口に目をやって)ご覧になって、ブラザー山本」
 「ああ、あれはブラザー坂井じゃないの。かれがどうかして?」
 「(声をひそめて)ここだけの話ですわよ。他言なさらないでね。かれ、ファーザーグレゴリウスとできてるらしいのよ」
 「ええっ! それは初耳だわ。でも、それが本当だとしたら、私、嫉妬で狂ってしまいそう」
 「(野太い声で)まったくだ。あんなひ弱なボウヤがファーザーグレゴリウスのチンポを独占してるかと思うとたまらねえぜ」
 「ブラザー橋本」
 「あら、あたしとしたことがはしたない。おほほほほ…こっちに来るわよ」
 「(側を通り過ぎながら会釈して)ごきげんよう、ブラザー山本、ブラザー橋本」
 「(つくり笑顔で)ごきげんよう、ブラザー坂井」
 「(ブラザー坂井が後ろの席に着くのを確認して)ねえ、ご覧になった?」
 「ええ、ええ。ブラザー坂井のあのお顔! おしろいの下から髭が突き出していたわ。きっと昨日の晩から今までファーザーグレゴリウスのお部屋で楽しんでいたに違いないわ。くやしい(ナプキンを噛む)」
 「しっ。ファーザーグレゴリウスがいらっしゃったわよ」
 「(背景に薔薇を背負って)みなさん、おはようございます。今日も私たちはこのように豊かな朝を迎えることができた。この幸福を私は神に感謝したい」
 「(うっとりした顔で)ああ…越中ふんどしの白と赤銅色の上腕三頭筋のコントラスト…素敵…」
 「(うっとりした顔で)ああ…私は今日もあなたに会えたことを感謝したいですわ…」
 「ときにブラザー山本」
 「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
 「(穏やかに目を細めて)サオがスープにつかっていますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(サオをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
 「うらやましいですわ。ファーザーグレゴリウスにお声を頂けるなんて」
 「おからかいにならないで。私、恥ずかしくてもう死んでしまいたい(顔を両手で覆う)」
 「ときにブラザー橋本」
 「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
 「(穏やかに目を細めて)タマがスープにつかっていますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(タマをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
 「さて、それでは食事の前にみなでこの恵みを感謝して祈りましょう……」

 「(赤毛の弁髪をふりまわしながら)遅刻遅刻遅刻~ッ!」
 「(中庭から食堂棟を見て)まずいよ、ブラザー三島! もう朝のお祈りはじまっちゃってるよ!」
 「大丈夫、お祈りが終わるまでに席についていればいいのよ! ついてらっしゃい!(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」
 「あ~ん、待ってよぅ(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」

 「……アーメン」
 「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
 「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
 「それではみなさん、いただきましょう。神への感謝の気持ちを忘れずに」
 「(さりげなく弁髪についたガラスの破片を指で払いながら)どうやら気づかれなかったみたいね」
 「もう、ブラザー三島ったらめちゃくちゃするんだから。私ひやひやしたわよ」
 「ときにブラザー三島」
 「(はじかれたように立ち上がり)は、はいっ! なんでしょうか、ファーザーグレゴリウス」
 「(頭を抱えて)やっぱり気づかれてたんだわ」
 「(穏やかに目を細めて)アヌスがスープにつかってますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない! (アヌスをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ…でもこのことで、どうぞ私のことをはしたない男だなんて思わないで下さいましね、ファーザーグレゴリウス」
 「(組んだ手の上にアゴをのせて)ええ、もちろんですよ、ブラザー三島。私はあなたのそんな元気なところがとても好きですね。ただ、今度からは遅れても窓からじゃなくちゃんと扉から入ってきて下さい(にっこり微笑む)」
 「あちゃ~っ」
 「気づいてらっしゃったんですね。失敗失敗(舌を出す)」

 「今のお聞きになった、ブラザー山本」
 「ええ、ええ。ブラザー三島のことをファーザーが好きとおっしゃったわ」
 「(野太い声で)ちくしょう、あのガキ、新参者のくせしていい気になりやがって。今度廊下で会ったら顔面にチョウパン五発もぶちこんでやるぜ」
 「ブラザー橋本」
 「おほほほほ。失敬。でも、ブラザー坂井には今の発言心中穏やかならないところじゃないかしら(ブラザー坂井のほうに目をやる)」
 「そうね。いずれにしても一波乱ありそうね…(ブラザー坂井のほうに目をやる。ブラザー坂井、表情を変えず弁髪を左手で押さえながら完璧な作法でスープを口に運んでいる)」

廣井王子(2)

 山に囲まれた一軒家。蝉の声。
 「ご無沙汰しております、廣井さん」
 「おやおや、これは珍しい顔を見ますな。この老人に何のご用ですかな。こんなところに来るまえにお仕事がありますでしょうに」
 「いや、これは手厳しい(ハンカチで額の汗をふく)。私たちは今日、廣井さんにお願いがあって参ったのです」
 「(聞こえないふうに)まぁまぁ、遠路はるばる暑い中をやってきて下さったことだ。とりあえずお上がりなさいな。日陰に入るだけでずいぶん違うもんですよ。お茶でも一服さしあげましょう」


 「田舎の暮らしというのは存外ヒマなものでね。こんなことばかり上手くなってしまった(お茶をすすめる)」
 「恐れいります」
 「今をときめく一大ゲーム会社のお歴々が、私ごとき老いぼれに何を恐縮することがありましょうや」
 「(自分の座っていた座布団を脇にやる)今日はそのことで、お話に参ったのです」
 「(目を細めて)ほう」
 「単刀直入に申します。廣井さん、あなたに戻っていただきたい」
 「(立ち上がり縁側に腰掛ける。ニワトリに餌をやりながら)私は見てのとおり隠居の身ですよ」
 「この三年というもの業界内の構図は激変しました。既存のソフトメーカーは軒並み潰れるか合併されるかし、パソコンでいわゆる18禁美少女ゲームを制作していた会社が台頭してきている。これまで築き上げてきた市場ノウハウがまったく通用しないんです。いまやギャルゲーである、ということが売れるための最低条件になってしまっている」
 「ほほう、そうなんですか。ははは、世事にはすっかり疎くなってしまった」
 「(後ろに控えていた若者が立ち上がる)廣井さん、あなたの魂はまだあきらめていないはずだ! それを証拠に、ご覧なさい(飯櫃のフタを開ける。中にはプレステ2が入っている)」
 「(肩越しにちらりと見やって)孫が置いていったんですよ」
 「(若者が何かいいつのろうとするのを手で制して)…最後の砦だった大手S社もついに軍門に下りました。見て下さい、先週発売されたS社の最新作『ファイナルファンタジー13』です。キリストの復活をモチーフにしたギャルゲーです。キリストが12歳の幼女で、その使徒たちも全員個性的な美少女だったという設定です。これが今爆発的にヒットしています。S社は時代に同化することで窮状を乗り切ったのです。しかし、我々には方策が見つからない。何本か見よう見まねで出したギャルゲーもすべて一万本と売れていません。社の総力をあげてあと一本作れるかどうか。もう、どうしたらいいかわからんのです。もう、どうしたらいいのか…(畳に涙をこぼす。その視界にすっと影がさす)」
 「男がそう簡単に泣くもんじゃねえな」
 「(見上げて)廣井さん…」
 「(鶏糞で髪を後ろになでつけて、サングラスをかける)見せてみな、おまえたちの企画。おまえたちの必死の最後ッ屁をな!」
 「廣井さんの復活だ!」
 「(涙声で)は、はいッ! (鞄から紙束を取り出す)どうぞ、これです」
 「(表紙を見て眉をしかめる)清少納言伝?」
 「はい、大胆な歴史考証で女流作家清少納言の男性遍歴を浮き彫りにする平安恋愛ロマンです。社長自らの企画です。社長は大学時代国文科に所属してらっしゃって、卒論の題材は枕草子だったそうで…うわっ(企画書を顔面に叩きつけられる)」
 「ボケ。売る気あんのか。こんなお大尽企画におまえら社運かけてんのか、アァ?」
 「し、しかし」
 「おまえら何もわかってねえのな。ま、いいや。とりあえずキャラクターの絵を見せてみな。絵だけで売れることってのはあるからよ」
 「(鞄から紙束を取り出す)どうぞ、これです」
 「(受け取り、見た瞬間に相手の顔面に叩きつける)ボケ。売る気あんのか。なんだ、この細目の白豚は、アァ?」
 「げ、厳密な時代考証により平安美人を正確に再現…うわっ(肩を蹴られてひっくり返る)」
 「話にならん。顔面の大きさは今の三分の一にしろ。目の大きさは今の五倍…いや、十倍だ」
 「馬鹿な! それじゃまったく化け物じゃないですか!」
 「リアリティは重要じゃねえんだよ。そのリアルから逃げ出して逃げ出して、その果てにゲームやらアニメやらの虚構へたどりついた連中を相手にすんだぜ? 現実の似姿でありながら、同時に現実の臭いを完全に消さなくちゃダメなんだよ! 小動物やらの目が身体のサイズに比して大きいのはなぜだかわかるか? あれは外敵に対して物理的な反撃手段を持ってねえから、無力なかわいらしさをアピールして、私はあなたに害を加えませんよということをアピールして、相手の敵愾心をそいで攻撃させないようにしてんだよ。これは理屈じゃねえんだ。美少女キャラの目を大きく書くのは、人間が動物だった頃のそういった本能に訴えてるんだ。加えて、相手が無力であるということの実感が、傷つけられることに極度に敏感なおたく連中の精神を安心させるんだよ。目の大きさは単純にその人間に内在する暴力の大きさと反比例してるといっていい。キャラの性格に基づいて目の大きさは変えろ。威圧感を生まない程度にだ。それから、この企画は全部破棄しろ」
 「しかし、今から全部練り直していたのでは遅すぎます!」
 「ヘッ、そんなせっぱ詰まってから俺ンとこ来やがって(立ち上がると箪笥の引き出しからファイルを取り出す)」
 「そ、それは」
 「俺が一年前から温めていた企画だ。題して『歌麻呂伝』」
 「歌麻呂伝…」
 「ふふ、舞台は江戸時代。一人の浮世絵絵師の日常生活を彫刻する…わかるか?」
 「(後ろの若者が勢いこんで手をあげる)わかりました! その浮世絵絵師の持つチンポの見事さに毎夜訪れる白人女性たちが『オウ、ウタマーロ』と恍惚の声をあげるという内容ですねッ!」
 「はい、アウト。やっぱおまえら負けて当然だわ。東大出て官庁入って権力機構のまっただなかにいるような人間なら白人のデカ女をチンポで蹂躙して征服欲を満たされることもあるかもしれんが、俺達が相手にするのはそんな上等な人間じゃないんだぜ。国の運行に関連する権力機構や企業なんかの経済機構から外れたおたく共を相手にするんだぜ。やつらが必要としているのは自分の優位を前提とした上から下への一方的な愛撫だ。あるいは相手のかわいいだけの女に過去の虐待された自分を投影した自己愛劇だ。設定はこうさ。主人公は浮世絵画家を目指すちょっと気弱で繊細な18歳。ひょんなことから普段は疎遠な祖父から町の長屋を遺産として相続することになる。管理人としてその長屋に訪れてびっくり。なんと住人が全員若い女なんだよ! こいつは売れるぜえ!(両手を広げてみせる)」
 「馬鹿な! そんなの非現実的すぎる! 確率論的にありえない!」
 「だがある日空から女が降ってきてもうモテモテという話よりはありそうだろう」
 「それは比較にすぎませんよ」
 「そう、しかし虚構の世界にどっぷりつかった連中にはそれがわからない。同じ車両に毎朝乗り合わせる二人が恋仲になるといったことも現実的にははっきりいって無いんだが、その虚構の持つ『ありそうだ』という部分がやつらのやつら自身を破滅させ続けてきた、やつらをすべての社会機構から外れさせてきた、不都合なことは見えない、盲目な楽観論で構成された頭脳をもしかしてと期待させるのさ」
 「しかし、それでは、それでは、まるっきり白痴じゃないですか!」
 「あれ、知らなかったの? 白痴なんだよ。ゲームやらアニメやらっていう商売は、システム的に最少人数でまわる、完成してしまった社会における大半の余剰の人員の中の、更に余った社会に不要な人間の不満のガス抜きをするための装置に過ぎないんだよ。精神的なせんずりの手助けとかわんねえんだよ。やつらは期待し続けるのさ。もしかしたらこんなことが次に俺にも起こるかもしれないってな。そして俺達の虚構が与えるわずかの希望にすがって、絶望的な現状に完全に絶望して死んでしまうこともなく無意味に生き続けて、俺達の上にカネを落とし続けるのさ。その無意味な命がつきるまでな。けけけけ」
 「(膝の上で拳を握りしめ)私は、私にはそこまで割り切れません…」
 「だからおまえらはいつまでたっても三流なんだよ。(黒目と白目が反転した気狂いの記号の目で)せいぜいいい夢見させてやろうぜぇ。やつらの精神とチンポが完全に充足しない程度に満足して、次の作品にもその次の作品にもやつらおたく共が生きている限り永遠に俺達にカネを貢ぎ続けるような、地獄のような夢をよ! ハハハ、アーッハッハッハッハ」


 「高須さん」
 「(憔悴した顔で振り返り)なんだ」
 「我々は、最悪の悪魔と取引をしてしまったのではないでしょうか」
 「他にどんな道があったっていうんだ。(自分に言い聞かせるように小声で)これしかなかったんだ。これしかなかった…」
 「(遠くから大声で)おぉい、何してんだよ! 早く車まわせよ! 今日は前哨パーティだ! 赤坂で一番高い店を用意させろ! なぁに、すぐに俺が全部取り戻してやるさ! ほっといても可哀想なおたくたちが俺にカネをくれるようになってんだ! いひひひ、 これだからこの商売やめられないぜ!」

コナン・ザ・ファイナル

 無人のビルの谷間を蝶ネクタイ型のマイクでしゃべりながら遠くから一人の少年が歩いてくる。
 「げに恐ろしきは殺人天国日本。一万人殺せば英雄で、一人殺せば商売になる。鉄道会社も喜びいさんで殺人商売にタイアップ。日本縦断殺人旅行。殺せ殺せ、みんな残らず殺してしまえ!」
 バス停脇のベンチに座っていた男が横倒しに倒れる。その後頭部に深々と細長い針が突き刺さっている。
 「役に立ったよ隠れ蓑。だって子供にゃ権利がない。経済大国日本じゃ、金の量が権利の量。金を持たない子供には、何の意見も認めません。さぁ、思う存分殴れ殴れ。おまえが子供だったときにやられたように、蹴って殴って脅迫しろ、『今夜のご飯はぬきです!』。なァに、心配はいらない。世間様には教育だと言っておけ!」
 街灯から茶色のコート、帽子を身につけた小太りの男がロープで吊り下げられている。周囲にただよう異様な臭気。
 「無能を養う余裕なんて、今の日本にゃありません。死ねば権威は糞まみれ。どんな権威も糞まみれ。民間人にだしぬかれ、次から次へとだしぬかれ。あるのは逮捕の権利だけ。そのくせ俺のような最悪の、殺人者をのうのうと泳がせて。おかしいねえ!」
 禿頭のビール腹が白衣を血に染めて道端に転がっている。
 「どんどん発明殺人マシーン。在野の科学者、本当かい? 人を見る目がなかったのが、致命的な失敗よ。あなたにもらったスニーカー、増強されたキック力。なんどもなんども蹴り上げられて、大人の威厳もどこへやら。中年は、血にまみれても中年です。やだねえ、しまらないねえ!」
 少年、スクランブル交差点の中央で立ち止まる。昼間だというのに人ひとりいない。
 「さて…」
 少年の足下に一人の女性がうつぶせに倒れている。
 「ここに一つ死体があります。彼女の背中からは包丁の柄が見えており、その刃は心臓にまで達していると思われます。まず彼女が自分で背中に手をまわして突き刺したとは考えにくい。女の力、物理的にもそれは不可能でしょう。これは明らかに他殺です。犯人はいまだ見つかっていません。いや、それ以前に警察が動いていない。これほど明確に人が死んでいるというのにです。警察が動かない以上、犯罪ではない。あなたたちの大好きな完全犯罪の成立です! しかしどうして? 平日の昼間、いちばん人目につくだろうこんな大都会のど真ん中という最も密室とはかけ離れた場所で、最も密室であるような状況が発生している。ふふ、悩んでいますね。私にはこの謎がすでに解けています。さァ、僕からの視聴者のみなさんへの挑戦です。犯人はいったい誰なのか。また、犯人はいかにしてこの完全犯罪を成し遂げたのか。答えはCMのあとです。(カメラ目線で指さしながら)君にこの謎が解けるか」
 画面が砂嵐になり何分か続く。
 「犯人は……私です。これは簡単ですね。なぜってこの物語のヒロインたる彼女の実存を抹消してしまうことのできるのは、作者をのぞけば、彼女よりも虚構内での位相が上位の私をおいて他ありえませんから。昨晩私は彼女の恋人をかたり、彼女をここへ呼びだした。彼女はまったく疑う様子もなくやってきた、その恋人にぞっこんまいってしまっていましたからね。そして交差点にひとり来るはずのない恋人を待つ彼女を、背後からあらかじめ用意しておいた出刃包丁でぶすり、とこういうわけです。ひどく苦しむものだからこいつの(蝶ネクタイを見せる)麻酔で眠らせてやりました。二度と醒めることのない眠りを眠らせてやったんです。ハハハハ。ああ、おかしい(目尻の涙をぬぐう)。しかしここまで聞いてみなさんは不思議に思うかもしれない。なぜそこまであからさまな殺人でありながら誰にも気づかれていないのか。じつは非常に簡単なのです。奇想天外なトリックを予想されていた方、申し訳ない。我々はこれまでの十億回になんなんとする連載の果てに、日本人口一億二千万人すべてを、あらゆるトリックでもって殺人しつくしてしまったのです!  これが目撃者ゼロの真相です。警察も動きようがない。なぜってその構成員すべてが何らかの殺人事件の被害者になって、死んでしまっているんですからね。最後まで残った毎回物語に絡んでくるメインキャラクターたちは私が殺しました(カメラが引いて、交差点の信号の上に小学生三人の死体が乗っているのが画面に写る)。彼女と同じ理由から私が殺さねば死ななかったからです。なるほど、ここまではよくわかった、だが動機は何なのか。ええ、ええ、それを疑問に思うのはもっともです。動機は…あなたたちが一番よくおわかりのはずでしょうに。この日本においていったん語られはじめた虚構は、それが金を生む限りは語られ続けなければならないからです。あなたたちは一億二千万人殺しても飽き足りない。あなたたちは人死にが見たくて見たくてしようがない。(大声で)バカヤロウ! おまえたちのお望みどおりに死んでやろうじゃねえか! (ふところから拳銃を取り出しこめかみにあてる)見てろ、見てろよ…(少年の膝頭が次第にふるえだし、ついには失禁する)ヒヒィ、ヒヒヒヒィ、ヒィ…いやだ、いやだぁっ!」
 少年、拳銃を捨てて駆け出す。
 「(鼻水と涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながら)やだ、やだよぅ、死にたくないよぅ…(後ろを振り返り目を見開く)ぎゃあっ、ぎゃああああっ」
 少年の胴が突然まっぷたつになる。吹き出す大量の血。やがて完全に静かになる世界。
 以上の内容の原稿が乗った作者の机が実写で大写しになる。